王子様と通行人②

 二年生のクラス発表が、学園の下駄箱前で張り出されていた。

 クラスは三十人、一から七組まである。

 俺、『白濵拓斗シラハマタクト』の名前を見つけたのは、二年三組のクラス表だった。

 

「おっ、俺も三組だな」

「また同じクラスか」

「おう。中学からずっとだな。ほんとっ腐れ縁だ」

「こっちのセリフだよ」


 とか言いつつもホッとしている自分がいる。

 クラス替えで知らない奴らばかりだと、一から人間関係を再構築しないといけない。

 深くは関わらない。

 それでも嫌われない、浮かないようにする配慮は必要だ。

 リョウスケが一緒のクラスなら、一先ず孤立することはないだろう。


「あとは誰が……」


 名簿の下の方に見つけた名前に意識が向く。

 別に探していたわけじゃない。

 人気者の名前は目に入りやすいんだ。


 そして、教室に行くと、席順が黒板に張り出されていた。

 席は男女混合で、担任教師が適当に割り振る。

 リョウスケは後ろの席が良いとか言っていたけど、残念ながら最前列だ。

 よく居眠りして怒られているから、意図的に前の席にされたんじゃないだろうか。

 俺はというと、対照的に一番後ろの窓際だった。

 ポジション的にはかなり良い。

 外も見えるし、何より端っこだから誰かの視線を感じることもない。

 静かな時間を過ごせる。

 とか思っていたのに……。


「あっ! おはよう白濵君! さっきぶりだね」

「――あ、夢原さん?」

「うん。隣の席、よろしくね!」

「あ、うん。よろしく」


 まさか彼女、夢原さんが隣の席に来るなんて予想外だ。

 彼女のことが嫌いとか、面倒とかは思っていない。

 面倒なのは彼女じゃなくて、その周りだ。

 たぶんそろそろ……。


「夢原さーん! おはよう!」

「うん、おはよう!」

「同じクラスになれて超うれしー!」

「ねねね! 始業式終わったら遊びに行こ! カラオケ行こうよカラオケ!」

「良いよ。そんなに長くは遊べないけど」

「やったー!」


 思った通り始まった。

 彼女の席を取り囲むように、クラスの女子たちが集まってきた。

 よく見ると、他のクラスからも来ている。

 学園一の王子様目当てに集まる女子たちの絵柄は、これまでに何度か見せられてきた。

 

「はぁ……」


 周りには聞こえないように小さくため息をこぼす。

 せっかく静かに過ごせると思っていたのに、これじゃ逆効果じゃないか。

 最初に決まった席順は、基本的に変わることがない。

 クラス担任の気まぐれか、よほどの問題が起こらない限りはそのままだ。

 つまりこれが一年続くということ。

 考えただけで、今の三倍はため息をこぼしたくなる。


 それにしても……。


「ねぇ知ってる夢原さん! 駅前に新しいケーキ屋さんが出来たんだって!」

「うん知ってるよ。とっても人気なお店なんだってね」

「そうなの! 良かったら今度一緒にいかない? できれば二人で」

「あーずるい! 一人だけデートの約束しようとしてるぅ!」


 女子に囲まれチヤホヤされながら、夢原さんは常に笑顔で受け答えしていた。

 男子なら喜ばしいシチュエーションだろうけど、女の子の彼女からしたらどうなんだろう。

 表情だけなら楽しそうに見えるけど、あれが全部作り笑いだとしたら……。

 学園の王子様、みんなから慕われる人気者。

 そんなキャラクターを演じるのは、どれほど大変なことなのだろうか。


 ふと、彼女が俺の視線に気づいてこちらを向く。

 目と目が合い、彼女は自然にニコッと微笑んでくれた。

 そうすることが当たり前のように。

 ただ、それを見ていた他の女子たちが、敵を見定めたように俺を睨む。

 咄嗟に目を逸らし、知りませんよとアピール。


 いけないいけない。

 変に気にしすぎると誤解される。

 彼女とは敵になっても、仲良くなりすぎても角が立つんだ。

 ただのクラスメイトでいる努力をしろ。

 嫌われることもなく、好かれることもないポジションで居続けるんだ。

 簡単なことだ。

 いつもやっていることなんだから。


 ホームルームが終わり、つまらない話ばかりで退屈しながらようやく始業式が終わる。

 初日は午前で終わって、午後からは自由時間。

 部活がある人は残り、そうじゃない人は帰宅していく。


「なぁタクト、これから部活ない奴で集まってカラオケ行くことになったんだけどさ。お前はどうする?」

「カラオケ? ああ……」


 今朝、そんな話を隣でしていたな。

 てっきり女子だけで行くのかと思ったけど、最終的にクラスの親睦会的なものになったわけか。

 ということは女子の大半は参加するのだろう。

 当然、夢原さんも一緒だ。


「うーん、悪いけど遠慮しておくよ。賑やかなのは好きじゃないし」

「そう言うと思った。んじゃ伝えとくわ」

「悪いな」


 クラスメイトの交流は大事なイベントだ。

 これが一年生の最初なら、嫌々でも参加したと思う。

 ただ今回、思った以上に知っている人たちが大勢クラスにいる。

 無理して参加しなくとも、もう俺の立ち位置は出来ているようなものだ。

 

「さてと……」


 カバンを肩にかけて立ち上がる。

 このまま家に直帰しても良いけど、午前授業は稀だ。

 久々に時間もあるし、適当にぶらつこう。

 せっかくだし、隣町にでも繰り出そうか。


  ◇◇◇


 電車で三つ先の駅で降りて、あまり来ない街を散策した。

 行く場所は決めていなかった。

 ゲームショップに本屋、遊んだり時間を潰せそうな場所を巡っていたら、いつの間にか時間が過ぎていて。

 スマホの時計を確認したら、もう六時を回っていた。


「そろそろ帰るか……ん?」


 帰ろうと思った通り道、小さなゲームセンターを見かけた。

 古い建物で、広さもそこまでだ。

 デパートの中のゲーセンは広くて色々あるけど、それだけ人も多くてとにかくうるさい。

 でも、こういう古くて小さな場所なら嫌いじゃない。


「帰る前に見てみるかな」


 何気なく、特に考えもなく中に入った。

 案の定というか、中にお客さんはほとんどいない。

 経営は大丈夫なのかと心配になるほどガラガラだ。

 それでも機械は綺麗でちゃんと動いているし、クレーンゲームの景品も最新のものが多い。

 なんとなく、可愛い系の商品が多いような気も……。


「ん?」


 クレーンゲームの前に人がいる。

 俺以外にも客がいたことに驚いたが、一番驚いたのはそこじゃない。

 いるはずのない人物がいた。

 いや、似合わない人物と言うべきだろう。

 透明なガラスケースの中には、小さな女の子が好きそうな可愛いぬいぐるみ。

 それを物欲しそうに凝視している彼女は、どこからどう見ても可愛い女の子で……。


「はぁ~ このぬいぐるみ可愛いなぁ~」

「夢原さん?」

「……へ?」


 意図せずして、学園の王子様と通行人が出会った。

 通学路以外の場所で。

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