ネームド・ナウ、バックスタブ(3)

「すいません、俺何かやっちゃいました?」


 パーテーションで仕切られた半個室席で、俺は耐え切れずそう尋ねた。

 腕利き3人が新人を連れ込んでいる光景に興味を抱いたか、パーテーションの向こうから複数の視線を感じる。

 あまりよくない流れだ。どっちみち探るつもりだったとはいえ、急すぎる。


「あの」

「え。何かって、何」


 フォーキャストがパン屋の紙袋を開けながら不明瞭な答えを返した。

 黒い瞳は相変わらずどこか遠くを見ているようで、何を考えているのかわからない。


「あの」

「……知らない。とりあえず言うこと聞いといたら」


 フォーキャストの隣に座る女が、仏頂面で素っ気なく言った。

 小柄、ウェーブヘアの金髪、ビスクドールめいた顔立ち。ケープが付いたワインレッドの探偵服と鋼入りのブーツ。頑丈そうな鋼鉄のステッキを机に立て掛けている。


「あの」

「あたしもわかんなーい! あっははぁ!」


 俺の隣に座る栗髪の女が、能天気に笑いながら言った。

 長身、豊満な体つき。縦長の瞳孔、頭の上に生えた丸いフォルムの獣耳、唇の端にうっすらと見える線。獣人ライカンだ。

 服装は袖なしのタートルネックにロングキュロット、幅広の黒帯ブラックベルト。フワフワした毛皮のジャケットを羽織っている。


「つまりっすね、あんた方が俺のツラを借りて何がしたいのか、なんにも心当たりがねぇって話なんすけど」


 俺は痺れを切らし、直接的に尋ねた。

 

「ああ、そういうこと。んー……」


 フォーキャストが言いながら袋を開け、四角いラスクをサクサクと齧り始めた。焦らしているのか素でコレなのか、それすらもわからない。


 というか雰囲気がミステリアスなだけで、実際こいつは単なる天然なのでは――。



「君、狙われてるでしょ。助けてあげる」


 前言撤回。俺は席を立ち、わずかに右の靴底を浮かせた。


 助ける? 俺を? 何のために?

 動機は何だ。俺を捕らえてヒュドラ・クランの内情を尋問する気か、あるいはクランに引き渡して恩を売る気か。

 どっちにしろ敵だ。殺して口を封じる必要がある。


「物騒なジョークっすね。誰から聞いたんです?」 

「え? 誰からも聞いてないけど」

「じゃあ何すか。俺の顔見て独りでに思いついたってことすか。『こいつ誰かに狙われてそうだな』って? ……面白ぇ人だな」


 俺が殺気を滲ませて言うと、金髪女と獣人ライカン女の雰囲気が変わった。


「キャスト。こいつ、まともな素性じゃない」

「あっはははははははは! パノちゃん今気付いたのー? ……すっごいよ、この子の火薬と血の臭い……GRRRR……」


 金髪女が脇のステッキに手をかけ、獣人ライカン女が笑顔のまま低く唸る。

 一触即発。俺たちを見ていた冒険者たちの数人が、ただならぬ気配を感じて広間の端へと移っていくのが見えた。

 

(誰から殺すか)


 正直、分が悪い。装備が万全じゃない上に、相手は3人とも腕利きだ。1人か2人を道連れに死ぬのが関の山だろう。だがビビッて機を逃せばどっちみち終わりだ。


 俺が決断しようとした瞬間――フォーキャストが手振りで女ふたりを制した。

 

「やめてよ、パノもフラッフィーも。……私、スキル持ちだからさ。見えるんだ、色々。未来っていうか、運命っていうか」

「だから未来予測フォーキャストってか」


 俺はフォーキャストに懐疑の視線を向けた。

 スキルの中身は見ず知らずの他人にはもちろん、仲間内でも隠すのが普通だ。これ自体がブラフである可能性を頭に置きつつ、続けて訊く。


「やっぱし怖いすね冒険者は。じゃあ俺に『待ってるよ』って言ったのは?」

「見えたよ。君がここに来るとこ」

「じゃあ、何見てこいつが狙われてるってわかったの」


 俺が訊こうとしたことを、金髪女が先に言った。


「うん。これから…………あー」


 フォーキャストが答えかけて、止めた。

 ぼんやりとした黒い瞳がギルドの入口、大きな木のドアの方を見ていた。


「もう来たわ」



 KRAAAAAAAAAAAAAAAASH!


 次の瞬間、木製の重いドアが吹き飛び、巨大な鉄塊がギルド内に突っ込んできた。

 貨物輸送用の魔導浮遊トレーラーを改造した、大型のカチコミ装甲車だ。フロントには多頭の蛇――ヒュドラ・クランの代紋!


「オイオイオイ正気かよ、東区の外だぞ……!?」


 呆気にとられる俺の目の前で、装甲車は酒場の中央で停止。その車体後部が丸ごと開き、乗り込んでいた戦闘員が30人ばかし降りてきた。


 全員が下っ端のレッサーギャング。ヒュドラの代紋バッジを身に着け、水道管を接ぎ合わせたような粗悪サブマシンガンで武装していた。覚醒ポーションシャブでもキメているのか、いやに威勢がいい。


「――皆殺しだボケがァァアアアアァァァァッ!」

「うちの裏切りモン匿ってんのはわかってんだぞオラッ! 死ねェェェッ!」

「冒険者ギルドがなんだってんだよッ! 豚みてぇにブチ殺してやるッ!」

「ヒャハハハハハハハハハハハッ! ミンチミンチミンチィィィッ!」

「殺せ!」「殺せ!」「「「殺せ――ッ!」」」


 BLATATATATATATATATATA! BLATATATATATATATATATA!


 威圧的な罵声、そして威嚇射撃。鉛玉が調度を破壊して壁や天井に弾痕を残す。太った男の冒険者がひとり、悲鳴を上げて建物外に逃亡。数人がそれに続こうとして撃たれ、受付の女が大慌てでカウンターの裏に身を隠す。


「あはははははー! カチコミだー!」

「……いつものことだけど、先に言ってれば未然に防げたんじゃないの」

「キリがないじゃん」


 女冒険者3人が即座に戦闘態勢に入った。

 栗髪の獣人ライカン女が毛皮のジャケットを脱ぎ去り、金髪女がそばの鋼鉄ステッキを手に取る。フォーキャストが矢筒に残った矢の本数を数えだす。


「手伝います。どうも敵は同じらしい」

「いぇーい。よろしく」


 俺はバッグから『ヒュドラの牙』を出し、薬室に散弾を送り込んだ。

 ポンプアクション機構は滑らかに動いた。ノンスリップレザーを貼ったグリップは吸い付くように手に馴染んだ。堅牢なボディと確かな重量が頼もしい。


 古巣の奴を撃つことに罪悪感がないでもないが、結局のところ問題はシンプルだ。

 俺は死にたくない。ここで撃たなきゃ死ぬ。ならば撃つ。無用な非道をする気はないが、生きるためなら躊躇はない。鶏を絞めるように殺す。


「南区って人殺したら犯罪でしたっけ?」

「どこでも犯罪に決まってるでしょ」

「正当防衛じゃなーい? 向こうが先だもんねぇ」

「ふふふっ。……いくよ」


 俺たちはパーテーションを蹴り倒し、一斉に打って出た。

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