恋人のように③
新学期が始まって最初の長期連休。
社会人の方々にとっても嬉しい(一部を除く)期間、ゴールデンウィーク。
学生にとってもただの休みじゃない。
新しく出来た友達とより仲良く、親密になるためには重要な休みだ。
だから多くの人たちが、休みに入る前に予定を入れて、その日を早く来いと待ちわびる。
俺には関係のないことだと思っていた。
その日を待ち遠しく思ったり、考え過ぎて眠れなかったり。
なんていうか、そんな青春みたいなものを感じられるなんて……。
「ちょっと早く着きすぎたかな……」
腕時計を確認すると、時間は午後十二時半。
約束の時間には三十分ほど早い。
待ち合わせ場所に選んだのは、お店があるという駅のホーム前だ。
方角的には一緒だから、途中で合流するという手もありはしたけど。
(誰が見てるかわかんないんだよなぁ)
途中で学園を通り過ぎる。
俺はともかく、夢原さんは困るだろう。
休日に男と一緒、しかも二人で出かけているなんて知られたら……きっと学園中大混乱だ。
俺の命も無事では済まないだろう。
いろんな意味で緊張しっぱなしの一日になりそうだ。
そんなことを考えていたら――
「白濵君? もう来てたんだね!」
「あ、夢原さん。ちょっと早く来過ぎただけ……」
振り向いた視界に映ったのは、私服の夢原さんだった。
休日なんだから制服じゃない。
そんなの当たり前なのに、俺は驚いてしまった。
「ど、どうしたの? あ……や、やっぱり駄目かな? 頑張ってみたんだけど可愛くないよね」
「いやいや! 可愛いよすごく! 女の子らしいと思う」
「本当!? 女の子っぽく見える?」
「うん。凄く似合ってるからそれで驚いて……」
と、途中まで言って自分が恥ずかしいセリフを口にしていたことに気付く。
慌てて口を紡いでも遅い。
咄嗟のことでテンションが上がり過ぎた。
いやでも、実際本当に可愛いと思う。
制服とは違う私服の夢原さん。
ショートパンツに白いカーディガン?
服のことは詳しくないけど、ボーイッシュではあってもちゃんと可愛い。
被っている帽子、キャスケットとかいう名前だった。
それにもう一つ――
「メガネしてるんだね」
「あ、これ? うん、伊達メガネだけどね? こうしてたら知り合いを見かけてもバレないかなって」
「なるほど、変装とファッションの両方なんだ」
「うん!」
じゃあ帽子もその一環かな?
まるで芸能人がお忍びで遊びに来てるみたいだ。
過剰に思われそうだけど、彼女の場合はこれくらい必要だ。
少なくとも学園では、間違いなく芸能人みたいなものだからな。
「じゃあえっと、少し早いけど行っちゃう?」
「そうだね。混んでると困るし」
「そこは平気! ちゃんと予約してあるから!」
「抜かりはないってことね。そんなに行きたかったんだ」
「うん! 開店前から興味があったんだ。でも敷居が高くて一人じゃ行けないし、学園の子たちと行ってもたぶん……遠慮しちゃうから」
そもそもイメージと合わないから誘えない。
だから今日、俺を誘ったわけだ。
仮面の下の素顔を知っている俺なら、王子様らしくいる必要はないから。
「今日はよろしくね? 白濵君」
「こちらこそ」
俺たちはお店に移動した。
駅から徒歩三分の所にあって、予約していたのは十三時十分。
早くに集まった俺たちは適当に時間を潰し、時間になってからお店に入る。
「おおー! 中も見た目も可愛い!」
「そ、そうだね」
覚悟していたつもりでも、さすがに場違い感が半端じゃないな。
どう見ても男がくるような店じゃない。
幸いなことにセールのお陰か、男女ペアで利用している人も大勢いる。
一人ポツリと浮かないことが救いだ。
席に案内された俺たちはメニューを開く。
店のルールでは一時間、ケーキはバイキング形式で自分で取るか、一部のメニューは店員さんを呼んで注文する。
「どうする?」
「まずは見て回りたいかな」
「オッケー」
「よーし行こう!」
いつになくテンションが高いな。
本当に甘いものが好きみたいだ。
環境も可愛いから、余計に興奮しているのかも?
どちらにしろ、元気な夢原さんは見ていて楽しいな。
「うわぁ~ 全部美味しそう! これが全部食べ放題なんて夢みたいだよ」
「感動してる所悪いけど、早く選ばないとなくなるよ?」
「そ、そうだった! でもどうしよう、全部食べたい! それだとお皿に乗せられない!」
小さな子供みたいなこと言い出したな。
「じゃあお皿は俺が持つから、夢原さん選んで」
「いいの!? 遠慮しないよ?」
「どうぞどうぞ」
「ありがとう! じゃあえっと、こっちから順番に――」
本当に楽しそうだな。
見ていて飽きないというか、表情がコロコロ変わる。
少し前の学園じゃ、その一つすら見せなかった彼女が、こうして自然体で目の前にいる。
なんていうか、良いよな。
山盛りに積んだケーキを運び。
席に戻った夢原さんはパクパクと口へケーキを運ぶ。
その細い身体のどこに入るのか。
豪快な食べっぷりだ。
「うぅ~ん、美味しい! 白濵君も食べて!」
「ちゃんと食べてるよ」
「そう? なんだかゆっくりな気がする。私ばっかり食べてる気がするし……」
「そんなことー……なくはないか」
運んできたケーキの半分以上は夢原さんがペロリと平らげた。
甘い物ばかりで胃もたれとかしないのかな。
彼女は平気そうだけど。
「ねぇ……白濵君?」
「ん?」
「さっきから私のことじっと見てる気が……するんだけど」
「あー……」
図星だった。
実際食べるより、彼女のことを見ていた気がする。
「や、やっぱり似合わないかな? 変だよね」
「いいや、むしろ似合ってるよ。今の夢原さんをみんなが見たら同じことを思うんじゃないかな」
「同じことって?」
「それはもちろん可愛――なんでもない」
途中で恥ずかしさに口を紡いだけど、そこまで言ったら全部伝わるよね。
どうも彼女の前だと口が緩くなるな。
どうしてだろう?
夢原さんのほうは……。
「可愛い……そっか。可愛いかぁ」
なんだか幸せそうだ。
ケーキを食べている時よりも。
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