いつかもう一度

「話は終わったかな? いい加減返事をくれないか?」

「……はい。ではお返事させていただきます」


 改めて注目が集まる。

 そんな中、夢原さんは堂々とにこやかに言う。


「ごめんなさい。せっかくお誘いですけど、お付き合いは出来ません」

「――なんだって?」


 周囲がざわつく。

 当然、意外だと思う人が多かったから。

 笑っているのは、俺だけかもしれないな。


「聞き間違いかな? もう一度言ってもらえるかな?」

「お断りすると言ったんです。私は先輩とは付き合えません」

「……なぜかな?」

「私は先輩のことを知りません。昨日初めて知ったくらいです。当然、好きでもありません。告白は嬉しかったです。でも、好きな人と以外は付き合えません」


 その言葉は、昨日の夕方一緒に考えていた断り文句だった。

 あれが彼女の本心なんだ。

 告白は嬉しくて驚いたけど、好きじゃない。


「それに先輩だって、私のことが好きというわけじゃありませんよね?」

「なっ、そんなことないさ」

「ならどうして、一度も好きだと言わないんですか? 格好良いとかお似合いとか、そればっかりで一度も好きって言ってませんよね?」

「そうだったかな? ははっ、そんなに言って欲しかったのなら先に教えてくれよ。僕は君のことが好きだよ」


 先輩は臆面なく夢原さんに好きだと言った。

 その言葉の軽さは、俺だけじゃなく見ている大勢の人たちにも伝わるレベルだ。

 だから夢原さんは小さく笑った。


「指摘されたから言っただけで、全然気持ちが籠っていませんね? そんな人とはやっぱり付き合えません」

「ま、待ってくれ! わかっているのか? 君だって気付いているだろ? 皆が僕たちをお似合いだと思っているんだ。僕に相応しいのは君しかいないと!」

「本当にそうでしょうか?」

「なに?」


 動揺して表情が崩れていく先輩に、夢原さんは笑顔のまま、しかし冷たく語りかける。


「先輩がお似合いと思っているだけで、全然そんなことありませんよ」

「何を言う。謙遜することはない。君はちゃんと格好――」

「私じゃなくて、先輩がですよ」

「な、何を……」

「私は先輩のことなんて知りませんでした。今見ても、先輩が王子様には見えないんです。だって先輩ってさっきから自分のことばかりじゃないですか。王子様っていうのは、いつだってみんなのためにいるんですよ?」


 それが、夢原さんが王子様であるために心がけていることであり、本質でもあった。

 みんなから求められるからこそ応える。

 自分のためではなく、周囲のイメージを守るために王子様であり続ける。

 彼女はいつだって、誰かのためにその役を演じてきたんだ。


 自分のことしか考えていないような、偽物の王子様とは違う。

 その差こそが決定的だった。


「いや待て! 勘違いしてはいけないぞ? 僕だっていつもみんなのことを考えてだな!」

「ふふっ、必死ですね。そういうところも王子様らしくないですよ」

「なっ、く……」

「残念ですけど、私の答えは変わりません。私は先輩とは付き合いません。先輩って――」


 夢原さんは堂々と前へ歩く。

 彼に近づき、すれ違いざまに冷たく言い放つ。


「格好良くありませんね」

「っ……」


 大勢の人たちで見守れた告白は、静寂の中で幕を下ろした。


  ◇◇◇


 カランカラン――

 入店のベルと一緒に二人が入り、いつもの席に座る。

 注文するのもコーヒーとアイスティー。

 これが俺たちの放課後。


「はぁ~ 緊張したぁ~」

「今日は本当にお疲れ様だったね」

「本当だよぉ。あんなに見られながらとか聞いてない。すっごく緊張した。それもこれも、あの人が勝手に話すからだよ!」

「そうだね。最初から最後まで、あの自称王子様の先輩に振り回されてたな」


 あのお昼休みからずっと我慢していたのだろう。

 ここに来て、彼女の怒りは再び爆発していた。

 喜んだり戸惑ったりする夢原さんは見て来たけど、ここまでイライラしている姿は初めてだな。


「はぁーもう、これなら女の子からの告白のほうがマシだよ」

「それが言えちゃうのは凄いなぁ」

「だって本当だから。もう二度となくて良いよあんなの……白濵君、ありがとね。あの時電話してくれて。あれがなかったら私、その場の空気に流れてたかもしれないよ」

「いや、俺もなんというか見てられなかったからさ」


 話しながらコーヒーを飲む。

 あの時、一歩でも踏み出せた自分が少しだけ誇らしい。

 相手の顔色を窺ってばかりだった俺が、自分の都合を誰かに押し付けるなんて……いつぶりだろうな。


「それにしても、思って以上に鋭い言葉が出てたよね。あれは普通にびっくりした」

「うっ、あの時は苛立ってて、なんか口調が鋭くなって……もうこの際嫌われてもいいやーくらいな感じで言ったら……」

「はははっ、逆に支持されちゃったよね」


 先輩をこっぴどく振った夢原さん。

 王子様らしからぬ行動に見えたのだけど、周りの反応は意外なものだった。


 ハッキリしてる王子様も素敵!

 私も冷たい口調で叱られてみたい!

 やっぱり学園の王子様は夢原さんだけだね!


 とかいろいろ言われていた。

 中でも男子たちの多くは、先輩のキザな感じがムカついていたらしい。

 ざまぁみろと影で笑っている姿も見かけたな。

 今頃先輩はどんな気持ちなんだろう?

 ちょっと気になるのは、俺も性格が悪いな。


「とにかくもうコリゴリだよ。まぁもう男子に告白されることはなさそうだけど」

「そうでもないんじゃないかな?」

「えぇ~ ないよ。あれだけ堂々と降った姿を見せちゃったし、男子はみんな怖がって近寄らないよ」

「それはちょっとはありそうかな? けど、もう一回くらいはあると思うな」


 本気で夢原さんのことを好きな人がいて、気持ちを伝えようとする。

 そんな日が、必ず訪れる。

 

 だって、ここに一人いるからな。


 彼女が好きだと気づいて、いつか告白すると心に決めてる男が。


「いつか来るよ、夢原さんのことが本気で好きな人に、ちゃんと告白される日が」

「そう……かな? 本気なら……ちょっと楽しみ、かな」

「うん。楽しみにしておいて」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】

ご愛読ありがとうございます。

物語としてはここで一区切りとなります。

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