ブランド・ニュー・アウトフィット

 ギルドマスターとの面談を終えた後、俺はその足で階下の武器屋に向かった。

 仁義切りには草鞋銭わらじせんが付き物だと言って、ギルドマスターが支度金と紹介状を用意してくれたからだ。おっかない女だったが、粋というものを分かっている。ああいうトップがいる組織は強い。


「――そいつがヒュドラ・クランの親分の銃か。見せてみろ」

「親父の形見なんだ、丁重に頼むよ」

「殺して奪っといてよく言う」


 いかにも頑固そうなドワーフのガンスミスに、俺は『ヒュドラの牙』を差し出した。

 ガンスミスが慎重に弾倉と薬室を確かめ、慣れた手つきで散弾銃の分解を始める。


「8ゲージ、ブルパップ、デュアルチューブマガジン。ダックビル型の近接戦闘用ストライクハイダー、アダマント鋼の肉厚銃身ヘビーバレルに、ミスリル合金のフレーム……錆びねぇミスリルに表面処理ブルーイングしてあるのはファッションか?」

「たぶん」

「ふーむ……。綺麗なガンブルーだ。削り出しの精度も良い。腕のいい技師の仕事と見える。こいつをこれ以上どう弄れと?」


 ガンスミスが俺を値踏みするように見た。


垂直型ヴァーティカルフォアグリップと肩掛けスリング、あとスピードローダー用のアダプタをつけてくれ。ローダーは7発入りを8つ。それに拳銃1挺、自動式オートマで」

「重武装だな。拳銃に要望は?」

「装弾数10発以上でデカすぎなきゃ何でもいい。元々あるもの適当に使ってたし」

「気に入らん注文だ。……待っておれ」


 ガンスミスが不機嫌そうに立ち上がり、バックヤードに歩き去った。



「――めっちゃ買うじゃん、色々」


 俺のすぐ隣で、ついてきたフォーキャストが尋ねた。

 これもギルドマスターとの取り決めだ。事が解決するまで、外出時は必ず3人の誰かが俺につくことになった。つまり監視だが、同時に護衛、そして水先案内人でもある。俺の身分は対外的にはこいつらの徒弟アプレンティス、つまり弟子だ。


「身一つで出てきたんで物入りなんすよ」

「弓もそうだけど、いっぱい部品あるんだ。銃って」

「ゴテゴテくっつけりゃ良いってもんでもないっすけどね。銃が重くなるし、服に引っかかったりもするし。大事なのはバランスで……」

「――ウチはデートスポットじゃねぇぞ。蘊蓄うんちく垂れるのは大概にしとけ」


 戻ってきたガンスミスは大小の木箱を抱えていた。

 それらをカウンターに置き、一つ一つ開けていく。スリングと取り付け金具、長い棒状のスピードローダー、そして複数種類のフォアグリップ。


「ホルスターだの何だのは3階の防具屋に頼め。フォアグリップはどれにする?」

「これ」


 俺はステッピング加工されたオニグルミ材のグリップを選んだ。

 ガンスミスがそれを見て一つ頷き、最後に残った木箱を開ける。


「見てみろ。最新型の自動拳銃だ」


 洗練されたスタイルで、やや小振りの拳銃だった。

 口径は恐らく9ミリメートル(※メートルとは長さの単位であり、ミリメートルは1000分の1メートルを意味する)。全体が独特な質感の黒い素材でできている。


「妙な材質だな。魔物の甲殻か?」

「ポリマーといってな。西区の錬金術師の連中が、古代の遺物レリックを解析して作った材質よ。軽く、錆びず、耐久性も折り紙付き。1000発撃っても支障はない」

「要は撃てて当たるかだろ。試し撃ちしても?」

「無論だ。撃ってみろ」


 ガンスミスが差した方向には簡素なシューティングレンジがあり、同心円が書かれた紙を貼った板切れがあった。

 俺はそこまで歩いて弾を込め、左手で連射した。

 

 BLAMBLAMBLAMBLAMBLAMBLAM! 


「おー」


 フォーキャストがぱちぱちと拍手した。

 全弾命中。精度も良く、妙な癖もない。人を撃って殺すのに不自由はないだろう。


「悪くねえ。買うわ。銘は?」

「『黒い拳銃ブラックピストル』」

「まんまかよ」


 マガジンと薬室の弾を抜いてカウンターに戻ると、ガンスミスは既にアクセサリの取り付けを終え、スリングの長さを調整していた。流石の早業だ。


「支払いはキャッシュか?」

「当然。いつもニコニコ現金払いが東区流よ」

「その心は」

「ローン組んでも相手が満了まで生きてるかわかんねぇってことさ。ほい」


 俺は手早く紙幣を数えて、まとめてカウンターに置いた。

 ガンスミスが一つ一つ数えて、頷く。取引成立。


「金払いが良くて結構だ。デザートをつけてやろう」

「デザート?」


 ガンスミスは頷き、カウンターの下から一本のダガーを出した。

 刃渡り20センチほど、細身で肉厚の刀身。全金属製、鍔は小さく簡素。


鎧通しスティレットか」

「正確にヒットさせれば鎖帷子も防弾ベストも貫通する。どんな強靭な繊維だろうが、こういう細い切っ先の突きは防げねぇ」

「知ってる」


 俺は短剣を手に取り、握り具合を確かめた。

 飾り気はないが頑丈な作りで、刀身にクラックヒビもない。持ち手には滑り止めが刻まれていて、血でぬめっても取り落とすことはないだろう。


「貰っとくぜ。ありがとよ」

「月に一度は点検に来な」

「来月まで生きてりゃな」


 俺は礼を言い、ダガーを懐にしまった。


 ◇


 次に訪れた防具屋の店内は、どちらかと言えば金持ち向けのテーラーのようだった。

 俺には縁のなさそうな礼服のほか、魔物素材を使った鎧や服がずらりと並んでいる。


「――こちらが当店最高級の防弾ベストです。ビッグタランテラの糸から織り上げた生地と竜鱗ドラゴンスケイルを組み合わせた逸品。羽のように軽く、ライフル弾を防ぎますわ」


 瀟洒な佇まいの女店主が、丁寧な口調で一着のベストを示した。

 傍目にはスーツと合わせるような濃紺のベストだが、触ってみると生地の中に固い小片がびっしりと入っている。


「シャツとズボンも防弾防刃仕様。魔法的な防護処置も万全です。A級のパノプティコンを筆頭に、都市内依頼シティミッションを多く受けられる方に人気の品ですわ」

「こんなの着てたのか。……あいつら、やけにしぶといと思ったら……」

「はい?」

「いや何でも。これ一式ください」


 首を傾げる店主に、俺はお茶を濁しつつ言った。


「ありがとうございます。色と柄はどうなさいますか?」

「黒の無地。シャツはグレー、ネクタイは赤。パッと見は防具に見えねぇように」

「かしこまりました。拳銃のホルスターはどちらに?」

「左腰。あとベルトポーチと……こういうのを8本しまえるホルダーが欲しいっすね」


 俺は棒状のスピードローダーを一つ取り出し、店員に見せた。


「既製品の中にはございませんね。今から特注で仕立てましょう」

「いいんですか?」

「当店は迅速なサービスがモットーですので」


 女店主が自信満々に頷き、傍のカウンターに手をかざした。


 そこに置かれていた型紙と文房具類が独りでに浮かび、引き寄せられる――恐ろしく熟練した念動魔法テレキネシスだ。

 店員が俺の身体のあちこちをメジャーで採寸する傍ら、浮遊するペンやハサミが型紙に線を引き、切り込みを入れ、あっという間に立体を作り上げていく。


「……いかがでしょう? 右腰に着ける形で作ってみました」

「完璧」


 最終的に出来上がったのは、上下二段に分けられた幅広のホルダーだった。

 ベルトから斜め後ろに吊り下げる方式で、内部に仕切りを設けた矢筒か、剣の鞘のような印象。イメージ通りだ。


「この辺にダガー用のポケットも追加してください。あとはそのまま」

「かしこまりました、早速縫製を始めますわ。……他に何かご要望は?」

「このコート、修繕できます?」


 俺は着ていたダークグリーンのトレンチコートを脱ぎ、店主に見せた。

 店主が僅かに眉をひそめた。無理もない。繕いだらけの古いコートだ。


「これだけ古いと、完全な修復は難しいかと」

「できるだけで十分です。……死んだ親父のお下がりでね、愛着あるんすよ」

「なるほど。――合わせて2時間ほどいただきます。また後でいらっしゃるか、あちらのカフェでお待ちくださいませ」


 女店主は店内のカフェ・スペースを指さすと、恭しく一礼して去っていった。


 ◇


「――ありがとうございました。今後とも御贔屓に」

「どうも」「ぐっばーい」


 防具屋のドアベルを背後に、俺とフォーキャストは階段を降りて、通りに出た。


「いいね、その服。男前」

「いい服すぎて逆に落ち着きません。これ、元とるまで着れるといいけど」


 俺は新しい服の襟に触れた。 


 絹のような肌触りのグレーシャツと、ワインレッドのネクタイ。

 ぴったり丈の合ったズボン、そして防弾ベストと上着。いずれも色は黒。

 ガワだけ見れば仕立てのいいスリーピーススーツのようだが――この服を着た者は拳銃弾程度ではそうそう死なないことを、俺は身をもって知っている。


 右腰にはダガーとローダーを差せる革のホルダー。幅広な剣の鞘のように見える。

 左腰には予備弾を入れたポーチと、『黒い拳銃ブラックピストル』のホルスター。

 『ヒュドラの牙』はスリングを右肩に掛けて背中に保持した。修繕したダークグリーンのコートを上から羽織ると、装備のほとんどは隠れて見えなくなる。


 至れり尽くせりだ。気が大きくなってヘマをしないか、逆に不安ですらある。


「フォーキャストさんの服も、あの店で?」

「キャストでいいよ。――うん。この弓もさっきの武器屋さんでね」


 フォーキャストが背中の禍々しい大弓に触れた。

 魔物の骨や甲殻に金属部品を組み合わせた弓は両端が畳まれ、パーツ同士が筋線維のようなもので繋がれている。ここがバネ仕掛けのように動いて展開するのだろう。


「東区じゃそういうのは見ませんね。魔物素材?」

「うん。前に仕留めた竜種ドラゴンの角とか腱とか。魔物狩り専門だから、私」

竜種ドラゴン? 接触禁止でしょ」


 俺は片眉を上げた。

 街から出たことのない俺ですら、竜種ドラゴンの脅威は知っている。超音速で空を飛び、砦すら爆砕する火球や熱線を吐く最強の魔物。

 刺激するのを避けるために冒険者の接触は原則禁止されており、どうしても討伐の必要がある時は国の戦力が総がかりになって挑むという。


「あー……ふふふっ。知らなくてさ、それ。狩りの帰りに見つけて、やっちゃった」


 内緒ね、とフォーキャストが笑い、ある建物の前で足を止めた。


「あ、着いた。ここ」


 通りに面した庭付きの一軒家だった。

 赤い屋根、ヒュドラ・ピラーのような、灰色の古代コンクリートでできた古代建築ではない。後から煉瓦などで建てられた「後付け」の建物だ。


「ま、上がってよ。パノが空き部屋掃除するって言ってたから、そこ使って」

「お世話になります」


 俺は一言断りを入れ、家の敷居を跨いだ。

 ホーム・スイート・ホーム。とりあえず今日からここが寝床だ。



(ブランド・ニュー・アウトフィット 終)

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