10
「第4ゲート、状況は?」
リンが通信機のマイクに向かって叫ぶ。本部の管制室から指揮官として指示/しかしいつでも出発できるように、
『
「大丈夫、そっちにニシを向かわせているから。間に合わなくても、ニシが来るまではなんとか持ちこたえて」
『了解しました。通信終了』
リンは通信機横のモニターを一瞥する。無数にある監視カメラのうち、潰瘍のゲート周辺の十台のカメラ映像を映している。6本の砲身を束ねた
「“デーモン”は来ると思う?」
デーモン=本社が一連の事態を調査してつけた、敵のリーダー/首謀者に対する仮称。
「そう決めつけるのは、早計よ」
カナもとなりで陣頭指揮を取る。所長は本社と電話で支持を仰いでいて役に立たず。
「じゃあ、陽動の可能性も考えて、第3小隊は1,2,3ゲートの支援に当たらせるということ?」
「ええ」
「ちょっとまって、3321カメラの映像を拡大して」
モニターの全面に第4ゲート内の映像が映る。
「何よ! この大きいの。全戦力を集中させるよ」
リンが叫んだ。
「大きさはD型怪異。でもマナを計ってみないことにはなんとも」
「そんなのどうだっていいでしょ、でこちゃん」リン=筋肉派ならではの合理性「ここを突破されたら、市街地で市民を守りながら戦うことになる。今のうちに全戦力を投じないと」
「ニシが向かっているなら戦力は十分」カナ=頭脳派管理職の安全策「陽動の可能性が捨てきれない以上、戦力の集中は避けるべき」
「戦力の逐次投入は愚策なの!」
「じゃあ、敵が第4ゲート攻略をしようとしている根拠は?」
「勘よ。いけない?」
「いけないわよ」
カナは論理的解釈を求めた。
「いい、でこちゃん? あたしがもし敵なら、第4ゲートの1点集中突破を目指す。それは、あそこが一番広い上に街にも近いから」
「わかった。そこまで言うなら」
「第3小隊、C2装備で出撃用意! 持っていく弾、全部撃ち終わるまで帰さないから!」
リンは鼻息が荒いまま、通信機の周波数を切り替えた。どすの利いた、鬨の声がスピーカーから返ってくる。
「私も行くわよ」
「は、でこちゃんの職場はココでしょ」
「全戦力でしょ。じゃ、私が行かなきゃ。私が最強戦力だから」
疾走。潰瘍に沿って丸く増設された通路をひたすら走る。
「やっぱり、間に合わなかった」
風にのって銃声が聞こえた。単発、そして連続して。第4ゲートまで後少し。自動迎撃システムがあったはずだが、時間稼ぎにしかならなかった/あるいは本来の役目を全うした。
高速詠唱。声なき声を唱えた。両椀にエメラルド色に輝く魔導陣が幾重にも現れた。
身体強化の魔導=魔導陣をひとつ消費すると同時に、
廃棄された山手線の線路を溶接したゲートは内側から強烈な力で何度も何度も叩かれて大きく湾曲している。こじ開けられたその隙間から、数体のA型怪異が浸出している。隊員が各々、手に持ったライフルで応戦している。
A型怪異は、潰瘍内でこそぼんやりと人の姿を保つだけだが、明るい日差しの中ではくっきりと人の形をしている。顔や表情はわからない。しかし人格が溶け出した黒い影は、それぞれが微妙に違う背格好をしている。
召喚=さらに魔導陣を消費/空中で手にマチェットを掴む。
着地=突貫。
友軍の銃弾=気にせず。魔導障壁があれば銃弾の如きは弾くことができる。
マナを帯びたマチェットは怪異を切り裂いた。身体強化で、素早く背後に回り込んで突き刺す/切り裂く/手足をちぎって頭部を串刺す。
「下がって!」
周囲の隊員に指示を出す。ゲートの外の怪異はあらかた片付けた。しかし、その奥には無数の怪異が蠢いている。
左手を地面につける。
高速詠唱。まばゆいエメラルド色の魔導陣の輝き。複雑な文様が結び上げらていく。
新手の怪異が迫る。数は10か20ほど。後ろで隊員が何か叫んでいる。ニシはギリギリまで待った。そして後ろに大きくジャンプすると地面に伏せた。
途端に、魔導陣が爆発した。物理的威力+マナの侵食で怪異は姿かたちが保てず崩壊していく。
「ありがとう、助かった」
小隊長=黒木は礼を述べた。何度か作戦を一緒にしたことがある。勇猛な兵士だ。
「いえ、まだこれからです」
ドンッと鉄骨を叩く音が響いた。そしてゲートがギシギシと音を立てる。
「D型怪異だ。佐藤女史曰く、普通じゃないそうだ」
黒木小隊長は自動小銃の照準を敵に合わせる。
「戦力は?」
「隊長と第3小隊が本部からこっちに向かっている」
「潰瘍の反対側だ」
「そう、だから俺たちでしのがなくちゃならない。あ、そうだ、佐藤女史もこっちに来ているとさ」
カナが? 戦えるのか。
ニシが魔導の手の内を見せないのと同じように、同じの魔導士であってもお互いの技はごく一般的な魔導しか見せてこなかった。
黒木小隊長が部下に指示をする。
「
ダジャレのつもりだったのか、隊員たちはげらげら笑った。
しかし、ひときわ大きな爆発音が響いた。ニシの魔導陣/地雷じゃない。侵入を試みるD型怪異のところからでもない。
はるか頭上の潰瘍の内側からの攻撃だった。そこにいた全員がとっさに空を見上げた。抑制フィールドを形成する鉄塔が揺れる。電線が空を切ってヒュンヒュン音を立てる。
「怪異だけじゃないのか」
50メートル間隔に並んだ鉄塔は、それぞれが魔導陣を持っていて、潰瘍をそれ以上拡大させないよう、抑制フィールドを展開している。噂によれば常磐の会長=魔導セルを作った超級の魔導士が直接作ったともいわれている。
「まずい、あそこが攻撃されたら、抑制フィールドが消えてしまう」
黒木小隊長は見たままを本部に無線通信している。
抑制フィールドの消失は、潰瘍の拡大を意味する。一般人の自我を溶かす魔の領域が広がってしまう。全周100kmの潰瘍が抑えられなくなったら、また数十キロ後退して抑制フィールドを作り直さなくてはいけない。
再び頭上で爆発音。衝撃波が伝わってくる。抑制フィールドが弱くなっている。と同時に鉄骨製のゲートが弾け飛んだ。数tはある鉄塊がトタン板のように舞って、危うく隊員にぶるかる寸前で地面に突き刺さった。
怪異の軍団。無数のA型怪異。数えるをあきらめてしまうくらいの群れだった。群れの中に立つひときわ巨大なD型怪異。その姿はまさしく鬼だった。右手と一体化した棍棒を天高く振り上げる。
グウオォォォォォォォォォォォォォォォォォ。
怒号で空気が震えた。それを合図にA型怪異が走り出す。
「あれが親玉か。5メートルはあるぞ。総員、撃ち方、始めぇ!」
小隊長も負けじと声を張り上げた。兵隊という生き物はこんなに声が大きく進化するのだろうか。
2基の重機関銃が対魔導貫徹弾を怪異に浴びせる。土埃が起きて怪異が打ち倒される。ライフルを持った隊員も、
積極的な攻撃=第3小隊/
銃弾の雨=まるで地面を耕すように。最前列のA型怪異はしこたま銃弾を浴びて霧散した。
しかし、鬼の怪異には通じていない。魔導防御障壁が複雑に組み上げられている。戦車でもない限り、貫通はできそうにない。やはり、人為的な関与があるはず。
鬼の怪異が歩を進める。その後ろは死角となって銃弾が届かない。じりじりと間合いが詰まる。
「全員後退! 距離を取れ。残弾に注意しろ」
黒き小隊長が叫ぶ。
「時間を稼ぎます」
ニシが一歩前へ出る。そしてマチェットを敵をかざした。
声なき声の召喚。近接攻撃と召喚魔導のあわせ技。青い光の複雑な文様の陣が怪異の足元で描かれる。
キンッと金属音が響いた。擦過音にも似た耳障りな音。
A型怪異の足元から、銀色に輝く無数の
しかし、鬼の怪異には効果がなかった。やはり魔導防壁が強固だった。あるいはニシの魔導攻撃に合わせて、中和するよう陣を組んであるか……。
鬼の怪異の歩調が早まった。手下が一気にやられたせいか、あるいは何かの合図が欲しかった人の心理か。
再びの爆発音/頭上から。潰瘍とこちら側の間ではっきりと閃光が見えた。鉄塔がひしゃげて吹き飛んで地面に落ちる。
「本部へ! 抑制フィールドが崩壊する。戦力じゃない、予備の発振器を、直ちに!」
黒木小隊長は
ニシは切っ先を鬼の怪異に向けた。
まずい、かなりまずい。抑制フィールドはそれ単体では機能しない。魔導セル同士の共振を利用した遮蔽装置だ。その鉄塔一つ一つに刻まれた魔導陣はブラックボックスになっていて見たことがない、がたぶんそういう理屈で潰瘍が広がるのを抑制している。
ここが破壊されたら、抑制フィールドは連鎖的に機能を失ってしまう。
ズシン。鬼の怪異がまた一歩近づく。
今ここで抑制フィールドを失えば、おそらく関東の半分は同時に放棄せざるを得ないだろう。
だが、怪異がここの防衛戦を突破したら、街で暴れまわることになる。避難勧告はまだ出ていないはずだ。
しかし、取るべき手段は一つだけだった。
「小隊長、あの鬼の足止めをお願いします。5分でいいので」
「5分? 1分ならいいぞ」
「俺は抑制フィールドをつなぎとめます。だから、ここから離れるわけにはいかない」
「くそっ、分かった。西田、二宮、擲弾筒をもってこい! 全員、D型怪異の右足に攻撃を集中。もげても生えてくるらしいが、潰瘍の外だから効果はあるはずだ」
的確な指示。隊員たちは手際よく防御陣形を作った。
ニシは短く息を吸った。銃声、怒号、自分の焦り、全てを意識の外へ追いやる。
複雑な魔導。かつて頑固じじぃの家で魔導を教わっているときに見た古文書の一節。神代の奇跡を実際にやってのけた陰陽師の話を思い浮かべる。カビ臭い書庫、茶色い紙片の1ページずつが思い出される。
詠唱。声を出す。正確に魔導を編み上げるべき重厚な術。
「古今その名を馳せる
「――今ここに体現せよ――」擲弾筒の攻撃。爆発で鬼が一瞬ひるんだ。
「――我の身勝手な願いなれど――」しかし、怪異は歩みを止めない。
一瞬、子どもたちの顔が浮かんだ。ここで失敗したら、あの子たちは再び地獄の中で生きなければならない。やっと灯した希望を消させはしない。
「――その力、貸したもう」
決まった。
空気が震える。ニシの体の奥底からマナが流れ出す。一際強烈な緑の輝き。魔導陣が二重、三重に出現してニシを包む。
同じ魔導陣が、潰瘍のすぐ外側に現れた。ちぎれかかった抑制フィールドを縫い合わせるように、金色の鎖が生えてきた。抑制フィールドの下から上へ、縫っている。大蛇のような鎖はカラカラカラと空中を滑っていき、その終点で丸く絡まった。潰瘍はわずかに膨らんでいたが、赤黒い不気味な陰は断ち切られた。
「上だ、魔法使い!」
黒木小隊長の腹の底に響く声。
不意に意識が現実に戻される。トランス状態で魔導を唱えていたため、気づけなかった。
眼前に巨大な鬼の怪異が立っていた。そして右手と一体になった棍棒がその頭上に振り上げられた。
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