第5話 進捗

『調子はどんな感じだ?』


 叔父からそんな電話がかかってきたのは、十二月半ばに入ってからの事だった。

 詳細は省くが、前職の経験を活かしたバイトで中学生の小遣いには過分過ぎる収益を得られるようになり、燐音がギャン泣きしなくて済む事がつい先日確定し、部活動は日々アップグレードされる地獄であったがその成果は順調に筋肉として付き始めており、順風満帆といっても過言ではないだろう。

 尚、決して現実を見ていないとか、日々が辛すぎて現実逃避にそう思っている訳ではないものとする。……本当だ、ホントのホント、本当なんです信じtかみさまたすけて。


 ボロ雑巾の話は兎も角として、近状報告である。


「まあ順調かな? エレインちゃん先生の多忙さから終了は二年生の終わりか三年生になった位になると思うけど」


『そうか。まあ急ぐ必要は無いし良いんじゃね?』


「そうだね、受験とか考えるなら駄目なんだろうけど、なんか冒険者資格試験がそのまま高校入試になりそうだしねぇ」


 そう、なんとこの世界には冒険者が優遇される高校があるのだ。

 それを知った時、それなんて異能バトル学園コメディ? と思った燐音であったが、調べてみれば迷宮周辺にある教育施設はそこだけで、その上入学前に冒険者資格を取得していれば特待生として迎え入れられるのだ。仮に冒険者にならない場合にも学歴的に問題にならない位ランクも高く(あくまでも燐音基準)、設備も綺麗(写真の上では)で制服も可愛い(他評)。受験戦争したくないなら選択肢はそこ一択レベルの場所で、燐音も特に奇を衒う必要性は感じなかったのでそこへの入学を考えている。


『まあぶっちゃけ、おじさんの時は試験はテスト直前に単語とか暗記すればいけるっつーか。講習が長期化してるせいで内容覚えてらんねーっつーかそんな感じだったけどな』


「俺は覚えてるけど」


『…………お、覚えてたってどうせ現場じゃ役立たねぇよ!』


 フハハ、弱者の戯言が心地よいわ。

 まあしかし、燐音も頑張ってはいるがちゃん付け焼き刃でないと知識として修得して行っているのはエレインの功績であった。

 燐音がエレインに友情を感じている様に、エレインもまたそれと似た感情を燐音に向けている。最初の「あまりやる気がない」発言は遠の昔に撤回され、超アルティメットスーパーハイパーガチモードのエレインちゃん先生によるマンツーマン授業は勉強嫌いの子供でもテストで100点満点取れるような超分かりやすい進行で進められている。

 天才は凡人に理解の出来る説明を苦手とするケースは創作物等でよく見られるが、エレインに関してはそんな事はなかった。なにせ超天才なので。


 故に燐音も現在の理解度を自身の成果だとは思っていない、叔父の言う通り、受験対策となる暗記等はテスト前に行うつもりだし、講習以外では軽い復習程度しか行っていないのにこの理解度。

 学校の勉強のテストと比較した時に出る顕著な差が燐音を慢心から遠い存在としていた。2回目の筈なのに1回目より勉強量が減っているせいか点数が1回目と余り変わっていないのである。チートが無いとは言え、転生してるのに。


『シュタイン氏とはどうだ? うまくやれてるか?』


「エレインちゃん先生なら今一緒にデュエルしてるけど」


『は?』


「私のターン、『厄災の大嵐』の効果でフィールド上のキャラカード、建造物カードを全て破壊だ」


「『大地神の加護』でカウンター。自陣のカードは破壊されず、『厄災の大嵐』効果はエレインちゃん先生のフィールドでのみ適応される!」


「ばかな!?」


 TRPG風OCG『ジハラグ』

 現在お子様たちの中で大人気のカードゲームで、前世には存在しなかったので気になって手を出してみたら燐音も大人気なく沼に嵌ってしまった闇のゲームである。

 本作においては全然全くこれっぽっちも本編に絡んでこないので詳細は割愛するが、各々がルールブックに基づいた独自の世界観を構築し、その世界同士で争う最大4人まで同時プレイ可能の多人数に対応したカードゲームで、その世界の勝利条件を一番早く達成するか、他の世界を滅ぼしたら勝ちである。


『……今日は講習休みだって言ってなかったか?』


「休みだよ、エレインちゃん先生も珍しく非番らしいから遊びに来てるんだよ」


『嘘だろ?』


「そんな意外かな? ちなみに俺は部活をサボりました」


『少なくともおじさんの知ってるシュタイン氏ではないな……』


 スルーされたけど、今日部活をサボったので明日は何時もの二割増しヤバい部活が待っています。

 燐音は神がかった演技力で仮病を行使し、顧問を騙す事には成功しているが、地獄の鬼はその辺の事でとんでもなく目敏い。十中八九燐音の仮病を看破し、逃げ出した軟弱者をより苛烈な拷問にかける事だろう。

 だが燐音に悔いはなかった。友達のたまの休みを彩る位の事は当たり前だから。

 尚、明日は来ないものとしている。

 明日は明日の風が吹くと言っても良い。


「てか面識あるの?」


『幾ら恩師の頼みでも赤の他人の為に身内を生贄に捧げたりはしねーよ』


「ダウト」


『嘘じゃねぇよ!』


 でも選考理由「どうやっても死ななそう」だったやんけ。


「知り合いなら電話代わろうか? 生徒の主張より教師の意見の方がさっきの進捗に関する話に信憑性出るだろうし」


『あ? おぉ……じゃあ少し変わってもらおうかね……実情を見せる意味も兼ねて』


「?」


 燐音は首を傾げたが、手札とにらめっこしならがら唸るエレインに携帯を差し出す。


「エレインちゃん先生、叔父さんが少し話そうって」


「……誰だい?」


「ほら、俺にエレインちゃん先生の講習を紹介した冒険者の……」


「あぁ、彼か。……特に話なんてないが」


「え、そ、そう? ほら、俺の進捗とか……」


「……まあ、私から言うのが筋というものか」


 そう言ってエレインは電話を受け取るが、見るからに乗り気ではない。紹介してきたのは叔父だし、てっきりそれなりの交流があるものと考えていたのだが、なんなら自身との初対面時よりも余所余所しい。


『あー……シュタ』


「やあ、久方ぶりだが私は今とても忙しい。勤務時間内に掛け直したまえ」


『ちょっ!?』


 えええええ!? 切ったー!?

 未だ嘗て無い、塩対応に燐音は唖然とし、エレインから即座に返ってくる携帯を受け取りながら、驚愕の眼差しを彼女に向ける。


「さあ燐音、君のターンだよ。さっさとドローしたまえ、それとももう勝った気でいるのかい?」


「あ、うん……え、えぇ……」


 プルル……

 着信、相手は当然の事ながら『叔父さん』である。


『……おわかりいただけただろうか』


「叔父さんエレインちゃん先生になんかしたの? ポリスマン呼ぶ?」


『してねぇよ!』


 世論と俺はエレインちゃん先生の味方だぞ。


「でも俺エレインちゃん先生のこんな対応初めて見たよ?」


『ダウト』


「嘘じゃないけど」


 ただ、態度が露骨に違うのは流石に燐音であっても分かる。

 今迄、こんな立ち振舞いをするエレインを見たことがないので、仮に自分が彼女からこんな態度を取られたら泣いちゃうかもしれないとか思っていた。


 不確定要素は迅速に潰すに限る。泣かされる前に原因究明をと考えた燐音は一度デュエルの中断を告げてエレインの態度の違いについて尋ねてみた。


「私はオンオフをキッチリしたいだけだよ。仕事なら仕方がないが、休日にまで雑事に煩わされたくないのだよ」


「それは分かる」


 休日出勤も、事前に言われるのと前日とか当日に言われるのじゃ全然話が変わってくるよね。


「なので本当は休日に先生と呼ばれたくはない」


「…………え!? それは普通に言ってよ!」


 言葉に突拍子が無く意味を理解するのに時間が掛かったが、それは初耳だった。


「というか、燐音に『エレインちゃん先生』って呼ばれると『エレイン・フォン・シュタイン女史』と呼ばれてる気分になるから日頃からエレインでいいよ」


「え、俺そんな堅物不器用キャラみたいな呼称してたの……?」


 敬称付きフルネーム呼びとか前世含めした覚えは……悪鬼以外に無かったが、受け取り方は人それぞれで、仲良くしたいって奴が他人行儀に感じる呼び名はどうであれ頂けない。


「じゃあエレインちゃんで」


「うん」


「エリーでも良い?」


「残念ながらそれは好感度がまだ足りていないな」


 故に現時点で燐音がエレインを先生と呼称する事は未来永劫無くなった。

 何方からともなく笑い合う。

 思わぬところで予想しない事実が浮かび上がってきたが、早期解決出来る内容で燐音も一安心……。


『何処のラブコメだよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?』


 出来なかった。

 燐音は一応エレインにも声が聞こえるようにとスピーカー設定にした事を後悔した。世良家はマンションの一室なので、隣の部屋の住人から苦情が入ってくるのを恐れ、そっとスピーカー設定をオフにする。


『もうコッテコテにメロメロメロンじゃねぇかよぉぉ! 電話越しにも伝わるラブパワーッ! もう好きなやつとそれ以外で区別してるだけじゃないんですかねぇ!』


「失礼な。業務の話は営業時間内にするというのは当たり前のルールだろう」


「てかエレインちゃん10歳やぞ」


 年齢を出すと、一気に好き嫌いで露骨に態度を変えていても違和感が無い不思議。

 なんなら大人でもそういう我慢が効かない奴はいるので一概に子供を理由には出来ないけれども。


 荒ぶる叔父が我に返るのに、五分くらい時間を要した。

 感情の乗らない声色でエレインが火に油を注ぐので、沈下が遅れたのだ。


『…………まあ、理解出来たかもしれんが、こういう態度を全方位にとってる奴だから、講習は死ぬほど退屈な時間になると考えてたんだよ』


「なるほどなー」


『……てか秒で仲良くなってんのも驚きだが、あのシュタイン氏がカードゲームねぇ……全然やりそうに見えないんだが』


 秒って、なんだかんだ知り合ってからもう半年以上立ってるぞ。この調子ならあっという間に一年だ。


『なんか賭けたりとかしてんの?』


「俺らまだ十代前半なんだけど。失うものがある方がスリリングなのは否定しないけど『負けたほうが勝った方の言うことを何でも聞く』とかそんなんだよ」


 てか賭博罪って結構馬鹿にできないぞ。

 身内間でやっても捕まるんだからな。50万円以下の罰金又は科料に処されるよ。


『……それ、お前が勝ったら何命令してんの?』


「筋トレ」


『は?』


「エレインちゃんビックリするほど運動不足やねん。強制的にでも運動させないと将来がヤバい」


 なんか第二次性徴で胸とか現在進行系で大きくなってきてるし、折角今姿勢良いんだから猫背になったら勿体ない。そしていつか自重で腰ヤるぞ。

 どの程度膨らむのか知らんが今でこれなら日本人の考えるないすばでーの外人位にはなりそうだと燐音は思っている。

 尚、やっていることが現在燐音を苦しめる地獄の鬼の縮小版であることは見ないものとする。


「でも最近あんまし勝てない……」


 だが、運動が死ぬほど嫌なエレインの抵抗が激しく、最近は白星が遠い。

 今回は勝てそうだが、通算勝率は一割がせいぜいというのが実情だった。超天才……凄く頭が良く、財力でも不利な相手に一割は勝ててるのを褒めて欲しいというのが実情だ。流石に友達相手にイカサマするのはあれなので。


『……大丈夫か?』


「なにが?」


 まあ此方は負けても特に支障は無い。

 永続的な事柄は無しだし(仮にそれがOKなら燐音は筋トレメニューを組む)エレインを背中に乗っけて腕立て伏せとか、肩車してスクワット(天井に頭を殴打した)とか、組体操のサボテンとか、耳掃除とか、まあそういう普通なら友達同士でもしないような雑事が多い。

 地獄をくぐり抜ける燐音からすればエレイン一人の体重が増えた程度じゃ腕立て伏せは屁でもないし、強いてキツかった事例を挙げるならば、耳掃除した際にエレインが燐音の膝の上でそのまま眠ってしまい、起きるまでに足の麻痺がどえらい事になってた時位だ。


 それに、エレインがどうしたいのかも傾向から流石に理解も出来ていた。

 エレインは、のだ。

 何故その相手が自分だったのか、燐音にそれはわからないが。


 なんせ半世紀以上童貞だから女の子の気持ちとかチンプンカンプンなもんで。ハハッ(乾笑)。



『まあ円滑に進んでるなら何よりだよ。別にキツイ思いして欲しかった訳じゃねぇし』


「うん、エレインちゃんに会えたのは幸運だったよ」


 本人に目を向ければ、ちょっと照れているのがわかった。


『うんうん、よかったな?』


「うん」


『ならそろそろ未だにネチって来るお前の父親に弁明を……』


「俺のターン! ドロー!」


 それはそれ、これはこれである。


 尚、この後燐音は逆転負けしてエレインの髪を無駄に凝ったツイスト編みにした。



――――――

【あとがき】

尚、この一月後位に燐音は余りの勝率の低さにイカサマに手を出し、勝率を9割まで跳ね上げ、セラーズブートキャンプを開催した。


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