ランペイジ・ビースト・アンド・キルマシーン(1)

「……ファイアライザー氏がられたと? レッキングボール氏もろとも?」

「ああ、マジだぜ。とっ捕まる寸前に自爆して死んだってよ」

「自爆! なんとまあ、忠義というのは素晴らしいシステムですな。何のインセンティブもなくそこまでの事をさせるとは。我が傘下企業にも導入できないものか」


 クイントピア東区の料亭で、タタミに座したふたりの男が向かい合っていた。

 ひとりは両手をアダマント合金のガントレットで覆ったリーゼント・スタイルの大男、暗黒闘技会の主マグナムフィスト。もうひとりは痩躯に眼鏡をかけた暗黒シンジケートの支配者サクシーダー。ともにヒュドラ・クランの大幹部である。


「へっ、そういうことほざいてるうちは部下は命かけてくれねぇぜ。……とはいえ抗争で人が減ってる今、ライザーが死んだのはチャールズからすりゃ痛ぇだろうな」

「つまり、我々にとってはチャンスでもある」


 サクシーダーが引き継ぐと、マグナムフィストは我が意を得たりとばかりに笑い、フグの薄造りを大皿から20枚同時に箸で掬った。


「だが前の会議で釘を刺されたばっかだ。手勢は動かせねぇ。どうする?」

「アウトソーシングですな。要はヒュドラ・クランの代紋が動いたという証拠を見せなければよい。冒険者ギルドにも、チャールズ若頭にも、ね」


 サクシーダーが眼鏡を直し、金箔を散らした蟹真薯かにしんじょの吸い物を啜った。


「フリーの殺し屋を使うか。半端な魔法使いじゃ駄目だぜ。かといって、少数精鋭が過ぎても駄目だ。ファイアライザーでも駄目だったんだからなァ」

「ならば玉石混交で50人。45の石は捨て石、5つのぎょく玉将ぎょくを取る」

「詩人だな」


 マグナムフィストが肩を竦め、声を低めて切り出した。


「……向こうの現地協力者が漏らした話が、巡り巡って俺ンとこに入ってきててよォ。ジョン坊を預かってる冒険者の名前と居所、流してやってもいいぜ」

「ではリクルートは私がやりましょう。暗黒闘技会には縁遠い世界でしょう?」

「まぁな。喧嘩屋が喧嘩を他人に任せちゃ、おしめぇよ。傭兵頼りのインテリ商人にゃ解んねぇ世界だろうがな」

「見解の相違としておきましょうか」


 サクシーダーが遠回しに皮肉を返した。

 彼自身は何の戦闘力も持たないが、歴戦の元闘技場戦士であるマグナムフィストを前にしても、その慇懃無礼な態度に変わりはない。自分が経済利益を生み出し続けている限り、ヒュドラ・クランに属する暴力が自分を傷つけることはありえないという確信があるからだ。


「ノスフェラトゥ殿にもお声がけしますか?」

「あのババアは不参加だ。娼館街の外には興味ねぇとさ」


 マグナムフィストが肩を竦め、ハンカチを振るようなジェスチャーをした。


「ハハハ! 蝙蝠の知恵というものか」

「ぐはははは! 違ぇねェや! ……若頭の夢を邪魔する気はねェが」

「チャールズ氏ひとりに何から何まで手柄を取らせるつもりもない」

「あのガキ、殺すぞ」

「そうしましょう」


 ふたりの大幹部は獰猛に笑い、熱燗を注いだ盃を打ち合わせた。


 ◇


「ねー、ねーえー」


 南区に来て一週間が過ぎた。

 成り行きで始まった女冒険者3人との共同生活は、それなりに上手く回っている。ずっと一つ屋根の下で過ごしていれば、だいたいの人となりは知れてくるものだ。


 同居人は3人ともがA級冒険者、ギルド最高位の位階を得ている。

 南区のギルドが擁するA級は全部で12人。つまりほぼ偶然とはいえ、俺の護衛と監視のために、冒険者ギルド最高戦力の4分の1が投入されているということになる。


 まず、フォーキャスト。3人の仕切り役を務める魔物狩人。料理が上手い。

 大弓の達人にして、予知のスキルの持ち主。電撃魔法サンダーマジックも使えるようだ。

 性格はマイペースで穏やか。今は魔物狩りのオフシーズンらしく、いつも日向でぼけっとしたり、その辺を気まぐれに散歩したりしている。今日は馴染みの矢師のところに狩猟用の矢を買いに行くらしい。


 次に、パノプティコン。俺が魔法のインストラクションを受けている相手だ。

 俺より2つ年下だが、念動魔法テレキネシスの達人。そして凶悪極まりない〈邪視イビルアイ〉のスキルを、義眼型の古代レリックでさらに強化している。

 性格は表面上は冷静に見えるが、本質はキレると手が付けられない激情家。だが一度言ったことは覆さない、真面目な奴だ。今日は西区まで個人的な調べ物に向かうということだった。


「ねーえー! ジョン君ってばー!」

「……あ? ああ、すみません。何すかフラッフィーさん」


 そして今、俺とギルド1階の酒場でランチをしているのがフラッフィーベア。


 頭上から丸い獣耳を生やした獣人ライカンで、柔道ジュードーの達人。物理衝撃を無効化する〈風柳フレクション〉のスキル持ち。口を開けば「あっはははー」とけたたましく笑っている能天気な女だが、今は不機嫌そうに口を尖らせている。


「もー、デート中に考え事ー? せっかく今日は毎朝パノちゃんにシゴかれてるジョン君をいたわってあげようって思ってたのになー」


 フラッフィーベアは唇を尖らせ、胡麻油と塩で和えた細切りの生肝臓レバーを口に運んだ。案外育ちがいいのか、その箸使いは意外にも洗練されていた。


「フラッフィーさんが美人なんで緊張しちゃったんすよ」

「あははははは! じゃあしょうがないかぁ!」


 自分のショーユ・ソバに化学調味料ケモ・ウマミを振りながら冗談を言うと、フラッフィーベアはすぐさま機嫌を直して高笑いを上げた。


「で、何の話でしたっけ」

「ジョン君って獣人ライカンの友達いるの、って聞いたんだよー。あたしのこの・・見てもギョッとしないでしょ?」


 フラッフィーベアは生レバーを飲み込むと、口の端に指をひっかけて耳のあたりまで引っ張り、尖った歯列を露出させた。

 獣人ライカンの口は耳のあたりまで裂けているが、外側は薄い線めいて閉じられており、意識しなければ只人ヒューマンと同じくらいまでしか開かない。


「ああ。いますよ、スパニエルって奴です。耳の形は違いますけどね」

「へー。ギャングなら一緒に地上げとか借金取りとかしたの?」

「俺は殺人コロシ専門だったんで、そういうのはあんまなかったっすね。今晩にでもしましょうか? そいつとふたりビルを駆け上がって、敵の組長室に殴り込んだ話」

「何それ楽しそう!」


 フラッフィーベアが満面の笑みで目を輝かせた。


「ま、それは後のお楽しみということで。今日は色々やることありますから」

「そだねー。これから上階うえの道具屋さん行ってー、それから近くでショッピングしてー、どっかでご飯食べて帰ろー!」

「オーイェー」


 俺は相槌を打ち、熱いスープに浸かったソバをたぐりながら、つい先ほど最上階でギルドマスターと交わした会話のことを思い返した。


 ◇


『――ちょうどいいわ。それなら徒弟アプレンティスとして、師匠3人につく形で動いてもらいましょうか』


 対ヒュドラ・クランの調査に参加したいという俺の積極的な申し出に対して、ギルドマスターの反応は思いのほか良かった。


 ファイアライザーはヒュドラ・クランでも有数の腕利きで、しかもチャールズ派の中枢にいる構成員だった。本来はそうやすやすと投入される戦力ではない。


 それがこれほど早く駆り出されてきたということは――先のトレーラー突撃に始まる攻撃は、組織の一時的な混乱による末端の暴走ではなく、明確な意志決定によるものだということを意味する。俺から話を聞いたギルドマスターも同じ結論に辿り着き、これまで以上の深刻さでヒュドラ・クランの意図を掴もうと考えているようだった。


『ただ、バックスタブさんはまだ南区には不慣れ。加えて敵の意図も掴みかねるこの状況。ひとまずは冒険者としての立ち居振る舞いを教わりながら、街を歩いて兆候を探してちょうだい。敵の狙いがあなたなら、必ず何か仕掛けてくるはず』

『虎穴に入らずんば虎児を得ず、俺を餌にして釣り上げると』

『お嫌かしら?』

『いやいや。虎の児もまた虎ってね。来た順に殺すだけっすよ』


 俺が答えると、ギルドマスターは不敵に微笑んだ。

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