ネームド・ナウ、バックスタブ(4)

 ヒュドラ・クランによる強襲を受け、冒険者ギルド1階は修羅場と化していた。

 突っ込んできた装甲車が広間を隔てており、その両側で降車した下級戦闘員が無秩序な発砲を繰り返している。


「うぜぇんだよ死ねコラァァァ! ――ジョン! 出てこいやボケェ!! つま先から脳天まで寸刻みにしてぶっ殺してやっからよぉ!」

「ぬうーっ! テメェら何のつもりだ! 冒険者ギルドでこんな真似しやがって!」


 BRATATATATATA! スキンヘッドゴリラが巨大な斧を盾にして、隣の新人らしき男を銃撃から庇う。その他の逃げ損ねた冒険者たちは倒した丸テーブルに身を隠し、銃弾から身を守っていた。


 反撃に出るのは難しそうだ。

 冒険者――魔法使いの個人戦闘力は常人とは比較にもならないが、自動火器の火力は時としてその差すらひっくり返す。


 第一に、素手や剣、弓矢を使った攻撃は、強化魔法エンハンスメントで威力をブーストできる。人間が剣や弓で強靭な魔物を殺せるのはこのためだ。

 これを防ぐには、受ける側も防具や肉体に魔力を乗せて拮抗するしかない。だから古い形の戦闘では、武器の扱いと同じくらい強化魔法エンハンスが大事になる。


 その一方、火薬で飛ぶ銃弾は魔法で威力をブーストできないが、相手の強化魔法エンハンス防御の影響も受けない。そして人間は魔物よりずっと脆い。つまり素手で岩を砕くような魔法使いでも、急所に銃弾を叩きこめば殺せるのだ。


 さらに冒険者は――都市内依頼シティミッションに慣れた、一部の対人主体の奴らはともかく――ギャングに比べて銃撃戦の経験が少ない。形勢は不利だった。


「それショットガンでしょ。何発撃てる?」

「8ゲージを15発」


 そして金髪女の問いに答えながら、俺はこのカチコミの意図について考えていた。


 正直、ここまで強引な真似をしてくるのは想定外だった。

 裏切り者ひとりのために白昼堂々こんな真似をすれば、いらない被害を出しすぎる。冒険者ギルドの恨みも買う。ヒュドラ・クランは無慈悲だが、粋がったガキではない。無益な残虐行為はしない組織のはずだ。


 何かがおかしい。親父が死んだ昨日の今日で、もう組織の統制が崩れているのか? 違和感を覚えつつ、俺は最初の標的を探した。すると奴らのひとりが俺に気付いた。


「いたぞ! 奴――」


 BLAMN! ヘッドショット。即死。

 すぐさましゃがみ込む受付嬢の隣に飛び込み、カウンターを盾に散弾銃を構える。


「ざっと掃除します」


 俺はかつて見た親父の動きをなぞり、引き金を引いたままフォアエンドを前後させた。スラムファイア、意図的に暴発を起こす速射技術。


 BLAMN! BLAMN! BLAMNBLAMNBLAMN! BLAMN! BLAMN! 


 ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ。シックス、セブン。『ヒュドラの牙』が散弾を吐き、手前に突っ立った7人を殺す。

 人が減り、弾が止んだ。カウンターを飛び越え床をスライド。床の死体からダガーを奪う。近くで立ち尽くすひとりの肝臓を刺し、続けて別のひとりの首に投げ刺す。


「こっ……殺せ! 殺せーっ!」


 BRATATATATATATATA!


 再び銃撃が始まる。だが奇襲を喰らった動揺のせいか、狙いが甘い。

 BLAMNBLAMNBLAMNBLAMN! 柱やテーブルの陰から陰へと移り、弾を避けながら4人を射殺。ひとりが背を向けて逃げる。追いかけて銃床で殴り殺す。


 これで15人。だが反対側の奴らがトレーラーに張り付いて、車体を盾に撃ってきた。舌打ち、飛び退き、手近なテーブルの陰に伏せる。


 ――そのとき、後ろからフォーキャストが走り出た。


「やるよ。任せて」


 フォーキャストが背中の大弓を手に取る。

 その手から弓へと電撃魔法サンダーマジックの稲妻が走り、両端で畳まれていたフレームが展張。背丈より長くなった弓に、一瞬にして弦が張られる。


 アッシュブルーヘアの女は矢筒から矢を3本抜き、同時につがえ、扇状に放った。

 KRA-TOOOON! 帯電性の魔力をまとった矢がトレーラーに着弾、同時に向こう側で悲鳴が上がる。どうやら矢が装甲車を貫通したらしい。


「……弓矢の威力かよ。殺ったんすか?」

「ううん。無駄な殺生はしない主義」


 フォーキャストは鷹揚に答え、また矢を放ってトレーラーごと敵を射貫いた。


 赤熱孔が開いた車体の左右からふたり飛び出し、フォーキャストを狙う。即座に立ち上がってカバー、腰だめに2連射。BLAMN! BLAMN! 右が即死、左が重傷。そして柱の陰に3人目。照準を動かす。


「う、嘘だ! 非魔法使いひとりがなんでこんなに……」


 BLAMN! ヘッドショット。――そして残弾ゼロ。俺は物陰に片膝で立ち、撃ち切ったダブルチューブマガジンの再装填に入った。


「キャストはそいつ見てて。あとは私たちが」

「あははは! お見事!」


 両脇を金髪女と栗髪の獣人ライカン女が走り抜け、銃弾をジグザグに避けながら前方のギャング集団に突進。そのまま回転ジャンプで敵の只中に飛び込んだ。



「東区の腐れネズミ! 巣から出てきたことを後悔させてやる!」


 金髪女が痛罵を吐き、目を見開いた。その両目が金色の病んだ光を放つ。


「ああッ!? ――ア」


 凝視を受けたギャングが発作を起こしたように痙攣、棒立ちで銃を取り落とす。

 そこに金髪女の破城鎚めいたサイドキックが直撃。鋼入りのブーツ底が敵の胴体をくの字にへし折り、背骨を砕きながら壁まで吹っ飛ばした。


(スキル持ち、それも〈邪視イビルアイ〉。あそこで仕掛けなくて正解か)


 〈邪視イビルアイ〉。凝視した相手を金縛りにするスキル。

 言葉にすればそれだけだが、要するに全身麻痺と心停止だ。発現する奴は希少だが、その理不尽な殺傷力から能力自体の知名度は高い。


 だが能力が有名ということは、攻略法も有名ということだ。

 目潰し、闇討ち、特殊な魔法防護を施した鎧。……そして、包囲攻撃。


「何やってる! 囲め! マシンガンで蜂の巣にすんだよ!」


 少しは頭の回りそうなギャングが叫び、複数人で包囲に動く。

 俺はリロードを切り上げて援護に入ろうとした。人間の目はふたつしかない。昔話の〈邪視イビルアイ〉使いは大抵、袋叩きにされて死ぬ。さっき会ったばかりの女とはいえ、協力すると決めた相手を見殺しにはできない。


「――そんな浅知恵が通じるとでも?」


 そのとき、金髪女の探偵服のケープがはためき、無数の物体が宙に飛び立った。


 目玉だった。正確に言えば、目玉を模した精巧な魔導機械。それらが念動魔法テレキネシスで宙をジグザグに飛行し、包囲行動をとるギャングの間に飛び込んで〈邪視イビルアイ〉を放射。包囲網のギャングが集団発作めいて崩れ落ちた。


「義眼? マギバネ技術テックか!」


 俺はすぐに気付いた。

 マギバネ、すなわちマジック・サイバネティクス。脳制御で動く魔導機械。


 生身同然に動くマギバネ義肢はクイントピアでは珍しくないが、あれほど小さな義眼デバイスは実用化されていないはず。おそらく現代の模造品ではなく、古代文明時代の遺物レリックそのものだ。

 

「私の『ゲイジング・ビット』に死角はない。……昔話の間抜けなヴィランと思うなよ」


 金髪女が左手に鋼のナックルダスターを嵌め、右手の鋼鉄ステッキで床を突いた。

 飛び戻った眼球群がその周囲を取り巻き、全方位を見張るように円陣を組む。あれら全てがこの女の目、〈邪視イビルアイ〉の媒体というわけだ。


「私はパノプティコン。……フラッフィーベア、ひとりふたりは残せ。他は殺す!」


 パノプティコンが冷徹に言い放ち、眼球群を敵に飛ばした。



「――あっはは! パノちゃんのバーサーカー!」


 その反対側、『フラッフィーベア』と呼ばれた栗髪の獣人ライカンが笑う。

 こっちの女は広範囲攻撃ができないのか、既にマシンガンを構えたギャングに包囲されていた。銃殺秒読みの大ピンチのはずだが、その表情は余裕綽々。


「ぶっ殺せ! 俺たちゃ無敵のヒュドラ・クランだ!」

「冒険者ギルド何するものぞッ!」

「死ね!」「死ね!」「「「死ねーッ!」」」


 BRATATATATATA! サブマシンガンの集中砲火を受け、フラッフィーベアは蜂の巣に――ならない。命中した弾は即座にエネルギーを失い、豆粒か何かのようにカラカラと足元に落ちていく。


「あっははははは! 残念! ……GRRRR!」


 フラッフィーベアが恐ろしげに唸り、大口を開けた。

 獣人ライカンの種族特徴――普段は只人ヒューマンと同じくらいにしか開かない口が大きく裂け、猛獣めいた歯並びが露出。


 そのまま手近なギャングの肩に喰らい付き、骨を噛み砕く。鈍い音、おぞましい悲鳴。フラッフィーベアは首と背中の筋力でそいつを滅茶苦茶に振り回し、何度も床に叩きつけてから投げ上げた。


「あっはははぁははははははは! あはぁ、あはぁ、あはぁ!」


 血まみれの口で笑いながら、フラッフィーベアが銃弾の中を摺り足で進む。

 理不尽な防御力だが、同時に妙でもあった。強化魔法エンハンスメントは銃弾を防がない。障壁魔法バリアマジックならば身体に命中する前に弾かれるはず。


 おそらく、この女もスキル持ち。銃弾の推力をゼロにして無力化している。


「あははははぁあはぁはぁはぁ! 〈風柳フレクション〉! 銃なんか効かないよ!」


 フラッフィーベアが別のひとりの腕を取って胸倉を掴み、片脚を払って投げた。

 背筋の伸びた姿勢に摺り足の歩法、東国系の柔道ジュードーの動き。投げられた相手は受け身も取れずに床に激突した。

 

「あははっ! 弱敵、弱敵! あーはははははははっ!」


 フラッフィーベアは哄笑し、次のひとりに掴みかかった。


 ◇


「……やっぱおっかないっすねー、魔法使いは」


 俺のリロードが終わる頃には、戦闘自体がもう終わっていた。『ヒュドラの牙』のチューブマガジンは堅牢だが、装填に時間がかかるのが難点だ。 

 

 殴り込んできた28人のうち20人が死んだ。残りは負傷して意識不明。死体以外は冒険者たちの手で縛られ、床に転がされている。


「いやぁ、A級がいてくれて助かったぜ。俺ら銃には慣れてねぇからよ」


 スキンヘッドゴリラが恥じるような表情で大斧を担ぎ直した。ずっと仲間を庇っていたのか、鋼鉄の斧頭には無数の弾痕が残っている。


「にしても、どこの馬鹿だ? 南区でギルドに喧嘩売るなんざ……ヒュドラがどうとか言ってたみてぇだが」

「ヒュドラ・クラン。東区の行政と癒着してるギャング組織。……それで」


 パノプティコンが横目に俺を睨んだ。同時に奴の周囲に浮いた機械眼球が一斉に向きを変え、俺を凝視する。


「そいつの銃にも、ヒュドラ・クランの代紋がある」

「げ……」


 まずい。話が不都合な方面に転がった。

 俺は右の靴底をわずかに浮かせ、ホールドアップしながら弁明を試みた。


「待ってください、俺は無力な一般人です。この通り魔法も使えねぇ」

「はーい、ぎゅーっ!」


 いつの間にか背後にいたフラッフィーベアが俺に抱き付き、抱え上げた。

 背中にフカフカした巨乳の感触が伝わってきたが、それどころではない。両腕が万力じみた力で俺の胴体を締め上げている。


「17人殺しといて一般人は無理でしょー。……暴れたら食べちゃうよ?」


 フラッフィーベアが耳元で甘ったるく囁く。開いた口からは、血の臭い。


「尋問が先。受付さん、ギルドマスター呼んできて」

「かしこまりました~。ご対応ありがとうございます~」


 パノプティコンが呼びかけると、受付の女がカウンターからひょこりと顔を出した。

 まずい。このままではよくて牢屋行き、悪くて東区に強制送還だ。


「待って」


 その時、フォーキャストが話を遮った。

 何かを訝しむような表情。黒い瞳が俺たちを――正確には俺の目の前、何もない空間をじっと凝視している。


「フラッフィー、その子離して。今。すぐ」

「え? はーい」


 フラッフィーベアが素直に従い、俺をあっさりと地面に降ろす。

 同時にフォーキャストが大弓を引き絞り、虚空を目掛けて矢を放った。

 


 ――SPLASH!


 次の瞬間、奇怪な水音とともに、目の前に黒塗りのナイフを構えた男が出現した。

 刀身を突き出した突進体勢。既にトップスピード、切っ先は俺の心臓にまっすぐ向いている。確実に殺られる間合い。


 だが、そこに――フォーキャストの放った矢が、割り込んだ。


「ちっ!」


 男が舌打ちして攻撃を取り止め、跳び退りながらナイフで矢を弾く。そのまま連続側転して装甲車の陰、パノプティコンの視線を遮る位置に降り立った。


「……ふん、クズがクズをかばったか。昨日の今日で鞍替えとは、いかにも下賤なクズらしい。生き易いものよ」


 痩せた男だった。癖っ毛の銀髪、尊大な目つき。体にぴったり沿う黒ずくめの服に、口元を覆う潜水マスクじみたフェイスガード。

 知った顔だ。チャールズ傘下、スキル持ちの暗殺者。


「『サブマリン』かい。兵隊をこんなに使い捨てて、幹部に睨まれねぇのか?」

「クズ同士の同情か? 雑兵はいくらでも補充がきく。この俺と違ってな」


 銀髪の男は尊大に言って、名乗った。


「いかにも、俺がヒュドラ・クランのサブマリンだ。貴様を殺す」

「やってみろや」


 俺たちは睨み合い、互いに武器を向けた。


 負ければ死、あるいは死より悲惨な運命。

 つまり、いつも通りだ。――勝つだけだ。

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