12
「すごいわね、センセー」
リンがキラキラな笑顔で言った。汗でショートヘアが額にくっついてる。トレーニングウェア=胸も腹も腿も露出した肌色多めな服/本人には
「あーそうだな」
「ニシが魔法で、あのセンセーを呼んだんでしょ」
「うんそうだな」
「あたし、
しかし、嬉しそう。高級乗用車と同じ費用がかかる強化外骨格をぺしぺし叩く。
「あーすごいな」
心ここにあらず。思いの外、彼と常磐の社員がなじんでいる。ニシが反省する代わりに、半ば強制的にカグツチはこちらの世界にとどまっている。隊員たちの呼び名は、もっぱら「先生」。
「知ってる? この強化外骨格はもともと日米共同開発の軍需品だったの。でもあの戦争の後、たくさん余っちゃって、常磐が安く買い取ったの。でもそのままだと使い勝手が悪い。機動力が求められる対怪異用としては鈍重すぎたの。だから、駆動モーターの強化、肉抜きしつつ魔法で強化。魔法攻撃にも耐性があるの」
「すごいな。そんな高価なもの、ああやって使っていいのか」
テツ&ジュンvsカグツチの異種格闘戦。2対1にも関わらず、機械をまとった人間2人はあっけなく投げ飛ばされた。
今日の彼はいつもの白スーツではない。上半身裸にボクサーパンツという、金髪&
浅黒い肌も相まって派手な格闘選手のよう。指の先が出ている総合格闘技でつかうタイプのグローブまでしている。子供の頃、こんなキャラクターのいる格闘ゲームをしたことがあるな、と思い出した。
「大丈夫! そう簡単に壊れるものでもないから」
しかし、倒れたハシは動こうとしない。そして強化外骨格を強制パージ=装甲が弾け飛んで、ハシが這い出てくる。
「隊長ぉモーターが壊れたんですが。代えのモジュールがありましたっけ」
「あーあ、始末書だな」=ニシが目を細めた。
「大丈夫大丈夫! 全身モジュール式になっていてすぐに交換できるから」
「それを壊れたっていうんじゃないのか」
「いわないの!」
テツとハシは、壊れた強化外骨格を宿舎の方へ引きずっていった。古びたコンクリートに白い傷をつけながら、引っ張る。
「センセーッ! アレみせてー」
リン/まるでコンサートでアイドルに向けて叫ぶように。
「うむ、良かろう」
カグツチ=鷹揚に答えた。
マナの奔流/流れ出るよいうより無理に吸い出される気持ち悪さ。
黄金に輝く魔導陣がカグツチを包み込み、現れたのは巨影=5m近くある半ば腐り崩れかかった上半身のみの巨人だった。
手に矛、そして古代の甲冑に身をまとい、背骨だけで器用に起立している。
「キャーすごいーキモいー」
リンの歓声/方方で同じ歓声が上がる。
見世物でマナをぐんぐん吸い取られるのは我慢ならない/しかしカグツチにはひとつ貸しがあるため文句も言えず。
「ニシさん」
「うぁっ、いつの間に後ろに」
すぐ左隣に丸メガネの筋肉だるま=ハシがいた。通信・工兵のエキスパートらしいがあらゆる知識の多さにニックネームは“ハシペディア”だった。
「カグツチセンセーの甲冑。あれは奈良時代以前のものに類似していますがまさか当時の神か精霊を魔法で召喚したのでしょうか」=ひどく早口。
「いや、魔導です。見た目は、たぶん、俺の主観も混じってるので偶然ですよ、偶然。神代に崇められていた神、というのは合っていますが、神代とは歴史が始まる遥か以前のことです」
「つまり当時の風習文化を知ることができるというわけですね」=またも早口。
「それが、当時の記憶をほとんど持ち合わせていないと言うか。自称・神だけあって、人の区別や時間の区別ができないんです。で、そんなに重要ですか」
「重要ですっ!」でかい声/飛んできた唾を避ける。「古代の文献はその多くが失われ正確性も書くものばかりです。したがって当時の神たるカグツチセンセーの言葉さえあれば考古学における無数の難題を解決してくれるのです」
熱意/熱く。
「ああ、でもカグツチのおかげで古い魔導の術はいくつか学ぶことができましたよ。ほら、潰瘍を縫い合わせたのもカグツチの助けがあったから習得できましたし」
「ほうほうほう! 小生も神との対話をしてみたいです」
「いえ、まあ、いつでもどうぞ。カグツチは俺の召喚に関わらず勝手にこちらの世界に来るので」
ハシ=慇懃な礼を厚く述べた後、同じ部隊の輪に戻っていった。
「さあ、次は誰だ?」
カグツチの体全体から音が響いた。
「ほら、行って! 隊長命令!業務命令!」
リンが腕を引っ張る/ケツを叩く。体育会系のセクハラ&パワハラの洗礼。
「あれと戦うってのか。さすがに無理があるぞ」
ギョロリ=半ば白骨化した巨人と目が合う。その左目だけがグルグルと動いている。
「安心せい。これは余興である」
余興でマナを吸い取らないでほしいものだ。
巨大なカグツチの周りで光の線条が舞う/光子が雪のように舞う。
光のガラスを割るように、その巨躯が消え、元通りの金髪大男が腕組みをして立っていた。
「ニシ、勝負だ。手合わせは久しぶりだな」
嫌だ。どうして自分のマナで召喚した自称・神と戦わねばならないのか。
しかし、聴衆は口笛を吹き、声援を投げ、盛り上げている。非番の第3小隊まで集まってきた。互いに1000円札を渡して賭けをしている。
「さぁ、来い、ニシ」
自称・神は大仰に、格闘技の構えの姿勢を取る。
しょうがない。
魔導展開。声なき声の詠唱。マナが空気に満ちた。温かい風を感じる。
身体強化──魔導障壁、そしてもうひとつ=新技。
予備動作なしの肉薄。瞬時に彼と間合いを詰めると右ストレートを繰り出した。
が、彼は微動だにせず、拳を受け止めた。息を呑む聴衆。即席のリングがシンと静まった。
「うむ、速い。そこいらの怪異なら2,3匹は消し飛んだだろう」
ニシは間髪入れずに左ストレート。スピード強化/威力を倍増。コンマ数秒の間に立て続けに殴る殴る殴る殴る。
しかしすべて防がれる。
彼の姿が消えた。と思った瞬間、体に強烈な衝撃が走って宙を舞った。
空──地面──空──交互に見えて、停まった。
古いコンクリートを砕いて地面に突き刺さった。観客はざわざわと騒ぎ出す/誰も助けに来ず。普通なら2回は死んでいる。
「痛ててて……手加減を」
ニシは立ち上がった。砕けたコンクリートがパラパラと落ちた。
「身体強化に加え、重力を制御したか。さすが、私を召喚しただけのことはある。だが、まだまだ、それだけじゃ倒せない」
彼は拳を固く握って、中段に構えた。
殴ったか体当たりか、わからない。強化した動体視力でさえ動きが見えなかった。
彼は、手で招くような挑発の仕草をする。
ニシは跳ね起きた。そのまま──あえて素のままの脚力で──間合いを詰める。
上段の蹴り──と見せかけて回転の力を加えて下段の蹴り/いなされる。
右/左ストレート/いなされる。
肘撃ち/かわされる。
魔導詠唱/さらに身体強化+上段蹴り。岩さえ
しかし彼は微動だにしない=分かっている。
足で彼の首を挟むと寝技に持ち込む。気道をふさぎ骨を折るスタイル。
「ははっ! 何時間でもするがいい。それじゃ倒せぬぞ」
分かっている。
ニシは跳ね起きて、間合いを取る。
「ずるいぞ」
「私は、神、だからだ」
彼は、仁王立ちから目も止まらぬ速さでニシに肉薄した。ぎりぎりのところでかわす。
左ストレート=ぎりぎりでいなす。
「攻撃は及第点。だが、防御はどうかな」
打撃練習用の木偶の坊が、猛烈な攻撃をしてきた。彼の打つ攻撃に合わせて魔導障壁を展開/防いだ。一瞬の隙。
反撃。拳と拳がぶつかる。相打ち。
「遅い遅い遅ぉぉい! ただ速く動けばいいだけではないぞ。世界の理に囚われたままでは高みを目指せない!」
殴りながら/防ぎながら、彼は平然と話している。何を言っているか1ミリもわからない。
次の攻撃は彼が先だった。打たれた、その感覚を覚えた頃には宙を飛んでいた。無重力──そして衝撃。壁にぶつかって体が止まった。
その時、拡声器のハウリング音が轟いた。
「こらーっ! あんたたち、何やってるの!」教師/母のような叱るの声。「模擬戦闘は許可したけれど、戦えなんて一言も言っていない! ほら、そこ! 賭け事禁止! 社則を朝礼で音読させるわよ!」
管理職たるカナの職務。筋肉マニアたちの管理=しかし本来の仕事はエンジニア。
隊員たちは三々五々、カナに見つかるより先に散っていった。
「もう、なにやっているのよ。退院してまだ1週間でしょ」
「もう1週間だ。カナ、引っ張ってくれ。体がめり込んで動けない」
工場跡地に残されたコンクリートのスロープ=かつての資材搬入用通路。撤去せずそのままになっていた。
ニシは手を出したが、カナは手に触れることなく、魔導で引っ張った。
「念動力とは、ご丁寧にどうも」
「ずいぶんと壊してくれたわね」
「俺じゃない」
彼の姿は、もうなかった。存在は感じる。不可視化してどこかにいるはず。
「倉庫に補修用のセメントがあるから、直して。今日暇でしょ」
「俺が?」
カナは反論を許さなかった。体に付いたコンクリートの粉を払って資材倉庫へ向かう。だが、カナもついてきた。生徒指導の先生のよう。
「俺だけの責任じゃない。本社の保安部隊がって
「ふーん、ちびっこ隊長たちは暇を持て余しているだけだ、と思っているの?」
「違うのか?」
「私には
セメントを
「つまり、手柄を横取りされたことで、みんなイライラしているわけだ」
カナは肯定も否定もしない。
「本社の保安部第一課、私もよく知らないけど、ほぼ軍隊って噂。先月からさんざん、正体不明の敵の存在を報告してたのに、あれだけの危機があってやっと動いた、と思ったら、今度は『君たちは潰瘍周辺の安全を確保するのが任務だ』とか言って、
いちばんイライラしているのはカナだろうな。素直に聞き役に徹する=ニシの優しさ。
砂利と混ぜたセメントを一塊、念動力で移して穴を埋める。表面を平らに均して完了。
「誰かが踏まないよう、点滅信号をつけてくれない?」
カナ=光を司る魔導士に手伝いをさせる/まんざらでもない様子。カナは宙で指を左右に切る。これが彼女なりの魔導発動キーらしい。
工事現場の光源を参考にしたような、赤と緑に点滅する発光体が出現した。
「5時間くらいでいい?」
「丸1日。固まるのに24時間かかるから」
以前、重機が故障した建設現場でアルバイトをしたとき、教えてもらった。
「けっこう時間がかかるのね」
透明人間が作業しているのを2人して眺めているよう。
「これも直すのか」
「ええ、時々使うから」
ニシはテキパキと垂直の壁を
「ところで、今来ている兵隊、どんなやつらなんだ」
「あなたも見たでしょ」
「見た。見たけど、重装備だな、としか思わなかった」
カナはうーん、と唸る。
「彼らの
エンジニア=ヲタクの真骨頂。意外と軍人気質/体育会系なリンと相性がいいかもしれない。
「それと、私、見ちゃったのよね」
しかし、カナは口をつぐんだ。
「もったいぶらないで、教えろよ」
ニシは、声なき声の詠唱で魔導を発動──水を召喚、
「コードF3」
「パソコンのキーボードみたいな名前だな」
「暗号というか
胸騒ぎ。献体とは先週、抑制フィールドを壊そうとした敵のことか。
「“デーモン”を生け捕りにするってことか」
「生きているという定義にあてはまれば、ね。戦略性、知性をもった怪異は初めてだから、本社総出で解明したいらしいわ」
「それなのに、俺たちは蚊帳の外」 ニシは倉庫に
「あちこちって何?」
「あれ、まだ聞いてなかった?」
今度はニシが口をつぐむ番だった。
「隠すことないでしょ」
「先々週、下田町で起きた怪異がらみの殺人、というか死亡事件のこと」
「そういうのって管轄が違うから知らないわ。市の怪異駆除は基本的にフリーの魔導士の役目でしょ。で、どんな事件?」
「男が1人、怪異に脳と心臓、血液全てを食べられてた」
「それって」
カナは頬に手を当てて考える仕草をした。
「そう、死霊術」
「それ、すごく昔に排斥されたでしょ」
「正確には平安初期、朝廷の命で陰陽師に連なる魔導士が戦ってから。だから1000年ぐらい」
「生命をつかさどる臓器を食べてマナを吸収するっていう当時の低級魔導士がやっていた術。病気にならなかったのかしら」
「さあ。そもそも当時は寿命が短かったからな。ともかく、俺もそういうのがありましたって話を古文書で読んだだけで詳細はわからない。あと、例の死体には怪異が取り憑いていたんだが、死体ごと怪異を斬って一件落着」
「でも待って。怪異は臓器なんて食べないわよ。じゃあ、死霊術士が臓器を食べて怪異が残されていたってことになる」
「変だよな。辻褄が合わない。そこで、だ。ここの“デーモン”と関係があるのかな、って」
「うーん」カナはふたたび頬に手を当てた。「それはないと思うな。潰瘍の抑制フィールドは魔導セルの共振を利用しているけれど、同時に魔導のセンサーにもなるの。もし潰瘍から怪異が出てきたならすぐ察知できる。同時に、外から入るにしても探知される」
「回避する手段は?」
「無理ね。軍用AIが数千の監視カメラと魔導センサーをモニターしてるの。人が扱える魔導で回避できるとは思えない」
「じゃあ、別件?」
「ええ、たぶん。確証はないけれど。県警は動いているんでしょ? 彼らの手に負えなければ
縦割り行政。役割分担、あるいは管轄権争い。
「すまないな主任、余計な心配をさせてしまって。今日の業務は終了でいいかな」
業務=保安部隊の装備搬入、戦闘訓練そして穴埋め。
「別に、帰りたかったら、帰ってもいいけど」
「サナにと魔導の訓練をする予定なんだ」
とっさに口をつぐむ/平静を装う。仲間=友人のカナとはいえ、一応は常盤の正社員だ。サナの実力について詮索されるとまずい。
「最近、一緒に住むようになった子、だっけ。優しいのね」
詮索はされず/むしろ口調が柔らかい。なぜか。
「優しさなのかな。正直よくわからない。義務感でやっているだけかもしれない」
「そこは『ありがとう』でいいのよ。マナの感応力がある子たちでしょ。私だって、ちょっとは協力しなきゃって思うし。何かできることがあったらいつでも、言ってね」
「協力ね。じゃあ、今日、夕飯を食べに来るか?」
「へっ?」
カナ=妙にたじろいだ。
「モモがポテトサラダを作るって張り切っているんだ。ハムときゅうり入りの」
「ああ、あのモモちゃん。先週、あなたの家に行ったのよ。子供たち、平然としてて拍子抜けしちゃった」
「あの子たちは、肝が据わってるんだ。いろいろと。で、今日、食べに来るか? 子どもたちも喜ぶと思うんだ」
「うん、ありがと。でもごめん、パス」カナの苦笑い。「本部の部隊が潰瘍に入るから、その間は外でモニタリング。だから今日は泊まりなの」
「そうか、ちゃんと残業代が出ればいいな。主任、お先に失礼します。ポテサラ、もし余ったら持ってきてやるから」
丁寧な挨拶&会釈。
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