ネームド・ナウ、バックスタブ(5)

「状況を理解しておらん貴様らクズ共に、寛大にも説明してやろう」


 広間に残った冒険者たちに向け、サブマリンは言った。


「そいつはジョン、つまり名無しだ。ヒュドラ・クランの組長ブルータル・ヒュドラに――縁故えんこで――重用されていた暗殺者。だが恩知らずにもボスを殺し、逃げ出した。その『ヒュドラの牙』を……クランの宝たる散弾銃を盗んでな」


 冒険者の何人かが俺を見た。驚きと畏怖、懐疑が混じった視線。


「先に俺を殺そうとしたのは親父だぜ。しょうがねぇだろ」

「ならば、なぜ死なぬ。クズ一人の命とヒュドラ・クラン、価値の差は明白だ」

「ファックオフ。俺が死ななきゃ世界が滅ぶと言われようが死なねぇぞ、俺は」

「……貴様……!」


 サブマリンが目元を怒りに痙攣させた。


「お前こそカタギの縄張りでこんな真似しやがって。何考えてる?」

「ヒュドラ以外は全てクズ。恐れるに足らず! そも――」


 BLAMNBLAMNBLAMN!


 俺は話を遮って引き金を引いた。

 不意打ちだったが、サブマリンも手練れ。一瞬にして強化魔法エンハンスを発動し、人間離れした脚力で天井まで跳んで散弾を躱す。


「浅はかなドブネズミ! 喉首を掻っ切ってやる!」


 サブマリンは天井を蹴って俺に飛び掛かった。

 奴の狙いは俺一人。ダイビングタックルで突き倒し、ナイフで仕留める腹積もりか。

 

「あっはははははぁ! 歯応えありそう!」


 しかしフラッフィーベアが横から割り込み、サブマリンを掴んで突進を止めた。

 サブマリンが身を翻し、逆手に持ったナイフでフラッフィーベアの心臓を突く――だが刺さらない。フラッフィーベアは哄笑しながらその腕をとり、投げの体勢に入った。


「捕まえ――」

「〈潜航ダイブ〉」


 SPLASH!


「――ありゃ?」

 

 奇怪な水音と同時にフラッフィーベアがつんのめり、両腕が空を切る。

 サブマリンはその場から消失し、するりと拘束から逃れていた。

 透明化の類ではない。魚が水に潜るように、俺たちには見えない場所に潜ったのだ。


「今の、知り合い?」

「サブマリン、威力部門のナイフ使い。スキルで消えてる間は弾も何も当たらねぇし、消えなくても相当やる。ただ性格が悪いせいで出世できなくて――」


 SPLASH!


 後方から水音。俺は咄嗟に横っ飛びに転がり、背後からのナイフ刺突を躱した。

 脇腹に鋭い痛み。シャツにじわりと血が滲む。切っ先が掠めたか。


「……SHHHH!」


 パノプティコンが細く吐息を発し、人間離れした瞬発力で踏み込む。

 金の双眸が宙に二筋の尾を引き、銃弾じみた拳速のダッシュストレートが唸る。サブマリンは一瞬の判断でスウェー回避。


「ヒュドラ・クランの覇道を阻むクズめが! 邪魔をするなら殺すまで!」

「何が覇道、何がヒュドラだ! チンピラの烏合の衆が笑わせるな!」


 パノプティコンがステッキでナイフ突きを払い、腕を弾いてガードをこじ開ける。

 そして爆発的な踏み込み。肝臓、胸部、鳩尾に立て続けのサイドキック。さらに胸倉を掴んでボディフックを乱打し、そこからアッパーカットで顎をかち上げた。


「死ね、東区! ぶっ殺してやるッ!」


 パノプティコンが吼え、眼球の群れがサブマリンを囲んだ。当時に奴本人は断頭ハイキックの姿勢。魔力の高まりが最高潮に達し、小柄な身体から金色のキリングオーラが燃え上がる。

 眼球群が〈邪視イビルアイ〉を放つ――。


「〈潜航ダイブ〉!」


 SPLASH!


 だがサブマリンは再び消失。鞭打ちめいた風切り音を立てて蹴りが空を切る。〈邪視イビルアイ〉に縛られる前にスキルで離脱したか。



「……チッ!」「どうするー? キリないよ?」

「出てきたとこを狙うしかないっすね」

「いいじゃん。得意だよ、もぐら叩き」


 荒々しく舌打ちするパノプティコン、それと背中合わせに立つフラッフィーベア。俺の背後には大弓を畳んだフォーキャストが立つ。


「お前らも固まれ! 一人ずつ殺されるぞ!」


 スキンヘッドゴリラの号令で、残った冒険者も一ヶ所に集まって円陣を組む。


 そして数秒の膠着。心臓が早鐘を打つ。


 正直に言って、この4人の中では強化魔法エンハンスメントすら使えない俺が一番弱い。一撃でも斬撃を貰えば行動不能か、最悪死ぬだろう。

 

「……クズめ、クズめ、クズめ! 貴様のごとき下賤なクズが、ブルータル・ヒュドラのお傍にいること自体がそもそも間違いだったのだ!」


 広間中央を隔てる装甲車の向こうから、サブマリンの声がした。


「なんだ突然。ヘイトスピーチは魂の殺人だぜ」

「ボスは古馴染みのセンチメントで貴様のようなクズを重用していたが、俺はもとより貴様はヒュドラの癌細胞だと思っていた!」


 サブマリンが目を血走らせて言った。相変わらず、すぐ頭に血が上ることだ。


「要するに嫉妬だろ。いいじゃねぇか、ミスター2番手。ナンバーワンになったってお前みたいなのに絡まれて鬱陶しいだけだぜ。やめとけやめとけ」

「黙れ! 殺してやる……殺してやるぞッ! ――〈潜航ダイブ〉!」


 SPLASH!


「また消えた」


 パノプティコンが苛立った様子で言った。


「そう長くは潜ってられないはずです。さて……」


 SPLASH!


 言いかけたその時、至近距離で水音。


「――内臓はらわたを撒き散らせ!」


 サブマリンは俺の足元に再出現していた。

 しゃがんだような低姿勢。引き絞った右手にはナイフ。伸び上がる勢いで突き刺し、股間から喉までを掻っ捌く構え。


「やば」


 直前でフォーキャストが俺の襟首を掴み、後ろに引っ張った。遅れてナイフの切っ先がシャツごと皮膚を裂き、熱い痛みが走る。だがフォーキャストのおかげで薄皮一枚、まだやれる。


 BLAMNBLAMNBLAMNBLAMN!


 襟首を掴まれたまま、俺は散弾銃を横一文字に連射した。だがサブマリンは瞬時に射線を見切り、ジグザグに散弾を躱しながら突進。一瞬のうちに至近距離に迫る。


「どいてくれ!」「え」


 俺はフォーキャストを横に突き飛ばし、ひとりでサブマリンと向き合った。


「この卑しいクズめがッ!」

「ぐわ……!」


 サブマリンが突進の勢いを乗せて前蹴りを放つ。俺は後ろに跳びつつ両腕で受ける。

 魔導車事故めいた衝撃。身体がワイヤーで引かれたように吹き飛ぶ。背後に壁。


「死ね、クズッ! 磔にしてやるッ!」


 サブマリンがナイフを腰だめに構え、一直線に突撃した。

 殺意、興奮、優越感。俺を睨むサブマリンの目には勝利の確信と、油断が見える。

 つまり――勝機だ。


「……〈必殺デスパレート〉」


 壁に叩きつけられる瞬間、俺は右脚を後ろに出し、靴底を壁に打ち付けた。


 その動作をトリガーにして、虚空からドス黒い魔力が湧き出す。

 出現地点は俺とサブマリンの足元。タールめいたエネルギーの塊が渦巻きながら俺とサブマリンを呑み込み、消える。


 ◆


 黒い渦が消えると、そこは薄汚い路地裏だった。

 立ち込める魔術排気スモッグ、汚水の臭い、ネズミの鳴き声。道幅は人ひとりがどうにか通れるほど。壁には黒いタール状の物体がへばりついている。

 俺がガキのころ根城にしていた、東区工場街の路地裏の風景だ。


「……東区の路地? 転移魔法か!?」


 目の前には困惑するサブマリン。まだ背後の俺には気付いていない。

 俺は奴の膝下に狙いをつけ、暗がりの中から引き金を引いた。


 BLAMN!


「がぁっ!?」


 スパイク付きのストライクハイダーが火を噴く。発射された8ゲージ散弾がサブマリンの両脚を破壊し、不随意に膝をつかせる。


「〈必殺デスパレート〉。俺のスキル、俺の世界だ」

「貴、様……!」


 這いつくばるサブマリンの前で、俺は肩を竦めた。


「驚いたか? 引きずり込むのは一瞬だもんな。……状況を理解してないお前に、寛大にも説明してやろう。ルールその1、俺を殺すまでこの路地裏からは出られねぇ」

「容易いこと! 〈潜航ダイブ〉!」


 サブマリンは両手で地面を突き、スキルで別空間に潜り込もうとした。

 だが水音はしなかった。打ち上げられた魚のように身体が跳ねただけだった。


「何だと!?」


 スキルが不発と見るや、サブマリンは素早く自分の身体を探り、仕込みナイフか何かを抜こうとした。だが何もない。魔法も出ない。


「ルールその2。武器は持ち込み禁止、魔法もスキルも使用禁止だ。お前だけな・・・・・


 言いながら、俺は奴に『ヒュドラの牙』の銃口を向けた。


「ハッタリだ! 空間を作り出すスキルなど、あるはずがない……!」

「だろうな、俺のスキルは過去に例がねぇ。存在を知ってるのもヒュドラ・クランで俺だけだ。――なんでか解るか? 見た奴は殺すからだ。当然お前も殺す」


 俺は告げた。

 サブマリンは必死に立ち上がろうとしたが、散弾で破壊された脚はもう動かない。

 奴の目に絶望がよぎった。

 

「この……この、卑怯者め!」

「あ? 弁護士先生でも呼んでみろや。タマの取り合いナメてんじゃねぇぞ」


 俺はセレクターを切り替え、チャンバーに直接スラッグ弾(散弾銃で用いる大威力の一発弾)を込めた。


「う、うおおおおおおおっ!」


 サブマリンは汚れた路地を這いずり、俺の足を掴もうとした。さっきまでの大立ち回りが嘘のような、惨めで緩慢な動きだった。顔を蹴り上げて仰向けに転がし、『ヒュドラの牙』を突きつける。


「誰が糸引いたか、口割る気あるか?」

「い……言うものか! 覚えておけ、すぐに次の刺客がやってくる!」

「口は割らねぇんだな」

「消耗品の名無しジョン! 路地裏のクズ! 貴様はかりそめに命を延ばしただけに過ぎん! 行きつく先は苦痛に」


 BLAMN!


 スラッグ弾がサブマリンの頭を爆散させた。吹き飛んだフェイスガードがカラカラと転がった。首無しの胴体、散らばった頭蓋骨や脳のかけらがタール状の物質に変わり、路面に吸い込まれるように消えていく。

 

「あの世で親父にも伝えろ。俺はバックスタブだ」


 硝煙を吐くショットガンを肩に担ぎ、俺は言った。

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