第7話 お受験当日

「ふむ、これで講習は無事終了だな」


「おわたにゃー!」


 エレインが教科書を閉じ、燐音は卓袱台に体を投げ出した。

 中学一年の四月から初めて、今日は中学三年の八月。毎日授業があったわけではないが、二年四ヶ月の講習は流石に長い。

 ここまで来るのに燐音もエレインもう一つ歳を取り、14歳と12歳になった。

 因みに例によって燐音の誕生日の際にはトラブルに巻き込まれている。エレインに連れられて一泊二日のスキー旅行に行って、泊まったコテージで起こる殺人事件、しかも天候に恵まれず殺人鬼と同じ場所に閉じ込められた燐音ワトソンエレインホームズの助手として四苦八苦し、憎愛に満ちたサスペンスドラマを解決に導いたりして、燐音はもう二度と豪雪地帯に足を踏みれないと心に決めた。

 尚、二回連続燐音の誕生日を祝うどころじゃなくなったせいでエレインは大層落ち込んでいたが、エレインの金持ちムーブを避けたくて宿泊先にコテージを選択したのは燐音の落ち度なのでなんくるないと慰める方が大変だったと燐音は思っているので、エレインは気落ち損である。

 ただ反対に、第三回エレイン誕生祭は大成功を収めた。

 プレゼントはこれだというものが見つかり、パーティではエレインから笑みが消える事は無かった。燐音史上最も山も他にもなく大成を収めたイベントであると言っても過言では無かった。

 恋愛ゲーム的に言うなら、大幅に好感度アップした事だろう。


「確認テストも満点だし、名前を書き間違えたり、書く所を間違ったりしなければ試験も問題ないだろう」


「あの……変なフラグたてないでくれない?」


 というか、この前学校の学力テストでやったばかりであり、マークシート方式であったせいで発見が遅れ、修正が間に合わず自信のあったテストの点数が半分になったのは記憶に新しい。

 洒落になってないないし、流石に気をつける。

 この短いピッチでそんなミスを連チャンしたいとは思わなかった。


「因みにいつ受験予定なんだい? 直近日時は確か……」


「これからだよ」


「これから!?」


 直近日時は今日である。次は来月だな。

 試験は午後からで、事前に今日の午前には全項目が終了すると聞いていたので予約を入れたのである。

 履修完了証明書が必要だが完了したその日に受験は可能で、エレインはその辺仕事が早く、既に手元にある。融通の効かない教習所での受講だったならこうは行かないだろうし、後日発送が普通なのだろうが、事前にお願いもしてあったから抜かりは無い。

 午前の部、午後の部はあるのに試験は月イチで、燐音的には試験等の緊張が伴われる本番の類いは早期完了しておきたい質なので、ロスタイムで試験勉強するより当たって砕ける事にした形だ。

 まあこれまでで復習は怠ってないので九分九厘大丈夫だろうという確信があるからでもあるが。ちゃんと赤本で勉強したよ。


「ばかな……おつかれさま会をやる予定だったのに……」


「え、流石にテストぶっちする訳にはいかないからまた今度かな……」


 万人が受ける類いの資格ではないから、地方での受験は予約必須で、既に受験票も発行されてしまっているのである。


「なんてことだ……!」


 ていうか何でサプライズにしたんだ……(ブーメラン)。


「そういえばエリーってオフの時なにしてるの?」


 そういえば、今迄そういう話題になることが無かった。

 滅茶苦茶忙しい人、というような印象はあるがそれは燐音も同じで、今瀬の燐音は自らのケツに火をつけた事で仕事と学業と部活と講習でオフとかいう概念はフィクションと化しており、強いて言うならエレインの為に予定を空けた日が休みと言えなくもないといった感じである。

 いくらボディが若いとは言えそろそろ限界が来そうだったのだが、部活は引退、講習は終了した事でこれから時間的余裕は出てくるだろう。というか、このゴールを目標に頑張ってきたので些か燃え尽きかけている。


「燐音と遊んでるか寝てるかだね」


「仕事に疲れたサラリーマンかな……?」


 行動が俺(前世)とほぼ同じなんだけど。

 まあ燐音の場合は、遊ぶというより趣味に時間を浪費するという感じだったが。


「燐音と遊べなくて不機嫌なので私は不貞寝します。明日は朝から用事あるから七時に起こして欲しい」


「え、まだ昼前なんだけど……寝るのは良いけどせめて化粧は落としなよ」


 本当は化粧だけじゃなくて皺になるから服も着替えるように言いたかったが、その気が無いのかナチュラルに燐音のベッドに入りこんだエレインからありありと伝わって来たし、なんなら目を開くことすらしなかった。


「鞄に化粧落としシートが……zzz」


「うそでしょ俺に落とせってこと??」


 しかも、もうガチ寝に入っている。

 多少、頬をペチペチした程度じゃ無反応だし、瞼の動きが完全に寝てる人のそれである。

 仕方がないので鞄の化粧品ポーチからシートを取り出した。

 当然だが他人の顔の化粧なんて落とした事なんてないので力加減が分からず、壊れ物でも扱うようにおっかなびっくりエレインの顔にシートを優しく滑らせる。

 必然的に顔と顔が近くなり、女性特有の甘い匂いや柔らかな肌は普通ならドキドキするようなシチュであるが、燐音は「俺は何をやっているんだ……」と気落ちしてすらいた。

 目元や唇などのメイクが濃い部分はパックをするように優しく押し当て、クレンジング成分をメイクに馴染ませてから落とすなど、基本に忠実に化粧を落として化粧水を滲ませたコットンで拭き取ると、もうテスト後みたいな疲労感が全身に伸し掛かる。


 自分の化粧を落とすのと、他人の化粧を落とすのじゃ全然話が変わってくる事を再確認し、次があるなら絶対にベッドに潜り込む前に洗面所へ連行する事を決意した。

 なんという不毛な決意だろうか。


 ただ、顔を弄られてマジで熟睡したままであることがエレインがクタクタであることの証明で、午後を空ける為に無理をしたのが丸分かりなので多少の我儘は聞いてやらなきゃ……とか燐音は考えてしまっている。

 完全に行動がエレインの手中なのだが、最近ではもう娘のように思っているのでこの程度だと「かわぅいねぇ!」で終わってしまうのだ。

 外見的にはエレインの方が年上なのだが。


「それじゃあエリー、行ってくるよ」




 ◆




 いやぁ、試験は強敵でしたね。


 覚えてるので問題ないぜ! 若い脳味噌なめんなよ! と試験勉強無く試験に挑んだ燐音だったが、引っ掛け問題の応酬に危うく満点を取り損なう所だったと冷や汗を拭い、冒険者資格証明書なる運転免許もどき(写真はキメ顔)を受け取り、帰路についていた。


 試験は市役所にて行われ、他に受験者は居なかったので試験官とのタイマンで受験する羽目になり、総問題数1000問、三時間に及ぶ試験中、視線が圧迫面接見たくなっていたが、マークシート方式で当日に結果が出てくれるので結果待ちがない分精神的負担は極最小限だったと言っていい。


 昨今の冒険者死亡率増加に伴い、来年度から実技も資格取得試験に組み込まれるらしいが、その設備の都合上試験会場が日本国内に一箇所となるそうで、近所で手軽に受験できた燐音はラッキーである。


 まあその時に筆記試験も見直されるそうなので、受験期間という意味合いでは大幅に短縮されそうなのだが、燐音に限って言えば部活を休む名目が必須だったのでそこは重要視していないので。


 そして今回の合格は高校受験免除も意味している。


 小中高大一貫教育施設、永界大学附属高等学校。

 日本唯一の迷宮が存在する『永界島』、燐音の記憶には存在しない日本保有のその島は、千葉から高速ジェット船で二時間の位置にある四国と同程度の大きさの島で最も大きな学校で、冒険者専攻クラスが唯一存在する学校である。


 永界島には2000万人の人が住み、日本第二位の首都と呼ばれている程開拓が進んでいる。その理由は言うまでもなく迷宮の恩恵で、第二と銘打ってはいるが、迷宮技術の最前線であるこの島は東京以上の発展をみせている。


 燐音が「受験せずに入学できる! やったぜ!」とかアホな事を考えているせいでチョロく見えるかもしれないが、永学(永界大学附属高等学校の略称)の敷居は恐ろしく高い。スポーツにせよ勉学にせよ特級レベルの生徒が集まり、普通に入学する場合は燐音程度の学力じゃ入学不可能な位置にある学校なのだ。


 ……因みにこれは、燐音が勉学においてとんでもない苦労をするのが約束されている事を意味しているのだが、情報収集不足でその辺の理解が浅い燐音はまだその事を知らない。


 また、燐音は入学前に冒険者資格を取得しているのはブルジョワジィのみと認識しているが、それも間違いだ。むしろそういう人種は冒険者となって命を危険に晒す必要性が無いのでむしろ冒険者クラスは避けるのだ。

 それに伴って、冒険者クラスに特待生として入学する人間はかなり少数派だったりする。


 故にどういう人間が冒険者クラスに所属するかと言えば、将来的に企業に所属し冒険者として活躍される事が期待される、言わば育成枠のプロ冒険者だ。


 実は、冒険者クラスで3年間学業を全うすれば燐音の様に長々と講習を受ける必要無く冒険者資格を取得出来て、それと同時進行で冒険者としての基礎技術や肉体作りを行う事が出来るので、能力を見込まれ企業にスカウトされた冒険者の卵がアホみたいに難しい試験を突破して冒険者クラスに入学するのである。


 一般的には特待生の方がエリートであるが、冒険者クラスに限ってはそうとも限らなくなってしまう制度なのだが、既に冒険者資格を持っている人間が大成する可能性も勿論ある訳で、学校の宣伝に繋がる可能性がある以上は資格取得の旨味が消えた分を補填してでも生徒取得に動くのは商売的な観点からすれば何もおかしくはないだろう。


 結論として、所詮ただの高校と舐め腐り、半端な情報収集しかせずに入学を決めた燐音はアホで、勉強で死ぬほど苦労するのは自業自得なのだ。




「ただいまー」


 燐音が部屋に戻っても、エレインは寝たままだった。

 一応、『合格したぽよ』と一報入れてから帰って来ているのだが、この様子だと携帯を見てすらいないだろう。


 空はもう黒ずみ初めているので、部屋の電気をつけたい所だが、寝ている子がいるとそれも躊躇われて、電気を付けずに部屋に入り鞄だけ置いてリビングで寛ぐ事にした。


「……ん?」


 ふと、エレインの方を見て違和感を覚えた。

 薄暗いので見間違いかもしれないが、見慣れたその顔に違和感を……いや、見慣れているからこそ違和感があった。

 その違和感が気持ち悪くて、寝ている所を悪いと思いつつその正体を確認するべく顔を近づけ――


「そうか、わかっ――!」


 次の瞬間、掛け布団を跳ね上げ、闇の中から白い手が燐音の体を絡め取る。


「な、なにぃぃぃぃぃぃいい!?」


 完全なる不意打ち、馬鹿な、ありえない。

 敵か?

    見に覚えはないぞ。

 でもエレインだった筈。変装?

       あり得ない、

 母さんは大丈夫なのか

   本物のエレインは何処へいった。

     逃げ、いや――

 燐音はこれまで、突発的な事象に対し野生の勘が働かないという経験をした事が無かった。森で遭難した時も、テロリストと戦う羽目になった時も、殺人事件に巻き込まれた時も、この感覚があったから生き延びて来れたのだ。

 故にそれが正常に機能しなかったという未だ嘗て無い異常事態から、防御も、攻撃も、頭から抜け落ちて、元々姿勢が悪かったのもありあえなく姿勢を崩す。


 まさか、こんななんでも無い所で、これからって時にこんな終わり方――ッ!

 文字通り死を覚悟した燐音の耳に、



「おめでとう燐音。まあ君なら心配ないことは分かっていたがね」

「おひょほぃ!」


 エレインの寿ぎが届く。

 燐音は極度の緊張状態で耳を吐息が擽り奇声をあげる。


「…………。……。……………え?」



 それは拘束ではなく抱擁だった。

 それは攻撃ではなく祝福だった。


 それは敵ではなくエレインだった。




 死に繋がる攻撃は来るわけも無く、燐音は引き伸ばされた一瞬から帰ってきてポカンと口をあけ、状況が飲み込めずに言葉にならない声を漏らす。


「…………え?」


「驚きすぎじゃないかいむぐぅ」



 燐音は力が入らなくなり、そのままエレインをボディプレスで押し潰した。




 ◆




「死ぬ程驚いたんだが???」


「す、すまない。まさかそこまで驚くとは」


 再起動するまでには5分の時を要し、その間で貧弱なエレインをノックアウトした燐音だが「私は怒っています」と言わんばかりに頬を膨らませていた。


「いやまあ冷静に考えたら俺の危惧の方がありえないんだケド……」


 言ってしまえば、単なるサプライズの一種だろう。

 不意打ちで祝福し、相手をビックリさせるだけの。

 ただ燐音にとって野生の勘は五十年以上頼り切りだった感覚だ、それが正常に機能しなかった不安感は常軌を逸していた。流石に二度目はここまで取り乱さないと思うが、前例のない事に実は今も平静とは言い難かった。


 因みにだが、燐音がエレインの顔に違和感を覚えたのは見慣れすぎていたから……まあ要するに化粧の有無である。

 試験に出かける前にすっぴんエレインを新鮮に感じていた事もあって、帰ってきたら再度化粧が成され、見慣れた顔があったから違和感を感じたというそれだけの事だった。

 というか、再度化粧するなら何故自分に落とさせたのか。

 落とすように言ったのは燐音だが、それは朝まで寝るとか言ったからである。



「本当にすまない、私もつい浮かれてしまった」


「あ、そっかエリーはこれで開発に入れるんだもんね」


 難易度から言えば、むしろ燐音のほうがおめてとうを言う側でもおかしくはない。


「うん、一足先に永界島へ行く事になるね」


「よかったね、エリー! 頑張って! 応援してるし冒険者として協力出来ることなら何時でも言ってよ!」


 というか燐音のモチベはこれを言うためと言っても過言ではないので、先程のショッキングな事がなければうっかり先におめでとうって言われたりしなかったというのに。


「うん、頑張るよ。当分は掛り切りになるだろうから、次に燐音に会えるのは燐音の誕生日かな」


「え、別に無理に祝わなくていいんだよ……?」


「結局ちゃんと祝えてないのにそういう事言わないでおくれよ……」


 まあテロリスト撃退したり殺人事件に巻き込まれながらハッピーバースデーされるのはなんか違うなって思わなくもないけれど。




「それと、実はその時にお願いしたい事があるんだ。祝う側なのにどうかと思うが、話しだけでも聞いてもらえないだろうか?」




――――――

【あとがき】

 巻きで。ネタはまだ結構有りましたが、大体好感度の裏付け回なので巻きで。流石にプロローグは5万字以内で収めたいんや。サラっと主人公がエリー呼びしている所から察して下さい。

 という訳でキャラシ作成は次回で終了です。

 

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