13-2

「そう、そのまま。羽根の動きをイメージして」

 自宅/もともとは築50年の木造アパート。その庭。

 子供たちの魔導の訓練のせいであちこちに焦げ跡や陶器の破片、クレーターができている。初夏だというのに草が生えてこないのは、もっぱらそのせい。

 サナ=真剣な顔&膝立ちの姿勢で、地面の1枚の羽根を睨んでいる。魔導で羽根を動かそうとしている/魔導の初歩の訓練。

 そよ風で自然・・に羽毛がなびく以外、不自然な動きを見せず。

「昨日は、できたんですよ、すこし。」

「ああ、そうだったな」

「でも、ニシ……お兄さんは見てなかったんですよね」

「ああ、すまない」

 まだ呼び名が定着していない。兄さんだったり、ニシお兄さんだったり。昨日、『お兄ちゃん』と口走ったときは流石に恥ずかしそうにしていた。

「難しいです。物が浮くわけないじゃないですか」

 サナ=ふぅーと嘆息。

「理屈ではなく直感で、自然を捉えることが魔導の第一歩と言われている。認識を現実にする術が魔導だ」

「同じこと、何回も聞きました。もっとこう、わかりやすい説明は無いんですか」

「ない。人それぞれ、自然や宇宙の捉え方は千差万別だからだ」

「むむぅ」

「ただ、サナは高いマナへの感応力がある。ただ、それを忘れているだけさ」

 しまった=慌てて口をつぐむ。記憶喪失に触れるのは悪手だったか。

「うーん、私、忘れているだけなら、本当はもっとすごい魔導が使えるんですか」

 案外、サラリと受け流してくれた。

「まあ、一般的には。最高位の魔導士なんてのはそうめったに現れるものじゃない」

 高速詠唱。声なき声を唱えた。マナの奔流がニシの体を包んだ。開いた手のひらにずっしりと鈍く輝く鉄塊が現れた。

「うわぁ、すごい」

「俺の場合は、召喚だな。この間来た魔導士、手首にGPSを巻いている方の女の人」

「おでこが広くて、きれいな方の? カナさんだっけ」

「ん、ああ。カナは光に関する魔導が使えるらしい。実際に見たことはないが命は救われた。とはいえ、高度な魔導を使うには責任もつきまとうんだ」

 ぽん、と右手にあった鉄塊を左手に移してみた。すると今度は眩しいまでに光を反射する黄金に変わった。

「え、これ、本物?」

「本物の定義が分子構造によるなら、同じと言えるな。例えば、召喚が得意な俺は金や宝石なんかをいくつでも生み出すことができる。これは社会にとっては脅威だ。もっとも、マナを帯びているから偽物だっていうのは案外バレるんだけど。俺の天賦が判明したころ、よく家に官僚や公安が来て、決して悪用しないようにと言われたものだよ」

 くるり──手首を返すと黄金の球体は空中へ消えた。

「なんか、怖いですね」

「現代社会で魔導なんて必要ないさ。魔導の恩恵は常磐が全人類に還元してくれている。魔導の鍛錬より、勉強を頑張ったほうが将来のためになるかもしれない」

「私、なんだか、知っていました・・・・・・

「ん? えっと、どの部分?」

「魔導は怖いです。常磐も、怖い。それだけですが」

 思い出した、というわけではなさそうだ。ぽかんと、暑い午後の空を眺めている。

「じゃあ、魔導の訓練は止めておこうか」

 しかしサナは、言葉を遮るようにして立ち上がった。

「いえ、大丈夫です。それよりも行きたい場所があるんです。連れて行ってください」



 ブレーキ/ギアをニュートラルに/キーをオフ。

 グゥングゥンと唸っていたレシプロガソリン エンジンがピタリと静かになった。熱気だけがエンジンから立ち込める。

 ニシは車体を立てて踏ん張ったまま、リアシートに座っているサナが飛び降りるのを待ってから、自身もバイクを降りてスタンドを立てた。

 横浜──正確には新横浜港。


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 5年前の潰瘍発生後、巨大なクレーターができていた。核か魔導災害か、原因は解明されなかったが、大きくえぐられた湾内が、今では太平洋航路の貿易の要衝に。

 サナの要望は、その横浜港近くの桟橋=サナが発見されたところだった。桟橋の先端部分はいまだ崩れていて、色あせたカラーコーンが放置されたままだった。

 遠くから生暖かい潮風が吹き、磯の香りが漂う=バイクが錆びそうだな。足元でバシャバシャと波の音が聞こえるが、他に人の気配はなかった。

 赤レンガ倉庫と記念館三笠も半分壊れたまま放置=観光分野の復興は後回しに。

「なにか思い出したか?」

 サナ=遠くを見つめる/まるで潮騒を食べているかのよう。

「ぜーんぜん」

「ああ、そう。でも楽しそうで良かった」

「フフ、海っていいですね」

知っていたこと・・・・・・・か?」

「これは、初めてな感じがします。あ、もちろん、田中さんにあったときに嗅いだ匂いですけど、あのときは夜でしたから」

「その、記憶がないってどういう感じなんだ? 寂しいとか不安、とか」

「うーん。むしろ落ち着いています。たぶん。ニシ……お兄さんとかモモとかみんな面白いし優しいし。不思議ですか」

 思ったよりも前向きなようだった。

「記憶がないっていうのが、普通は体験できないことだからな」

「じゃあ、私、けっこうレアな体験をしているんですね。フフフ」

「そうだな。めずらしい」

「地主のオジサンは無口でちょっと何考えてるかわかんないですけど、いい人だと思います」

「悪人ではないな。少なくとも」

「田中さんも優しいんですよ。気遣いとかホント、細かいところまで手が行き届いていて」

「そうなのか。実は、オジサンとは時々しか会わないし、田中さんはもっと会う機会がいなかったんだ。影の中で動く、そんな人だから」

 サングラス&黒スーツ&懐に忍ばせた何か=たぶん銃。比較的高い感応力のある橙クラスの魔導士だが印象としてはおっかない人物だ。

「じゃあ、話してみたらどうですか。ほら!」

「どういう……」

 視線の先/バイクの横に静かに黒塗りの高級車が横付けされていた。バイクの倍はある排気量/しかしエンジン音は聞こえず=今どきほとんど入手困難なレシプロ+蓄電池ハイブリット エンジン。

 ネコのようなしなやかさで長身の女性=田中が運転席から降りてきた。

「えっ、田中さん」

 ということは、あの地主のオジサンもいるのか。

「安心しろ。私ひとりだ」

 ハスキーボイス=どこぞの歌劇団にいてもおかしくないクール系美人/ニシの苦手なタイプ。

「別に何も言っていませんよ、俺」

「顔にそう・・書いてあったぞ。まだまだ若いな」

 ツカツカ=リズミカルな歩調で接近してくる/まるで全て計算ずくというような歩み。

「偶然、ですね。横浜のしかもこんな寂れたところで会うなんて」

「いや、違う。ご主人のお仕事で挨拶回りをしていたとき、君のバイクを見かけてね。今どき爆音を振りまく乗り物なんて、乗っているのは君くらいだろう」

「ちゃんと車検に通る音量なんですけど」

「それに、見覚えのあるマナを振りまいている少女が後ろに乗っていたから、後をつけてきたわけだ」

 全てが予定調和である、とでも言うように田中は直立不動で微動だにしない。幸い、敵意は向けられていないしスーツの内ポケットも軽そうである=対面すると不安しか感じない。

「サナ、この港に青い魚が泳いでいるそうだ。見つけたら願いが叶う、と言われている」

 そんな子供だまし、中学生に通じるわけが──

「ホントですか! 生きてる魚、ああ、なんか知らない・・・・感じです。探します」

 ──すっかり信じてしまった。

 サナは桟橋の端のほう=カラーコーンで区切られたギリギリまで、てくてくと歩いていって海を覗き込んだ。

「楽しそうじゃないか」

 田中はサングラスの奥で満足げ=多分。

「そんな験担ぎ? えっと、パワースポットを初めて聞きました」

「ああ、私もだ。今考えた」

 なんだこいつ?

「仕事の途中じゃないんですか。あのオジサンの仕事でしょう?」

 あいさつまわり、と言っていた。この風からすると、貸した金の取り立てや地上げといったグレーギリギリな仕事だろうか。

「別段、犯罪じみたことじゃない。商工会やら投資家やらにご主人の計画と意志をつたえるだけだ──また顔に書いてあったぞ」

 とっさに顔に触れた。

「俺、表情を変えましたか?」

「ふん、に頼るからだ」

 どういう意味だ。

 サナはまだ海を、キョロキョロ見渡すばかりで戻ってくる気配がない。

「ここからでも、潰瘍が見えるんだな」

「え、ええ。でも」

 ここからだと、ほとんどビルの影になっていて見えない。夜になれば赤黒く不気味に照らされるだろうが、まだ日が高い今では見えない。

「私は、当時、練馬にいた」

「ええ、確かそうでしたね。当時はまだ、ぎりぎり潰瘍に飲み込まれていなかったエリアです」

「だが、怪異は来た。無数にな。私はマナへの感応力はあるが、まさか怪異と戦うような術は持ち合わせていなかった。その代償がこれさ。実は目が見えないんだ」

 トントン、とサングラスを叩いてみせた。

「見え、ているでしょう?」

 ちらり、と背後の高級車を見た。運転も歩行も卒なくこなしている。が、強いて言えばどこを見ているのかわからないという印象はあった。

「私の魔導の天賦は透視だ。おかげで何かと冷遇され続けてきたが、視力を失った今となっては不幸中の幸いだろう」

「お察し、します」

「とはいえ、目で見る以上のものが、私には見える。例えば心の機微やマナの気配も」

「だから俺の考えが読めたんですね」

「読んだんじゃない。君の場合は漏れ出ている」

 サングラスがまっすぐニシを見た/その上 鷹揚にニヤリと笑った。

「魔導災害以降、夜戦病院でふてくされていた私を救ってくれたのは、ご主人だった」

「ふうん、あのオジサンが」

「君が考えるように、ご主人はやや被害妄想が強い。だが至って善人だ。だから私も人を救いたいと思っている」

「なるほど。しばらくはオジサンの悪口は控えようと思います」

 至って本心=田中も納得のようだった。

 ふたりしてサナの足取りを追う=反対側の桟橋へ行って再び海面を覗き込んだ。

 万が一に備えて魔導を準備しておく/人一人浮かせるくらい、詠唱は不要。

「人と魔導士、私には違って見える」

「つまり、マナへの感応力があるかないか、という」

「ああ。魂からマナを取り出せるのが魔導士我々だからな。君の場合、ダダ漏れだ。冷凍庫を開けたときの冷気のように」

「わかりやすい例え、ありがとうございます」=皮肉っぽく。

 その認識は前からあった。魂があるからこそ次元の反対側にマナが存在する。そして魂に穴が空いているのが魔導士だ。

「だが、サナの場合、少し違う。言葉にするのは難しい。君と同じく普通じゃないマナの量だ。だがそれが違って見える」

「じゃあ、より格上の魔導士、ということですか」

 サナに聞こえないよう、小声になった。

「さて、わからない。なにせ比較対象が少なすぎる。最高位の魔導士は道端で会えるような存在じゃない。とはいえ、普通じゃないオーラだ。それともうひとつ──」

 田中から2つ折りのスマホを取り出す/更に半開きのまま。隣り合った画面に立体映像が飛び出る/最新型/電池は魔導セルのはずだが、オジサンは文句を言わないのだろうか。

「──持ち物はなかった。手がかりは着ていた服だけだが、どう思う?」

 立体映像/ハンガーに掛かった洋服/むしろ外套と袴を合わせたような、異国情緒と懐かしさの和洋折衷だった。

「見たことがない服です」

「ああ、私もだ。画像検索をかけてもヒットは無し。縫製は大量生産のそれだが、タグやメーカーといった印は無かった。素材はポリエステルで、素材の分析を依頼している。成分から製造地やメーカーがわかるからな。ただ一般人だと分析が後回しになってしまい、結果はしばらく分からない」

「徹底していますね」

「全て滞りなく、が私のモットーだ。これはご主人の指示だ。どこかにサナの両親やきょうだい、あるいは恋人もいるかも知れない。そういうつながりがわからないというのは寂しいものだ」

「田中さん、ありがとございます」

「なぜ君が言うんだ?」

「もうサナは家族みたいなものですから」

 サナ/新しい家族/目当ての魚を見つけたようで、こっちに向かって手を振っている。

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