ネームド・ナウ、バックスタブ(6)

「……そうして、あなたたちはヒュドラ・クランの奇襲を退けたわけね」


 俺は冒険者ギルドの最上階、ギルドマスターの執務室へと通されていた。


 テーブルの向かいに座るのは、エルフェンリア・S・ワンクォーター。ギルドマスターにして南区貴族の元締め、『南区の太陽』と称されるエルフの美女。妙齢に見えるが、エルフは老いない。実年齢は100歳以上と聞いたことがある。


 両側にはフォーキャストとパノプティコン。背後からは背もたれ越しにフラッフィーベアが抱き着いてきている。さながら夜の店のお大尽だが、生きた心地がしない。


 そして机の上にはサブマリンが遺したナイフと、血まみれのフェイスガード。死体が消えて無くなった今、奴の死を示す証拠はこれだけだ。


「事情はわかったわ、元ヒュドラ・クランのバックスタブさん。……要するに、うちが襲撃を受けたのは、全部あなたが駆け込んできたせいってことよね。どう落とし前をつけてくださるのかしら」


 ギルドマスターが淑やかに笑って言った。

 聖母めいた美貌には穏やかなアルカイック・スマイルが浮かんでいるが、内心かなり頭に来ているのが雰囲気でわかる。


 難しい交渉になりそうだ。俺は相手とまっすぐ目を合わせ、話を切り出した。


「無学文盲の身なもんで、ぶっきらぼうな物言い失礼します。――確かにコトの発端は俺でしたが、問題の本質はそこじゃありません。俺がこうして話すのは、私利私欲でも保身のためでもねえ。クランとブルータル・ヒュドラの誇りのためです」

「斬新な命乞いね。続けてちょうだい」


 ギルドマスターが足を組み替えながら言った。

 俺は生唾を飲み込むのを堪えた。ここで価値無しと判断されたら一巻の終わりだ。

 口八丁は苦手だが、何とかハッタリを効かせるしかない。

 

「ヒュドラ・クランはずっと、他区勢力と大っぴらに対立することは避けてきました。余所様の本拠地にトレーラーでカチコミなんざ、タブー破りもいいとこです」

「あなたがボスを殺したからでしょ?」


 ギルドマスターの指摘に、俺は首を振った。


「だとしても、こんなに早いのは変です。ヒュドラは幹部間の対立が激しい。誰かがタブー破りを言い出せば、別の誰かが水を掛けて派閥争いのダシにする。親父の鶴の一声がなきゃ、誰が仕切るかで一日、方針がまとまるまで三日、人数やら持ち分やらの交渉に一週間はかかる」

「つまり――突然、組織が不自然なフットワークを発揮して、タブーを無視した」

「そうです。過激派が跡目を継いだのか、統制が崩れてバラバラに好き放題やってるのか。どっちにしろ今のヒュドラ・クランは糸の切れた凧だ」


 俺は出された茶で喉を潤し、結論に入った。


「今回トレーラーが突っ込んだきっかけは確かに俺でしょうが、皆さんにとって問題なのは『今のヒュドラ・クランはギルドをナメてる』ってこと、それ自体じゃないですか? 奴らが南区でドンパチやらかすの、これっきりで終わると思います?」

「大事の前の小事だから見逃せって言いたいの? それは私が判断することです。我々にはあなたに指図される謂れもなければ、あなたを生かしておく理由もないわ」


 ギルドマスターが大仰に肩を竦め、冷徹に笑った。


(怒らせたか? いや、遊んでやがるのか)


 おそらくこの女も同じ結論のはずだ。だがあえて突き放すような態度をとって、俺を焦らせて服従と譲歩を引き出そうとしている。

  まだ粘れる。俺は両脚に力を込めた。


「少なくとも現時点で連中の狙いは俺だ。生かして泳がせておけばヒュドラの連中を釣り出せる。それに俺はヒュドラ・クランのやり方も内部構造も知ってます。……俺はお互いの未来のために、実のある話がしたいと思ってるんすよ」


 俺は言い切り、まっすぐギルドマスターの目を見つめた。エルフの美女はポーカーフェイスのまま何かを考え、口を開いた。


「だったら――」

「いいじゃん、リア。面倒見てあげてよ」


 そのとき、フォーキャストが横から口を挟んだ。


「……?」


 突然の助け舟に、俺は集中を解いて周りの3人を見回した。


 左隣のフォーキャストは話に飽きたように――あるいは話の着地点を既に知っているのか――出された菓子盆を抱えてクッキーを貪っている。俺の視線に気付くと、微笑んで盆を差し出してきた。そうじゃない。


 後ろではフラッフィーベアが俺に抱き着いたまま菓子盆にひょいひょい手を伸ばし、フォーキャストと一緒に菓子を貪っている。パラパラと食べかすが落ちてきた。


 右隣ではパノプティコンが他二人から目を逸らし、我関せずを貫いている。


「……まあ、あなたがそう言うなら」


 ギルドマスターがそれまでの態度が嘘のようにあっさり折れ、椅子に深く座った。

 水を差されて頭が冷えたのか、あるいは単にこれ以上は得にならないと見たのか。張り詰めていた空気が一気に弛緩する。


「なかなか弁が立つ子だこと。――無様な命乞いを聞きたかったけど、もういいわ。その口車に乗ってあげましょう」

「どう動きますか。実際、もうこいつ一人の命で片がつくとは思えないけど」


 隣のパノプティコンが溜め息混じりに言った。


「まあねぇ。うちとしてはギャングのお家騒動とかどうでもいいし。あっちが然るべき手順で申し入れてきたなら、引き渡してお終いだったんだけど……」


 ギルドマスターが金髪を揺らして立ち上がり、応接室の窓から外を見る。

 ぶち破られた正面玄関では、動員されてきた作業員たちが寄ってたかってヒュドラ・クランの装甲トレーラーを引っ張り出していた。


「ここまで堂々と喧嘩を売られた以上、彼らには落とし前をつけてもらわないと」

「なら、このまま冒険者として雇い入れを?」

「名目上はね。ただ自由にさせるのは不安だわ。狙われてるし、依頼人や他の冒険者とトラブルでも起こしたら余計に事がややこしくなるし……」


 ギルドマスターは考え込み、それから思いついたようにポンと手を叩いた。


「こうしましょう。ヒュドラ・クランの動向についてはギルドで調査します。フォーキャスト、この子はひとまずあなたの徒弟アプレンティスとして預かってちょうだい」

「おっけー」

「……は?」


 フォーキャストが即答すると、パノプティコンが不服げな声を上げた。


「嫌です。東区でしょ。それも危険人物」

「危険人物だから、よ。A級冒険者が3人ついていれば内外への強い抑止力になるわ。他のA級は遠征やら何やらで手が空いてないのよ」

「うちは女所帯ですし」

「もちろんイレギュラーな事情だから、報酬は相応に」

「……具体的には?」


 ギルドマスターは紙片にペンを走らせ、パノプティコンに見せた。

 パノプティコンは線を引いて文字を消し、その下に新しく書いて紙片を返した。

 ギルドマスターは線を引いて文字を消し、その下に新しく書いて紙片を返した。


 それから同じやり取りを2度繰り返し――ようやく、パノプティコンは溜め息混じりに頷いて、俺を横目に睨んだ。


「わかりました。……いいでしょ?」

「いぇーい」「あたしもいいよぉ。この子可愛いしー! あっはは!」


 残るふたりの返事は不安なまでに気軽だった。普段からこの調子では、パノプティコンはさぞ苦労していることだろう。


「ありがとう、パノちゃん。――それでは、E級冒険者・・・・バックスタブさん。冒険者ギルドはあなたを歓迎いたしますわ」


 ギルドマスターが少し芝居がかった調子で言った。 


「……遅ればせの仁義、失礼します」


 無用にへりくだる気はないが、礼には礼を払うべきだろう。

 俺は椅子を立って一礼を返し、親父から習った最敬礼のフレーズを吟じた。


「手前、生まれも育ちもクイントピア東区、姓無し名無しの孤児みなしごです。今日こんにちよりバックスタブと名乗りまして、折り合いましたる皆々様の御厄介にならせていただきます。以後見苦しき面体めんていお見知りおかれまして、向後万端きょうこうばんたんよろしくお頼み申します」

「あら、古風なプロトコルね」


 ギルドマスターが感心したように口元を手で覆った。


「……本当に厄介だわ」

「あっははははぁ! 何その挨拶、変なのー!」


 パノプティコンがにべもなく切って捨て、フラッフィーベアがけたたましく笑う。


「ふふふっ」


 フォーキャストは黒い瞳で俺を見つめながら、頬杖をついて微笑んでいた。

 

(思えば、何から何までこの女のおかげか)


 この女の内心は解らない。単なるお人好しなのか、それとも何か意図があるのか。

 まあいい。ヒュドラ・クランのことも、こいつら冒険者ギルドのことも、これから探っていけばいい。俺は生き延びたのだ――少なくとも、今日のところは。



(ネームド・ナウ、バックスタブ 終)

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