乱暴な女の子

 学園での王子様な夢原さんと、らしくない女の子な彼女。

 両方を知ってしまえば、普段の彼女もどこかぎこちなく見える……。

 なんてことはなかった。


 今は体育の時間。

 体育館の真ん中をネットて区切って男女を分け、女子はバレーボール、男子はバスケットボールをしている。

 女子のほうはちょうど夢原さんが試合をしていた。

 誰も彼もが彼女に注目する中、相手のスパイクで乱されながら、夢原さんにトスがあがる。


「夢原さんお願い!」

「任せて!」


 高々とジャンプした彼女の綺麗な空中姿勢は、小さい頃からバレーを続けてきたと言っても騙せてしまうほどだった。

 バレーに関して詳しくない俺でも、その凄さがわかる。

 華麗に宙を舞い、力強くボールを打ち抜き得点。


「ふぅ」

「キャー! 夢原さん素敵―!」

「さすが私たちの王子様ね!」


 観戦していた女子からは黄色い声援が飛び交う。

 男子ならドヤ顔を我慢できないシチュエーションだろう。

 それが一人の女の子に向けられている。

 よくよく考えたらおかしな光景だ。

 ただ彼女の場合は、そんな黄色い声援の中でも王子様らしさを忘れない。


「ナイスアタックだよ夢原さん。私はちゃんとレシーブ出来なかったのに……」

「ううん。あんなに速いボールを上げてくれたのは君だよ? だから私も全力で跳べたんだ。君のお陰だよ」

「ゆ、夢原さん……キュンッ!」

「……キュンって」


 もう完全に恋に落ちる時のトキメキじゃないか。

 コートの片隅で座って休憩していた俺は、夢原さんの様子が気になって反対側のコートを見ていた。


「おうおう。体育でも絶好調だなあっちは」

「みたいだな」


 そこにリョウスケもやってきて、隣に座る。

 俺たちのほうは他のチームが試合中だ。

 決してサボっているわけじゃない。

 体育が面倒だから疲れたフリをして座っているだけでも……ない。


「すげーよなぁー夢原さん。成績も優秀で顔も良くて、極めつけにはスポーツまで得意って。どんだけ恵まれてんだか」

「恵まれてる……わけじゃないと思うけど」

「ん? どういう意味だよ?」

「……別に」


 俺はゲーセンで聞いたことを思い返す。


 私はスポーツが得意なんかじゃないよ。

 むしろ苦手だよ!


 普段の彼女を見ている人には、絶対に気付けないだろうな。

 スポーツが苦手で、そう見せないように影で努力をしているなんて。

 この秘密も、俺しか知らない。

 王子様がここにいるのは、天の恵みでも運命でもなくて、ただそうあろうと努力したから。

 いいや、そうなるしかなかったからだと……。


「――なーに二人してサボってんだよっ!」

「うっ!」

「イテッ! てめぇーサキ! 頭蹴るんじゃねーよ!」

「はんっ、隙だからなのが悪い。というか堂々とサボってるのが悪いんだよ」


 一瞬は教師に注意されたのかと思った。

 でも声を聞いてすぐ別人だとわかった。

 俺の背中とリョウスケの頭を一発ずつ蹴り飛ばしたのは、男子ではなく女子。

 派手なサラッとした金髪ショートで、片耳を見せるように髪を耳にかけているのが特徴的な、見るからに元気そうな女の子。

 夢原さんとは別の意味で男勝りで豪快な彼女は、俺とリョウスケの友達『響谷咲ヒビヤサキ』。


「サボってんじゃなくて休憩してんだよ! 大体お前こそサボってんじゃねーのか?」

「一緒にすんな! あたしはさっきので試合が終わったんだよ」

「だったらお前も向こうで休憩して来いよ。なんで男子側に平気で来てんだ?」

「二人がサボってるのが見えたからだよ。感謝してよ? 注意される前に教えてあげてるんだから」


 ドヤーと注意しにきた自分を誇るように、彼女は両腕を組んでふんすと笑みを浮かべる。

 図々しい限りだが、彼女なりの善意があるのは確かだ。

 後ろから蹴り飛ばすのは勘弁してほしいけど。


「でもサキ、いくら注意のためでも真ん中を越えちゃまずくないか? 俺たちじゃなくてサキが注意されるぞ?」

「そうだそうだ! 体育中は男女不可侵なんだぞ! いくらぺちゃんこだからってさすがに教師も許しちゃ――」

「天誅ゥ!」

「ぐえぇ!」


 今のはリョウスケが悪いな。

 サキのパンチが思いっきりリョウスケの溝に入った。

 いくら女の子の拳でも急所に入れば相当くるだろ。

 リョウスケは膝から崩れ落ちた。


「て、てめぇ何しやがる……」

「他人の身体的特徴を笑うなんてサイテーだぞ!」

「わ、笑ってねぇーよ、ただお前がぺちゃんこだって事実を述べた――」

「ふんっ!」

「うおっと!」


 サキの豪快な回し蹴りが炸裂。

 体操着だから良かったものの、スカートなら色々見えてる豪快さだぞ。

 リョウスケは間一髪身をかがめて回避した。


「ちっ」

「が、顔面はアウトだろ!」

「いやお前の発言もアウトだから。大人しく蹴られたほうが良いぞ」

「おっ、さすがタクト。良いこと言う」

「お前はこっちの味方だろ!」


 悪いなリョウスケ。

 お前の巻き添えで俺まで蹴られるのは嫌なんだ。

 サキの蹴り……普通に痛いし。


 リョウスケに向けて合掌。


「どんまい」

「裏切者おおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」

「授業中だぞお前らっ!」


 天誅が下る前に教員に注意されて、なんとか生き延びたリョウスケ。

 結局三人とも怒られて、周りからは笑われた。


「ふふっ、楽しそう」


 そんな俺たちを……俺を、ネットの向かい側から見つめて微笑んだ彼女に、俺は惜しくも気付かなかったんだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


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