恋人のように④

 てんこ盛りになったケーキをペロッと平らげた後、店員さんを呼んで限定のケーキなんかも注文した。

 夢原さんの胃袋は底なしか、と思うくらいの食べっぷりは清々しい。

 食べ放題は大抵、時間を残してお腹いっぱいになるものだけど、今回はギリギリまで楽しむことが出来た。


 綺麗に食べ終わったお皿を並べ、夢原さんがフォークを置く。

 パンと手を合わせる。


「ごちそう様でした」

「満足した?」

「うん! 大満足だったよ! 白濵君は?」

「俺も楽しかったよ」


 ケーキより、また表情豊かな夢原さんを見られたからね。


「そっか。楽しめたなら良かった」

「うん」


 その後はレジに行き、会計を済ませた。

 夢原さんは最初、自分の我儘に付き合ってもらったんだから、お金は自分が出すとか言い出して困った。

 こういう時、女の子に奢らせるのは男としてマズイ気がする。

 俺も楽しんだからお相子で、半分ずつ出すことで落ち着いた。


 店を出るとすっかり夕方、なんてことはない。

 一時間しか経っていないから、日の位置もそこまで変化していなかった。

 むしろより高く太陽が昇っているくらいだ。

 夢原さんは太陽に向かって大きく背伸びをする。


「うぅーん、食べたぁ~ 今日だけで三日分の糖分を補給した気分だよ」

「ははっ、三日なんだね。一年とか一生じゃなくて?」

「甘いものはすぐまた食べたくなるから!」

「なるほど。夢原さんは本当に甘いものが好きなんだね」

「うん! 大好きだよ!」


 そう言って見せる夢原さんの無邪気な笑顔。

 心から好きな物に対する真っすぐな感情表現は、見ているこっちも嬉しくなる。

 今の笑顔を見られただけでも、今日は一緒に来られて良かったよ。


「この後はどうする? 解散でいいの?」

「うーん、そうだねー。ケーキもいっぱい食べて満足したし、そうなるかぁ」

「そっか」


 自分から言い出しておいて少しだけガッカリする。

 休日は一人でいたい。

 家でゴロゴロして、のんびり過ごした派の俺が、誰かと一緒にいる時間を名残惜しく感じるなんて……。

 夢原さんと一緒にいる時間が、どれだけ楽しいってことなんだろうな。


「じゃあ帰ろっか」

「……うん。じゃあ駅までは一緒に――」

「待って! 電車は使わないよ?」

「え?」


 駅の方向へ歩き出そうとした俺を、夢原さんの声が引き留めた。

 振り向いた俺に、彼女は満腹になったお腹に手を当てながら言う。


「いっぱいカロリーを摂取したからね。女の子としては、このまま脂肪になっちゃうと大問題なんだ」

「あー、そうだろうね」

「うん。だから帰りは――」


 話しながら彼女は指をさす。

 そっちは駅の方角じゃなくて、駅から帰りの電車が向かう方角。

 要するに、俺たちの家がある方向だった。


「いけるところまで歩いて行かない?」

「……本気で言ってる?」

「うん! 学園の近くまでは行きたいよね? 三時間くらいあれば行けるでしょ! 白濵君も男の子なんだし、三時間歩くくらい余裕だよね?」

「……ら、らじゃー」


 どうやら本気で言っているらしいことがわかった。

 徒歩での距離感を理解していないとかじゃなくて、普通に三時間歩くつもりらしい。

 普段の俺なら、絶対に嫌だと断る所だけど……。


「……仕方ないな」


 形はどうあれ、まだ夢原さんと一緒の時間が続く。

 そう思ったらふと、頭から断るという選択肢は消えていた。

 

 一時間後――


「はぁ……疲れた」

「えぇ? もう疲れちゃったの? まだ一時間くらいしか経ってないよ?」

「いや十分だから。一時間も休憩なしで歩いてたら疲れるよ。夢原さんは疲れないの?」

「私は全然平気だよ?」

「さ、さいですか……」


 夢原さんはタフだな。

 さすが、苦手なスポーツを得意になるまで努力しただけはある。

 帰宅部かつ運動も特にしてこなかった俺にとっては、ただ歩き続けるだけでも十分に疲れるっていうのに。


「白濵君……運動不足なんじゃない?」

「そ、それは否定できないな」

「駄目だよ運動はしないと。今度から登下校も歩きに変更してみたらいいんじゃないかな?」

「検討……します」


 とか言いつつ絶対にやらないだろうな。

 今は二人だから頑張ってるけど、一人で長時間歩くとか無理だ。


「あと少しだから! 頑張ろ!」

「お、おー」


 まだ半分も来てないけどね。

 夢原さんって、運動苦手とか言いながら体育会系っぽいな。


 さらに一時間後……。


「……足が痛くなってきた」

「え、大丈夫?」

「うん、普通に歩きすぎだと思う」

「えぇ~ しょうがないなー。じゃあちょっと休憩しよっか」


 女の子より先に根を上げるとか情けない……。

 そうは思うけど、二時間休憩なしでペースも落とさず歩き続ける夢原さんのもどうかと思うよ。

 俺たちは近くになった小さな公園で休むことにした。

 民家の間にあるシンプルな公園には、ブランコと鉄棒、砂場くらいしかない。

 俺たちは公園の横にあった自販機で飲み物を買って、ベンチに座って一休みする。


「はぁ、疲れた。びっくりするぐらい運動不足だな」

「ふふっ、本当だよ。男の子らしくないぞ」

「それを夢原さんに言われたらおしまいだなぁ~」


 登下校を歩くかはさておき、少しは運動したほうが良さそうだな。

 俺は買ってきたお茶をグイッと飲む。

 しばらく無言のままゆったりした時間が流れた。

 そんな静寂を破ったのは、夢原さんの消え入りそうな声だった。


「白濵君、今日は付き合ってくれてありがと」

「ん? 急にどうしたの?」

「えっと、なんか言いたくなって」

「別に良いよ。御礼の言葉ならもうたくさんもらったし。俺も楽しかったからさ。こうやって誰かと一緒に休日を過ごすって、俺にとっては久しぶりで」


 最後に休日に誰かと外で遊んだのは、中学入りたての頃にリョウスケが誘ってくれた日だな。

 気を遣わせてしまうだけで、全然楽しくなかった。

 それ以来、誘われても断るようにしていたら、自然と誘われなくなった。

 夢原さんの休日とは大違いだろうな。


「私も、久しぶりなんだよ」

「え? それは嘘でしょ? あんなに誘われてたし」

「そうじゃなくて……男の子と二人で、遊んだの」

「あ……」


 そういう意味か。

 俺はほとほと無神経だな。

 この数時間あまりを、彼女はずっと意識してくれていたのか。

 いや、彼女だけじゃない。


「俺に至っては初めてだよ」

「そ、そうなんだ」


 無言のまま時間が過ぎる。

 俺の頭の中では、今日の出来事が流れていた。

 思い返せばどう見ても、勘違いしてしまう。

 だって今日の俺たちは、まるで恋人のような時間を過ごしたのだから。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


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