俺たちは断れない

 時間が過ぎ、体育の授業も残り五分となった。

 教師が全員に指示を出す。


「よーし! 時間だからそこまでだ! 片づけを始めろ」


 指示された後は一斉に片付け作業を始めた。

 俺とリョウスケもその中に。


「はぁ……なんで反省文なんか書かなきゃいけねーんだよ」

「俺に関してはとばっちりだぞ」

「くそっ……全部あいつのせいだ」


 そう言ってリョウスケは女子のほうへ視線を向ける。

 ボールを拾い集めているサキも視線に気づき、俺たちを見るなりムスッとして挑発するように舌を出す。


「なっ! あいつ反省してないだろ!」

(……お前もな)


 と心の中で思ったけど口にはしない。

 面倒だから。

 そのまま普通に片づけをしていたら、俺のほうに駆け寄ってくる男子生徒が一人。


「なぁ白濵、ちょっといいか?」

「竹下? なに?」

「悪いんだけどさ、俺の代わりにボール籠を倉庫に閉まってほしいんだよ。他の奴にはもう断られてさぁ~ まっじゃんけんで負けたから仕方ないんだけど」

「ん? じゃんけん?」

「あ、いやなんでもない! とにかく頼めないか? 俺さっきから腹が痛くてさ。トイレに行きたいんだよ」


 そう言って腹を抑える竹下。

 バタバタと足を動かし急いでる風を装う。


「……わかった。漏らすなよ」

「お、おう! ありがとな白濵!」


 流れるように感謝の言葉を口にして、竹下は走り去っていく。

 残されたボールいっぱいの籠。

 俺は手に持っていたモップを壁にかける。


「そういうわけだから悪い。モップ掛け、残りは頼む」

「……いいけど、お前さぁ~ 今のは断っても良かっただろ」

「いや腹痛いっていうし」

「あれ嘘だぞ。ほれあっち」


 リョウスケが指をさしたのは体育館の外周。

 女子側の扉の向こうに竹下が走っていくのが見えた。

 あっちはトイレとは逆方向だ。


「あいつ最近彼女が出来て浮かれてたからな」

「ああ、そういうことか」

「つーかお前もわかるだろ? さっきのが嘘だってことくらいさ」

「……まぁ」


 トイレに行きたいという割に、彼からは緊迫した感じが伝わってこなかった。

 そもそもじゃんけんで負けたとか漏らしてたしな。


「でも別に、俺は急いでいるわけでも、予定があるわけでもないからさ」

「だからって引き受けなくてもいいだろ。お前って頼まれたら断らないよな? そんなんだと良いように使われるだけだぞ」

「突き放すよりは良くないか?」

「状況によるって話だ。お前はどんなお願いでも基本……まぁいいか。お前が納得してるならそれで良い。んじゃいってら」


 呆れたようにため息をついて、リョウスケはモップ掛けを再開する。

 リョウスケなりに俺のことを心配してくれたのはわかった。

 それを有難く思いつつも、俺は彼に背を向ける。

 俺はボール籠を押しながら、体育館の外へと移動した。

 体育館から少し離れた場所に、用具を収納するための倉庫がある。


「なんで校舎は新しいのに、倉庫だけ外にあるんだよ……」


 なんてぼやきながらボール籠を運ぶ。

 だからみんな片付けも面倒がって、ボール籠をしまう作業はやりたがらない。

 誰だって貧乏くじを引いたと思うし、嫌なことを誰かに押し付けたいって気持ちも普通ではある。

 そんな風に思っていたら……。


 ガラガラゴトン――


 俺とは別に、車輪が転がる音が聞こえた。

 振り向くとそこには、俺と同じようにボール籠を運ぶ夢原さんの姿があった。


「あ、やっぱり白濵君だったんだ」

「夢原さん」


 彼女も俺と同じようにボール籠を運ぶ。

 中身はバレーボールだけど。

 

「偉いね白濵君。みんなが一番やりたがらない仕事を率先してやるなんて」

「……いや、そういうわけじゃないから」


 俺は彼女と並んで倉庫まで歩き、道中に事情を説明した。

 率先したわけじゃないから、誇れないということも。

 ボール籠を倉庫に移動し終える。


「そんなわけだから、夢原さんんほうが立派だよ」

「ううん、私も違う。私の場合は……他の子が片付ける感じだったんだけど、その子が嫌そうな雰囲気を出してて、誰か代わってくれないかなーって」

「なるほどね」


 話しの途中だけど、この時点で流れは読めた。


「立候補しちゃったんだ」

「うん。なんだかそういう雰囲気だったからさ。もう行くしかなくて……」


 王子様なら助けてくれる。

 そんな雰囲気が女子たちの周りであったのだろうな。

 一斉に向けられた期待に、彼女は気づいて応えるしかなかった。

 

「はぁ……あーいう時って断れないんだよね、私って……」

「断れない……か」


 ふと、リョウスケに言われたことを思い出す。

 リョウスケは俺を、頼まれたら断らない奴だと言った。

 だけど違う。

 俺は断らないんじゃなくて、断れないんだ。

 夢原さんも同じように、そういう状況になったら断れない……逃げられない。

 いや、一緒にするのは失礼か。


「やっぱり似てるね、私たち」

「……いいや、今回は違うよ」

「え?」

「俺が断れないのは自分のためだけど、夢原さんの場合は周りのみんなのためだからさ」

 

 俺は自分が嫌われて孤立するのが怖い。

 断った後のほうが面倒になるから、断れないだけだ。

 夢原さんは俺とは違う。

 周りの期待に応えるために、王子様であるために断れないだけ。

 自分のためとみんなのため。

 ほら、全然違うよ。


「夢原さんは立派なんだよ」

「ううん、違うよ。私が断らないのも、みんなに嫌われたくないからで、失望させたくないんだ……だから同じだよ? 白濵君と私って」


 そう言って彼女は笑う。

 情けなく、透き通るように綺麗な笑顔を見せる。


「ちゃんとしないとね。雰囲気に流されないように……変わりたいな」

「……そうだね」


 同じだと言った。

 俺はまだ違うと思ってしまう。

 それでも彼女は同じだと、似た者同士だと思っている。

 俺は自分が間違っていることを自覚していた。

 ならば彼女の行動も間違いになってしまう。

 

 だったら変わらなくちゃ駄目だ。

 俺も彼女も。

 まずは俺から変わる努力をすべきだろう。

 俺の方が聊か、状況も楽だからな。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


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