バックスタブ・ショットガン【『今日をもってクビ』と追放されたギャングの鉄砲玉が血と硝煙にまみれたセカンドライフを送る話】
海雀撃鳥
五楽園挽歌(クイントピア・エレジー)
マイ・ディア・ファミリー、ダイ・フォー・ミー
「それじゃ今日をもってお前はクビだ。
真昼めいて白々しい魔法照明の下、
冬、深夜。超巨大都市国家『クイントピア』東区。
その中枢にそびえる50階建て高層
そこで親父――ヒュドラ・クラン組長ブルータル・ヒュドラは、
部屋の四隅には普段はいない黒スーツの護衛が4人。魔法使いかどうかは解らないが、全員が拳銃で武装していた。
そして机の上には生首がひとつ。
ヒュドラへの傘下入りを拒んでいた、東区最後のギャング組織のボスの首だ。ついさっきアジトにカチコミを仕掛け、取ってきた。これが俺の仕事だ。
「何の冗談っすか、組長」
俺が答えると、親父はくつくつと喉を鳴らして笑った。
「へ、へ。お約束だろ、こういうの。……お前、今いくつだっけ」
「17っすよ」
「そうか、もうそんな歳か。強盗やってたお前を拾って随分経ったもんだ。……あの頃は俺もクズみてぇな路地裏のチンピラだったなァ」
親父は満足げに葉巻を咥え、マッチで火をつけた。
そのままたっぷりと時間をかけて煙を吸い、続ける。
「それもこれもお前のおかげだぜ、息子よ。兄貴分、抗争相手、貴族に商人。邪魔くせぇ奴らを散々ぶっ殺してきたよな……その甲斐あって今じゃ東区全部が俺のもの、ヒュドラ・クランの縄張りよ」
親父は邪悪に笑うと、葉巻の火を生首に押し付けて消した。
「もうカチコミ仕掛ける相手もいねぇ。クランの層も厚くなって、裏切り者の粛清にお前をけしかける必要もなくなった。これがどういう意味かわかるか?」
「いや全然。俺バカなんで」
「わはは! そうか、わかんねぇかよ。なら教えてやる」
親父が顔を上げると、既にその笑みは消えていた。
「お前はもう無用どころか有害だってこったよ、ジョン。『獲物を獲り尽くした犬が煮て食われる』って言葉知ってるか? 今のお前はまさにそれよ」
言いながら親父が手をかざし、護衛4人に合図を出した。
「安心して死ね、息子よ。お前の分まで俺が幸せになってやる。……つくづく思うがよ、人間転がり落ちる時は呆気ねぇもんだよな!
BLAM! BLAM! BLAM! BLAM!
銃声が部屋に4度響いた。
「――ざっけんな、クソボケが」
撃ったのは俺だ。
俺はコート下に忍ばせてあった拳銃を抜き、背後に2発ずつ撃ち込んでいた。
全弾ヘッドショット。後ろのふたりは即死。声もなく倒れる。
「殺せ!」
親父が叫ぶ。狙いを前に移し、親父のそばに立つ大男を撃つ。
BLAM! 頭をぶち抜くつもりだったが、大男は咄嗟に頭を庇い、手にした拳銃で弾を受けた。横で親父が机の陰にしゃがみ込む。
同時に前方、部屋の右隅から銃撃。椅子を蹴り、床に倒れ込んで回避。
BLAM! 伏せたまま撃ち返す。弾が敵の頸動脈を掠めて血飛沫が上がった。
これで3人。残るは親父と、大男。
「三文芝居め。俺がマジで解ってねぇとでも思ったか。――それで? こいつは一体どういう了見なんすかね。かれこれ10年付き合ってきた俺を? もう用済みだから? 裏切って? 舐め腐るのも大概にしろや、
俺は立ち上がり、銃を構え直した。
邪魔な奴は殺す。それが親父のモットーで、俺はそれを実行する役だった。
そして、今日実行される側に回った――そういうことだ。信じがたいが。
「このクソガキ! ……テメェ情けねぇぞ! 男見せんかい!」
親父が生き残った大男を机の陰から怒鳴り付ける。
俺はもう一度そいつに向けて引き金を引いた。
カチン! ……弾は出なかった。銃を見ると
舌打ち、銃を捨て、コート裏に縫い付けたポケットから血まみれの包丁を抜く。
「ウオオォォォォッ! お前の
大男は大振りのダガーを抜き、腰だめに構えて突っ込んできた。
その四肢の動きに薄く光るエフェクトが伴う。生命のエネルギー、魔力の輝き。
(身体強化か。動きがいいわけだ)
人にせよ魔物にせよ、生き物は大なり小なり魔力を持っている。
知性がある生き物はそれを自覚し、鍛え、思うままに扱う。これが魔法だ――かくいう俺はからっきしだが。
「死ね、ジョン! 俺の悠々自適の老後のために死ねッ!」
そして机の向こうからは、親父が武骨な
堅牢・確実なポンプアクション、取り回しのいいブルパップ式。
銃身下の二連チューブマガジン、蛇頭を思わせるスパイク付きの
銘は『ヒュドラの牙』。親父がヒュドラ・クランの創設時に作らせた、一点物のオーダーメイド・ショットガン。
(なんで、この銃が俺に向いてる?)
一瞬、脳の誤作動めいて反射的な疑問が浮かんだ。
10年前、親父は下っ端のチンピラで、しょっちゅう俺と一緒に抗争に出ていた。
俺が突っ込み、親父が後ろから撃つ。その頃から親父の武器はショットガンだった。背後から響く重い銃声が心強かった。
その銃口が今、俺に向けられている。他ならぬ親父の手で。
「――ほざけ、クソが! テメェが死ね!」
俺は叫び返し、靴底を床に叩きつけた。
そこを起点にタールめいてドス黒く粘ついた魔力が湧き出し、渦を巻く。
これは魔法ではなく、『スキル』と呼ばれるものだ。
後天的に覚える魔法とは違う、先天的な魔法的能力。アンセレクテッドに発現し、能力の中身も人によってまったく違う。
俺はその『スキル持ち』だった。
◇
「まっ……待ってくれ、息子よ! 俺が悪かった! つい不安になっちまったんだよ……お前は俺に似たからよ、俺が今までやってきたみたいに、下剋上狙って俺を裏切るんじゃないかってよぉ……!」
俺と親父は路地裏にいた。
立ち込める魔術排気スモッグ、汚水の臭い、ネズミの鳴き声。道幅は人ひとりがどうにか通れるほど。壁には黒いタール状の物体がへばりついている。東区工場街のありふれた路地裏の風景。
「人間転がり落ちる時は呆気ねぇよな、親父よ」
滅多刺しにした大男の死体を背後に、俺は這いつくばる親父を見下ろした。その手には血まみれの包丁が突き刺さっている。俺が突き刺したからだ。
「あんたのこと好きだったよ、親父。強盗やってた俺を拾って、飯やら服やら面倒見てくれたよな。そこに関しちゃ心底感謝してんだよ」
俺はコートの内側からアイスピックを抜いた。
「でもこんな真似されたら、もう殺すしかねぇだろ」
「待て! ――そうだ、トップ交代だ! 俺は息子のお前にボスの座を譲る! 組の金も、女も、シノギも全部お前のモンだ! そんで俺は隠居する! 若頭のチャールズにも文句は言わせねぇ! だからな、頼む! 見逃してくれ!」
「もう遅い」
俺は親父の必死の命乞いを切り捨てた。
生き残って勝つためならどんな無様だって晒す。そして必ず立て直して報復する。
俺の親父はそういう男だ。だからこそ、決して生かしてはおかない。ここで情をかければ、死ぬのは俺だ。
「ち……畜生ッ! 最後の最後で、この俺が! ブルータル・ヒュドラが! 人の心はねぇのか、この親不孝者! テメェ地獄に墜ち――ギャアアアァァァァーッ!」
俺は叫ぶ親父の頭を押さえつけ、左眼を貫いて脳を掻き壊した。
ほぼ即死、我ながら見事な介錯だ。親父の死体はたちまち真っ黒に染まり、タールの塊めいて溶け、路地に吸い込まれるように消えていった。
「安心しな、あんたの分まで俺が幸せになってやるよ」
俺はその痕に向けて中指を立てると、アイスピックを捨てて歩き去った。
「……あーあ、
角を曲がって路地裏を抜けると、
この部屋の防音は万全だ。階下の奴らが気付くまでには、まだ猶予がある。
生首が乗った書斎机の裏側、親父がいた場所を覗き込むと、床に『ヒュドラの牙』が転がっていた。あと一歩遅ければこいつで蜂の巣にされていたところだ。
「ちょうどいい。慰謝料代わりにもらってくぜ、親父」
俺は壁に掛けられた親父の肖像画に一声かけ、散弾銃を拾い上げた。
◇
散弾銃を収めたバッグを背負い、ひとり夜の路地裏を走る。
街灯は少ない。大気は冷たく、スモッグと汚水の臭い。ざらついた古代コンクリートの路面が靴底を削る。
薄っぺらい財布、キャリングバッグに入れて拝借した『ヒュドラの牙』、予備の散弾箱が今の全財産だ。なけなしの金を持ち出す時間もなかった。
BRRRRRRRR……
「!」
俺が路地の陰から辺りを伺った瞬間、魔導エンジンの駆動音が響く。
直後、車体の四隅に薄く光る
物陰に隠れながら様子を確かめると――車列の中央付近、一際新しいカスタムカーの後部座席に、ストライプスーツの男が見えた。
チャールズ・E・ワンクォーター。ヒュドラ・クランの
冷徹で合理的、目敏く、容赦がない奴だ。ヒュドラ・クランがここまで巨大になったのは、あの男の手腕によるところが大きい。
「猶予は30分ってとこか」
奴が戻って最上階へ報告に向かえば、その時点でコトが露見する。一刻も早くこの東区を出なければならない。
俺は早足でその場から離れ、やがてドブネズミのように走り出した。
150年前、勇者が魔王の首を取り、平和と開拓の時代が訪れた。
消えた勇者『アズサ』の後を埋めるように、冒険者になる奴が増えた。
そんな中、「俺には前世の記憶がある」とのたまう頭のおかしいドワーフが、火薬で鉛玉を飛ばす武器を考え出した。
最初はエルフの弓士連中から馬鹿にされていたこの武器はその実、異常な速度で進歩を遂げた。剣と魔法と銃の世界の始まりだ。いつもどこかで路地裏のガキが銃を持たされ、強盗や鉄砲玉として命を散らす。
光あれ、と神は言った。
街はどこも壁で覆われていて、壁の外には魔物と迷宮があった。
なら壁の中は? 銃と、ドブネズミと、暗い路地裏がある。
俺は走った。思いがけず転がり込んだ自由は、そう良いものとは思えなかった。
◇
「……組長が
ヒュドラ・ピラー、最上階。組長室に散乱した3人分の死体を見て、チャールズ・E・ワンクォーターは淡々と呟いた。
「ブルータル・ヒュドラ様の死体はないようですが」
その後ろに立つ銀髪の女執事が言った。名は『リフリジェレイト』、チャールズの怜悧なる最側近。
「それがあのガキのスキルだ。死体すら残らない」
「死体すら? ……どのようにして?」
「知らん。組長も知るまい。奴は誰にもそれを喋ったことはない。……ヒュドラ・クランの死神め、親が相手でも容赦なしか」
部屋の各所を調べながら、チャールズが言った。
彼にせよリフリジェレイトにせよ、その表情に驚きや動揺の色はない。
――この状況自体、彼らが仕組んだものだからだ。
「構成員を招集しろ。追跡部隊を編成して、あのガキを狩り殺す。プロフィビジョンとファイアライザーは俺のところに呼べ」
「仰せのままに」
「事を始めるぞ。……これでクランは俺のものだ」
チャールズは無表情で言った。凍え切った瞳に、邪悪な野心を燃やして。
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