第6話 アイドルデビューした方が大成した男
時が回れば必ず訪れるのが誕生日である。
そう、今日は燐音がエレインと出会って二度目の彼女のバースデーである。
尚、燐音のバースデーはカットである。
燐音の誕生日は12月24日のクリスマス・イブ。エレインは有言実行とばかりに、ドレスコードが要求されるような店の高級ディナーに燐音を招待し、辞退に失敗した燐音は値段のついていないメニューから目を逸しながらコースメニューに舌鼓を打ち、料理漫画みたいなリアクションを取る羽目となった。
本来であれば、その後の予定も盛りだくさんだったらしいが、楽しかったのはそこまでだった。
店のあったホテルがホテルジャックに会ったのである。
しかもかなり過激な集団で、野生の勘で異変を察知した燐音がエレインと共にホールドアップを逃れてしまったせいで否応なくどうにかしなければならない義務が発生(この場合の義務とは、生物的生存欲求に基づく行動と定義したものとする。)し、ハリウット映画一本分はガンアクション(尚、主人公の武装は
この映画のラストとしてピックアップするなら、エレインが縁の焦げたプレゼントを燐音に渡し、「やれやれ……とんだ誕生日だ……」と燐音が呟いたシーンになるだろう。
まあ前述の通り、全カットなのだが。ひどい事件だったね……。
それは兎も角、愛すべき友人、エレインちゃん誕生祭である。
とはいえ、第二回はサプライズパーティではない。今年は抜かり無く当日にエレインの予定を開けてもらっており、サプライズ性は捨てているのだ。
いや、事が終わり次第パーティもやるが、話の本筋はそこにないのだ。
まず、事の始まりとして燐音は困ったのだ。
エレインに送る誕生日が全く思い浮かばなかったのである。
二回連続ぬいぐるみでは芸がないが、じゃあ何を送る? と考えた時、燐音にその手の引き出しが全く無いことに気が付いた。転生してるのに。
アクセサリー? 服? 香水? そっち方面は本人が結構拘りを持っておめかししているのを知っている身としては安易に選べる選択肢にないし、当然だが遺物なんかは多少金儲けが順調であっても手の出せる価格帯では無い。
因みにさらりと記述したが、金儲けは順調だった。
コミニュケーションツールで一本当てて順調にユーザーを増やしており、資金面で言えば前回より余程余裕ががある。時間に関しては変わらず無いに等しいのだが。
部活に関しては相変わらずである。前世よりも明らかに肉付きがよくなり、筋肉の付きづらい中学生の身の上で腹筋もしっかりシックスパットに割れる位苛め抜かれ、毎日吐くまで走っているが件の鬼と対峙すれば黒星ばかりが増えていく。
後輩からは『人柱先輩』と親しまれ、先輩からはやたらと可愛らしいコケシを手渡され、あまつさえそっくりなどと揶揄され、『コケシちゃん』と呼ばれるようになった。バカにしてんのか。
尚、同期からは燐音が受領していないのに『副部長』と呼ばれている。何故って? 次期部長を内定しているのが浅沙凛桜であるという情報を開示するので察して欲しい。
話が逸れたが、プレゼントどうする問題である。
ここで燐音は天啓を得た。
そもそも、物心ついた11歳位の女の子ならば、誕生日に自分の欲しいものは自分でねだるだろうと。
そう、初めから自分で考える必要なんて無い、本人に聞けばよかったのだ。
祝うのが二度目となると、サプライズ性は薄れるし、クオリティを上げる方向性で行くべき。燐音の行動方針は決まった。
「なにが……欲しい? うーん、私も物欲が多い方ではないし、特にこれが欲しいっていうのはないかな。燐音がくれるものなら何でも嬉しいよ」
だが一番困る答えが返ってきた。
二番手の「夕飯何が良い?」からの「なんでもいい」はまだ料理っていうジャンル内の範疇で収まるが、プレゼントは完全に判断材料がゼロである。
最早これまで、そう断じる寸前に燐音の脳裏に閃光が走る。
「じゃあ一緒に買いに行こうぜ!」
二人揃って分からない? じゃあ二人で買いに行けば良いじゃない!
ということで、そういう事になった。
ただ、これはこれでとある問題があった。
決行日、7月7日は部活をサボるので、目撃されると拙い。
今迄は部活をサボっても家から出たりする事は無かったので問題なかったのだが、外に出るとなると今迄確固たる証拠は掴ませなかったサボりの証拠写真が出る可能性が高い。
そして証拠を掴まれた場合、燐音は講習の時すら休むことが難しくなる可能性が出てくる。地獄の鬼が講習時の公欠をよく思っていないのは明らかだからだ。
横を歩くのがエレインというのもこの場合はマイナスに働く。
あの歩くヴィーナス像は、存在するだけで目を引くので、その横を歩くやつが居たら当然目立つだろう。こうなってくると、横を歩く奴が視界に止まりやすくなるのは必然で、目的から言って人混みの中に突入するのは確定している。
とすれば抜本的対策が必要になってくる訳で、燐音は一つの結論を出した。
変装……だな。
実は燐音は女装に関して言えばそこそこ経験があった。
親族同士の集まりで披露する宴会芸用に、母親と『ドッペルゲンガーパントマイム』を行う為、化粧とか母の動きのトレスは済ませてあるのでクオリティは折り紙付きだ。
尚、同じ理由で母親は男装を極めている。
声変わりで多少声が低くなってはしまったが、声帯模写は生前の演劇部でふざけて練習し、職場で宴会芸にしていたので女声位なら手慣れたものだ。
だが、女装男子と外を歩きたくないと言われてしまえばそれまでなので、選択肢を増やす意味でエレインのお父さんに扮するのも考えた。
年齢、国籍をメイクで偽装し、スーツとか着てダンディなオジサマに化ければ溢れ出るダンディズム(自称)は転生者たる燐音には元から備わっているものだ。伊達に年を食っていない。
というわけで、燐音はエレインにどっちが良いか聞いてみたのだが……。
「父親で」
即答だった。少しも迷わなかったことから、燐音は女装した自分との歩きたくなさが天元突破してるんだなぁとか思った。燐音にも職人としてのプライドがあるので今度女装して母親と共に『どっちが燐音でしょうかゲーム』をすることが確定した。
◆
当日、燐音は鏡に映る自分を前に完璧さに自画自賛するが如く頷いた。
顔の日本人形っぽさを西洋人形っぽくする所から初めて、金髪のカツラ、碧眼のカラコン。それに海外ブランドのスーツを身にまとい、底の厚い靴で背丈を増強。
この姿を見て一発で燐音と判断出来る奴はいない、なにせ先程、たまたま休みだった父親に偶然を装って見せに行ったら母親の浮気相手と間違われてエライことになった。それに不貞を疑われた母親がキレて障害物有りのプロレス(比喩無し)が開催され、リビングのレイアウトと父親の背骨は死んだ。
開始前からトラブルに見舞われて幸先悪いが、燐音にとってはこの程度の幸先の悪さは日常茶飯事なので気にしない。伊達に死因が人違いだったりしないのだ。
駅前で待ち合わせても良かったのだが、万が一にもエレインがナンパされて誕生日に不愉快になる可能性は避けたかったので彼女が宿泊中のホテルにお出迎えである。
街で声を掛けられて不愉快だった愚痴を聞かされていたし、そもそも彼女は今日11歳になった女の子なのだ。ロリコンから守るのは年長者の義務だった。
まあホテルには何回か行っているので慣れたものだ。
ホテルに到着すると、顔馴染みとなったホテルマンで燐音と気付かれないか実験したりしながらエレインが降りてくるのを待った。
「お、やあエレインちゃ」
「誰だ貴様」
「ひえっ」
それから少しして姿が見えたので声を掛けた瞬間、敵意丸出しの眼差しと鋭い言葉が飛んできた。
叔父で予習していなければ泣いて走り去ったかもしれんと思いつつ、燐音は未だボケる余裕を残し、にこやかに対応する。
「俺だ、お父さんだよー」
「父……? …………まさか、燐音?」
まじまじと、ほんとうにまじまじと顔を睨めつけた末、漸くエレインの眉間から皺が取れる。
「驚いたな、別人じゃないか」
「変装するって言ったやんけ」
「私の想定の五割増し別人だ……」
そんな温い変装でバレたらどうするんだ。
「どうだい、ジェントルマンだろう?」
「ジェントルマン……?」
なんでそこで疑問符を浮かべるんですかね。
まあホテルのロビーで立ち話もなんなので、兎にも角にも移動である。
まずは昼食を取ろうという事で、たまたま目に入った喫茶店に入る。
適当にランチと珈琲を注文し、うっかり一時間位雑談を交わした後に本題に入る。
「今日は何処へ行くんだい?」
「取り敢えず品揃え重視でデパートかなって考えているよ」
「成程」
「エレインちゃんは何が欲しいか考えてみた?」
「うーん……やはり燐音が選んだものなら何でも……」
「おっと今の俺は燐音じゃあないぜ」
「……パパ?」
「父さんとお呼び」
年齢的に何も可笑しい事はないんだろうけど、双方の外見的に下手をすると肉親としての『パパ』ではない意味で捉えられる可能性を感じる。まあ燐音の心が汚れているだけかもしれないが。
「じゃあ……父さん」
おぉ……。
燐音は内心感動していた。
一回死んだが50年以上生きてきて初めて『父さん』と呼ばれた事実に。
嫁はいないが、正直想像も付かない生物よりも目先の可愛い娘(偽)の方が親戚の子供で経験がある分憧れが強かったので、生まれて初めて転生してよかったという実感が全身を駆け巡っている。マジでうちの子になりませんか。
「父さんの選んだ物なら私は何でも嬉しいよ」
「でもシルバニアの家とかだと困るでしょ?」
「……それは確かに困るかもしれない」
11歳でシルバニア好きな人の方が少ないしね。流石にもう一回り小さい女の子向けの玩具だ。
「まあ父さんに出来る事なら別に物じゃなくてもいいよ」
「それって永続効果のあるものでもいいのかい?」
「え、そうやって確認取られると急に怖くなるんだけど」
何をさせる気だよ。
そうでなくても最近、エレインの物理的な距離が近い。
間違いなく親愛を感じるし、日本人が敏感に反応し過ぎるだけで他所の国だと普通なのかもしれないが、ボディタッチは格段に増えたし今迄デュエルでエレインが勝った場合に罰ゲームとしてお願いされていた事をそれと関係無くお願いして来る事が日常となりつつある。
別に問題はないのだ。エレインがそれだけ心を開いてくれているように、燐音もまた同様に一緒にいる時を重ねる度に好感度を上昇させている。
だが、求められる事が着実にエレインではなく他の人ならNOと言うような内容になりつつあるのは確かで、その彼女があえて条件の明確化を求める。
どんな無茶振りが来るのかと身構えるのは仕方がないだろう。
尚、これに関してだけは断言出来るが、愛の告白とかでは絶対に無い。
燐音がエレインから向けられている感情はこれまでの生涯で覚えのあるもので色事と無縁に生きてきた燐音であるからこそその既知感がそれだけは無いと否定させる。
元々野生の勘が働かなければ今頃二度目の人生も終了しているような不運に見舞われるのが燐音で、勘働きに関する本件は絶対の自信を持って断言出来るのだ。
尚、言ってて悲しくならないかという問いは禁止とする。
昼食後、燐音とエレインは盛大に視線を集めながらデパートを巡った。
結局、あの後エレインは名言を避け、燐音を盛大に不安にさせたが取り敢えず探してみない事には始まらないと言うことで色々見て回ったのだが、結果は芳しく無かった。
エレインは終始楽しそうだったし、楽しい誕生日という意味では結構成功していたが、プレゼント選びという意味では盛大に失敗していた。
人混みの中を歩くのに疲れたということで、何故かカラオケボックスに入った。
受付の人が外人二人(内一人はパチモノ)であることから片言の英語で対応しようとしている所に二人して流暢な日本語で返してからかった後、薄暗い個室に通された。
「ここがカラオケボックス……」
「最後に来たの何時だったっけ……」
エレインはカラオケ初挑戦という事だったので、まずはお手本という事で燐音がパフォーマンスすることとなった。
下手すると今世では初かもしれない一曲目は、最近テレビでやってたアイドルソング。完璧な入りで歌い、当然のように踊りだす。
歌詞は見ない、見るのは
いける、久しぶりであっても歌は錆びつかない。
これで知ってる歌が一個もないとかだったら悲しい事態になっていた所だが、前世に無かった曲も存在するが、まだ生まれてない曲はあっても存在しなくなった曲は燐音の知る限り(一定以上の知名度を得た曲)存在しない。
であれば燐音の独壇場。宴会芸として鍛え抜かれた歌唱力を見るが良い……!
歌い終わった時、エレインはポカンとしていた。
「はい、次はエレインちゃんの番だよ!」
おおよそ、前世の飲み会の周囲のリアクションと違いすぎて急に凄く恥ずかしくなった燐音はマイクを押し付ける。
タンバリン持ってるだけで全然使ってくれなかったやんけ。
「え、これの後に私が歌うの?? 嘘でしょ??」
ドナドナされた牛のような目で燐音を見上げ、見上げられた燐音は首を傾げる。
「持ち歌入ってなかった?」
「ちがうそうじゃない」
エレインが何を思っていたか、燐音にはちょっとわからなかったがその後諦めた様に曲を入れて歌い出し、もしかしたら音痴なのかとも思ったが普通に上手で、やっぱり歌う前に何で躊躇ったのか分からなかった。
「燐音、やっぱりアイドルデビューした方が良かったんじゃ……」
常日頃、誰のために頑張ってると思ってるですかね。
結局、カラオケボックスでの小休止後にもう1回誕プレ探しする気力が沸かなかったので今年の誕プレはエレインの為に歌うラブソングとかいう売れないギタリストみたいなのでお茶を濁し、家に帰って盛大にパーリィした。
――――――
【あとがき】
ストーリー上全く活きる事がないであろう主人公特技紹介回。
まだ本編の舞台も登場してない初期ステータス未到達状態なので……。
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