ランペイジ・ビースト・アンド・キルマシーン(4)


 レストランに押し入ってきた敵の数は10人。そのうち2人は既に死体だ。大した使い手ではなさそうだが、全員が魔法使いと見えた。

 そいつらが2階の窓から侵入し、1階ホールにいる俺たちの方へと向かってくる。躊躇のない前進から察するに、店の外にも後続バックアップがいるだろう。


「ったく、見境なしかよ!」


 BLAMN!


「ギャアアッ!?」


 俺はさらに一人殺しつつ、逃げ惑うバンドメンバーに紛れて壁際に寄った。


 表面に張られた飾りの石タイルはともかく、中の古代コンクリートは1000年の雨風にも耐えるほど頑丈で、魔導車が突っ込んでもヒビひとつ入らない。背後から壁ごとぶっ飛ばされる心配はしなくていいということだ。


「ジョン君は気楽にしてなよー。用心棒、慣れてるから!」


 フラッフィーベアが両腕を鞭めいて振り抜くと、2階から飛び掛かった剣持ちふたりの首が空中で斬れ飛び、血の雨が降った。

 小さな刃物をとんでもない力で投擲した。そこまでは見て解った。だが隠し武器の類を取り出すような素振りはなかったはずだ。


「何すか、今の?」

「あたしの魔法。……地味だけど人をやるには十分だよ」


 栗髪の獣人ライカン女が毛皮のジャケットを脱ぎ去り、ボディラインに沿った袖なしの黒いインナーを露出させた。


 その手の中に塵風めいた魔力が渦巻き、凝集し、黒鉄の手裏剣スローイングダガーが生まれる。

 フラッフィーベアは拳銃の早撃ちめいた一瞬の動作でそれを投げ、バルコニーから魔法弾マジックミサイルを放とうとしていた敵を殺した。怯んだ敵がひととき前進を止める。


石弾ストーンバレットか。金属にしか見えねぇが)


 魔力を織り上げて作った石の弾を飛ばす、基礎的な土魔法アースマジック

 フラッフィーベアは推進を投擲に頼ることで、投射体の生成精度とリロード速度に全振りしていると見えた。武術を前提とした魔法、とでもいうのだろうか。これなら、この程度の相手は100人来ても相手にならないだろう。


 だがそうなると、この程度の相手しかいないことが不自然だ。

 この襲撃がヒュドラ・クランによるものだと仮定すると――連中は既に2度も俺の暗殺に失敗している。それが今さら数に物を言わせた力押しに出てくるものか? 余裕をこくと危険だ、と鉄砲玉の本能が告げていた。


「何にせよ、全員殺せば次が出てくるか」


 俺は買ったばかりのフラッシュグレネードをコート内から抜き、ピンを抜いた。

 ピンを抜くと安全レバーが外れ、それから5秒で炸裂。ブラックパウダーから聞いた説明を暗唱し、3秒待って投げ上げる。


「目ェ閉じろ!」


 KBAM! 爆音とともに光が弾け、その場にいた全員の目を灼いた。例外は先んじて目を閉じていた俺とフラッフィーベアのみ。


 俺はすぐさま足音を抑えて階段を上がり、銃を構えた。

 BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN! BLAMN! バルコニーを走りながら散弾を放ち、目を押さえて悶絶している敵を殺す。目潰しの効果はせいぜい十数秒だが、2階の奴らを皆殺しにするには十分だった。遅れてフラッフィーベアも階段を上がってくる。


「あっはは! お見事!」

「どうも。……出ましょう、店に迷惑がかかる」


 死体が森の木の根のごとく転がり、生き残った客が机の下で頭を抱えて伏せる中、俺は後ろのフラッフィーベアへと振り向いた。


 ――その瞬間、割れた窓の外に何者かの影がよぎり、同時にフラッフィーベアの背後の暗がりが不自然に歪むのが見えた。


「後ろ!」


 BLAMN! 俺は横っ飛びに転がりながら、歪んだ暗がりへと散弾を撃ち込んだ。

 すると影に溶け込むように潜んでいた黒ずくめの女が暗がりから飛び出し、銃弾を躱しながら俺にクナイを投擲。さらに窓から剣と円盾バックラーを持った鎧姿の男が飛び掛かってくる。


「わーお! 少しはできそう!」


 フラッフィーベアが喜色満面で両手を振り抜き、手裏剣を前後に投げる。

 2枚の鋼鉄の星が風を切り、毒と思しき液体に濡れたクナイと、窓から飛び込んできた剣士のジャンプ斬りをそれぞれ阻止した。


「バックスタブだ。……本命のお出ましか、お前らヒュドラ・クランじゃねぇな」

「A級、フラッフィーベアでーす」


 機先を制して名乗ると、鎧男は手にした円盾バックラーに突き刺さった手裏剣を抜き、剣を顔の前で垂直に立てた。反対側では黒ずくめ女が合掌する。


「いかにも。俺はハーキュリーズ。事情は明かせぬが、死んでもらう」

「……ナイトフライ……」


 言うが早いか、ふたりの敵が同時に攻めかかる。

 前からハーキュリーズ、後ろからナイトフライ。俺とフラッフィーベアは背中合わせで迎え撃つ。


「雇われの殺し屋か。明かせぬもクソも自明だろうがよ!」


 BLAMN! 俺は『ヒュドラの牙』を腰だめに構え、ハーキュリーズを撃った。

 だが鎧剣士は踏み込んでバックラーを突き出し、散らばる前の散弾を防御。そのまま右手の剣で心臓を刺しにくる。手練れの動きだ。


「ちッ!」


 俺は銃を両手で掲げ、頑丈なミスリルのフレームで切っ先を受け流した。

 そこから強化魔法エンハンスを込めたサイドキックで反撃。身体がパノプティコンに教え込まれたフォームを無意識になぞる。ハーキュリーズはバックラーでこれを受け、予想外の衝撃にたたらを踏む。


強化魔法エンハンスを使うか。情報と違うな」

「日々成長してんのさ。どうだい、伸びしろを見込んで見逃すってのは」

「戯言を。芽は芽のうちに摘むものだ」

「畜生め」


 俺は横っ飛びに転がって敵のカウンター斬撃を回避し、テーブルを盾に距離を取りながらフラッフィーベアを一瞥した。



「……せつのクナイは苦無くないにあらず。苦しんで死ね」

「あはは! 只人ヒューマンのくせに、あたしより口が大きいんだ!」


 ナイトフライと名乗った女がつかず離れずの距離を維持し、毒を塗ったクナイを次々と投げつける。

 フラッフィーベアは顔色一つ変えず、手裏剣の連射で毒クナイを迎撃しながら摺り足で前進。黒ずくめの女は連続側転で距離を離し、そのまま物陰へと飛び込んだ。


「……〈隠形ハイド〉……」


 ナイトフライが低く呟くと、その気配が風に吹かれた煙めいて薄れる。

 決して透明になったわけではないのに、頭が「そこに敵がいる」と認識しない。存在感を消すスキルといったところか。


「あっはははは! 小癪! ……GRRRR!」


 だが逆に言えば、見えてはいるのだ。フラッフィーベアは迷わず突撃をかけ、ナイトフライを捻り潰そうとした。だがそこで再び窓ガラスが砕け、飛び込んできた3人目がフラッフィーベアの針路を遮る。



「――やっとるなァ! ワシも混ぜてもらおうかいッ!」


 ずんぐりした筋骨隆々の体躯に長く伸ばした髭、ドワーフだ。手の込んだ造りの金属鎧を着こみ、泡立て器の化け物のような形のヘヴィメイスを担いでいる。


「ワシはローバスト! フラッフィーベア、尋常に勝負ッ!」

「あはははは! 上等!」


 ローバストと名乗った重戦士がメイスを振りかぶり、無数の斧刃が放射状に生えた槌頭をフラッフィーベアに振り下ろした。栗髪の獣人ライカン女は防具も何もつけてない腕を無造作にかざし、打撃を受ける。


 衝撃音はしなかった。メイスを受けた腕が無惨に叩き潰されることもなかった。ただフラッフィーベアの足元の大理石タイルが、身代わりになったように砕けていた。


 奴のスキル、〈風柳フレクション〉だ。しなって風に耐える柳の枝のように、外からの衝撃を地面に受け流す。……だが今の間に、ナイトフライは物陰から物陰へと飛び移り、完全に姿をくらましてしまった。面倒な事態だ。


「目を離すとは、舐められたものだ」

「なら一発芸のひとつでもやってみろや!」


 さらに正面のハーキュリーズがテーブルを蹴り倒し、強引に距離を詰めてくる。

 俺は背を向けて逃げる……ように見せかけ、ピンを抜いた破片手榴弾をテーブルの上に転がした。安全レバーが弾け飛び、起爆への秒読みが始まる。


「グレネード!?」

「ご名答!」


 俺はそのまま近くのソファーの影に飛び込み、転がっていた敵の死体を盾にした。ハーキュリーズはその場で身を低め、盾を構えて防御姿勢をとる。


 KBAM! 手榴弾が爆ぜ、四方八方に超音速の殺傷破片を撒き散らした。


 俺にも、ハーキュリーズにも、周囲で伏せる客にも目立った被害はない。

 破片手榴弾は名前の通り、爆圧で破片を飛ばして攻撃する。破片はドーム状に広がるから、今のようにテーブル上で爆発した場合、テーブルより低い位置で伏せていればそうそう当たらないのだ。


「そら、もう一発!」


 そして奴が立ち上がるより早く、俺はソファ越しにふたつめの手榴弾を投げ、今度は床の上に落とした。爆ぜれば全てを巻き込む位置に。


「ぬうッ!」


 ハーキュリーズが高く跳躍し、落下地点から大きく距離をとった。そして食べかけの料理皿を踏み潰しながら離れたテーブルの上に降り立ち、手榴弾の方へ――つまり、俺に側面を向けて――バックラーを構える。


 俺はすかさず跳ね起き、その着地際を狙って引き金を引いた。

 BLAMN! 銃口を飛び出したスラッグ弾が、ハーキュリーズの胴を鎧ごと貫く。


「なッ……!?」


 崩れ落ちながら、ハーキュリーズがって・・える・・俺を見た。

 BLAMN! 俺はその顔面にもう一発撃ち込んだ。ハーキュリーズの頭が破裂し、兜が跳ね飛んだ。顎から上がなくなった死体が血を噴きながら倒れた。


「判断の早さが命取りってね。化かし合いは俺の勝ちだ」


 なぜ、立っている――「なッ」の意味合いはそんなところか。

 無理もない。自分で手榴弾を投げた直後に無防備に立ち上がる奴がいたら、自殺志願者か単なるアホだ。だが奴の迂闊は、ふたつめの手榴弾に刺さったままの安全ピンに気付かなかったことだ。


 ハーキュリーズは熟練の剣士であり、正面から付け入る隙はなかった。だから1発目で手榴弾の威力を印象付け、フェイントの2発目で無駄な回避をさせた。二度とは通じないチープな手品だが、死ねば次はない。


「まずひとり」


 ソファーを盾にして姿勢を低め、スピードローダーから弾を再装填。

 ふと周辺に意識をやると、店外からも銃声と怒号、戦闘音がひっきりなしに鳴り響いていた。冒険者ギルドの援軍を足止めしている奴らがいる。


 どうも本当の修羅場はここかららしい。俺は手榴弾を拾ってコートの中に戻すと、さらに殺すべく銃を構え直した。

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