王子様と通行人⑤
彼女の話を聞き終える頃には、手に持っていた缶コーヒーは空になっていた。
夢原さんも缶を椅子に置いている。
その隣には買ったばかりの少女漫画が置かれ、空いた両手は長椅子の後ろにつける。
「はーあ! なんか話したらスッキリしちゃった!」
そう言って彼女は天井を見上げる。
空元気という感じではなく、本当に清々しさを感じる表情をしていた。
「話、聞いてくれてありがとね? こんな話、家族以外に出来るわけないって思ってたからさ」
「いや……こっちこそ話してくれてありがとう。それと、改めてごめん。俺と会わなかったら、無理に話をすることもなかったのに」
「そこはお互い様だよ。まぁ確かに、白濵君に見られちゃったのは……その、恥ずかしいけどさ?」
彼女の頬はほんのり赤く染まっている。
外は日も落ち暗くなっているけど、ゲーセンの中は機械のお陰で明るい。
だから余計に、彼女の頬の色も目立つ。
「でも今は逆に良かったって思うよ。ほら、ずっと隠してる秘密ってさ。誰にも知られてないより、誰か一人くらい知っててくれた方が気持ちが楽なるっていう」
「ああ、それはなんとなくわかるよ。ただそれって開き直りとも言わない?」
「あははははっ、そうとも言うね。あ、だからってみんなには話さないでね?」
「わかってるよ。みんなには秘密にする」
「絶対だよ? 私だってもう、白濵君以外に話すつもりはないんだから」
夢原さんはそう言って俺の顔に指をさす。
俺にしか話さない。
彼女の秘密を、俺だけが知っている。
これは責任重大だ。
彼女のファンクラブにでも知られたら、きっと俺の命はないだろうな。
「うーん! そろそろ帰ろっかな。もう良い時間だし」
「ん? ああ、もう七時過ぎてたんだ」
「うん。白濵君も家は反対方向だよね? 帰ったら九時くらいになるんじゃない?」
「俺は学園に近いほうだからそこまでだよ」
話しながら互いに立ち上がり、空になった缶コーヒーを近くのごみ箱に捨てる。
カバンも背負って帰る気でいた。
だけど不意に、夢原さんがガラスケースを凝視した。
じーっと、欲しそうな顔だ。
「そんなにほしいの?」
「え、な、何が?」
「いや、今さら隠さなくても……そのぬいぐるみがほしいの?」
「……うん、まぁ」
照れくさそうにそっぽを向く夢原さん。
「ほしいなら挑戦すれば良いのに」
「……もうした」
「え?」
「だーかーら! もう挑戦して失敗したの! 私の一万円は募金されました!」
「い、一万!? そんなに使ったの?」
「うぅ……だってほしかったし……」
クレーンゲームの一階は二百円。
要するに彼女は、五十回は挑戦したっていうことか。
しかも失敗してるし。
どれだけ下手なんだ?
というかそんなに払う前に諦めるだろ普通。
「そんなに欲しかったんだ」
「……」
「……よし」
俺は後ろポケットから財布を取り出し、中身を確認する。
百円玉はちょうど二枚ある。
「白濵君?」
「ちょっと待ってて」
ぬいぐるみの位置、形状的にも難しそうじゃない。
ハッキリ言って、これで五十回も失敗する意味が分からないレベルだ。
穴のすぐ近くだし、アームで押し出せば簡単に……。
ガラン、ボトン。
「あ!!」
「思った通り」
やっぱり簡単だった。
俺は落ちて来たぬいぐるみを引っ張り持ち上げる。
口から思いっきり出てるし、なんだかファンシーなクマのぬいぐるみだ。
可愛いと言えば……可愛いのか?
まぁ良い。
別に自分のために取ったわけじゃないから。
「はい」
「え、くれるの?」
「そのために取ったんだよ」
「なんで?」
「なんでって、うーん……夢原さんの秘密を知っちゃったし、そのお詫びに?」
なんだか自分で言っていて恥ずかしいな。
夢原さんはぼーっと俺を見つめる。
「いらないならいいけど」
「い、いる! ほしいです!」
「じゃあ、はい」
ぬいぐるみを手渡す。
受け取った夢原さんは大事そうにぬいぐるみを抱える。
ぽわーんと浮かぶ温かなオーラが俺にも伝わり、彼女はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめたまま俺に――
「ありがとう。白濵君」
笑いながらお礼を言った。
その笑顔は、教室で振りまく作り物じゃない本物の笑顔だと……俺は思ったんだ。
「……どういたしまして」
「ふふっ、白濵君って優しいんだね」
「別にそんなことないよ。ただ……なんとなく気持ちがわかるから」
「わかるって?」
「自分らしさを隠しながら生きること……大変だと思う。いつか、自分らしさを隠さず一緒にいられる友達が……出来ると良いね」
「自分らしさを隠さず……友達……」
口ではそう言いながら、そんな友達なんて幻想だと俺は思う。
どれだけ欲しても、そんな夢みたいな存在はそうそう現れたり……。
「そうだ。いるよここに」
「え?」
「私らしさを知ってる人! 白濵君なら、そういう友達になれるんじゃないかな!?」
「お、俺?」
思いもよらない一言に、俺は本気で動揺した。
そんなこと心から、微塵も考えていなかったことだから。
「白濵君! 私、白濵君と友達になりたい!」
「い、いや俺は……」
「嫌……なの?」
「そう言う意味じゃないよ! ただ俺なんかと友達になっても利点ないし、楽しくないと思うよ」
何より不釣り合いだ。
学園の王子様、人気者の彼女と俺じゃ生きているステージが違う。
これは秘密を知った今でも変わらない。
「そんなことないよ! ちゃんと話したのは初めてだったけど、白濵君と一緒にいるの嫌じゃなかった。秘密を話したのだって、なんだか聞いてくれそうって思ったからだし」
「夢原さん……」
なのに彼女は、俺を見て目を輝かせている。
何者でもない俺を、通行人でしかない俺なんかに期待している。
「白濵君が嫌じゃなかったら、ちゃんとお友達になりたい」
そんな目で見つめられたら、俺だって期待してしまう。
押し殺してきた自分らしさを、我を見せても良いのかって。
他人に興味を持たない。
踏み込まないと決めていたのに、こんなの――
「わかった。俺なんかでよければ友達になろう」
踏み込まずにはいられない。
いや、もうとっくに踏み込んでしまった。
関りをもってしまったんだ。
◇◇◇
翌日の朝。
俺が教室に入ると、もう夢原さんは登校して席についていた。
予想通り朝から彼女の周りは大賑わいだ。
王子様目当ての女の子たちが囲い、賑やかでキラキラした会話が聞こえてくる。
隣の席で起こっていることで、俺には関係ないと思っていた。
だけど……。
ふと、彼女の方に視線を向ける。
彼女も俺に気付いて、ニコリと微笑んでくれた。
昨日と同じ、周りからギロっと睨まれて、咄嗟に目を逸らす。
同じだけど、違う。
一瞬だけ見えた彼女の笑顔は、作り物じゃない本物の彼女らしい笑顔だった。
きっと、あの笑顔を見せてくれるのは、ここじゃ俺だけだろう。
そう思うと、さすがの俺でも……。
優越感なんてものを感じてしまうよ。
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【あとがき】
プロローグはこれにて完結です!
次回から一学期!
ぜひぜひお楽しみに!
その前にフォロー&評価などして頂けるとすごくうれしいです!!
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