シガレッツ・アンド・アルコール(5)
BRATATA! TATA! TATA! レインフォールが短い指切り射撃を繰り返しながら側宙を打ち、そこから残像を生むほどの速度で4連続ステップを踏む。
直後、大気の刃がその真横を通り抜けた。上端が天に届くほどの規模。分厚い雲が風鳴りとともに裂ける。
回避成功。だがレインフォールの勘がさらなる危機を訴える。彼は斜め後方に跳びながら引き金を絞り、敵との直線上に足止めの銃弾を置いた。
次の瞬間、フォーキャストがレインフォールの目の前に出現した。斬撃波が生んだ真空の爆縮に乗じ、電撃的速度で踏み込んだのだ。
3メートル半の大
KRA-TOOOOOOOOOOON!
滅びの雷めいた一閃がレインフォールの顔の真上で空を切った。
然り、空を切った。レインフォールは後ろに倒れ込んで斬撃を回避し、同時に左右の銃口を敵に向けていた。銃弾を斬り払うワンアクションが一瞬の猶予を生み、紙一重で彼の命を救った。
BRATATATATATATATATA! レインフォールが倒れ込んだ姿勢のままマガジンの残弾全てを撃ち尽くした。
フォーキャストは瞬時に
レインフォールが鋭いウィンドミル・キックを挟んで身体を引き起こした。フォーキャストはその蹴りを飛び退いて躱し、風と電磁力で
「お見事」
「そちらも。こんなのが相手じゃ皆死んじゃうわけだよ」
レインフォールは両腕を交差した。鉛色のマギバネ腕からサブアームが展開し、一瞬でマガジンを交換した。
「……ま、そうは言っても仕事だからね。続けようか」
レインフォールの戦いは引き算の美学だ。
武器はサブマシンガンのみ。魔法は照準と位置取りを底上げする
BRA! TA! TA! TA! TA! TA! TA! TA! TA! TA!
鉛色の精密マニピュレータが引き金を引き、扇形に銃弾をバラ撒いた。
等間隔に発射された銃弾の大半は回避を制限する布石。その中に敵をピンポイントに狙う本命弾が数発だけ混じっている。
その弾種は45口径、
45、すなわち直径0.45インチ。インチとは長さの単位であり、1インチは2.54センチを意味する。太古の昔に滅びた、今は使う者のない単位系である。
あらゆる銃器の父であるブローニング・
フォーキャストが
白装束の冒険者は斜めに踏み込んで回避し、そこから突進突きで敵の足元を狙った。だがレインフォールは機敏に反応し、逆に刀身を踏みつけて止めた。
「勝ったと思ったかい」
「ちょっとだけ」
フォーキャストは
通常ならばさらに踏み込み、斬撃を入れるところである。しかし彼女はそこで追撃を切り上げると、ノールックで
――KA-DOOOM! 次の瞬間、背後から飛来した
斜めに弾かれた魔力の矢が付近の古代
「勝ったと思った?」
「……少しね」
射撃地点はフォーキャストの背後、集合住宅の屋上。そこから魔力の矢を放った魔法使いが回転跳躍し、フォーキャストの後ろに降り立った。
「私フォーキャスト。お名前言える?」
「サンダークラック」
岩から削り出したような、身長2メートルに達する屈強な大男だった。金髪を刈り上げ、鋼のフェイスガードで口元を覆い、革のトレンチコートを着込んでいる。
マギバネ化された左腕は手指のない無骨な戦闘義手であり、前腕の左右からは大型の放熱パネルが重クロスボウの弓のごとく張り出している。魔導エンジンを内蔵した高出力マギトロン・ウェポンだ。
「その
PSHHHHH! サンダークラックの左腕が排気を吹いて変形した。
両側面の放熱パネルが閉じ、露出した砲口からマギトロン・ブレードが発振。大剣と呼ぶべきサイズの光刃から稲妻じみた余剰エネルギーが迸る!
「やば。超かっこいいじゃん」
「MW-2『ブレイザー』。相手が俺で幸運だったな。痛みを感じる前に死ねるぜ!」
腕からエンジン音をかき鳴らし、サンダークラックが荒々しく斬りかかった。
フォーキャストは
「ウオオオオオオオオオオオッ! ハアアアアアアアアァァァッ!」
サンダークラックが全身をパンプアップさせ、鍔迫り合いを制しにかかる。
フォーキャストはそれを右手の力だけで抑え込み、空いた左手でサンダークラックの顔面に掌底を叩き込んだ。巨漢は類稀なタフネスでこれに耐え、革手袋を嵌めた右手でショートフックを放った。
フォーキャストは
BLAMN! 次の瞬間、サンダークラックの手の甲から銃弾が飛び出した。
革手袋に隠された右腕もまた機械。内蔵されているのは対魔法使い用の
「勘のいい奴!」
「どうも分が悪いねえ。……仕方ない、ここは偉い人に泣きつくとしよう」
レインフォールは援護のタイミングを注意深く伺いつつ、片手で信号拳銃を抜き、緑色に燃える信号弾を打ち上げた。
◇
「――娼館街付近、座標ABの35で緑の信号弾! 支援要請です!」
「なら接敵したのはレインフォールか」
地上250メートル、ヒュドラ・ピラー屋上。
凍えるようなビル風が吹き荒れる中、口髭を生やした痩せ型の男が呟いた。チャールズ直下の幹部ギャング、プロフィビジョンだ。
彼の背後には20人を超える作業員ギャングが行き来しており、足元には太い魔力伝達ケーブルがジャングルの蔓草めいて張り巡らされていた。
それらの末端に存在するのは、屋上の各所に配置された8基の砲台である。口径15センチの連装カノン砲が動力砲架の上に配置され、貴重な
これこそはサクシーダーの忘れ形見、暗黒シンジケートが建造した『ビッグ・バレル』砲撃システムだった。計16の砲門を一律で制御し、砲弾を送り込む火力投射装置。その射程は東区の外にまで及ぶ。
「南区の人外ども。銃弾なら避けられても、時限信管の空中炸裂は躱せまい……!」
プロフィビジョンは射撃統制装置のキーを叩き、目標座標を入力した。
中核となる
ビッグ・バレルは魔導機械で制御されているが、砲自体は純然たる実弾砲である。
魔力の介在しない榴弾破片は、銃弾と同じく
「各砲、動作正常! 準備できました!」
「よし。
BEEP! BEEP! ……DDDDDDDDOOOOOOOOM!
プロフィビジョンが発射キーを押下した。短い警告アラームの後、屋上の砲列が一斉に火を噴き、分間20発のペースで火力投射を始めた。
◇
「サンダー君、前衛を代わろう。時間がないぞ!」
「なめるな、ジジイ! 大きなお世話だ!」
「年長者の言うことは聞きたまえ!」
BRATATA! BRATATA! BRATATA! レインフォールがサブマシンガンを撃ちつつ、俊敏なステップワークで距離を詰めていく。数多の魔法使いを葬ってきた近距離銃撃戦のムーブだ。
同時にサンダークラックが下段薙ぎ払いからバックジャンプ。空中で左腕をクロスボウじみた射撃形態に変形させ、高弾速の魔力の矢を放った。フォーキャストは前後からの射撃を流麗に斬り払い、サンダークラックの着地際に突きを放とうとした。
「やらせないよ、それは!」
そこにレインフォールが飛び蹴りで割り込んだ。フォーキャストは片腕をかざして蹴りを受けた。その間にサンダークラックが走って距離を離す。
レインフォールはその腕を蹴ってさらに滞空し、対地機銃掃射じみた連続ストンピングを叩き込むと、さらに左右のサブマシンガンで重金属弾の雨を降らせた。BRATATATATATATA! フォーキャストは連続側転回避!
「もうひと押し!」
「心得た!」
ガシャン! サンダークラックの左腕がさらにもう一段階変形した。
装甲カバーがパージされ、無数のケーブルを生やした内部デバイスが露出。オーバーロードした魔導エンジンが青白い光を放ち、発振口が極太の魔力奔流を放つ!
「
ZAAAAAP! 巨漢が左腕を左から右に振り抜き、大通りを魔力光で薙ぎ払った。
フォーキャストは大
ふたりともが間合いを開けた。となれば、大規模な範囲攻撃が来る。
恐らくは上空から。フォーキャストは空を仰いだ。彼女には現在と数秒後の未来が重なって見えていた。空に乱れ咲く炎と黒煙の花。降り注ぐ超音速の殺傷弾片。
「クソ! 最後は砲弾頼りかよ!」
「アンフェアで悪いね。しかし、だからこそ僕たちが勝つ……!」
KRAAAASH! ふたりのギャングが通りに並ぶ古代
その直後、虫の羽音じみた低い音が耳に入った。火砲に慣れぬフォーキャストにはそれが砲弾の飛翔音であるとは解らなかったが、すべきことは明白だった。
「……ちょうどひとりだし、やるか。久々に」
彼女は人差し指と中指を立てて魔力を集め、手先が見えぬほどの速度で動かした。横に5、縦に4。直交した9本線のサインを宙に結ぶ。
「『鶴林――」
次の瞬間、ヒュドラ・ピラーから飛来した16発の重榴弾が道路の上空に到達し、空中で次々と起爆した。
DOOOOOOM! DOOOOOOM! DOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM! DOOOOOOOM!
落雷のごとき轟音が空を
ふたつ隣の路地裏で眠っていたところを砲撃に巻き込まれた路地裏孤児がいた。窓を破った破片に貫かれ、理不尽に死んだ市民がいた。東区行政府代表、あるいはヒュドラ・クラン組長代理たるチャールズ・E・ワンクォーターにとってはまったくどうでもいいことだった。DOOOOOOM! DOOOOOOOOM……!
◇
「とんだ貧乏くじだったな。引きこもりのプロフィジョンに手柄を取られちまった」
「勝って生還する以上の手柄はないよ、サンダー君」
強固な古代
「それに、まだ仕留めたとも限らない。胸騒ぎがする」
「歳で心臓弱ってんだろ」
「言ってくれるね」
レインフォールは低く笑い、両腕を交差してマグチェンジした。マギバー・グラスに隠された目は依然、猛禽めいて眼前の砲撃を睨み続けている。
都市区画すべてに及ぶ砲爆撃を避けきることは不可能。〈
だが。
「――『
立ち込める煤と煙の中から、光る葉吹雪が溢れ出した。
風が黒煙を吹き払い、数万もの白く光る木の葉が万華鏡めいて夜を照らし出す。
この世のものとは思えぬ絶景であるが、その美しさは死の危険を孕んでいた。
舞い散る葉は1枚1枚が魔力を圧縮して生み出された雷の剥片であり、夥しい光と熱を内包している。それが風に乗ってフォーキャストの周囲を取り巻き、降り注ぐ榴弾片を触れるそばから蒸発させていた。さながら流動するエネルギーの壁だ!
「生きてやがった!? あの光る葉っぱは
「いや。信じがたいが、あれは全部
レインフォールが叫んだ瞬間、葉吹雪の中から槍めいた斬撃波が飛来した。
秘剣『
終わりではない。突撃が来る。失った腕を惜しむ暇もあればこそ、レインフォールは残った右腕でサブマシンガンを構えた。葉吹雪の流れが乱れ、中からフォーキャストが飛び出した。彼は決断的に引き金を引いた。
BRATATATA! 45口径の阻止弾幕。そしてなおも続くビッグ・バレルの砲撃。フォーキャストは避けようともせず、ただ一心に突き進んでくる。周囲に舞う葉吹雪で襲い来るすべてを相殺しながら。
阻止できぬ。蹴りを合わせて迎撃すべきか? 否、あの勢いに正面からぶつかったところで轢き殺されるのが関の山だ。
(ならば、裏をかく)
レインフォールは撃ち尽くした銃を捨て、斜め前方に跳んだ。逃げたように見せかけて天井の窓側にとりつき、ヒップホルスターからサイドアームの拳銃を抜く。
彼が選択したのは
サンダークラックが意図を察し、自らも
――ZOOOM! 落雷じみた衝撃音を伴い、白装束の女冒険者が室内に飛び込んだ。レインフォールに背を向けている。どうやらあの突進は速度こそ凄まじいが、一度始めると細かな軌道修正はきかないようだった。
「死ねやァァァッ!」
サンダークラックが雄叫びを上げ、レインフォールに合わせて殴りかかった。
しかしフォーキャストは素早く振り返り、左手でその腕を捻り上げると、そのまま盾にした。その位置はレインフォールの飛び蹴り軌道に重なっている!
「何ィッ!?」「馬鹿な!?」
KRASH! 必殺の飛び蹴りがフォーキャストの首ではなく、サンダークラックの右腕をへし折った。誤作動を起こした
白装束の冒険者は室内戦に向かぬ
「が、はッ……!」
BLAMBLAMBLAMBLAM! レインフォールは咳き込みながら拳銃を連射した。フォーキャストは目の前に光る木の葉を数枚出現させ、銃弾を残らず焼き切った。
彼は舌打ちし、打開策を探して周囲に視線を巡らせた。しかし近くに武器はなく、サンダークラックは受け身に失敗したのか脳震盪でグロッキーだ。
(すまない、皆。あとは君らで頑張ってくれ)
打つ手なし、やんぬるかな。レインフォールは思わず苦笑を漏らした。フォーキャストはきょとんとした顔で首を傾げると、掌底を振りかぶり、打ち下ろした。
◇
「砲撃は止んだ、か……ヒュドラ・クラン、もう何もかもお構いなしですわね」
青いブースター炎の尾を引きながら、殺し屋ホワイトリリィは砲撃痕だらけの道路上に着陸した。凄まじい衝撃と重量負荷が両脚にかかるが、全身を義体化した彼女にとっては大した問題ではない。
彼女がデスヘイズから受けたオーダーは、機動力と火力を活かした遊撃である。
今のところ、彼女はそれを完璧に遂行していた。敵の通信の要である
そこに入った追加オーダーが、『フォーキャスト』なる冒険者の回収だ。交戦中であればこれを援護し、ドラッグミュールの待つ
「嫌だわ、煤でドレスが汚れちゃう……これも諸経費で請求しようかしら」
彼女は億劫そうにゴシックドレスの裾を持ち上げ、半ば廃墟と化した街を歩いた。
ガトリングと魔導マイクロ・ミサイルの残弾はほとんど底を尽きている。今敵と出くわせば、この
「それにしても、どうしたものでしょう。仕事をサボったと思われるのも癪ですが、この分では当のフォーキャスト様も消し飛んでいるのでは……」
「呼んだ?」
「あら、ご無事でしたか」
不意に声をかけられ、ホワイトリリィは意外そうに振り向いた。
フォーキャストは近くの古代
娼館街で見たときからずいぶん様変わりしているが、クライアントから提供された外見情報と一致する。ホワイトリリィは両手でスカートをつまみ、丁寧に一礼した。
「ご機嫌よう、ホワイトリリィと申します。デスヘイズ様からあなたを護送せよと」
「フォーキャスト。お疲れ。……食べる? 中で伸びてるおじさんが持ってた」
トレッキングパンツとジャケットを着た女冒険者が栄養バーを差し出した。
養殖オキアミをすり潰して焼き固めたプロテイン・タイプ。食い詰めた東区の路地裏孤児はこれひとつのために人すら殺すが、単調な食感に薄い塩味で、まずい。
「この義体に食事機能はありませんので、お気持ちだけ受け取っておきますわ」
「そっか」
フォーキャストは紙のパッケージを破り、薄ピンク色の栄養バーを齧った。そして整った顔をしかめた。
「……あんまり美味しくないね。出来損ないのカマボコみたい」
「オキアミのプロテインはそういうものですよ。さあ、こちらへ」
「んー」
ホワイトリリィは集合地点の方角を指し示すと、先導するように歩き出した。フォーキャストは栄養バーをまずそうに完食し、その後に続いた。
----------------------------------------------------------------
読んでくれてありがとうございます。今回は以上です。
今すぐブックマーク登録と、”★★★”を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます