第4話 (物理的に)苦学生
更に2ヶ月が経過した。
講習の進行は悪くない、ただエレインの都合もあって進行速度としては遅いものだが、受験前に終了すればいいので燐音も急いではいないから問題はない。
「はい、という訳で地獄にも何だかんだ慣れてきたので副業を始めようと思います」
エレインの「こいつマジか」という正気を疑う目が、新品のノートパソコンをドヤ顔で見せびらかす燐音に突き刺さる。
それは燐音が現在進行系でボロ雑巾になって帰ってきているのを知っていて、また当人からどのような仕打ちを受けているか話を聞いているからであり、この状況から就労精神が目覚めるのが理解出来なかった。
「というか中学生は働けないだろう?」
「10歳がなんか言ってる……」
ブーメランをぶん投げて来たエレインに、出鼻を挫かれてテンションを下げた燐音がツッコミを入れる。
確かに、この場に就労しに来ている幼女が言えた義理ではない。
「どうしても
「何故俺がエレインちゃん先生からお小遣いを貰わなければいけないのか」
「そこは……ほら、有名になった娘が親に仕送りをする感じでだな……」
俺、エレインちゃん先生を産んだ覚えは無いんだけど。
そもそも、状態的には燐音がお金を払っていないだけでお金を払って来てもらっている立場だ。
エレイン誕生祭の時同様、目がマジなので下手な事を言うと財布を出しそうである。というか、既に鞄に手が伸びている。
「いや、てか元々考えてた事なんだって。叔父さんから強化服を買うってなった時に『じゃあお金ふやさなきゃなー』って」
伊達に年を食ってないので、燐音に子供らしい物欲は無い。
前世のこの位の年齢の時にはゲームに夢中だったが、それはつまり興味があるジャンルは既にプレイ済みという事だ。技術的や世界観には多少違ったりもしているようだが、ネタバレを確認した感じでは大筋に変化は無い。
付き合いで対戦ゲームをする事はあるが、小学生の時にこれでもかという程ハメ技で無双したせいで友情をブレイクして以降、誘われることすらなくなっている。
それはさて置き、趣味嗜好は変わらなくても既にやったことのあるゲームに浪費するのは躊躇われたし、補充見込みの無い資金消費も好ましくない。それ故に今世での収入は全て貯金一択、欲しい物も無いから生き急いで稼ぐ必要性も感じていなかったが、素寒貧になるなら話は別である。
調べたら強化服には維持コストも掛かるし、資格取ったら収益ゼロ状態で冒険者スタートは怖すぎる……腕を無くして引退とか、そういう事態を想定するなら不労所得を得るのを目標とするべきだ。
そして、自分でケツに火を付けていくスタンスで初期投資にお年玉を使ってしまったのでもう後には引けないのである。
「で、中学生でも技術がアレば稼げるものと言えば……」
「成程、アイドルデビューか! それなら私にツテがあるから紹介しようじゃないか」
「なんでや」
それならパソコンいらんやろ。てかなんでツテ持ってんの?
食い気味に自己解決した! と言わんばかりのエレインがスマホを取り出したので、慌てて静止しながら謎のコネに首を傾げつつ、燐音は言う。
「プログラミングだよ! 技術があればバイト案件もあるからそれで稼ぐ!」
前職(前世の職業の意)はシステムエンジニアだったので、バイト程度の案件なら睡眠時間を生贄に捧げれば学生やりながらでも出来る。
これに関しては、前世チートと言っても過言ではないのではなかろうかと燐音は思っている。
「えぇ……? 」
エレインから世間を甘く見た子供を見る目で見られた、甚だ不服である。
「いいかい燐音、あれは簡単そうに見えてとても難しい技術だ。時間も掛かるし現実的じゃない、キーボードを叩くのは諦めて歌って踊ると良い」
「芸能界を舐め腐った発言は兎も角、大前提のルックスが備わってないんだよなぁ……」
醜男を自称する気は無いが、美男子と誇れもしないというのが燐音の容姿に関する自己評価である。
そもそも
「大丈夫だ、所属企業、プロデューサー、固定ファンのすべてを私が担当する。燐音のバックには超天才がついている。なんの問題もないぞ」
「問題しか無いんだよなぁ!?」
それ俺踊る必要すらないじゃん。結局ただエレインちゃん先生からお金貰うだけじゃん。
「稼ぐって言ってもあれだよ? コーディングのバイトとかが無理そうならアプリケーションを開発して不労所得を得る方向で動くから締め切りに苦しめられるとかは無いよ?」
ていうか、期限ありの仕事受けるのは流石に時間と実績が足りない。
冒険者を目指す以上、必要なのは目先の金で、安くてもいいから名前を売るためにする何次下請けかも分からないような安い仕事じゃないのである。
「でもそういうのってアイデア前提だろう? なにかあるのかい?」
「あるよ。……うん、まあ、あるっちゃある」
未来でバズったアプリとか……。
普通に良心が痛むしやるべきじゃない気もするが、そもそもこっちでも流行るかはわからないという点では第一人者としてのリスクは変わらないので問題は無い気もする。現在は存在しないものなので法的には何ら問題ない訳だが、異世界転生した主人公たちはその辺なんとも思わないのだろうか?
まあ実害の有無がその辺の罪悪感に影響するんだろうけど。
「何でそんな苦虫を噛み潰したような顔を……」
犯罪じゃなくてもやっちゃ駄目な事って……あるよね。転売とか。
でもこれから十数年単位で出てこないとか普通に困るので利便性に負けて作っちゃうんだろうなぁ……。
「まあとにかく、大丈夫だよ。お父ちゃんを信じて」
「理屈が通って無くてギャンブルで生活費溶かした人みたいだよ。……パパ」
エレインちゃん先生お父さんの事パパって呼んでるんか。
「とりあえず、すぐに完成とはいかないからアレだけど完成したら見せるよ」
「あぁ、楽しみにしているよ。完成祝いは何が良い? やはり
「
お祝いの名目で失敗前提損失補填はやめて下さい。
というか、完成したら即収入に繋がるって訳じゃないのだし、それをされてしまうと開始前から失敗すると言われてるのと同義である。しかも補填するのは過保護な親とかではなく年下の女の子だ、そんな事になったら流石に燐音は泣くかもしれない。
「そういえばエレインちゃん先生は遺物研究ってどういう方面のものをやるの?」
「私かい?」
燐音は頷く。
燐音の講習講師自体がそれを成すための足がかりでしかないという話で、あれから調べてみたところによると、遺物研究といっても千差万別だった。
食料、資材、燃料、軍事。おおよそリソースを必要とする分野全てにおいて対応可能な遺物が存在し、それら全てが人類の進歩に欠かせないと考えられている。
例えば食料だが、これは直接的な肉とかそういうのではなく、野菜を育てる肥料であるとか魔法薬なんかも分類的には食料に含まれる。
この世界においては保存食に液体状の物が存在する。
燐音も初めて知った時には驚いたが魔法薬の延長で、理論上空気に晒さなければ二十年は腐らず、試験管一本分で成人男性が一日に必要とする栄養素を摂取できるものがあるのだ。
しかもローコスト、機械による量産を可能としており、味に関しても日々改良が行われている。まあ現段階の味は……正直一ヶ月もそれだけの食事が続けば暴動が起こるレベルだが。
兎にも角にも、迷宮産ドロップアイテムはそういう本来不可能であったことを可能と出来てしまっている。イノベーションの宝箱だ。
研究者からしても、新たな遺物が出てくる度に新理論、新技術が出てくればそりゃあ楽しいだろう。だからまあ研究者自体は高いハードルであるにも関わらず年々増加傾向にある訳だが、エレインが何を研究したいか、という話には発展していなかった事を今更思い出した訳だ。
守秘義務もあるだろうからと仕事の話はまるでしなかったのが裏目にでた形だ。
IT業界その辺マジで厳しいから……。
「私は遺物の武器化だな」
「よりにもよって一番ごっついのきたな」
十歳の女の子が作った武器で殺したり殺されたりするのか……言葉にするとやばすぎるな、ディストピアじゃん。
「既に資料を元に幾つかの理論は完成してる。資金面も当分は問題ないから法的問題を解決出来たら即行動するつもりさ」
「軍事関係って事は何処かの企業に所属する感じなの?」
「いや、誘われてはいたが大学で相棒と出会ったんだが、設備を含め、製造方面全般はその相棒が担う事になっている。私ほどじゃないが、奴も中々だぞ」
「へぇー。ボーイフレンドだったり?」
「ガールだよ」
「ほぉ、ガールフレンド」
「言い回しを意味深にする口はこの口かな?」
「んむむむむむ!」
燐音は口をつままれ、引っ張り上げられる。
「まあそんな訳だから、将来的には私が創った武器を燐音が使う事になるかもね」
「んむ」
燐音は摘まれた手をタップするが、離してもらえない。
なんでや、確かにそれを示唆する物言いはしたが明言した訳ではなかろうに。
このままだと俺はアヒルになるしかなくなってしまう。グワッ! グワッ!
「まあお互いどうなるかわからないから具体的な約束は避けるけれど、将来的には一緒に仕事が出来たら良いなって私は思うよ」
「んむ」
あの……良い事言ってる風だけど俺の口、掴んだままだからね?
口を塞がれていたので、言葉にしての返答は叶わなかっったが、燐音もそうなれば良いなと思う。自分が一狩りしてきた素材が武器になるとか浪漫の塊だし、折角仲良くなったのだから講習の内だけの付き合いになるのは寂しい。
ちなみに、この出会いの発端となった講師経験という項目に関してもう少し言及するならば、医者や教師で言う所の教育実習のような扱いで、最低限人に教えられる程度の知識がなければ話にならない現場であるらしい。
後、これは制度に関する事を調べたついでに出てきた情報だが、受講者誰か一人でも良いから受講後の最終テストに合格しなければこれを通過したものとは見做されない。
……つまるところエレインの状況に照らし合わせた場合には、燐音一人が落ちれば不適格という扱いを受ける事になる。
因みにそれを口頭ではなく偶然で知った時点で、燐音の中で叔父を許さない事が確定したので父親に件の弁明をする気は全くなくなった。
無限永久にネチネチ言われ続けろと思う。
元々落ちる気は無かったにせよ、知らなくていい情報じゃない。
ただ、車の運転免許同様一発勝負でなければいけないという訳ではなく、補習を受けて再テストも可能ではあるらしい。ただ、これは既に年齢という不利な要因を持つエレインの足を引っ張る要因になりかねないと燐音は見ている。
ソースはネット情報でしかない。そういった事例が実際に起ったという噂程度のもので、本来であれば……燐音自身の事だけで完結するならばそれを重要視することはなかった。
エレイン・フォン・シュタインは確かに天才なのだろう、だがどの程度の天才なのか燐音は知らない。仮に飛び級は出来ても他の研究者と比較して多少優れている程度であったなら、攻撃材料は致命的なものになりかねない。
出る杭は打たれる。誰の手にも届かないくらい長い杭なら良いが、そうじゃない場合に自身が足かせとなり、マブダチで、年下の子供で、世話にすらなっている。そんな子供が不利益を被るというのは絶対に許されない。
仮にそんな事になる位なら燐音は腹を切る。
まあ完全に杞憂で、生徒の成績なんか全然関係ないかもしれない。
だけど無視していい確率でも無かったし、腹を切ってもなんの解決にもならんから、燐音は人一倍講習を真剣に受けている。仮に1%未満の確率だったとしてもエレインに被害が及ぶ可能性があるなら頑張らないというほうが意味不明だった。
何故急にこんな話をしたかといえば、燐音が頑張る理由付けであるからだ。
仲良くなった、その子の未来も掛かってる。
冒険者、最初はなれなきゃなれないで良いやとか思ってたが、思わぬところで意思とか決意とか、そういう中身が伴ってしまった。これは、そういう話である。
「じゃあそうなる為の講習を再開しよう」
「んむぅ……」
あの……口はいい加減開放して下さい。年下の女の子相手に色事を茶化す話題を振るとかデリカシーが無かったです、反省してます。
――――――――
【あとがき】
要訳すると、エレインちゃん(10)は
作者は初対面の相手に名剣を与えるご都合主義鍛冶師とか認めない派。
最低でも莫大なマネーか絶対的な友情は必要だと思う。
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