九.仲裁はお任せあれ!!

 私はチェンバールを見ながら、微笑んだ。

「彼女の名前はロア・C・エルソーンチェとおっしゃいます。ご存知ですか??」

 私がそう言うと、チェンバールは目を丸くしていた。

「知っているが、それが何か⁇」

 彼は、私が何を言おうとしているのか理解できていないようだ。

 チェンバールが怒る顔の奥から、ロアの顔が見えた。

 視線を向けると、チェンバール以上にわかっていないようでロアは、さらに混乱した顔をしていた。

「先ほどからお二人のお話を聞いていますと、チェンバール様はロア様のお名前を一度もお呼びになられておりません。それは、お名前を覚えられないからでしょうか⁇」

「はぁっ⁉何を失礼なことを言うのだ!!……この者は名を呼ぶほどの存在ではないと言うことだ」

「なっ⁉」

 チェンバールの言葉に、ロアが反応した。

 また二人の喧嘩ケンカが始まってしまっては、私が話し始めた意味が無くなってしまう。


 ――今は絶対にしゃべるなよ⁉


 私の笑顔にその想いを乗せて、ロアに向かって微笑んだ。

 そのおかげかどうかはわからないが、ロアは口をパクパクとさせるだけで何も言わなかった。

「私の知っている頭の良い方は、常に相手のことを考えて話をしています。なぜなら、自分の話が相手に伝わらないと二度手間になるし、時間の無駄だからです」

「そのくらい、心得ている」

 チェンバールは苛々いらいらとした表情で私をにらんでいる。

 腕を組んで、指をトントンとたたいて気持ちを落ち着かせようとしているようだ。

「そうですか……。ちなみに、ご存知ですか⁇話をする相手を不快にさせるのは、頭の良い人の話し方ではないと」

 チェンバールは何も答えずに、こちらを睨むだけだ。


 この言い方だと、チェンバールの話す言葉は不快だと言っているのと同じだ。

 でも、その通りだからどうしようもない。

 先ほどからロアと話すチェンバールの話し方は、苛々するだけだった。

 そんな言い方をされたら、ロアだって反抗したくなる気持ちはわかる。

 もし私がチェンバールと出会ったときに、そんな話し方をされたら敬遠してしまうだろう。

 なんでコイツはこんなに偉そうなのだろうと思いながら、笑顔でさよならをする。


「頭の良い人は、相手にわかりやすく話をされます。また、相手を敬うと言う意味でも、相手の名前を呼ぶと思います。チェンバール様のお父様もそうではありませんか⁇」

 その言葉に、チェンバールはハッとしていた。

 私の話なんて、チェンバールには届かないだろう。

 だが、チェンバールの父親の名前が出てきたら、耳をかたむけるしかない。

 なぜなら、チェンバールは父親を尊敬しているから。


 まぁ、物語には少ししか出番がなかったので、私の勝手なイメージでしかないが……だが、尊敬する天才と言ったらそんな感じだろうと思っている。

「確かに……父上は部下を叱責しっせきする時ですら、相手も名前を呼んでいた。あれは、部下を敬っていたのか……」

「叱責された相手はチェンバール様のお父様に対して、悪態をついたり、反抗されることはないでしょう⁇」

 それは……とチェンバールが言った後、また悩んでいた。

 チェンバールは、きっとロアは自分の部下ではないと言いたかったのだろう。

 だが、部下に対しても敬う心を出しているのであれば、他区の令嬢相手ならなおさら敬う必要があると気づいたのだろう。

 そうなると、今までの自分の行動がよろしくないことになる。

「チェンバール様……あなたのお父様は間違ったことに対しては、どのようにしろとおっしゃっていましたか⁇」

 私がさとすように言うと、チェンバールは眉間みけんしわを寄せて悩んでいたが、決心したようだ。

 ロアの方に振り返り、頭を下げた。

「適切でない言葉を使い、不快な思いをさせた。あなたに大変申し訳ないことをした」

「えっ⁇」

 チェンバールが先ほどとは異なり、真摯しんしな対応をする姿にロアは驚いてしまった。

 どうしようかと困った表情で私を見るので、私は笑顔でうなずいた。

「えっと……あっしもごめんね。ムカついたからって悪い態度をとって」

 そう言うと、ロアはにこりと微笑んだ。

 チェンバールは顔を上げて、ロアに視線を合わせながら眼鏡をくいっと上げた。

「だが、知識を持たないのはよろしくない。これからはもっとみっちり勉学にはげまねばな」

「げぇぇぇっ」

 また初めに戻るのかと言うような二人の反応を見て、私は良い案があることを思いだした。

「それについては、一点提案があります」

 えっと驚くような顔で、二人は私を見てきた。

「チェンバール様はとても知識量があり、策略にけていらっしゃると思います。ただ、それを実施する力はないと思います」

 その言葉に、チェンバールは反論したくてもできないようだ。

 ぐぬぬとでも言いそうな顔をしている。

「それに対して、ロア様は知識量はあまり無いかも知れませんが、その策略を実施する力がございます」

 私の言葉に、ロアはへへっと照れた笑いをしていた。

「お互いの短所をお互いの長所で補い合う。そうすれば、完璧だと思いませんか⁇」

 二人は私の言葉を聞いて、お互いに目を合わせた後、また私に視線を戻した。

「まずはやってみることが大切だと思います。ロア様は確か、町でゴロツキや悪いことをされる傭兵ようへいの方達を成敗されていると聞いています」

「えっ⁉何で知ってるの⁇」


 ロアはバレないように悪党退治をしている。

 それは、クオンのルートへ進まなければわからない話だ。

 ロアは小さい頃から悪党退治をしていて、やられた相手は逆恨みしていた。

 ある時、ロアと一緒に町を歩く主人公を目にした悪い奴らは、主人公を誘拐ゆうかいする。

 そして、とらわれた主人公をクオンが救う恋愛イベントなのだ。

 自分のせいで主人公の身に危険がせまったと知り、ロアはそれ以降は令嬢として大人しくなるのだ。

 ロアは腕っぷしが強いために相手を制圧していたが、その後のケアはできていなかったために起きた事件だ。

 つまり、それを頭脳明晰めいせきであるチェンバールがカバーすることにより、最強のタッグになると私はんでいる。


 私はロアに対して微笑んだまま、二人に向けて言葉を続けた。

「最初は上手くいかないと思いますが、少しずつどうすればよいかわかってくると思います。良い点と悪い点をお互いに話し合い、次への改善を行うことで良い方向へ進まれると思います」

 そして、私はチェンバールとロアの手をつかんで、お互いの手を合わせるようにくっつけた。

「協力すること……それは、今後の人生にとってとても大切なことになります。だから、ここで犬猿の仲のお二人が実践することで、お互いに成長できると思います」

 そう言うと、私は二人に対してにこりと微笑んだ。

 二人は私の顔を見た後、お互いに目を合わせて頷き合った。

「……わかった!!あっし、コイツ……チェンバールと協力してみる!!」

「まぁ……今後のためになるのならば、私も……ロア殿と協力しよう」


 こうして、私は二人の仲を取り持つことができた。

 そして、ロアとチェンバールに見送られながら、私は馬車に乗って家へと帰宅したのだ。

 そう、良いことをしたと喜んでいて忘れていたのだ。

 私が何をしにコロン区まで来たのかを……

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