15
「おやすみ」
モモが部屋から顔を出して言った。サナも同じように答える。
ニシが出ていってしばらくした後、テレビ番組が急に緊急放送に切り替わった。避難待機命令=つまり自宅にとどまり、発令があり次第、避難所へ向かえとのこと。
そのせいで子どもたちは不安にかられ、泣き出し、そしてようやく寝てくれた。モモも不安だったんだろうが顔に出さず子どもたちをあやし続けた。
でも自分は全然不安ではなかった。
どうして?
平穏/普段と同じ。
思い出せない記憶のどこかで、こんな緊急事態に慣れきって/あるいは諦めていて、冷静な自分がいた。
カーテンを開けて潰瘍の方を見た。普段より明るい。サーチライトが天高く伸びている。遠くからヘリコプターの音がする。懐かしい/忌まわしいの音。でも思い出せない。
「私も、戦いたい」
ニシさん、どうかご無事で。
願いの叶う魔導なんて、あるはずがない/でも欲しい。
敵は人だった。
やせ細った少年/しかしその瞳は殺気に満ちたルビーのような赤色。
怪異=人格の残滓なら容赦なく斬れる。だが人は斬れない。人を救ってきた。そのために命を奪うことは出来ない。
カナに目配せした。同じく動揺しているようだった。捕獲ができるかどうかわからない。覚悟を決めるときか。
敵=少年は表情を変えない。その少年の腰から伸びた尾/あるい触手が地下鉄構内に伸びていた。それがスルスルと縮んでいく。
その先端、
「その人を放せ!」
やっと出てきた言葉/思いがけない敵のせいで言葉がまとまらない。
敵=少年は人質を見上げる。そして笑った。
尾が2つに別れた/人質の体が裂ける。鮮血と内蔵があたり一面に散った。
息を呑む/カナは声にならない悲鳴を上げた。
これは罠/魔導士をおびき出すために。
しかし考える余地もない。倒すだけだ。
高速詠唱。声なき声で魔導を展開。ニシの両腕に魔導の光で輝く円環がいくつも浮かび上がる。事前の詠唱=蓄積。即座に魔導を発動できる。
右腕=攻撃魔導を即座に展開。敵の眼前に召喚=
しかし、
「無駄だ」
冷酷な少年の言葉。その背後、潰瘍の薄暗い空間から、さらに1両の電車が飛んできた。先程同じ魔導のうねり=
左腕=防御魔導を展開。最大出力。電車が地面をえぐる/突き刺さる。しかしニシの魔導障壁に引っかかる/ひしゃげる。そのままバウンドして暗闇の奥に転がっていった。
「また、鬼か」
「ちがう、これはサイクロプス!」
カナが冷静に分析。一つ目の巨人が暗闇からぬっと出てきた。身長は電柱と同じくらいある。もはやD型怪異とは違う人為的にマナで組み上げられた巨像。
「ここは、我の出番か」
彼は腕を組んだまま大仰に/
人、というより半身の巨人。
腐りかけた巨体が鎧をまとっている。背骨だけで器用に起立し、右手には金色に鈍く光る
はるか巨大な戦士が構えの姿勢を取る
「気をつけてください! 神代の伝説のサイクロプスを再現したとすれば、それは雷、あるいは武器を作る能力があります」
半身の巨人=カグツチはわずかに腐り残った頬で
「だが、鍛冶で作れるわけではないだろ」
ニシの反論。
しかし、にわかに雷鳴が起きた。サイクロプスの手に雷光が沸き起こる。その手の中から、それが具体化する。電撃を帯びた鉄柱=金棒。
カグツチは意に介さず走った。地表すれすれを滑るようにして移動する。
地響き。矛が風を切る音。
鈍い刃がサイクロプスの首筋に当たった。しかしびくともしない。
即座の反撃。一瞬の隙きでサイクロプスの回し蹴り=カグツチの体が宙を舞って雑居ビルの廃墟に突き刺さった。
「大丈夫なの?」
カナは唖然とした。それに答えるかのように半身の巨人が唸る。
「おもしろい、だってさ」
ニシ=召喚者として以心伝心。
カグツチは跳ね起きると、再び突進/金棒の横振りを避けて掴みかかった。
「うざいなぁ」
うっすら目を開けただけの痩躯の少年が両腕を広げる。何かを奏でるように腕を動かす。
「カナの魔導に似てるな」
「もう、あんなのと一緒にしないで」
敵の次なる一手=数。背後の暗闇からA型怪異がわらわらと湧き始めた。
「1,2,3……数えるのが面倒なくらいいるな」
「100か200ってとこでしょ」
カナの不敵な笑み=長距離戦特化の魔導士。
「やっぱりやつの能力は、怪異を操れる」
「ええ、そして作り出せる能力」
A型怪異の群れがじわじわ近寄ってくる。
「ボスと雑魚、どっちをヤる?」
「ニシの魔導は中和されるんでしょ。とはいえ、私は多数を相手にするほうが得意だけど」
「問題ない。ヤれる」
沈黙──一瞬。
「ほんと?」
「策は、ある」腕に通した魔導の円環が消える/無骨なマチェットの召喚「それに、斬ったら倒せるだろ」
一瞬、カナの顔が曇る。
「殺すの?」
「やつは人じゃない。そう思う」=割り切る。
カナはもう何も言わなかった。目配せ/重荷を任せてごめん、といった感じ。そして自らで人を殺める必要のない安心感。
A型怪異の群れが迫る=カナが動いた。指がマナを編むようになめらかに動く。そして胸の前で印を結んだ。
「フラッシュ」
強烈な光。世界から一瞬だけ音が消えたような感じ。光は猛烈な熱に変わり、魔導+熱の放射が周囲の建物と地面、怪異をまとめて消し去った。
「ふふっ、“フラッシュ”って」
「笑うなぁ!」
魔導さえ繰り出せれば、発動キーは自由だった。普段のカナとは正反対の安直/幼稚な言葉。
「まあ、いいや。俺はやつを倒す」
ニシは痩躯の少年に向き合った。両腕の円環を一つずつ消費して、斬撃/身体防御を強化する。
地響きと光。
カグツチはサイクロプスの腕を引きちぎったが、瞬時に新しい腕が生えてきた。
カナの光子攻撃は怪異をまとめて薙ぎ払ったが、すぐ新手が現れた。体躯の大きいB型怪異も混じっている。やはり潰瘍に満ちるマナそして術者からのマナを糧にしているようだ。
倒すしかない。
身体強化=脚力の増大。地面を蹴った。瞬時に間合いを詰める。シンプルな正面突破/刺突。
強化された動体視力が敵を捉える/的は動かない。狙いは正中線=生命を司る心臓。
加速した思考の中でふと疑問。痩躯の少年の足元に影がある。しかし薄暗い潰瘍の中に光源などない。
停止/反転。魔導の力で体を止める。にわかにそれが立ち上がった。身長2m弱の影。なめらかな体表は深い夜空のような黒色をしている。その両手に刀のような刃幅の薄い武器を持っている。
刺突/しかし浅い。攻撃は影に弾かれた。
構わず次の斬撃=右腕の魔導の円環を更に一つ消費/背後に隠した左手に、逆手でもう1本の鉈を召喚して敵の死角から叩きつける。
影=剣で防がずに一歩引く。
更に斬撃=右の短刀を下から振り上げる/かすめる/影の鼻先を斬る。
チャンス。敵の影は奇襲に徹していた/逆に読まれて窮地に。
「諦めろ! お前は勝てない!」
ニシ=間合いを詰める。剣技は腕を振り回すだけではない/かつての師匠=じじぃの教え。
体勢が崩れている影に足払いを仕掛ける。
しかし、ニシの誤算=影は人じゃない。
体幹/バランスといった摂理とは無縁の動き。体勢が崩れたまま2振りの剣を同時に振ってきた。
右のマチェットを逆手に持つ/ギリギリで受け止める。強化した身体能力でやっと、ギリギリ押し留められる。
にわかに振動/亀裂。反射的に左腕の魔導の円環を消費。
右腕の魔導防御を再度強化=同時に砕けて剣撃が腕に到達した。
血が見えた。でも痛くない。腕はまだつながっている=十分。
左手=鉈を離す/空中に溶けるようにして消えた。
代わりに召喚/高速詠唱。声なき声で新たに召喚=
『剣技は腕を振り回すだけではない』の証明その2。
殴った。魔導を帯びた
「フラッシュ!」
時間/余裕なし。ゆえに大きな声で叫んだ。
ニシは息を整える/再度の攻撃態勢。
「諦めろ、お前は勝てな────」
「違う! 違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違う違ゥ!」
突如、
ニシはぎょっとした。敵意もなくただ狂っている。
「落ち着け」
「僕は、僕は、ボクワ、王なんだ! この世界の王だ。お前ら侵入者をユルサナイ! お前をヲヲヲ!」
ニシは身構える/次の攻撃の到来あるいは怪異の造成=しかし飛んできたのは
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「ニシ、大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ。そっちは?」
「最後の群れを焼き払ったら、それ以上現れなくなったの。ていうか、私の魔導、パクったでしょ」
「参考にしただけだ。フラッシュって」
「もうっ!」
ケラケラ笑うニシ/それを小突くカナ。
頭上──カグツチが1つ目の巨人をヘッドロックしている。じわじわと捻って、頭を引き抜いた。骨/内蔵/鮮血=どれもなし。巨人の体は灰塵となって潰瘍の中に霧散した。
半身の巨人が唸る。
「ここは任せろ、だとさ。俺たちはやつを追おう」
「ええ。でも、なんか変じゃない?」
「どれもこれも、異常ずくしだろ」
「ううん、そうじゃなくて。怪異を操れるなんて、どんな魔導術式かわかんないけど、橙とか白のレベルの魔導士でしょ。彼のマナを感じた?」
「そういえば、いや、普段と同じ、亡くなった人たちの人格の残滓だけだ。ようはいつもと同じ怪異。だからやつの悪巧みに気づけなかった」
「そう、そうなの。私もそう思う。だから追いかけるんだったら気をつけないと。想像以上のことが起きるかもしれない」
「ああ、そうだな」
2人は旧四ツ谷駅の地下鉄の階段に足を踏み入れた。照明がないせいで地上よりも深い漆黒に包まれている。
「あれ、できないか?」
「あれって?」
「サイリウム、みたいなやつ」
「うん、わかった」
カナは人差し指をくるくる回す=彼女の魔導発動キー。空宙に光を編み出した。光の玉は弧を描いて階段の踊り場に着地した。周囲がほんのり明るくなった。
「できるけど、魔導を隠すべきじゃない?」=サナの疑問
「どうせ俺たちが来るって分かってるんだ。正面から堂々と行こう」=根っからの近接戦闘主義。
一歩ずつ階段を降りる。光源に近づくと、サナが次の光を出して放ってくれた。
壁が見えた。左右に通路が伸びて更に地下へ続く。
「不気味ね。これだけ大きい施設なのに静まり返ってる。敵以外に何か出てきそう」
「おばけ、怖いのか」
「おばけなんていない。静かすぎるせいで心がざわつくの」
「それは多分」──突き当りを右に曲がる──「残響ってやつだろう。潰瘍が発生した時刻を覚えている?」
「ええ。早朝だったかしら。
「そう。ここには1000人ぐらいの人がいたんだ。その生命たちが一瞬で吹き去った。死んだことも気づかないまま、溶けた人格がここに滞留している。耳を澄ましたら叫び声が聞こえそうだ」
「ニシも、不気味な感じがする?」
「ああ。吐きそうだ。だがやつは王と名乗った。さながら、死んだ人の魂の残響は、やつの臣下といったところか」
「狂ってる」
「同感」
「常磐は、あんな狂人を欲しがると思うか?」
「わかんない。でも、もし彼がずっと潰瘍の中にいたのなら、人とマナの相互作用を研究できるのかも。専門じゃないからわかんないけど」
「そもそも飲まず食わずで5年も、なぜ生きられたんだ」
サナがさらに魔導の光源を生み出して地下へ投げた。地下鉄のホームがある。止まったエスカレーターを、カタカタ音を立てて降りる。
もう一つ、光源を投げた。そして人影が浮かび上がった。骨に皮を貼り付けただけのような少年。その面影が光のせいで余計に際立っておぞましい。
少年の声。ほとんど絶叫に近い。
「お前らを/侵入者を、ユルサナイ。そうだよなぁ、お前たち」
痩躯の少年/右手にはただの鉄パイプ。その表情は柔らかに周囲へ話しかける。誰もいない/彼にだけ見えている。
「そこには誰もいない! お前が人だと思っているのは溶けた人格の残滓、魂の亡骸に過ぎない」
「ウルサイっ! テキをユルサナイユルサナイ」
まさに鬼/餓鬼のような形相。眼球が反転しそうなぐらい白目がギラギラ輝いている。魔導の攻撃/なし。ただ手に握った鉄パイプを振りかざして、よろよろと近づいてくる。
「下がるんだ」
カナに指示を出した。痩躯の少年はフラフラと近づいてくる。罠か、あるいは狂っただけか。意図が読めなくて攻勢に出られない。
距離を取りつつ、後ろへ下がる。1歩2歩3歩。
マナの奔流/魔導の発動。鮮やかな緑の閃光が地下鉄のホームを照らす。痩躯の少年から半径1メートルほどでコンクリートのかけらがカタカタと揺れ出した。コンマ数秒の揺れの後、ピタッと全ての動きが止まった。ゆらゆら揺れる少年の体も微動だにしない。
次の瞬間、少年の体が地面に叩きつけられた/まるで見えない巨大な手に押し付けられるかのように。少年は頭を床に打ち付けてぐったりした。
「うわぁ、びっくりした。さっき魔導陣を描いたと思ったけど」
カナがまじまじと緑の魔導陣を見つめる。文字とも模様ともつかない紋様。
「それ自体に意味はない。ただの、魔導発動のキーにすぎない。やつは俺の魔導を中和できるよう対策してたみたいだが、これはやつの知らない新しい術だ」
「重力制御?」
「そ。20Gほど」
「息できないんじゃない?」
「さて。並の魔導士なら耐えられるだろう。カナ、俺はこいつを見張っているから、応急処置セットを持ってきてくれないか」
「……その傷、深いの?」
ニシは言われて気づいた/影の剣士に切られた傷=アドレナリンのせいで痛みを感じず。
「それもある、けど。横転したトラックに載っていたはずだ」
カナは踵を返すと、駅のホームからエスカレーターを駆け上がった。
「さて」
少年を見下ろす/道路で潰されたトカゲのように、手足を伸ばして倒れている。息さえしづらいだろう。彼の顔に涙が流れているのに気づいた。
「お前、常磐の秘密研究の、その、実験体か何かなのか」
「トキワ? 知らない。ボクは、王だ! 王なんだ!」
「じゃあ、ずっとここに」
「そうだ。この世界の変革は、天啓だったんだ。かつての僕は、クソっ思い出すだけでムカツク。誰も見向きもしないただの人だった。多少、魔導が扱えるだけの」
「このマナの感じ。緑のクラスか」
「ウルサイ! そうやって皆、俺を下衆に扱ったんだ」
少年の目がギラつく/しかし重力の魔導のせいで身動きが取れず。
緑―青―黄―橙―白。その魔導の強さは計測されて戸籍に登録されている。差別なんてするはずがない。差別が
「この世界は天啓ナンダ!」少年がガラガラと声を出した。「世界が変わった瞬間、ボクの中に力が満ちたんダ。マナが! 魔導の力が!」
「それは、マナじゃない。溶けた人格の残渣だ。お前、魔導防御を……」
おそらく使えるはずがない。本来、人格や思考と対になる高次元のエネルギー=マナを抽出することで魔導を発動できる。彼は死んだ人間の怨念/無念の思考からマナを抽出してしまった。
「だから、狂ったのか」
「クルッルッテイナイ! ボクは、僕は王なんだ!」
取り付く島もない。暴れる/身動きができず。しかしその顔は恍惚としていた。聞こえるはずのない死んだ人間の声を聞いている。
「ずいぶん、仲良くなったのね」
カナが応急処置の小箱を抱えて現れた。白い箱に大きく赤い十字が描いてある。ニシは受け取ると、痩躯の少年の脇に膝をついた。
「あれ、怪我の治療をするんじゃないの?」
カートリッジ式の注射器──針ではなく圧力で皮膚の下に薬剤を流し込む最新型──を握って、薬の小瓶をセットする。
「鎮静剤だ。これを挿せば魔導が使えなくなっておとなしくなるだろう」
首元に当てると、注射器の引き金を引いた。
「ちょ、ちょっとまって。薬量の設定が『最大』になってる! 死んじゃうよ」
「5年も潰瘍の中にいたんだ。このぐらいじゃ死なないだろう」
シュッという短い音で薬の小瓶が空になった。さっきまで荒かった呼吸が落ち着く。
「効いた?」
「ああ、たぶん」
しかし、ヴーヴーとまだ唸っている。白目をむいて、眼球だけでニシを追いかけている。
ニシは更に別の小瓶をセットすると、もう一回、薬を打ち込んだ。
「モルヒネだ。これだけ打てば、静かになるだろう」
カナがどきまきしながら少年の顔を覗き込んだ。
痩躯の少年=まるでミイラかゾンビのよう。しかしその寝顔は穏やかだった。
「次は、ニシよ。血が止まってないじゃない」
カナは、破れた袖を引きちぎって生理食塩水で傷口を洗い流す。
「イテテ。もっと、丁寧にしてくれないか」
傷口に止血剤の粉をまいてガーゼを当てるとぐるぐる巻いていった。
「慣れたものだな」
ニシ=感心した。
「常磐の戦闘訓練をちゃんと受けてるの。応急処置ももちろん。あなただって、訓練を受けたら月給が上がるのよ」
「たった500円だろ」
ニシ=拝金主義。コストパフォーマンスを常に重視。
「はい、できた。この人は私が運ぶから無理しないで」
カナは指先でマナの旋律を刻んだ。少年の体がふわりと浮き上がると、カナの数歩先を同じペースで進みだした。
地下鉄の階段から外へ。命のない地獄の潰瘍。しかし以前のように無味乾燥としているだけで敵意は感じなかった。
「よくやった!」
腕組みした大男。場違いな白いスーツに金髪。おもむろにニシに抱きついた。
「イテテテっ! 離れろ」
「なぜだ。勝利の時、人はこうするものだろう」
「お前とはイヤだ」
ニシは強烈なハグから生還した。包帯巻きの腕をかばう。
「じゃあ、その、私と、する?」
カナは照れくさそうに、視線を合わせない。
「あ、いや、こういうのは雰囲気というかノリが大切だから」
しかし、カナはハグした。さっきの大男とは違う、細い体。少し震えていた。
「おいおい、泣くなよ」
たぶん泣いている/顔は見えない。
「泣いてない! でもでも、どうなるかと思った。ただそれだけ」
「ああ」
「一緒にいてくれてよかった」
「ああ、そうだな」
「ニシは、怖くなかったの」
そういえば、怖くなかった。強いて言えば腕が少し痛む。それだけ。
「さあ、どうだろう」否定せず。「俺はただ、必要なことを必要なだけする。過去を振り返らないで、前に向かって歩くだけ。死にかけたかもしれないし、危なかったかもしれない。でも、今はとりあえず、今からすべきことだけをしよう。それでいいじゃないか」
カナは涙ぐんだまま、うなずく。
「カグツチ、ありがとう。助けられたよ」
「うむ」
「もうひとつ、お願いがあるんだ。あの横転したトラックを起こすのと、遺体を集めてほしい」
「願いは2つ、だな。しかし、なぜ死んだ者も集めるのだ? 命は大切。うんわかった。だが命はもうないのだぞ」
「それは、そうなんだが、命とはひとりだけのものじゃない。そして死んでしまっていても、待っている家族がいるはずなんだ」
彼は少し考えた。だが合点がいったように手を叩いた。
「うむ、わかった。お安い御用だ」
「私も、この人をトラックに載せたら手伝うから」
「ああ、さっさとみんなを集めて帰ろう」
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