ランペイジ・ビースト・アンド・キルマシーン(2)

 冒険者ギルドの上階には、武器や防具屋の他、ペインキラーが詰めている診療所や、冒険の準備をするための道具屋がテナントで入っている。


 引退した元冒険者がここで働くこともあるらしく、たとえば俺のローダーケースを仕立てた防具屋の店主ヘカトンケイルは、パノプティコンの師匠ということだった。菓子折りでも渡して根回ししておけば、奴のシゴキも少しは楽になるだろうか。


「南区は東区ほど機械がいっぱいあるわけじゃないけど、魔物素材を使った道具はいっぱいあるんだよー。ギルドのお膝元だからねぇ」

「なるほど」


 道具屋に入った俺は、フラッフィーベアに店を案内してもらっていた。店の中は1階の酒場と同様、丸太と煉瓦を使った古めかしい内装がなされている。


「汎用の道具はこの辺の棚で……あ、これ見てぇ」


 フラッフィーベアが木の棚に手を伸ばし、赤と黄に塗られたロープを取る。

 繊維は麻か何か、色を除けば何の変哲もない縄に見える。


「この縄、焚き付けにもなるの。魔物の脂と魔石の削りくずを編み込んでて、雨の日でもけっこう大きな火が出るんだぁ。クイントピアはあんまり焚火できないけどね」

「へー……なんかに使えそうだ、ひとつ買ってみましょう」


 俺は赤黄の着火縄をカゴに入れた。フラッフィーベアが隣の棚に手を伸ばし、包帯や薬品の詰まった簡素なポーチを取る。


「これがペインちゃん監修のメディキット。鎮痛ポーションとか絆創膏とか、手当の仕方を絵に描いた紙が入ってるの。これが出てから死人が減ったんだってー」

「福利厚生がしっかりしてんなぁ。買っときますか」


 俺はポーチをカゴに入れた。フラッフィーベアが隣の棚に手を伸ばし、金属の殻で覆われたリンゴ大の爆発物を取る。


「それでこれが手榴弾……あ、ここから火薬コーナーかぁ」

「グレネード!? マジかよッ! 買えるだけ買っとかなくちゃ!」


 俺はリンゴ大の破片手榴弾フラググレネードを5つばかりカゴに入れた。それを見たフラッフィーベアが少し怪訝そうに首を傾げる。


「それ、そんなに買う人初めて見たぁ」

「いや必須品マストでしょ。これ買わなくて何を買うんすか。銃弾100発よりグレネード1個が欲しい時だってありますよ」


 敵が壁やバリケードのような障害物に隠れているとき、あるいは室内を制圧しながら進んでいくとき、グレネードがあるかないかで突破速度が段違いだ。俺はそう主張したが、フラッフィーベアは釈然としない様子だった。


「ふーん、南区だとあんまり人気ないんだよねぇ。高いわりに大きな魔物にはてんで効かないし、火炎魔法ファイアマジック鍛えた方がコスパいいし」

「東区だと魔法使いがそこそこ珍しいっすからね。所変われば事情も変わるもんだ」


 俺はしげしげと棚を見渡した。

 一般的な9ミリ拳銃弾、12ゲージ散弾を始め、『ヒュドラの牙』で使う大口径の8ゲージ弾もある。だが一番目立つ位置に置いてあるのはタブレット状の鉛インゴットと、融かした鉛を球形に固める金型だ。缶入り火薬と油紙、雷管もある。いずれにしても古い前装銃マスケットやパーカッションロック銃で使う道具だ。


「しかし古めかしい道具ばっかだな。なんでだろ」

「――それはですね、南区では旧式銃の方が需要があるからなのです」

「ああ?」


 口を挟んだのはフラッフィーベアではなく、いつの間にかそばにいた女だった。

 茶色の三つ編みツインテール、眼鏡、白衣。ただ同じ白衣姿のペインキラーとは違い、その身体からは薬や包帯ではなく、火薬の匂いがする。


「どーも、バックスタブさん。ブラックパウダーです。お噂はかねがね」

「どうも、ブラックパウダーさん。バックスタブです。このお店の方っすか?」

「ええ。錬金術師アルケミストをやってまして。銃器の研究のかたわら火薬を管理させてもらってます。たまには冒険者として素材集めに出たりもしますけど」


 ブラックパウダーと名乗った女冒険者は快活に笑い、首から下げた灰色の冒険者タグを見せた。C級あたりか。


「さっきフラッフィーさんが言われたように、冒険者に銃やグレネードの類は人気がないんですよ。バックスタブさんが楽しそうに話されてたので、つい差し出口を」

「いや、ありがたいっすよ。……で、なんで旧式銃のが人気なんすか?」


 言いながらフラッフィーベアの様子を横目に伺うと、栗髪の獣人ライカン女は肩を竦めて「自分のことは気にするな」と言外に告げ、ひとりで棚の商品を見て回り始めた。


「南区の冒険者はしょっちゅうクイントピアの外で旅するでしょう」

「そう聞いてます」

「となると、薬莢規格の合う既製弾薬しか使えない新型銃は何かと不便なんです。それに精密な分、故障したら直せなくなる可能性も高い。火薬と鉛さえあれば撃てるパーカッションロックやフリントロックの方が好かれるんですよ」

「だから余計に銃を弱く見積っちまうんすかね」


 俺が聞き返すと、ブラックパウダーは苦々しい表情で頷いた。


「魔物相手だと威力不足になりやすいのも確かですからねー……南区一の魔物狩人のフォーキャストさんも大弓使いですし。不信感というか、そういう風潮はあります。手榴弾も破片フラグだけじゃなくて、補助用で色々と試作してるんですが」

「へー。ヒュドラにも魔導サーモバリック詰めた爆炎手榴弾ブラストグレネードってのがありましたよ。一個で部屋ひとつ丸焼けにできるやつ」


 ブラックパウダーが感心したように目を丸くした。


「やっぱ東区はそういうの進んでますねぇ……こっちは威力を上げてもアピールポイントにならないんで、焼夷剤とか発煙剤とか、あとマグネシウムを試してます」

「マグネ……何だって?」

菱苦土鉱マグネサイトから取れる金属の粉です。燃やすと光ります。目が眩むくらい」

「なーるほど。そういうのは東区でも見ませんね。使ってみたいな」


 俺は本心からそう言った。炎、煙、光。いずれも使い道がありそうだ。ヒュドラ・クランの奴らが知らなさそうなのもいい。


「いいんですか!? ちょうど実証試験終わった試供品があるんですよ!」

「ぜひ、ぜひ。箱はいいっす、コートの内側にそのまま入れていくんで」

「はーい! ちょっとお待ちを!」


 後で感想を聞かせるように、という約束で、俺はブラックパウダーが持ってきた特殊グレネードを受け取り、いくらかの礼金を払った。それからフラッフィーベアと再度合流し、さらりと棚を見回って道具屋を後にした。


 ◇


「すーぐ仲良くなっちゃうねぇ。ジョン君の女ったらしー」

「仕事の話っすよ、仕事の」


 ぶーたれながら歩くフラッフィーベアの隣を行きながら、俺はコートの内ポケットに入れた手榴弾のポジションを確かめた。

 左右に3つずつ、ポーチに1つの計7発。そのうち2発が焼夷手榴弾サーモグレネード閃光手榴弾フラッシュグレネード。煙幕はまだ調整中とのことだった。それ以外に買った諸々はまとめてカバンにしまってある。


「こーんな美人がそばにいるのにぃー。寂しいなぁー」

「どうしたら機嫌直してもらえます?」

「どーしよっかなぁ……その辺で甘いクレープとか買ってくれる?」

「アイ、アイ」


 フラッフィーベアが俺の肩に腕を絡め、甘えるように言った。向こうの方が頭一つ背が高いため、ほとんど寄りかかってきているような格好だ。

 身長だけでなく、前後にも左右にも俺より二回り以上でかい。柔らかい脂肪の下には鍛え込んだ筋肉がみっちりと詰まっている。体幹の安定感も半端ではない。地面に脚を突き立てながら歩いているようだ。



 ――そんな時、前からこっちに向かってくる集団がいた。

 無精ひげを伸ばし、山刀を腰に下げた男だった。その後ろには取り巻きが5人。いかにも荒くれめいた風体で、街に酒を買いに来た山賊のような雰囲気だ。


 俺は避けて通ろうとしたが、男たちは俺を見咎めると、むさ苦しい顔をさらにむさ苦しく歪めてこっちに寄ってきた。


「よお、坊主! 見せつけてくれるじゃねぇかよ!」


 リーダーらしき男がずい、と俺に詰め寄って言った。


「どうも。俺はバックスタブです」

「……ああ? なんだそりゃ。あだ名か?」


 どうやら冒険者名キャラ・ネームの風習も知らないらしい。南区に来たばかりの流れ者が、一発かまして名を売るべく因縁をつけてきた。そんなところか。


 俺はフラッフィーベアに目配せした。立場上は目下の俺が了解なしに仕掛ければ、こいつとギルドの面子を潰すことになる。フラッフィーベアはニコニコと笑いながら、値踏みするように男たちの懐に視線を向けていた。


「美人の彼女と人目も憚らずイチャつきやがって、ええ? 今日まで野営続きで女日照りの俺らに酷なことしてくれんじゃねぇかよ」

「あんたらどこのモンっすか? シマは?」

「ああ!? 坊主、ナメてんじゃねぇぞ! この『緋熊』のガンゲン様をよぉ!」

「そうだ!」「ガンゲン様は稀代の大剣豪よ!」「おっ死んじまえ!」「庶子!」


 取り巻きが囃し立てる中、リーダー格がわざとらしく大見得を切り、腰に下げた山刀を引き抜いた。脅し用か、あるいは単に手入れをサボっているのか、刃には血糊がべったりとついている。


「イヤーッ!」「終末!」「暴漢よ!」


 たまたま居合わせた通行人が悲鳴を上げた。

 隣でフラッフィーベアが小さく笑み、親指で首を掻っ切るジェスチャーをした。


「こいつで生意気な野郎を10人はぶった斬ったぜ。坊主、11人目になるのが嫌なら有り金とそこの女――」


 BLAMN! 


 俺は散弾銃を抜き、リーダー格の顔面にスラッグ弾を叩き込んだ。

 コート下からの奇襲を見切れず、リーダー格は頭を吹っ飛ばされて即死した。5人の取り巻きがあんぐりと口を開け、死体と俺たちを交互に見る。


「こ……殺し……!?」

「あっははははは! 正当防衛でしょー? 死んでも文句言えないよねー?」

「たかが10人で何を粋がってんだか」

「「「「「ヒィィィィィィィィッ!」」」」」


 取り巻き5人は叫び声を上げ、バラバラの方向に逃げ出した。

 俺はそいつらを後ろから撃ち殺そうとしたが、フラッフィーベアはそれを無言で制し、恐縮しきった様子で走ってくる制服姿の警邏を指した。


「申し訳ありません、フラッフィーベア殿! よりにもよって……」

「いいよ、いいよ。よくあることでしょ。捕まえといてー」


 からからと笑って答えながら、フラッフィーベアはリーダーの死体の腰を漁り、金貨の詰まった革袋を取った。


「あっはははははは! ボーナス見っけ! ジョン君、ショッピング行こ?」

「いいのかなぁ」


 俺は散弾銃の硝煙を払ってコートの中に戻し、フラッフィーベアの後に続いた。


 ◇


「……ギャッ!」


 路地裏の一つから悲鳴が上がった。

 悲鳴の主は先程の取り巻きのひとりだ。不運にも路地裏に逃げ込んできたところで鉢合わせし、口封じのために殺されたのだ。その死体は喉元を剣で一突きされ、血の泡が口からごぼごぼと零れていた。


「――あの躊躇ない抜き撃ち。不意打ちに慣れておる」


 それを成したのはひとりの男だった。

 獅子のたてがみめいた猛々しい金の巻き毛、魔物の甲殻と鋼板からなる剣闘士鎧。手には片手剣と円盾バックラー


 彼の名はハーキュリーズ。無所属の殺し屋である。

  

 ◇


「……ギャッ!」


 路地裏の一つから悲鳴が上がった。

 悲鳴の主は先程の取り巻きのひとりだ。不運にも路地裏に逃げ込んできたところで鉢合わせし、口封じのために殺されたのだ。その死体は脳天から爪先までを大質量に叩き潰され、踏み潰された空き缶めいた有様だった。


「しかもあの女。あれは金剛不壊のフラッフィーベアぞ。ワシでも倒せるかどうか」


 それを成したのはひとりの男だった。

 背が低く、筋肉がごつごつと盛り上がったドワーフ特有の体型。長く伸びた白髭。角付きの兜と板金鎧。肩に鉄塊めいた重槌鉾ヘヴィメイスを担いでいる。


 彼の名はローバスト。無所属の殺し屋である。


 ◇


「……ギャッ!」


 路地裏の一つから悲鳴が上がった。

 悲鳴の主は先程の取り巻きのひとりだ。不運にも路地裏に逃げ込んできたところで鉢合わせし、口封じのために殺されたのだ。その死体は肌が紫色に変色し、もがき苦しんで死んだ痕があった。


「……だが、他のふたりは不在か。情報が正しければ今こそ好機……」


 それを成したのはひとりの女だった。

 目元を除く全身に、黒茶色の布を巻きつけた忍び装束。各所に投擲用のクナイ、背には反りのない忍者刀ニンジャカタナ


 彼女の名はナイトフライ。無所属の殺し屋である。


 ◇


「……ギャッ!」


 路地裏の一つから悲鳴が上がった。

 悲鳴の主は先程の取り巻きのひとりだ。不運にも路地裏に逃げ込んできたところで鉢合わせし、口封じのために殺されたのだ。その死体は左右に両断され、断面から血を噴き出しながら路地の両側にもたれかかっていた。


「しかし今の阿呆どものせいで耳目が集まった。もう少しばかり見に回るか」


 それを成したのはひとりの男だった。

 黒の総髪、狐めいて飄々と細められた双眸。東国意匠の防弾服。腰には螺鈿細工をあしらった鞘に収まるカタナと脇差。


 彼の名はデーモンナイフ。無所属の殺し屋である。


 ◇


「……ギャッ!」


 路地裏の一つから悲鳴が上がった。

 悲鳴の主は先程の取り巻きのひとりだ。不運にも路地裏に逃げ込んできたところで鉢合わせし、口封じのために殺されたのだ。その死体は首と四肢を逆方向にへし曲げられ、キャラメルの包み紙めいて折り畳まれていた。


「急ぐ話ではありませんわ。依頼主の方の話なら、『石』の準備にもうしばらく掛かるはず……フフフ、フラッフィーベア様とは一度お手合せ願いたかったの」


 それを成したのはひとりの女だった。

 人形めいた白い肌の美貌。黒いヘッドドレスを着けたプラチナブロンド。フリルとレースを飾った純白のゴシックドレス。


 彼女の名はホワイトリリィ。無所属の殺し屋である。


 ◇


 ヒュドラ・クランのチャールズ派は、かねてより南区に潜伏し、冒険者ギルド内に作った内通者から情報を引き出していた。

 それを更に横流しさせる形で入手したのが、大幹部マグナムフィストの暗黒闘技会。そして同じく大幹部サクシーダーの暗黒シンジケート。


 既に若頭の座にあり、さらに大粛清でクランの混乱を鎮めたチャールズ・E・ワンクォーターが親分殺しの下手人までも仕留めてしまえば、その権威は不動となる。

 だが大幹部の誰かが下手人を殺し、その上で次期組長の座を譲ったということになれば、それはチャールズに恩を売る形になる。それは先の見通せぬ今後のクイントピアを生き抜いていく上で、大きなアドバンテージとなろう。


 故に、ふたりの大幹部は内密に一計を案じた。


 実行人はサクシーダーの有り余る財力で集めた、玉石混交の傭兵50人。

 そのうち45人が先んじて同時攻撃をかけ、南区の注意を四方八方に逸らす。そうして引き起こされた混乱に乗じ、精鋭5人が親分殺しバックスタブの首を獲る。


 ここに集まった5人の殺し屋こそ、まさにその精鋭であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る