14-2

「状況を説明する」

 いつもに増して真面目なカナ。筋肉野郎たち&リンも、それをおちょくることなく真顔のまま指示を待つ。

 監視基地の一室=ブリーフィングルーム。コンクリートの打ちっぱなしの壁にLEDの白い光が降ってくる。昼夜を錯覚しそうな明るい部屋。

 ホワイトボードにびっしりと事態の進行が板書してある。カナの几帳面な性格の現れ。

 ニシが入室したときにはすでにピリリとした雰囲気だった。

「5時間前、保安部一課の隊員が潰瘍に調査に入った。で、3時間前の通信がこれ」

 カナはタブレットを片手に、音声ファイルを再生した。bluetoothを通じて天井のスピーカーで再生される。

 ノイズ音。

『現在、ポスト6984を通過。C型怪異4体と遭遇。損害なし。予定通り中心部へ行動中』

 カナが指先でタブレットをなぞって早送りする。

 ノイズ音。声がよく聞こえない。銃声と、それから何かの唸り声。

『交戦中! 敵は想定を上回っている────』

 爆発音。音声はそこで途切れていた。

「現在、隊長からの救難信号ディストレスシグナル を受信中。本社保安部からの命令で、わたしたちは直ちに生存者の救出とF3検体回収の達成を行います」

 険悪な雰囲気。不満げな筋肉たち。仕事を横取りした挙げ句「助けてくれ」というのはに落ちないらしい。

「さすがに、生存は望み薄じゃない? でこちゃん」

 余裕たっぷりのリン。腕組み=横柄な態度のまま。

「アンダーアーマーは、まだバイタルを拾ってる。少なくとも隊長はまだ生きている」

「魔法使いでしょ、あの隊長。やられたってことは、“デーモン”の仕業だと」

魔導士・・・の隊長ははデーモンの痕跡を追求していた。だから、そう考えるのが自然ね」

「明らかに罠だろう。敵は知性がある。戦略を考える怪異なんだろう?」=ケン。

「魔法使いな隊長さんには申し訳ないっすけど、作戦を練り直したほうがいいっす」

 ジュンも、もっともらしい意見を言う。他の筋肉たちも、そうだそうだと同調する。

「それは、問題の先送りよ」

 リンがピシャリ。

「ええ、私も同意見」めずらしく息が合う。「そこで、魔導士のみで作戦を行います」

 筋肉隊員たちがごそごそと隣同士で話し始めた。そして視線がニシに集まる。

「俺だけ?」

「いいえ、私も行きます」

 ガヤガヤが更に大きくなる。

「確かに、それはうちらの最大戦力だけれど、本当にいいの、でこちゃん」

 リン=あくまで冷静に/プロ意識。

「もし失敗したら魔導災害特務部隊M66隊に願いしてください。コネ、あるんでしょ」

「ふーん、あっそ。わかった」

 リン=結託/女の勘。

「ニシ。あの、ごめんなさい」カナ=急にしおらしくなった。「かなり危険なことになりそう」

「問題ない。きちんと危険手当、でるんだろ」

「え、ええ、もちろん」

「それに我もついておる!」

 ビクッとした/突然背後に金髪の大男が立っていた。

「では、3名で作戦を遂行します。開始は二一〇〇フタヒトマルマル。第一ゲートより侵入します。隊員は全員、最大級の警戒のもと各ゲートにて待機。自治体への連絡は広瀬所長が対応します」

「了解!」

 筋肉たちの唸りで空気が震える。ドタバタと駆け足で、筋肉達は自分たちの強化外骨格と武器を取りに走った。ニシはそれとは反対方向の更衣室へ。

 戦闘兼作業服に着替える/私物をロッカーにしまう/一瞬だけスマホの中の子どもたちの写真を見た。

「不安なのか」

 金髪の大男がロッカーにもたれかかっている。

「まさか」

 ロッカーをぱたん、とで閉めた。

「それでいい。さあ行こう」

「デーモン。この敵のこと、どんな敵なんだ? どうせ教えてくれないのは分かっている。でも、ヒントくらいあってもいいんじゃないのか」

「それは、おもしろくない。かつて会った戦士はもっといさぎよ かったぞ」

 またしても神代のストーリーを引き合いに出された。

「負けられないからだ。俺の命は俺一人のものじゃないと言ったのはあんただろう」

 彼はしばし考えた。

「うむ、そうだな。そうだった。では、教えよう。我もわからん」

「だからっ」

「嘘ではない。時間軸とは無限の可能性を秘めておる。我の見た未来は、お前がたどる未来というわけでもないのだ。今ここで、右足を出すか左足を出すかでも、未来が変わる。時間軸とはそういうものだし、未来のことを教えることは何の意味もない」

 ぼんやりとした言葉。しかし彼なりに人間の理解できる言葉を選んだらしい。

「俺は、強いのか」

「我がおれば、最強だろう」

 彼はニカッと笑った。最強の座を譲らず=そして人間臭く拳を突き合わせた。

 監視基地の外はすでに騒然としていた。サーチライトがゲート周辺を照らしている。強化外骨格を着た隊員たちがあたりを走り回っている。

 多目的輸送車ハンヴィーのとなりで、一回り小さい四輪バギーが暖気状態で待っていた。珍しいレシプロエンジン/マナによる誤作動を防ぐため/魔導セルの電気式より高価な備品。

 2人が並んで座れるタイプで、後ろに大きな荷台も付いている。

 カナは四輪バギーの運転席に寄りかかって待っていた。

「行くわよ。私が運転するから、乗って」

多目的輸送車ハンヴィーで行かないのか」

「道路の瓦礫が多くなっているの。いちいち数十トンのコンクリートを持ち上げて通るの、面倒でしょ。四輪バギーなら小回りが効くから」

「……わかった」

「大丈夫よ。こう見えて運転の練習はしてるから」

 カナは運転席に乗り込んだ。バックミラーをこまめに調整=律儀な性格。

「我は、ここだな」

 白スーツの大男は四輪バギーの荷台に飛び乗る/サスペンションが大きく沈んだ。まるで人間の真似をするゴリラのよう。テレビで見たことがある。

 最高位の魔導士×2+自称・神×1=最強の布陣。

「ニシっ」

 背後でリンの声/軍人らしい大きい声。

 リンは強化外骨格を自立モードに=外殻を脱ぎ捨てて駆け寄ってきた。そのままニシに抱きついた。細い腕/意外と筋力がある。

「どうしたんだ」

「その、あの、いなくなっちゃいそう・・・・・・・・・・ で。だから」

 柄にもなく涙声。

「そんなこと、縁起でもない。必ず戻ってくるから、さ」

 リンはポスポスとニシを叩いた。

「死亡フラグみたいな約束、やめてよ」

「じゃあ、別の言い方で」思考を巡らす。「負ける気がしない」

「う゛ぅぅ」

 リンのボーイッシュな髪をワシャワシャとなでた。意外と細い髪。

また・・人が死ぬの嫌なの」

 どういう意味だ? 気丈なはずのリンが普段と打って変わって打ちひしがれている。

「わかってる。かならず勝つ」

 リンをやや強引に引き離す。嗚咽と涙でぐしゃぐしゃ=どう声をかけたら効果的かわからず。

 ほら、と言って強化外骨格に押し込んで自分の小隊に合流させた。

「情熱的だ。それが人間の美しさだ。学びがひとつ増えた」

 荷台でひとり感動するゴリラ/自称・神。

「ほら、早くシートベルト」

 カナがぶっきらぼうに言った。

「怒ってる?」

 ニシは4輪バギーのシートに座った/かなり硬い。あまり快適なドライブじゃなさそう。

「別に。彼女にも“いろいろ”あったのよ」

 カナ=管理職。詳細を聞けず/聞きたいとも思えず。

「勝とう」

 そう言うので精一杯だった。

「ええ。中に入ったらナビゲートをお願い。監視ポストが壊されているから、目視で番号を確認してルートを確認しないと」

 はい、とタブレットを渡される/軍用のポリカーボネートのケース入り。破壊された後の市街の地図と、点在する監視ポストを示す点が表示されている。

「わかった」

「出発まで後少し。第二、第三ゲートの自動迎撃システムCIWSが敵を陽動しているところ」

 あくまで業務的な口調。緊張とはやや違う緊張した面持ちだった。

「ほう、面白い」荷台の大男が運転席を覗き込んだ「人の嫉妬というやつか」

「ち、違います!」カナの顔が赤くなった。「あのちびっこ隊長とデキてたなんて」

 消えそうな小さい声。

「どうして、そうなる? そんなわけないじゃないか。まったく」

「なによなによ! あんなに抱きついちゃって」

「別に俺がしたわけじゃない」

 そっぽを向く2人。荷台の大男は上から2人を見下ろした。

「おもしろい」

 ブルブルと四輪バギーの音だけが聞こえる。

「約束、そういえばポテトサラダをもってくるの忘れた」

「えっ?」

「昼間に約束しただろ。仕事が終わったら、食べに行こう」

「うん」

「俺は、誰かとデキるってことはない。子どもたちのために戦うだけなんだ」

「そう、そうよね」

 しかし、カナは笑ってくれた。

『こちら管制。ゲート周辺の怪異の排除完了しました』無線機から聞き慣れない声/たぶん本部からの応援要員。『潰瘍への侵入を許可します』

「さあ!」

「よし、行こう」

 発進/爆進。観音開きのゲートが開かれて潰瘍の中に飛び込んだ。

 赤く暗い空、淀んだ空気。5年前の魔導災害で崩壊したときのままの町並み/旧東京都大田区。

「ポスト5492確認。このまま直進」

 半壊した監視ポストに刻まれた番号から現在位置を照合=ナビゲートする。瓦礫を避けながら進む。

「交差点を左折、5秒前……今」

 鋭角に交差点を曲がる=四輪バギーの機動力/倒れた信号機が頭上をかすめた。

「正面、敵5。B型怪異だ」

 ニシの索敵。

「ハンドルは任せたわよ!」

 カナは言うと同時に身を乗り出す/アクセルを踏んだまま、指で空を切る。

 光った。光速で魔導が飛来。高出力レーザーが怪異を焼き切った。

「オーケーどうも」

「強いんだな」

「そりゃ、白環ですもの」

 カナはGPSデバイスを掲げてみせた/しかし額には汗。

 慣れない戦闘のせいでかなり無理している。しかしニシは口に出さず/無理でも押し通らなければならず。

「約5分直進、市街地を通ろう。首都高は崩落していなけど、敵の待ち伏せがあるかもしれない」

「了解、ナビお願い」

 小刻みなハンドルさばきで、瓦礫/廃車/A型怪異を避けて通る。

「右折まで、5、4、3、2、1、今!」

 急旋回。Gを感じた。怪異を避ける/跳ね飛ばす。

「広い道ね」

「旧1号線。昔はたくさん、人も車も電車も、走ってた」

「ふうん。実は私、新東京へはよく行くけど、昔の東京は来たことがなかったのよね」

「一度も?」

「ええ」

 カナ=あっさりと/九州出身。

「俺は、あの時は新宿にいたんだ」

「そう、それは大変だったわね」

「ああ。潰瘍発生のほぼ中心部だった。そこから5kmほど、モモの手を引っ張りながら歩いた。ぐしゃぐしゃの死体と、怪異だらけの街の中を。行方不明の部隊の救難信号も、その中心部からだ。これは四ツ谷あたりか」

 もしかしたら怪異発生の原因と何か関係があるのだろうか。勘ぐっているとカナと目があった。

「それはないと思うわ」

「俺は何も言ってないだろ」

「顔に書いてあるのよ。わかりやすい。でも秘密にしたいわけじゃないの、私も。常磐は潰瘍の発生原因までは突き止められていないみたいだし。少なくとも私は知る権限がないっていうのもあるけど」

「じゃあ、この事件も何か関係が──4589ポスト確認。11時方向の路地に──常磐の秘密を知りすぎるってことにならないか」

「さあ。でもそれはないんじゃないかな。本社の保安部もこの救出作戦に同行するの渋ってたし、秘密が隠されていることは無さそう。本社はむしろ人と同じ思考ができる怪異に興味津々って感じ」

「デーモンを捕獲できると思うか」

「まずは、先遣部隊の残したケージを回収しないとなんとも言えないわね。怪異を捕らえておける魔導陣なんて、私作れないわよ」

 ニシもうなずいて同意した。

 タブレットに統合された情報=信号の発信源の点滅を長押しする。生存者/保安部一課隊長の生命反応。心拍数とパルスのグラフ。

「一応生きているが、ずいぶん弱ってる」

「あとどのぐらいで着きそう?」

「15分ぐらいだけど、すこし近道をしよう。次の角を左に。赤坂御所を横切る。そうすれば目的地だ」

「オーケー」

 かつての都会の中の緑地/今は岩が転がっているだけの地面。潰瘍の発生で木々も水もすべて消失してしまった。

 丘/かつての池を乗り越えて車内が激しく揺れる。荷台の大男は笑っているようだった。

 カナがアクセルを踏み込む/四輪バギーはわずかに飛翔そして着地。ニシは舌を噛まないよう歯を食いしばる。

「うひょっ、楽しい!」

 今日一番のカナの笑顔/意外とアグレッシブな一面。


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 救難信号は、かつての駅前の大きな交差点からだった。地面には真新しい弾痕、迫撃弾で焦げた地面、そして横たわった六輪駆動の軍用トラック。

「ここで戦ったみたいね」

「隊長の姿はない。先に檻を確認してくる」

 ニシは四輪バギーを降りて軍用トラックに近づいた。アスファルトが全て吹き飛んで小さいクレーターがあった。魔導攻撃によるもの。おそらくこのせいでトラックが横転した。

 荷台には、予備の武器/通信機/応急処置キット/即死したと思われる死体がひとつ。

ケージがあったぞ。特に損傷はないみたいだ」

 手をかざすと、エンチャントの魔導陣を感じた。

 その時にわかにマナの波を感じた=ひときわ巨大なうねり。

「カナ! あぶないっ」

 振り返った先で衝撃波=空気が歪む/四輪バギーがひしゃげる/地面のアスファルトごと宙に舞い上がる。

 カナ=無事だった。カグツチがカナを抱えて寸前のところで逃げ出せた。

 衝撃波は魔導ではなかった。魔導で電車の車両が1台分、飛んできた。グシャグシャになりながら幾度も回転して潰瘍の薄暗闇の奥へ消えた。

 敵。

 身構えた。声なき声の詠唱。魔導防御/身体強化=鮮やかな緑の輝きが体を包む。手には無骨なマチェット=召喚魔導。

 敵。

 探すことなくあちらから現れた。そこにいた。かつての地下鉄駅から、歩いて出てきた。

「待っていたよ。待ちくたびれた」

 冷たい声=怪異ではなかった。

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