恋人のように②

 放課後。

 家とは反対方向の電車に乗り、隣町のおしゃれなカフェに向かう。

 いつもの時間に待ち合わせ。

 大体俺の方が先に到着して、もう一人を待つことが多い。


「白濵君、待たせてごめんね?」

「大して待ってないよ。数分くらいだし」

「ううん。本当は一緒に行ければいいんだけど……」

「それはぁー……無理だね」


 夢原さんの周りには女子がいっぱいだ。

 いつも遅れるのは、一緒に帰りたいという女子たちを途中まで送るため。

 一度は家の方向に歩いて、別れてから引き返している。

 遅くなるのも当たり前だ。


「人気者の宿命ってやつだ」

「もうからかわないでよ。白濵君は知ってるでしょ? 私が好きでそうしてるんじゃないって」

「うん、そうだね」


 夢原さんが俺の向かいに座る。

 俺たちの隠れた友人関係は、今もこうして続いている。

 予定がない放課後はほぼ毎日集まって、彼女の愚痴を聞いたり、他愛のない話で盛り上がる。

 なんてことのない時間だけど、俺は案外気に入っている。


 お互いに注文する物はいつも同じ。

 俺がコーヒーで、夢原さんがアイスティー。

 店員さんにも、いつものをお願いしますって言えば伝わるようになった。

 もうすっかり常連だ。


「キーホルダー」

「え?」

「いや、付けてきたんだなって」

「あ、うん」


 夢原さんカバンには、小さなクマのぬいぐるみのキーホルダーが付いていた。

 あの日、俺たちで一緒に取ったものだ。


「部屋に飾ってたんだけど、可愛いなーって見てたらその……我慢できなくて。これくらいなら許されるかな? 挑戦してみようかな? とか思ったんだ」

「そっか……良かったんじゃない? 結構すんなり受け入れられてたしさ」

「そうだね! まぁ思ってた感じとは違ったけど……彼女からのプレゼントだって勘違いされるとは思わなかったなぁ」

「あはははは……そこはドンマイとしか言えないよ」


 つくづく王子様な女の子だ。

 でも、夢原さんも自分らしさを変えようと頑張ったんだな。

 今を変えるために、一歩踏み込んだんだ。

 凄いと思うよ、素直に。


「予想とは違ったけど……今日は良かった。ほんの少しずつで良いから、これからも挑戦してみようかなって思う」

「うん、良いと思う。凄く立派だよ」

「り、立派なんて言い過ぎだよ」

「いいや立派だ」


 少なくとも俺よりずっと。

 諦めたまま過ごしていた俺より、先に一歩を踏み出した彼女は立派だと思う。

 俺も頑張らないと……な。

 まず何からできるか、考えるところからスタートだけど。


「ところで白濵君」

「ん、なに?」

「もうすぐゴールデンウィークだよね! 休みだよ?」

「そうだね。夢原さんはゴールデンウィークも休みはなさそうだったけど」

「あーうん、そうなんだよねぇ」


 休み時間にゴールデンウィークの話題になった途端、女子たちがこぞって遊びに誘っていた。

 隣で聞いていたけど戦慄したよ。

 まさか一分足らずで予定が埋まってしまうなんて。

 俺には考えられない事態だからな。


「休み明けは愚痴がたくさん溜まってそうだね」

「あははははっ……まぁ私はそんな感じなんだけどさ。白濵君は? ゴールデンウィークに予定とかないの?」

「俺の予定?」


 リョウスケにも同じこと聞かれたな。

 まさか夢原さんにも尋ねられるなんて思わなかった。


「俺は全然だよ。なんにも決まってない」

「そうなんだ。じゃ、じゃあちょっと聞いてほしいお願いがあるんだけど……」

「お願い? 俺に?」

「うん。これなんだけどね」


 夢原さんはカバンから一枚のパンフレットを取り出した。

 俺は覗き込み、デカデカと書かれている文字を読み上げる。


「ケーキバイキング?」

「そう! 最近新しく出来たお店でね? すっごく美味しいって評判なんだ!」

「へぇ~ 知らなかったなぁ」

「ここからちょっと遠いからね。それに男の子には入りずらい見た目のお店でしょ?」

「確かに」


 パンフレットにはお店の外観や店内、お客さんが楽しむ様子も乗っている。

 女の子、女の子、女の子ばかり。

 全てが女子女子しているお店だ。

 少なくとも、男だけで入る店じゃないな。


「で、このお店がどうしたの?」

「実はね? ゴールデンウィーク限定でセールをやってるんだ。普段はもっと高いんだけど、期間中は金額が半分になるの」

「半分? それは凄いな」

「でしょ? だから行きたいんだけど……その、条件がね? あるんだ」

「条件?」


 夢原さんはモジモジしながらパンフレットの指さし、ここだよと教えてくれる。

 華やかなパンフレットの下の方に、セール対象者の条件が記されていた。

 それを見た瞬間、夢原さんがモジモジしていた理由がわかる。


「カップル……限定?」

「そ、そうなの。このセールは男女のペアのお客さんが対象なんだ」

「な、なるほど?」

「それでね? お願いなんだけど……もし良かったら、一緒に行ってくれないか、な?」


 途中から予想していたけど、実際に聞こえたらドキッとしてしまう。

 まさか夢原さんからそんな誘いを受けるなんて……。


「い、嫌だった? もしかして甘いものは好きじゃない?」

「そんなことないよ。むしろ好きな方だけど……俺で良いの?」

「うん! 条件は男女ペアってことだし、白濵君は男子だから大丈夫だと思う!」


 い、いやそういうことじゃないんだけど……。

 夢原さんはわかっているのかな?

 男女ペア、カップル限定のお店に行くってことが、周りからどういう風に見られるのか。

 俺でも気づいて意識してしまうのに。


 改めて夢原さんの顔を見る。

 意識していない……なんてことはなさそうだ。

 ちゃんと顔が赤い。

 恥ずかしさを感じながら、俺にお願いしているのがわかった。

 そうだと気づいたら、断るなんて出来ないな。


「わかった。俺で良ければ」

「本当? ありがとう!」

「いや……」


 そんなに喜ばれるとは。


「それでいつにするの?」

「えっとね、一日の一時からにしようと思ってるんだ」

「一日? あれ、その日って予定があるとか言ってた気が……」

「あ、うん……これが、その予定」


 夢原さんは小声でそう呟きながら、そっと目を逸らす。

 

 なんだよそれ。

 つまり最初から、俺を誘うために予定があるって嘘を?

 そんなの聞いたら……。


(服装とかどうしようかな)

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