恋人のように①
四月の終わり。
新しいクラスの雰囲気にも馴染み、人間関係の再構築も終わった頃。
教室の中でもグループで塊が出来て、仲の良い人たちで楽しそうに話す。
初めの頃に比べて賑やかになった。
特に休み時間は、好きな人同士で集まる人が多くなったな。
まぁもっとも、俺の隣はずっと賑やかだけど。
「へぇ~ 夢原さんって一人っ子なんだぁ~」
「あんんたその話もう十回は聞いてるでしょ?」
「だって想像しちゃうじゃん! もし夢原さんにお兄さんとかお姉さんがいたらって……」
「……ああ、それ良い」
夢原さんは女子たちに囲まれて話題の中心にいる。
相変わらず彼女の周りは賑やかだ。
こういうのって普通は最初だけで、時間が経てば飽きて静かになるものだけど……。
彼女の場合は半永久的だ。
去年から変わっていないな。
「あれ? 夢原さんのかばんにキーホルダーがついてる!」
「え、あ、ホントだ!」
会話の途中、一人の女子がそのことに気付いて話題に出した。
クールな夢原さんもビクッと反応を示す。
俺は登校した時から気付いていたけど、案外見られていないのかな?
さて、どんな反応をするだろう。
そこには俺も興味があったから、机に肘をつき頬を乗せ、右耳を夢原さんたちの声に集中させる。
「このキーホルダー可愛い~」
「でも意外! 夢原さんってこういう可愛い系ってつけてこないと思ってたよ」
「だよね。夢原さんにはあんまり似合わないかなぁー」
「そ、そうかな……」
案の定、反応は微妙か。
酷くは言われていないけど、ほしい言葉じゃない感じ。
夢原さんも予想はしてただろうけど、その表情は少し悲しげで……。
「そうかな? 私はアリだと思うよ? 格好良い夢原さんが可愛いぬいぐるみを……良い」
「ほぉ~ ギャップ? そのギャップが良いんだね?」
「そうそう!」
「あー、そう言われたらアリな気もしてきた!」
一人の肯定的な意見から話が盛り上がり、周囲の雰囲気は一変した。
望んでいた方向性とはちょっと違うかもしれない。
それでも、彼女が可愛いものを身に着けている。
女の子らしさのほんの一部……その事実があっさりと肯定されたんだ。
(良かったね。夢原さん)
「……何ニヤついてんだタクト、気持ちわりーぞ」
「ふぐっ! に、ニヤついてないし」
「いや気色悪かったから」
しまった油断した。
夢原さんのほうに集中しすぎてリョウスケが一緒なの忘れてたよ。
しかしニヤけてたのか……俺。
あのキーホルダーの思い出を知っているのが俺だけだから?
だとしたら……確かに気色悪ったかもな。
「でもでも! 本当に意外! 夢原さんってこういうの興味ないと思ってた」
「うん私も。それって自分で買ったの?」
「あ、えっと、貰ったんだ」
「へぇ~ 誰かからのプレゼントなんだぁ」
周囲にいた女子たちは、互いに顔を見合わせる。
誰がプレゼントしたのかを確かめるため。
それぞれ違うと首を振り、誰も不自然な反応を見せない。
みんなも気になるだろう。
彼女には意外と思わせるプレゼントを、一体誰がしたのか。
「私でもないし、じゃあ誰が……はっ! まさか……夢原さん、それって……」
「な、なに?」
なんとなく嫌な予感がする。
この流れはもしや……あらぬ誤解をされるんじゃ……。
「彼女からのプレゼントなんじゃ!」
「え?」
女子たちからは「えええええええ」という悲鳴のような声が響く。
その音にかき消されながら、俺は驚きのあまり肘から頬を滑らせた。
(そこは彼氏だろ!?)
「お、おいタクト急にどうした?」
「な、何でもない」
思わず大声でツッコミそうになった。
勘違いするにしても性別が逆だろ普通は。
どこまでも彼女たちにとって夢原さんは王子様なんだな……。
「ねぇ彼女なの? そうなの?」
「ち、違うよ? そういうのじゃないから。これも親戚の子に貰ったんだよ」
「そうなんだぁ~ 良かったぁ~」
こんな時でも夢原さんは冷静だな。
さらっと嘘の言い訳をして納得させてしまった。
話題が落ち着き、唐突に切り替わる。
「あ、そうだ夢原さん! もうすぐゴールデンウィークだけど、夢原さんは予定とかあるの?」
「ゴールデンウィーク? そうだね。一日は予定が入ってるかな」
「そうなんだ。じゃあ他の日であ、遊びに行かない?」
「うん、良いよ」
「あ、ずるーい! あたしもあたしも!」
ゴールデンウィークの話になって盛大に盛り上がり、キーホルダーの件は流れたようだ。
今は休み中の夢原さんの取り合いになっている。
学園が休みでも、王子様はみんなの期待に応えないといけないのか。
ほとほと大変な役だな。
「タクトはどうなんだ? ゴールデンウィーク」
「どうって?」
「予定があるかって聞いてるんだよ。せっかくの長期連休だぞ」
「うーん……特にないかな? 去年と同じ、家でのんびりすると思う」
長い休みだからって特別することもない。
休みなんだから家で過ごすことだって間違いじゃないだろう。
「かーつまんねーな! 休みなんだからはっちゃけろよ!」
「人それぞれだ。というか、お前は遊びすぎて宿題を忘れないようにしろよ? 去年は見せたけど今年は知らないからな」
「うっ……宿題……聞きたくない」
「やれやれ」
休み時間終了のチャイムが鳴る。
次の授業が始まるから、集まっていたみんなも自分の席へ戻り始めた。
ようやく静かになった隣の席。
すると、ぶるっと俺のスマホが振動した。
覗くとメッセージが一件。
ユウキ:今日の放課後もいつもの場所で!
隣を向く。
夢原さんがニコッと笑う。
タクト:ラジャ!
返信したメッセージを夢原さんが見る。
その横顔は、なんだか嬉しそうに感じた。
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