第22話
え、というか何で?
燐音の前職は何処にでも有るシステム開発事業であり、そこに迷宮産業が介在する要素はない。……筈である。
ただ、単なる同名企業である可能性は無かった。
だってコイツ……社長じゃね?
なんかいかにも雇われですよ〜って空気を出して近づいて来たが、燐音はその面構えに見覚えが有るのである。
前世において、同年代ながら一代で三桁の従業員を抱える企業を従えた人生の成功者。ただ名前は岡田じゃなかったような気がするし、歳も一個上だった気もするが、そのムカつく位イケメンな面構えは前世においても健在だったので細かいプロフィールの方を誤認していると考えたほうが自然だろう。
なんだかんだもう十年以上前の事だし、そこまでバッチリ覚えてる訳じゃないし。
「で、なんか用?」
「いやいや、入学初日だぞ。普通に仲良くしようぜってだけだよ」
「マジかよコミュ力おばけじゃん、逃げなきゃ」
「何でだよ」
その後暫く雑談を重ね、社長であることに確信を持ったところで、話しかけた理由を尋ねる。
「てか何で俺? プレートの通り、テレビの中の人とは別人な訳だけど選考基準は?」
「敵に回したらヤバそう」
「それは友達の選考基準として適切ではない。てかヤバくねーよ」
安心安全の世良燐音君だぞ。
誠に如何なので、自分が如何に安全か懇切丁寧なプレゼンを始めた燐音だったが、岡田にはイマイチ響いていない感じで納得が行かなかった。
これはもう最終手段しかないと紐を括り付けた五円玉を取り出そうと鞄に手を突っ込むも、それが太陽の光を浴びることはなかった。
「テメェは……世良燐音ェ!」
「お、お前は……!?」
突然の大声、反射的にそちらを見ると見覚えはあるものの顔見知りにはなりたくなかった顔があった。
「ドン・ランジェリー!?」
「どっ……ドン・ランジェリー!?」
燐音は余りに想定外の人物に驚き、岡田はそのあんまりにあんまりな名前に驚いて声を上げる。
「誰がドン・ランジェリーだ!」
そして、そう呼ばれることを当然のように是としないドン・ランジェリーが顔を真赤にして叫ぶ。
「馬鹿な……お前は俺がブタ箱に打ち込んだ筈だ!」
「は?」
「諸々余罪込みで最低10年は出れねぇようにしたのに何故ここに!?」
岡田含め、何故か現在教室に居た生徒全員からヤベーやつを見る目で見られつつ、燐音は絶叫した。
「俺は……それの弟だ! テメェが兄貴を嵌めたせいで俺と母さんがどんな目に有ったと思ってやがる!」
「あ、本人じゃないのか。でも逆恨みもいいとこだろ。犯罪者の家族に累が及ぶからって犯罪者放置する理由にならねーよ」
「話について行けねぇ……これってこんな大声で話してていい事か……?」
「ゆーてうちの中学で部活の後輩に下着ドロさせてた下着泥の元締めを俺が諸々の証拠を集めて豚箱にぶちこんだだけやぞ」
この場で詳細を尋ねるのはデリカシーに欠けると言わざるを得ないが、そもそも初手の始めましてから言い難かったので、そもそもそのへんの機微は搭載されていないのだろう。
何の躊躇いもなくゲロる燐音も燐音だが。
そして、ただ打ち込んだだけだとすぐ出てくる可能性があるので色々冤罪もトッピングしたりしているので端的に言って燐音もクズである。
例えば、薬物使用だけだったものに売買の証拠をトッピングするとか、余罪に対してより罪が重くなる形に仕立て上げていた。尚、手法はトップシークレット。
「で? そのドン・ランジェリーが何でこんなとこにいんの? セリフ的に報復?」
わたしは一向に構わんと言わんばかりに自然体の燐音はしかし、その目に冷酷な色を帯びる。別にその家族に恨みが有るわけではないから放置したが、復讐してくるならその限りではない。
そもそも燐音は自分に実害が無ければ首を突っ込まないのだ。
というか、首を突っ込まなくても向こうから突っ込んでくるので自分から介入する余裕なんて何処にもないので正義感とかそういう系の感情で行動に移したりとかはしない。
なので燐音が動いた理由は単純明快、岡田と違い、燐音をヤベー奴と認識することなくカモとして扱い、燐音含む複数人の剣道部員を標的とされたからである。
まあ燐音が女子部員から酷い目に合わされているのは部外でも生徒間では結構有名な話で、その報復活動にもなるというのが誘い文句であったが、残念ながら燐音の報復は基本『目には目を、歯には歯ををやられる前にやる』であり、盤外戦術で汚い手を使って勝ちを収めるならまだしも、全く別の事象で攻撃するのは解釈違いだった為、燐音の心は欠片も揺るがず、にっこり笑顔で『はいはい』言いながら、その三日後には然るべき対処を取り終えていた。
その日、購買ダッシュしていた燐音が見たのは警察に拘束され、大声で叫びながら連行されていくドン・ランジェリーであった。
周囲で野次馬の生徒達がそれを遠目に眺めており、無関係な人間はそれを見世物の様に、関係者はゴミを見る目だったり、ホッとしていたり、次は自分かと怯えたりと反応は様々だったが、罪状が罪状だけにドン・ランジェリーを憐れむような視線を向ける人間は一人も居なかった。
まあ下着泥を擁護する理屈とかある訳もないのだが。
なお余談だが、物的証拠は全く残していないのに何故か剣道部員からはドン・ランジェリーが逮捕されたのは燐音の手によるものだと普通に即バレした。
曰く、『計画通り』とニヤケ面を晒していたらしい。
そのせいで、ドン・ランジェリー事件は燐音の手によって収束させられたというのは知ってるやつは知ってる程度に周知され、燐音は隠蔽を諦めた。
まあ兎にも角にも、燐音からすると何時も通りの日常に置いてポップした敵キャラが偶々目の前にいる男の兄貴だったに過ぎないのだ。
自己紹介されても、燐音の行動のせいで割りを食ったと言われても知らんがなとしか言わないし、思わない。
一応、分別として『知らんがな』といえるような相手にしか外道働きはしていないので。
「ちげぇわ。兄貴とテメェのせいで引っ越しする羽目になり、推薦も取り消されて、それでも一般受験でこの学校に、冒険者見習いとして入学してみせたぞ! どうだ!」
「……えっと。凄いね?」
なにやら自慢げにどうだと言われた燐音だが、訳が分からな過ぎて毒気を抜かれてしまい、臨戦態勢が解かれる。
冒険者は燐音がそうであるように、客寄せパンダの役割も担っている。故に一般入学のおりには、かなり厳しい面接などもあるらしいので、身内に恥がある状態で入学にこぎ着けられる時点でかなり優秀なのだろう。
※尚、普通に入学できるだけでも100%燐音より学力が高い。
「そうだ! 俺はすげぇ! だから俺はお前なんかにゃ負けねぇ!」
「う、うん」
「アイドルだか声優だか冒険者だかよくわかんねぇが実力でテメェより上だってわからせてやる!」
「想定の100倍位健全なんだけど……」
後、アイドルでも声優でもない。
「……で?」
結局彼が何の為にこの大立ち回りをした理由が燐音には分からない。
流石に岡田みたくフレンズになるために声を掛けて来た訳では無いことは分かるが。
「で!? ……それだけだ!」
「それだけなの!?」
何しに来たんだお前は!?
ドン・ランジェリーは言いたいことを言って満足したのかドヤ顔で教室を出て……いかず、廊下側一番後ろの席に座った。
……そうだよね、冒険者志望なら同じクラスだよね。
「……」
「……」
残された側は突如出現した謎存在に遮られた話題を再開出来ずに沈黙する。『で、なんの話だったっけ?』とか切り出せず、そのまま解散になりそうな空気の中で燐音がポツリと呟く。
「あれ、そういえば仮称ドン・ランジェリーの名前は……?」
「……アイツの兄貴と浅からぬ縁があるんじゃねないのか? 名字は一緒だろ?」
「岡田は今までにブタ箱に打ち込んだ犯罪者の名前を覚えてるのか?」
「そもそもブチ込んだ経験が一回も無いんだよなぁ……」
「一回も無いとか流石にフカし過ぎだろ。人生舐めてんの?」
燐音は表面上キレて、内心涙しながらガンを飛ばす。
……そうだよね、普通ないよね。
「……そんなに犯罪に巻き込まれてんの? まだ10代半ばの学生が?」
「…………三桁には達してない、筈? 確か。きっと」
「マジカヨ」
誤認拉致、誤認誘拐、誤認殺人未遂は日常茶飯事やぞ。
「長期連載の名探偵よりは事件に巻き込まれてないよ」
「比較対象が時系列超次元漫画……!」
結局、ドン・ランジェリーの名前を思い出すことは叶わず、聞きに行くのは岡田含めて嫌だということで、ドンでもランジェリーでもない彼のことは『ジェリー』と仮称する事が燐音と岡田の中で決まった。
彼らは知らない。無駄に大立ち回りをしてしまったせいで周囲には聞き耳を立てていた奴らが居たことを。
そして、そんな奴らからもジェリーと呼ばれることになる男がクリエイトされてしまった事を。
◆
登校前から集合に掛けて色々あった割に、入学式は恙無く終了した。
こういった式典はどこも一緒のようで、代表挨拶やら校歌斉唱やらを行い、何事もなく、強いて言うなら冒険者学部生ということで好奇の視線を向けられた位で平和そのものに式は終了した。
今日はこの後のミーティングで自己紹介とかしたら終了予定である。
そして、燐音にとっては今日の本番はこれからと言って良い。
迷宮探索。いよいよ冒険者としての一歩を踏み出すのだ。
「なあなあ世良」
「今授業中だぞ」
横の席から声を小声で声を掛けられ、燐音も小声で返す。
「今のセンコーの話が終わったら多分自己紹介だろ? お前なんていうか考えて来たか?」
「えぇ……別に何も考えてないけど、岡田はなんかインパクトあるやつ考えてんの?」
「いや別になんも考えてないけど」
「何だ貴様」
じゃあ俺にもそんなんある訳ねーってわかれよ。こちとら自己紹介で四苦八苦する精神性は前世において来てるんだよ。
とか、そんな不満をありありと表情に浮かべながら、燐音は言葉を続ける。
「じゃあ岡田は「オレサマ オマエ マルカジリ!」って言え。俺は「オレサマハ セラリンネ コンゴトモ ヨロシク……」って言うから」
「それ俺だけ仲魔つくるの失敗するじゃん」
「大丈夫だろ、お前はマルカジリする側だ」
「何も大丈夫ではない」
なんでや。ターンは回ってくるしアイテムとかHPとか散々毟り取ってるだろうから良い事尽くめやろがい。
「てかこの場でそんなふざけた事言ったら絶対浮くだろ」
「分からないぞ? 例えばあのザ・委員長って風貌の女子が初手真面目に狂った事いうかもしれんやろ」
席順的に、恐らくは一番最初に自己紹介することになるであろう黒髪三つ編み眼鏡美少女に視線をやりながら燐音は適当ぶっこいていた。
「なわけねー……むしろ俺等が『ふざけないでください』とか言われそうじゃね?」
なんでふざけるのは確定してるんですかね。
「じゃああの女子がふざけたら岡田はマルカジリな」
「じゃあふざけなかったら世良がマルカジリだぞ?」
それふざけた奴が単体になる分俺の方がダメージデカいじゃん。
だが、燐音がそんな弁解をする間も無く、教師の口から自己紹介のワードが出て、自己紹介タイムが始まってしまった。
「それじゃあ伊院から自己紹介をしてくれ」
「はい」
そんな教師の言葉と女子生徒の相槌を、ゴングに恵まれた岡田がにやけたツラで見ていた。勝利を確信し、燐音がマルカジリ実行するのを高みの見物する気満々だ。
だが往々にして、そういう奴に勝利の女神は微笑まないものである。
「私は
「……」
「……」
「……そ、そうか。み、皆拍手ー」
パチパチパチ、と疎らな拍手が伊院に送られ、伊院は会釈の後着席する。
クラス内が困惑する最中で、岡田があんぐりと口をひらき、燐音が「ブラボー!」と叫ばんばかりに拍手する。
勝敗はつまり、そういうことだった。
――――――
【あとがき】
岡田「オレサマ オマエ マルカジリ!」
世良「オレサマハ セラリンネ コンゴトモ ヨロシク……」
伊院「ふざけないでください」
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