6

わらべたちは、どこへ行った?」

 自称・神でありながら、知らないことはあるようだ。風呂から出てきたニシに尋ねた。

「もうすぐ10時だから。明日の学校の準備とか、歯を磨いたり、部屋でこっそり漫画を読んだり」

 ニシは彼の向かいのダイニングの椅子に座った。無言の魔導の詠唱で温風の風が頭の周りを舞う。ドライヤーは見つからなかった。魔導で髪を乾かしながら、田中から渡された入学書類に目を通す。

「あの童、おもしろい」

「ん? サナのこと?」

「ああ」

「なんか、知ってるんじゃないのか」

「いや、知らん。知らんから答える必要はない」

 またいつものフレーズ。

「俺たちがのを見るのが楽しい?」

「否、今度は違う。知らぬほうがいい結果になる」

「未来を知っているのか?」

 しかし彼はニヤリとするだけで答えなかった。

「少女よ! 気にするな」

 彼は、階段――2階の子どもたちの寝室に登る階段を覗き込む。その陰にサナがいた。

「なんだ、起きていたのか」

「ごめんなさい、寝られなくて」

「別に謝ることはないけど」

 サナは2人からなるべく離れたソファに腰掛けた。

「少女よ! まだ自己紹介がまだだったな」

 自称・神のくせに、人並みのコミュニケーション能力を初めて見た。

「カグ――ヅチさん、でしょ?」

「否、われは神。この者の召喚に答え、異次元より参上した」

 ずいぶん簡潔な説明。そして大仰なふるまい。きっと練習していたんだろうな。サナは事態をつかめずにぽかんとしている。

「さっき、天賦の才の話をしたろ?」とニシ。「俺は、あらゆる物を召喚して実体化できる。神、というのは便宜上で、実際は高次元の思念体のこと。別に世界の創造主でもなければ、水をワインには変えられない……できる?」

 彼は自慢げにニコニコするだけ。

「思念?」

「例えるなら、箱庭の人形と芸術家のような関係だ。人形から外の世界は見えないが、芸術家はすべてが見える。彼にとって俺たちは人形なんだ。そして彼は、過去も現在も未来も、無限の時間軸も見通せる芸術家。」

「なにをいう、日々ヒトの営みは学んでおる」

「じゃあ」サナが恐る恐る聞いた。「私ってどこから来たんですか。全然思い出せなくて」

 しかし、彼はニカッと笑った。

「そう、知らないのではなく思い出せないだけなのだ」

 思わせな発言の後、質問の間を与えることなく、ふわりと次元の彼方へ消えた。

 残された2人、互いに目があった。狐に化かされたような感じ。

「で、明日の学校の制服、着てみた?」

「はい」

 ただ、一言、それだけだった。テレビの上の古い時計がカチカチ鳴っている。ふだん子どもたちでにぎやかな分、何も音が無いと、違う家に来たような妙な感覚になる。

「ゆっくり慣れればいいから。みんな、サナが来てびっくりしただろうけど喜んでいたし。それに何か必要なものがあったらいつでも、遠慮なく言っていいから」

「はい、すみません」

 少しだけ、サナは顔を上げた。なにか言いたそうにしている。気持ちが整理できるまで待ってあげた。

「あの、お願いがあるんです。眠れないので、一緒に寝てくれませんか。あ、いえ、だめですよね子どもっぽいお願い」

「あれ、もしかして1人の部屋は、苦手? うちのルールと言うか、12歳くらいからは1人の部屋って習慣があって」

 福祉局の人曰く、そういった「精神的な自立」が必要らしい。モモも、自分ひとりの部屋を欲しがっていた。

「1人で暗い部屋にいると、なんだか、私以外の世界が消えてしまいそうな感じがして」

 ニシはうなずいて、自分の布団を持ってくるように促した。

 トラウマ克服のための本に、そういう心理状態も書いてあった気がする。今は、「したい」を認めてあげなくては。

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