告白と困惑

 二人がカフェを出て行き、また二人だけになる。

 さっきまで騒がしかったから、余計に今が静かに感じる。

 カップを置くカランという音が、いつになく響いて聞こえるのはそのせいだろうか。

 絶妙な静寂が続く。


「……さっきの言い訳、気づいてくれてありがと」

「ん? ああ、夢原さんが俺に相談してるってやつか。あれは最初わかんなかったけど途中で気付けて良かったよ」

「うん。なんの打ち合わせもなく話せたのは奇跡だね」

「そうだね。けどさすが夢原さんだよ。話もそれっぽくて嘘に聞こえなかった」


 夢原さんほど有名人なら、いろんな人から相談を持ち掛けられる。

 その中に、男がらみもあるのは普通だろう、と俺も納得してしまったくらいだ。


「たぶん実際にあったから咄嗟に出てきたんだと思うよ」

「え? そうなの?」

「うん。前になんどか恋愛相談? みたいなことも受けたんだ。男の子に告白されてどうしよーとか。告白したいけど勇気がでないとかだね。意外と多いんだよ? 知らない所で告白とかしたりするの」

「なるほど。実体験だったか」


 通りで話しにリアリティーがあったわけだ。

 夢原さんもそういう相談を受けたりしていたんだな……。

 

 ふと、頭に思い浮かんだ疑問が一つ。


「夢原さんはどうなの?」

「なに?」

「告白とか、されたことあるの?」

「え……」


 夢原さんは驚いて、困ったような顔をした。

 その表情を見てようやく、俺は自分が何を尋ねたのか気が付く。


「あ、ごめん! なんとなく聞いてみたくなったというか。夢原さんって学園で凄い人気だからさ。そういうのもあるのかなって」


 自然と早口になる。

 我ながら気持ち悪いな。

 でも、気になってしまったんだから仕方がない。

 もう口に出してしまったし、夢原さんは答えてくれるだろうか?


「えっと……あーまぁ……告白はされたことあるかな」

「あ、そうなんだ」


 あれ?

 なんで俺、ガッカリしてるんだろ。


「でも、なんていうかぁ……あんまり大きな声では言えないというか」

「それは告白なんだし、相手のこともあるから」

「そうじゃなくてね? 私の場合はその……そもそも性別が違ったというか……」


 消え入りそうな声量で夢原さんがそう言った。

 答え辛そうにしていた意味を、俺はこの時点で理解する。

 よく思い返してみれば、いつも彼女の周りでキャーキャー言っていたのは全員……。


「女の子から?」

「……うん。普通こういうのって異性からのほうが多いよねぇ」

「まぁそうだろうね。ちなみに比率は?」

「……十三対ゼロです」


 比べる以前の問題だった。

 知らないうちに十三人もの女性から告白されていた事実にも驚きだけど。

 同性からの告白か。

 それは中々……というか夢原さんならではの経験だよ。


「一応聞くけど、夢原さんってそっちの気は――」

「ないない! 私だってちゃんと男の子が好――きですよぉ?」


 途中で恥ずかしくなったのか、好きの部分から尻つぼみになった。

 それを聞けてホッとしている自分がいる。

 本当になんだ?

 さっきから俺も変だぞ。


「まぁそんな感じだからさ。私も経験ないし、相談されてもちゃんと応えられなくて困ること多いんだよ」

「いろんな意味で大変だね。ホント」

「うん。全部自分のせい……なんだけど。はぁ……いつか来るのかな? 男の人から告白されて、誰かと恋に落ちたり……するのかな?」

「……どうなんだろうね」


 その問いの答えを、俺は持っていない。

 いや、違うな。

 考えたくないと思った。

 だけど、そんな気持ちは自分勝手だ。

 そう、まるで世界が俺に告げているように、その日は突然やって来た。


  ◇◇◇


「夢原悠希さん。僕と付き合ってくれないかな?」

「……え?」


 その場面に出くわしたのは、本当にただの偶然だった。

 昼休みの終盤にトイレに行って、少し遠回りをして自販機に寄った。

 帰りはこっちが近いからと、校舎の裏手に入ったら……。


 二人がいた。

 夢原さんんともう一人、見たことがないけど爽やかなイケメンが。

 同学年なら顔は知ってるはずだし、しらないってことは一年か二年。

 パッと見の雰囲気は、上級生っぽい。

 その誰かさんに夢原さんが――


「あの、なんの話ですか?」

「あれれ? 聞こえてなかったかな? 僕と付き合ってほしいと言ったんだよ。もちろん、恋人になろうって意味でね」


 男子生徒から告白されていた。

 それはカフェでリョウスケたちと遭遇した三日後だった。

 土日を挟んだ月曜日に、彼女が口にしていた出来事が起こったんだ。


「あの……私は朱雀先輩のことをあまり知りません」

「そうなの? 君ほどじゃないけど、僕もそれなりにここじゃ有名人だと思ってたんだけどなぁ~ さすがに学園の王子様には負けるか」

「い、いえそういう意味ではなくて」

「ははっ、冗談だよ。大体君は女子で僕は男子だ。王子様というなら僕が正しい。けど、だからこそ僕たちはお似合いだと思うんだよ」


 聞いていて意味不明な言い回しに、校舎の影に隠れていた俺は首を傾げる。

 今の話のどこにお似合いの要素があったんだ?

 夢原さんも困っているみたいだ。


「まっ、さすがに急だからね? 返事は今すぐじゃなくても良いよ。それじゃまた、気持ちが決まったら教えてね」

「え、あ……」


 男子生徒はやりきったような清々しい表情で去っていく。

 俺はバレないようにじっと身を潜め、二人がいなくなるのを待った。


 胸がざわつく。

 どうして俺はこんなにも、イラついているのだろうか?


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

【あとがき】


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