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 多摩川の西岸、更地のになった住宅地の横に建つ木造のアパート、だった自宅。オジサンの所有物件の一つ。

 潰瘍と同時に溢れ出た怪異によって街は壊され多くの人が死んだ。そのせいで、このあたりは廃棄され更地になって、「売地」の立て札が刺さっている。その連絡先の不動産屋も、まだ営業しているか怪しい。あまりにも潰瘍が近いので復興がまだ進んでいない。

 家の前に黒い高級セダンが止まっている。バイクを停めると、中から田中とサナが降りてきた。約束の5時ピッタリ。

「どこか、寄ってきたのか」

 田中のハスキーな声。ジャケットのボタンは留めてあるので、拳銃は飛び出そうにない。

「ええ、買い物を」

 バイクのリアシートに、魔導の紐で固定されたレジ袋を指す。詠唱なしの魔導で紐を解く。念動力でレジ袋がニシの横の空中を漂う。

「器用なものだ。そこまで繊細な術は使ったことがない」

 そういえば、この人の魔導をまだ見たことがない。

「田中さんにも教えましょうか。そこまで複雑な術式じゃないです」

「私は、もっと派手な方が好きだ。爆発するような」

 うん、この人はそういう性格だと思う。

 もうすでに薄暗くなってきたのに、田中はサングラスを外さない。本当に見えているんだろうか。

「ここからでも、見えるんだな、潰瘍」

 田中が指差す先、落ちる夕日とは反対側のかつての東京を覆う潰瘍。天高くまで覆うそれは、血のように赤い、仄かな光を放っていた。

「なにか、潰瘍に思い出が?」

「無い者は、いないだろう。私は、当時練馬にいたからな。と、私のことはどうでもいい。この子のことだ。服や学校で使うものは買ってきた。大きい荷物は明日、届く」

「わかりました」

「学校の転入手続きは、保護者が必要だから、明日、出向いてほしい。これが詳細だ」

 トランクがひとりでに開いて、ダンボールやらアパレルの袋が中に浮かんだ=田中の魔導。田中は表情一つ変えることなく、クリアファイルを差し出した。近所の中学校の入学書類、あと半ば偽造された住民票、印鑑などが入っている。

「完璧だな」

「滞りなく完璧に、が私のモットーだ」

 サングラスの顔がこちらを向く。たぶん、見られてる。

 田中は直立不動のまま、ニシとサナが家に入るまで動かないようだ。

「見た目は古いアパートだけど、ちゃんと住めるように改築してあるから大丈夫だ」

「はい」

 門柱には6人分の名前、庭は割れた陶器や焦げた地面、屋根付きの駐輪場にはバイクと子どもたちの自転車が5台。

「自転車は、買った?」

「はい、明日届くらしいです」

 乗り方は覚えているらしい。

 この年頃の女の子は扱いが難しい、と覚悟していた。どのみち来年には中学生になる子がいるから。口数が少ないか、反抗するか、のどちらか。とはいえ、まずは一回り年上の自分が気丈に振る舞って打ち解けないといけない。トラウマのある子なら、大変だったが育てた経験がある。ただ、記憶喪失となると扱いが難しい。

「そうだ、みんなに会う前に簡単に説明しておこう」

「はい」

「皆、孤児だ。いやというべきか。5年前の潰瘍発生と、その後の魔導災害で家族を失った。普通なら福祉施設に入るものなんだが、当時は色々と混乱しててね。その上、魔導士への風当たりも強くなった。だからあのオジサンのツテでこうして一緒に住んでいる。基本的な魔導が扱えるよう、訓練はしている」

 庭に散乱した陶器の破片や焦げた地面を指差した。

「はい」

「サナも、魔導を使いこなしたければ教えてあげるよ」

 返事はなかった。無理もない。記憶がなくなった上に途方も無い力を使いたいか、と言われているのだから。

 古いガラス戸の奥から子どもたちの声が聞こえた。日常。いつもの夕方。玄関で脱ぎ散らかった靴を、詠唱なしの魔導で浮かばせ、並べた。

「ただいま。靴は揃えて、っていつも言ってるだろう」

 玄関の先は広いリビングとキッチン&ダイニング。やや時代遅れな壁紙や床のデザインはオジサンのせい。床に投げ出されたランドセルと、はみ出しかけている教科書&ノート。ソファやテーブルの上には流行りのポータブルゲーム機。去年のサンタクロース=オジサンのプレゼント。孫がいないせいでこちらに奮発してくれる。

「おかえり」「おーかえり」「おかえりっ!」「おかえりー」「ただいまー」

バラバラな声が5個。

 2人はリビングでゲームしている。さらに2人は奥の浴室からびしょ濡れのまま飛び出した。

「もー体を拭きなさーい! ユメとヨシコもゲームを止めなさい!次、早くお風呂に入る!」

 一番年長の声=母親役のモモ。

「晩ごはんなにー?」

 意に介さない悪ガキ2人。無反応な2人。

「ちょっと、みんないいか。大事な話がある」

 キョトンとする4人と、タオルを持ったままのモモ。

「突然で悪いんだが、今日から、1人、家族が増える」

「あの、はじめまして、みんな。サナです」

 子どもたちは、じぃっとサナを見た。子どもながら、どう対処するか思案している様子。でも目はキラキラしている。

「うおーすげー」

 子どもたち唯一の男の子が反応する。ゲームを放り出してサナに近寄る。隣りにいた女の子もあとに続く。ビショビショの女の子2人も、肌着を急いで来て、サナに近寄った。

「すごーい、おねーちゃんだ」「ねえねえ、この人も魔導が使えるの?」「おねーちゃん、モモより年上?」「いっしょにお風呂はいろー」

 ほぼ同時の弾幕。

「はい、整列」

 ニシが手を叩くと、慣れたように小さい順で並んだ。来客にはいつもこうして紹介している。

「小さい方から、ハナ、カヅキ、ユメ、ヨシコ。で、その後ろがモモ」

 各々が、よろしく―と合わない声を出した。ひとまずファーストコンタクトは成功。

 しかし、子どもたちの後ろで、モモは、笑っているけどどこか冷めていた。一番長く暮らしているせいか、心の機微はすぐわかる。

「みんな、先にお風呂と宿題すませな。晩ごはんはハンバーグだぞ」

 今日一番の歓声が上がった。

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