フラムドール・オブ・ヴェンジェンス(1)

「あーあ、話が違うぜ。綺麗どころと一緒かと思ったら、一人寂しく見回りかよ」


 深夜。人通りのない南区の裏路地を、一人の若き冒険者が歩いていた。

 男性、10代、ロングコート。申し訳程度の防弾ベスト、背中には両手剣。

 名はソードマスター。つい最近B級に昇格した冒険者であった。


 先日の冒険者ギルド襲撃の後、南区のギルドマスターは手勢に情報を集めさせる傍ら、複数の冒険者に南区の警備依頼を出していた。ヒュドラ・クランの手の者が跋扈するのを防ぎ、あわよくば捕縛して敵の狙いを掴むためだ。

 

「にしてもあのギャング野郎、いいよなぁ。不思議系のフォーキャストに小柄のパノプティコン、巨乳のフラッフィーベアと同居生活か」


 思春期男子めいた妄想を口に出しながら、ソードマスターが無人の通りを歩く。今日は朝までずっと歩き通しなのだ。こうでも言わねばやっていられない。


「……ん?」


 その時――前方から近付いてくるエンジン音に気付き、彼は足を止めた。


 とろとろと走ってくるのは1台の魔導車だった。車体の四隅にある魔導浮揚機マジックレビテータの力場でホバー走行する、ごく一般的なモデルだ。

 車体には清掃業者のマークが描かれており、特におかしな点はない。……深夜に裏路地を走っている点を除けば。


「停まれ! 冒険者ギルドだ!」


 ソードマスターが呼びかけ、冒険者タグを見せて車を停めさせた。


「……何でしょう。私らは見ての通りの掃除夫ですよ」


 暗がりの中、清掃車から降りてきたのは2人の男だった。


 共に薄汚れたフード姿。顔は暗がりでよく見えない。

 片方の男は右腕だけが妙に大きく、それを隠すようにボロ布を巻きつけている。

 もう片方の男は身長2メートルを超える巨漢。背中には巨大な球状の何か。


 あからさまにギャング。つまり手柄だ。

 ソードマスターはそう結論づけた。


「東区の奴らだな」

ですから・・・・、掃除夫です。街路掃除から帰るところです。今日は残業で」

「……営業証明書もある」

「言い訳無用! どうせ偽造だろ!」


 ソードマスターは背負った両手剣を抜いた。


「お前らをギルドに引っ立てる。抵抗するならここで剣の錆になれ!」

「……やれやれ。雉も鳴かずば撃たれまいによ」


 左右非対称の男が肩を竦めると、隣の巨漢が無言のまま背中の荷物を落とした。

 その正体は――長い鎖の繋がった、一抱えもある鉄球!


強化魔法エンハンスメント!」


 ソードマスターは両手剣の刀身を顔の横に構え、刀身を水平にした。

 肩から突撃する雄牛オックスの構え。魔力が彼の身体と剣を駆け巡り、単純な筋肉量以上の力を生む。


「B級冒険者、ソードマスターだ」

「ファイアライザー。辞世の句デスハイクを詠むなら今詠め」

「レッキングボール。……お前程度でB級になれるのか、最近は」

「抜かせ!」


 言うが早いか、ソードマスターが猛然と突進を仕掛ける。

 対するファイアライザーは悠然と立ったまま、右腕を覆う布を取り払った。


 露わとなったのは、無数のチューブやポンプ機構を生やした異形の金属義手。指は3本、掌に噴射口を持ち、二の腕から背中の燃料タンクへとホースが伸びている。

 古代文明の遺物レリックの模倣――火炎放射器を内蔵した魔導脳制御マギバネティクス義手だ。


「さてもさても、血気盛んなことよ」


 ファイアライザーが無造作にその腕をかざすと、背中のタンクから燃料が流れ込み、掌の噴射口から細く絞り込まれた火炎流が噴き出した。


「ふっ!」


 ソードマスターは思わず鼻を鳴らした。なんと頼りない炎であろうか。

 南区の冒険者が火炎魔法ファイアマジックを使えば、もっと巨大な火炎を難なく生み出せる。所詮は町中で粋がるだけのならず者、魔物相手に鍛えられた冒険者とは違うのだ。


「そんな大道芸で……ッ!?」


 その瞬間、炎が左右に分かれた。

 2つが4つ、4つが8つ。16、32、64、128。火炎流が分岐に次ぐ分岐を繰り返し、一瞬で路地を埋めつくさんばかりに繁茂する。さながらナパームの大樹!


「なんだ……なんだ、この炎は!?」

「フラクタル・ファイア。大道芸とは心外だな」


 ファイアライザーが繰り出したのは、彼が独自に編み出した変種の火炎魔法ファイアマジック。右腕からのナパーム火炎を増幅・制御し、枝状に広げて空間を制圧する高等技巧だ。

 火勢こそ小さいが、避けにくく、受けづらい。そして巨大な魔物が相手ならばともかく、人を焼き殺すのに大規模な炎は要らぬ。ファイアライザーが編み出したのは対人特化の炎魔法であった。


「お前は実力差も見抜けず負け戦を挑んだ大間抜けだ。口達者が過ぎると死んだ後で恥をかくぞ、お若いの」

「ッ……舐めるなあっ!」


 ソードマスターが強化魔法エンハンスを帯びた剣を振るい、襲い来る炎の枝を切り払う。

 熱波がチリチリと肌を焼くが、大した傷ではない。このまま突撃し、炎の出所たる右腕を切り飛ばしてくれる。


 ソードマスターはまっすぐ敵を見据え、そこで違和感を覚えた。

 目の前にはファイアライザー1人。片割れの大男がいない。大男はどこだ?


 ――ゴウ! ゴウ! ゴウ!


 その時、頭上より異様な風切り音が響く。


「な……!?」


 レッキングボールは空中、家々の屋根より高くにいた。

 その全身を覆うのは、厚さ20ミリのアダマント鋼からなる防弾鎧。彼はこの超重装甲をまとったまま10メートル近く跳躍し、空中で鎖付き鉄球を振り回していた。凄まじい強化魔法エンハンスメントの練度!


 勝てない。逃げねば。ソードマスターが総毛立つ。

 だが、どこへ? 後方では既にファイアライザーの火炎枝が路地を覆い尽くさんばかりに繁茂している。側面もだ。どこにも逃げ場は残されていなかった。


「ハハハハハ! 血気に逸って先走ったな。苦しんで焼け死ね!」


 ファイアライザーの冷徹な声と同時に、炎が全方位から襲い掛かった。


「わあああああああああぁぁぁあぁぁっ!」


 ソードマスターは恐慌の叫びを上げ、その場で八方破れに剣を振り回した。火炎枝の飽和攻撃を捌き切れず、ものの数秒で火達磨となった。炎の枝がうねりながら鼻や口に入り込み、気管と肺を焼き焦がす。


 声にならぬ悲鳴を上げてソードマスターがのたうち回る。そこにレッキングボールが鉄球を投擲! 強化魔法エンハンスを乗せた鉄球が音速を突破!


 DOOOOOOOM! 重砲弾じみた着弾音とともに、ソードマスターの五体が弾けた。飛び散った肉骨片を炎が呑み込み、たちまち灰と消し炭に変える。



「……他愛ない。冒険者も質が落ちた」


 空中のレッキングボールが鎖を引くと、鉄球は宙を飛んで彼の手に戻った。そのまま重々しく着地する巨漢に向け、ファイアライザーが苦々しく身を反らす。


「レック、いきなり潰す奴があるか。何か聞き出せたかもしれんのに」

「喉を焼いていたろうが」

「叫べん程度に加減して焼いたのだ、加減して。まあいい、急ぐぞ」


 ふたりは清掃車からゴミ袋を出し、燃え残った死体のかけらを手早く拾い集めた。東区では死体があっても死体拾いスカベンジャーしか気にしないが、他区で人を殺す際にはこうした隠蔽工作が必要だ。


「裏通りは概ね洗ったが、見つからんな。聞き込むか?」

「そういうのは現地協力者・・・・・にやらせた方がいい。足がついたら面倒だ」

「誰の仕切りだったか」

「スパニエルだな。若いが、やる奴だ」


 清掃車の運転席に腰掛けながら、ファイアライザーが言った。


「車と服は毎日変えよう。明日はケバブのキッチンカーで行く」

「うむ。……焼くのか。ケバブ」

「ハハハ! やっても構わんぞ、肉を焼くのは得意だ」


 顔の火傷痕を撫でて一笑いすると、ファイアライザーは清掃車を発進させた。

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