王子様も怒る

 昼休みの中庭に、生徒たちの視線が集まっていた。

 みんなの視線の先にいるのは、今話題の二人の男女だ。


「やぁ夢原さん、こんなに早く声をかけてくれて嬉しいよ」

「いえ、こちらこそ。すぐに返事を出来ずにすみませんでした」


 自称王子様の朱雀先輩と、女子たちの王子様夢原さん。

 二人が向かい合っている様は、確かに見られる絵にはなっている……か。

 そう認めたくない自分がいるのは、もうわかってる。

 ただこの、胸の奥に燃える苛立ちの理由だけが、どうしてもわからない。


 俺は夢原さんの顔が見える位置に立ち、じっと見守っていた。

 先輩がしゃべってしまって噂になったから、もう隠れて見張る必要もない。

 他のみんなも興味津々に、二人の姿を目に焼き付ける。


 夢原さん……なんて答えるのかな?

 昨日は断る気満々で、そのための準備もしていたけど……。

 今朝から今までもてはやされて、お似合いだと散々言われて、考えを変えてしまったら?


「……自分勝手だな、俺は」


 自分で考えろと言ったのは俺じゃないか。

 彼女が自分で選んだなら、それは俺がとやかく言えるものじゃない。

 たとえ……どんな結果であろうと。

 俺と彼女はただの……友達でしかないんだから。


「それで、返事を聞かせてもらえるんだよね?」

「はい。その、せっか――」

「まぁ聞かずとも返事は一つだよね? 僕からの告白を断るなんてありえないだろうし」

「え……」


 彼女の返事を遮って、自信満々に先輩は公言した。

 その一言は周囲にも届いている。

 当然ざわつく。


「すっごい自信だね~」

「うん。でも先輩からの告白なら、確かに断らないかも」

「ねー。合うかどうかは付き合ってから考えれば良いし。私なら一旦は付き合うかな」

「それわかるー」


 周りで聞こえた女子の意見は大体同じだった。

 顔が良くて人気のある先輩からの告白なら、一度は受け入れるものだと。

 ものすごくふわついた意見だけど、気持ちは理解できなくもない。

 俺の場合は、断って相手を傷つけたくないから……だけど。


 ただ……。


「あの、私は先輩のことほとんど知らなくて」

「大丈夫さ。それは今から知って行けば良い。大事なのはまず付き合うことだよ。誰の目から見てもお似合いな僕たちなら、きっと理想のカップルになれるさ! 見ているみんなも同じ気持ちなんじゃないかな?」


 そう言って先輩は周囲に視線を向ける。

 見られているのに同等としているのは素直に凄い。

 自信に満ちた表情は、自分がフラれるなんて微塵も思っていないのだろう。

 そして周囲も……同じだ。


「君も僕も、この学園で王子様なんて呼ばれてるんだ。最初、僕は君のことも疑っていた。女子生徒が王子様って、適当に言ってるだけだろうなって。でも見てみたら納得だ。確かに君は王子様だよ。女の子たちがもてはやすのもわかる」


 ステージの上で役を演じるように、先輩は語り口調で続ける。


「格好良くて、運動も出来て、勉強も出来て、優しくて気が利く。そして極めつけはその笑顔。まさに理想の王子様、僕と同じだ」

「は、はぁ……」

「君も考えたことはないかい? 自分に相応しい相手は誰なのか。隣に並ぶ相手は、自分に見合った人でなくてはいけないんだ。そうじゃないと、自分の価値も下げる。その点、僕と君はピッタリだよ。男の王子と女の王子様。この組み合わせは何よりお似合いだろう?」

「お似合い……ですか」


 ドクッ、ドクッ――


 まただ。

 胸がざわつき出す。

 そして何より、苛立ちがどんどん強くなっていく。

 今までで一番腹がったっている。

 

 何に?


 あの男のしゃべり方が芝居がかっててムカつくから?

 夢原さんが昨日の話通りに断らないから?

 見ている周りが誰も彼も、楽しそうにニコニコしているから?


 全部当てはまりそうだ。

 たぶん俺は、そういう理由で苛立っていたんだと思う。


 けど、今は何か違う。

 苛立ちの正体、根本は他にある。


「もうわかっただろう? 君の王子様らしい格好良さを引き立てられるのは僕しかいないって」


 ――ああ、そうか。


 わかった。

 俺が今、無性に苛立っている理由はあいつだ。

 あの男の、告白の理由なんだ。

 さっきから聞いていてれば、格好良さだと王子様だの……あいつが見ているのは全部、王子様としての夢原さんだけじゃないか。

 外側しか見ていない。

 本当の夢原さんは、可愛い物が好きで、甘いものが好きで、漫画が好きで、ゲームが好きで……。

 王子様なんて名前より、無邪気で可愛い女の子っていうほうがしっくりくる。

 少なくとも俺にとって、夢原さんはそういう女の子だ。


 俺はそれを……俺だけは知っている!


「……ははっ、なんだそれ……結局そういうことか」


 イラつくわけだよ。

 まったく。


「おっといけない。そろそろちゃんとした言葉で返事をもらわないとね? わかりきったことでも言質は必要だ。さぁ頼むよ」

「私は……」


 答えはイエスしかない。

 そんな雰囲気が、視線が、夢原さんを苦しめている。

 自分の気持ちの整理は後回しだ。

 今は困っている夢原さんを助けたい。

 けど、俺が飛び出したところで逆効果にしかならない。

 受け入れるにしろ断るにしろ、夢原さんが自分で言うしかないんだ。


 俺に出来ることって何だ?

 何がある?

 何なら――そうだ!


「どうしたんだい? 返事を聞かせてくれないかな?」

「……」

 

 その時、彼女のポケットが振動する。

 振動の主はスマホ。

 メッセージではなく、着信だ。


(白濵君?)

「ん? どうしたのかな?」

「あの、急な連絡があったみたいで、出ても良いですか?」

「……すぐに終わるなら。あまり僕を待たせないでほしいね」

「すみません」

 

 彼女は通話ボタンを押す。

 スマホを耳に当てる。


「はい」

「――自分の気持ちのままに言えば良いよ」


 俺に言えることは少ない。

 時間も短い。

 ただ本心を、思ったことをそのまま伝えよう。


「大丈夫。王子様だって、偶には怒ることだってあるんだから」

「――!」


 通話終了のボタンを押す。

 俺に言えるのはこれだけだ。

 ちょっと、自分の苛立ちも混ざってしまったけど……。


 あとは――


「夢原さん次第だよ」


 俺は見守るだけだ。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


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