ランペイジ・ビースト・アンド・キルマシーン(3)
買い物の終着点は、南区繁華街の外れにある洒落たレストランだった。
大理石のタイルを張った床。1階のホールに2階のバルコニー席。今日は特に催し物はないようで、暇を持て余した客が数人、バンドが鳴らす陽気なBGMの中で踊っていた。
「ジョン君は読み書き駄目だっけ。えーと……ステーキでいい?」
「ええ。数字とか簡単な単語ならぽつぽつ読めるんすけどね」
「大変だねー。焼き方は? 真っ黒焦げか生ナマ焼けか」
「生ナマで」
CLINK! フラッフィーベアが慣れた手つきで呼び鈴を鳴らし、店員を呼んだ。その脇には今日買ったヘアアクセやら女向けの雑貨やらの袋が山積みになっている。
「あたしはピーナッツ・クァーリー・バーガーとフライドポテト、両方メガサイズで。それとミルクシェイク、銀貨5枚のやつ」
「5枚? たかがミルクとアイスクリームが?」
「いいじゃん。あぶく銭はパーッと使うに限るよ! あっはははは!」
「それもそうっすね! ワハハハハ!」
俺たちは革袋に残った金貨をジャラつかせながら笑った。
さっきの奴らの風体を見る限り、十中八九ロクでもない金だ。こうして経済の輪に戻してやるのが犠牲者への供養というものだろう。喜捨の心得というやつだ。
それからしばらくフラッフィーベアと他愛もない話で盛り上がっていると、ウェイターが料理を運んできた。
俺は1階のバンド演奏を横目に眺めながら、よく焼けたオーガニック・ミートのステーキにナイフを入れた。反対側のフラッフィーベアの前には、子供の頭くらいあるハンバーガーが鎮座している。
「ジョン君が来てくれて良かったよ。キャストちゃんは枯れたおばあちゃんみたいな趣味してるし、パノちゃんは見ての通りの真面目ちゃんだし、ペインちゃんは診療所が忙しいし。こういう場所に誘える人いないんだぁ」
「俺で良ければいつでも付き合いますよ。……そういえば、フラッフィーさんは俺のこと『ジョン』って呼ぶんすね」
「んー?」
発言の意図を読みかねたのか、フラッフィーベアが大きなハンバーガーを両手に持ったまま首を傾げた。
「そっちのがバック君やスタブ君より可愛いなーって思って。嫌だった?」
「いや別に。先週までジョン坊呼びでしたし。……東区生まれを誰彼構わずジョンだのジェーンだの呼んでんなら問題っすけどね。『名無しの親無し子』みたいな意味になるんで、最悪警告なしで撃たれますよ」
「しないよぉ、そんなこと」
フラッフィーベアはからからと笑い、自分自身を指さした。
「じゃ、お返しにあたしのことも名前で呼んでいいよ」
「いいんすか? キャラ・ネームで呼ばなくて」
「時と場合にもよるけど、本人が名前を隠したがってるとかじゃないなら別にいいよ。――あたし、トモエ。トモエ・ヒョウブ・ハンガク(板額兵部鞆絵)」
「貴族みたいな名前っすね」
「武家だからねぇ。もう潰れたけど」
フラッフィーベアは大口を開けてメガサイズ・ハンバーガーに齧りつき、そのまま瞬く間に平らげた。
「実はジョン君には結構シンパシー感じてるんだぁ。あたしの家は道場やっててさ。ママも死んじゃったし養子のアテもないから、一人娘のお前が流派を継げーってパパに言われて、散々シゴかれたんだけど」
「だけど?」
俺が促すと、フラッフィーベアは苦々しげに口をもにょもにょと動かした。
「知らないうちに近くの城主と縁談が組まれてたのー……相手のおじさん45歳。パパは『道場のため』の一点張りぃ」
「あらら。しょうもない欲を出しちゃったんすかね。それで? 結婚したんすか?」
「まっさかー、暴れに暴れたに決まってるじゃん。パパと道場の門下生、全員投げ飛ばして家出したの! 一世一代の大立ち回り!」
「俺と一緒だ」
「あっはは! そうでしょ!」
フラッフィーベアが身を反らして豪快に笑う。ハムスターくらいなら叩き殺せそうな巨乳が黒のタートルネック・インナーをみちりと押し上げた。
「そんで、お父さんは?」
「切腹して死んだよ。家もお取り潰し。だから家名を出しても誰も困らないの。……思うところがないでもないけどねー。生き方ってつまり死に方でしょ。人の死に方を自分のいいようにしようっていうなら、自分が死ぬ覚悟も決めてもらわなくちゃ」
「同感っすね」
俺は頷いた。
「ちなみにフラッフィーさんはどういう死に方がお望みっすか?」
「んー? あたしより強い敵と戦ってー、使える手ぜーんぶ使っても勝てなくてー、それでも最後に一生ものの手傷を負わせて死にたいな。
「ノーフューチャーなことで」
「
「短い人生、行けるとこまで行ってみたいの。仏に遭っては仏を殺し、鬼に遭っては鬼を殺す。力及ばず死ぬならそれも本望。――いざ征かん、冥府魔道!」
蜂蜜色の瞳をぎらぎらと輝かせながら、フラッフィーベアは大ジョッキを傾けてミルクシェイクを豪快に飲み干した。
「そういう意味でも、ジョン君にはけっこう興味あるなぁ。――スキル持ちでしょ? それもとびきり強力なやつ。一戦やってみたーいなー?」
「無理っすよ。勝っても負けても、つまんねぇ戦いにしかなりません」
「ちぇー」
フラッフィーベアは残念そうに笑い、皿に残った揚げ芋をくわえた。
俺はだんだんこの女の本質を掴んできていた。ヘアアクセだのスイーツだのはただの浮世の手慰み、こいつの本性は血に飢えた戦闘狂だ。
ヒュドラ・クランにも似たような奴がいた……暗黒闘技会の主、マグナムフィスト。凄腕の戦闘狂共を束ねる生粋のバトルジャンキー。目的達成のために戦うのではなく、戦うために戦いを求める人種。
一方の俺はというと、どうにもそういう思想は理解できそうにない。俺にとって殺しは問題解決の手段であって、別に楽しみを求めているわけではない。リスクなく、不意打ちで一方的に終わらせるのが最上だ。
フラッフィーベアもそういうスタンスやテンションの違いを感じ取ったのか、そこで話を切り上げ、階下で踊る客を指差した。
「じゃ、代わりにあそこで付き合ってよ。何か踊れる?」
「ツイストなら」
「
言うが早いか、フラッフィーベアはひらりとバルコニー席の手すりを飛び越し、1階ホールの中央に軽やかに降り立った。その体つきを見た数人の酔客が口笛を吹く。奴は目を丸くするバンドに「一曲お願い」と金貨を弾き、2階の俺へと向き直った。
「踊ろ、親不孝同士!」
「やれやれ」
俺は肩を竦め、食べ終えた皿を置いて1階に飛び降りた。バンド連中が軽快な演奏を始め、ホールのあちこちで手拍子が起きる。
「あはは! あっははははは!」
フラッフィーベアが呵々と笑い、肉食獣じみた激しい動きでステップを踏む。
ツイストはワルツだのフォークだのと違って、相手の身体に触れることはしない。人生を皮肉るようなニヒルな歌詞の曲が流れる中、俺たちはつかず離れずの距離で向かい合って踊り続けた。
やがて曲が終わり、あちこちからまばらに小さな拍手が上がる。幸いにも足を踏んだり踏まれたりすることなく、俺は一曲を乗り切った。
「はーしんど。フラッフィーさんお上手」
「君も中々だよ。どう、もう一曲……」
KRAAASH!
体が温まってきた様子のフラッフィーベアが言いかけたその時、店内にガラスが砕ける音が響いた。栗髪の
「いたぜェ! ぶっ殺せ!」「ヒャーハハハハハ!」「ヒヒヒヒヒッヒ!」
砕けたのはレストラン2階のガラス窓。そこから明らかに客ではない奴らが10人ばかり、冷えた風とともに飛び込んできた。
ロープやハシゴを使ったようには見えない。おそらく全員が
「ファック・オフ! しゃらくせぇ!」
BLAMN! BLAMN! 俺はコート下から『ヒュドラの牙』を抜き、最初にまっすぐ突っ込んできた侵入者数人を撃ち殺した。
手すりを乗り越えようとしていたところを撃たれ、死体がドチャドチャとホールに落下。そこら中の客が悲鳴を上げ、席を立って逃げ惑い始める。敵はそいつらを斬り捨てながら、俺たちを取り囲むように押し寄せてくる。
「ダンスの続きはまた今度っすね」
ちらりと後ろの様子を伺うと、フラッフィーベアは修羅場の空気に目の色を変え、獰猛な笑みを浮かべていた。
「いいよ、そんなの。……GRRRRR!」
その口が耳のあたりまで裂け、喉の奥から恐ろしい唸り声が上がった。
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