第3話 『優しさ』を、以下の要素から定義した値から求めよ。

「おのれ浅沙あさざ凛桜りさァ!」


「荒れてるねぇ」


 拳の叩きつけられたちゃぶ台が浮遊するのに合わせてコーヒー牛乳を避難させながらエレインは何事もなくそう返してくる。

 会話の発端は、エレインが燐音に部活動はどんな感じかと訪ねたところに起因する。


 講習が始まってから3ヶ月が経過した。

 懐かしすぎる中学校に入学し、見覚えが有りすぎる初対面のクラスメイトに馴れ馴れしくし過ぎたせいで不気味がられて既存のコミュニティ内に入る事に失敗するという痛恨のミスをかましたり、クラスの女子からグランドマザーの称号を賜って恋愛対象から除外されたり、前世を欠片も活かせてない感じに色々やらかした感じな燐音だが、当初の目的通り剣道部には無事入部した。

 前世では滅びかけの演劇部で発声練習と台本読み合わせばかりしてるような青春を送っていたので、どんな感じの空気感なのか想像つかなかったんだが、部員数と道場の問題から男女共同での部活動で結構華やかな感じであった。

 防具の悪臭はやべーけれども。


 当然、燐音はドヤ顔する為、デモンストレーション的に行われた練習試合で副部長相手を相手に実力をひけらかす様にダラダラしながら、尚且大人気なく完勝し、親の仇の様に睨みつけてくる副部長相手にドヤ顔したまでは良かった。

 だがその後、どういう訳か同じく新入生の女子と戦う事を強要されてから話の風向きが変わる。


 そいつは燐音から見て、対峙を全力回避するレベルで燐音より強かった。

 俺の20年は無駄だったんだ。とか燐音は思ったりしない、スポーツ競技の才能の壁の残酷さはやればやるほど理解が深まる。その点で燐音は身の程を弁えているので中学生に負けたって仕方ないって思える。というか、そもそもが剣の頂きとか欠片も目指してない健康の為のエクササイズが動機であるのだから、真面目な天才に負けるのは必定であるとすら考えていた。


 燐音はごねにごねてその試合を回避しようとした。

 デモンストレーションなのに1人に2試合やらせるな、とか初心者イビリはカッコ悪いぞとか、そんな感じの事をまくし立てたがさも当然であるかのように却下され、問答無用で試合が開始した。げせぬ。

 そして試合が始まってしまった訳だが……あれは試合やない、蹂躙や。


 そもそも女子を相手どってるのに相手の方が身長タッパがあり、なんでもそいつは武家の生まれで3歳から剣術の英才教育を受けているとかで、既に複数の大会で優勝している公式試合においては常勝無敗の怪物だった。


 最初からわかっていたことだが……これ、勝てるわけ無いやつ。

 竹刀を振るった時の音からして違いすぎるので、あんなのには防具をつけていてもぶん殴られたくない燐音は逃げた。超逃げた。

 いっそ場外に逃げてやろうと思わなかった訳ではなかった。しかし、回避に次ぐ回避。審判からは分からない位置取りで足を掛けて転ばそうとしたりもしたが回避されるし、性別差の身体能力差は鍛錬によって埋められるどころか山となっている。そんな相手をこれ以上怒らせるような真似は命取りであると直感が言っていた。

 というか何度も「ギブ! ギブアップデース!」って降参してるのに審判もそいつも無視した。端的に言ってリンチである。

 場外に出たくらいじゃ終わらなそうだし、腹が立ったので中学生では禁止されている突き技を解禁したが、それでも一本が遠い。


 最終的に顧問が戻って来て、試合は強制終了。

 最初は突き技を繰り出していた燐音が怒られそうになったが、情感たっぷりにこうなった経緯と理不尽を訴えて顧問を味方につけて部員を糾弾し、初日から腫れ物に触るような扱いを受けることになる。そこまでは良い。

 いや、そうなればまだ良かった。


 俺は目をつけられてしまったのだ。

 そう、怪物……浅沙凛桜に。


『他者を欺き、私腹を肥やす不届き者。その腐った性分、この私が叩き直してくれる』


 いや、私服は肥やしてない。そんな燐音の訴えは否決された。

 というか、間違いなくその発言は建前だった。

 何故なら目が、燐音を見る彼女の目が完全に美味そうな獲物を見つけたけど痩せてて食いでが足りないから太らせて、ついでに品種改良してから食べようとする肉食獣のそれだ。


 草食動物カピパラな燐音は、なすすべが無かった。

 ぶっちゃけ常時フルスロットルで頑張れる根性は無かったので60%位のパワーで頑張る腹積もりだった燐音のケツを引っ叩き、常時120%頑張らなきゃMに目覚めるしか無い責め苦が課され続ける毎日。軍隊通り越してこれはもはや拷問である。SEREである。


 日を跨ぐにつれて初日の冷遇が嘘のように優しくなっていく男子部員。

 浅沙凛桜に同調して俺を監視する拷問官……もとい女子部員。


 当然、あまりのキツさに退部も検討した燐音だが顧問に訴えた際、俺が如何に剣道に熱意があるかもホラ吹いてしまったのでとんでもなく言い辛い、だがそれでもこの状況から逃れられるなら、と退部届に手を伸ばした燐音に手渡される『浅沙道場入門届』。

 その用紙は白紙だった。乾いた笑みで見上げれば、獰猛な笑みを浮かべる肉食獣。

 退部してもいいよ、うちへの入門が義務だけど。そう目がそう言っていた。

 そんなの無視すればいい、こんな理不尽がまかり通るはずない、そう思う人もいるだろうが、純度100%の暴力の前に非捕食者のメンタルは無力だった。カツアゲされる奴とかきっとこんな気持ち。


 そういえば前世でも同級生で剣道部にやべーやつがいるって話を聞いた事があったような気がする。

 如何せん昔過ぎて、すっかり忘れていたけど間違いなくやべーやつとはあの浅沙凛桜である。

 なんでこんな事に……俺はただちょっとドヤ顔したかっただけなのに……。


「正直、こうして講習を口実に部活を休めてなかったら俺はもうこの世に居ない」


「えぇ……それってもうイジメの範疇なんじゃ……」


「世論は天才の味方なんだ……」

 

 やらされてる側からしたら拷問に等しい行為だが、外側からみたらただの部活動である事も問題だ。向こう側の意見的には不真面目な奴のケツをひっぱたいてるだけなのだから。

 体罰が伴っているのでアウトな筈なのだが、やつはケツばかりを狙ってくるので目立った外傷が出ないことと、相手が美少女でこっちがパンピーであることも心象的な振りを被る理由となっている。


「なのでエレインちゃん先生には優しさを所望します」


「取り敢えず5万で良いかい?」


「なんでじゃ」


 それは優しさじゃないと思う。


「私知ってるよ。チンピラに絡まれたらお金で解決するんだろう? これで勘弁して貰いなさい」


「何処で得た知識か知らないけど奴の目的は金じゃないから……」


 というか、分かりやすく犯罪行為に走ってくれるならいくらでも調理方法は思いつくのである。

 問題なのは、多分にエゴイズムを含んではいるものの、それなりの善意や好意も見られるから過激な対応手段を取れなくてなあなあのまま満身創痍のボロ雑巾にされている事だ。

 感覚的には子供の我儘に付き合って筋肉痛になるお父さんだろうか。昔は燐音も父親をフルマラソンに付き合わせて満身創痍にしたものである。尚、完走は出来なかった。


「でもそしたら優しさってなんだい? マッサージ機でも買ってあげようか。座るやつ」


「まず『お金を払う』 = 『優しさ』って方程式が成り立たないと思う……」


「えぇ……万事休すじゃないか」


「誰だよエレインちゃん先生の優しさを定義した奴。何処をどうしたら9歳の女の子がカツアゲ費用立て替えかマッサージ機プレゼント以外の優しさを知らないなんて事態になるんだ」


 しかも肯定したらガチでマッサージ機をポチりそうな危うさがある。

 それなら肩叩きでもしてくれたほうがお父さんは100倍嬉しいよ。


「あ、話は変わるけどやっぱり明日は無理そう?」


「そうだね、やっぱりスケジュール的に厳しそうだ」


「まあしゃーないか、エレインちゃん先生は実質社会人な訳だし」


「純然たる社会人だよ。扶養家族は居ないけどね」


 それが社会人の定義だとすると俺には就業経験が無いことになっちゃうよ。


 明日は講習とかではなく、私用でエレインに誘いを掛けていた訳だが、この9歳児、多忙過ぎて無理だったのである。

 燐音の勝手な都合ではあるが、あまり早い段階から声掛けができなかったのだ。

 ちなみに、講習以外で会うというのは別段珍しくはない。エレインが宿泊中の部屋に顔を出したりとか、この辺りを案内したりだとか、大凡、転校生と遊ぶようなノリで交流を深めていた。

 そして今回、エレインに事前の予定を聞けなかったのはーー


「じゃあこれ、一日早いけど誕生日プレゼント」


 ーーサプライズ性に欠ける、といった理由だった。


「えっ」


 エレインの死角から取り出したるは、コッテコテにベタなプレゼントボックス。

 赤いリボンでラッピングされた結構大きめの正方形の白い箱、絵本とかで表現するなら間違いなくこのデザインというこちら、中身に合わせて買ったせいでサイズがやべーデカさになって隠す場所が押入れしかなくなった代物である。


「ハッピーバースデー、エレイン! 生まれてきてくれてありがとう!」


「あ、え、いや、こちらこそ……」


 7月7日は何を隠そうエレインのバースデーである。

 この三ヶ月で更にマブダチ度を上げたので、プロフィール的なあれこれは既に把握済み。

 抜かり無く生誕祭をやる予定(自己完結)で居たのだが、当日どころか今日この講習が終わったら準備して海外に飛ぶらしいので、時間の都合からパーリィは中止せざるを得なくなった。

 せめてこれだけでもと言うことでバースデープレゼントの出番である。


 ……まあ正直、彼女に買えない物を燐音が買える訳もなく、また現在進行系で地獄の釜でグツグツ煮られている最中なので手作りする時間も無いことから、日本人的謙遜でなくガチでつまらないものとなりそうであるが、そこは心とかそういうアレでカバーされて欲しいところだ。


「あ、ありがとう……驚いたな。これがサプライズというやつか」


「えっ。そんな大層なものじゃないから期待しすぎないでね?」


 てか、サプライズを出来ないから妥協してただプレゼントを渡すだけになったのにサプライズ扱いを受けるとはこれいかに。


「あけてもいいのかい? ちなみにこれがびっくり箱とかただのドッキリだったら私は泣くかもしれない」


「いいよー。てかそんなことする訳無……え、泣く?」


 燐音の疑問には答えず開封されたプレゼントボックスの中から出てくるのはフィンランド産の白い妖精のぬいぐるみ。

 ゲーセンで取れるような安物じゃないちゃんとしたふわふわのぬいぐるみである。

 ぶっちゃけエレインとの関係性的に食べたら無くなるケーキか何かが適切なようにも思えたが、賞味期限の都合上事前に買い置く事が出来ないのでリスクヘッジの関係で否決。次点で見た目にはそぐわないかもしれないが年齢的には適切であるようにも思えるぬいぐるみを採用した。

 尚、燐音がベタなプレゼントボックスを使いたかったからとか、そういう思惑は無いものとする。


「……かわいいね」


「せやろ?」


「ありがとう、大切にするよ。今日から夜のお供はこいつに決まりだ」


 言い方よ。普通に一緒に寝るとか言っておくれよ9歳児。明日やっと年齢が二桁になる少女の言葉選びじゃないぞ。


「どういたしまして」


「燐音の誕生日は期待してくれていい。人生史上最高の夜を約束する」


「なんで大富豪が女を口説くシーンみたいな言い回しなんですかね」


 てかお返しを期待してプレゼントした訳じゃないし誕生日を喜ぶ年齢は前世に通り過ぎてるので俺は祝ってもらわなくていいかなーって。

 そういうお礼合戦になった場合、親しい間柄であったとしても、釣り合いというものを考えてしまうのが人間というものである。そういう方向で考えた場合、財力で劣り時間的余裕も無い燐音に勝ち目はなく、負い目が不良債権となって積み重なること間違いなしなので此方で一方的に祝ってそれでファイナルにさせてほしいというのが正直な心情だった。

 だが、ガチで喜んでるっぽいのは伝わってくるので、現在に限って言えばプレゼントは大成功といっても過言ではないだろう、やはり贈り物は気持ち。


「ホントはケーキとかも用意したかったんだけどなー」


 でもやはり、パーティはしたかった。

 クラッカーとか腐らないものは既に買っちゃったが、こちらは持ち腐れることが確定である。下手すると来年の明日まで出番が無いまである。ケーキは足が早いので、事前に買うのも厳しい。


「と、言うわけで此方が事前に用意したケーキが此方になりますねぇ」


「母さん!?」


「えぇ!?」


「サップラーイズ☆」


 主催者にサプラってどうするというのか。

 いつの間に部屋に入ってきたのか、ドヤ顔の母さんが教材を避けてちゃぶ台の上にケーキを置く。ろうそくもしっかり10本立って、火もついて、準備万端である。

 ちなみに、母さんとエレインは挨拶をしたことがある程度の関係なので、距離感がぶっ壊れてると言わざるを得ない。


「ちなみに、今日開催されなかったらこのケーキを完食する義務を課される事になったので母さんの内心はヒヤヒヤです」


「いや知らんけど……」


 その辺のリスク計算を息子がしているのに母親が出来ていないというところに思うことが無いではなかったが、自分は転生者なのでそういう事もあるってことにした。


「燐音のバースデー声が聞こえた時、母さんは本当の喜びというものを知ったわ……流石に一人でホールケーキ一個食いは無理よ」


 この手のケーキは一日おいたらもう固くなって食えたもんじゃなくなるから食べなきゃっていうのはわかるけど、そもそも何故ホールで買ってしまったのか。仮に一人三分の一でも結構多いぞ。


「ま、まあ良いか。ケーキ登場で一気に誕生日会っぽくなったし」


「なんだか申し訳ないね、燐音のお母さんにまで気を使わせたみたいで……」


「いや、母さんはただこの波に乗るしかねぇって勢いで動いただけだと思うから気にしなくていいよ」


「その通り! なんくるないよ」


 伊達に量を考えずにホールケーキ買ってきてないな、悪びれない。

 ろうそくもちゃんと十本用意してあり、火をつければあら不思議、お誕生日会感が二割増し。燐音のプレゼントボックスと同じく、これがやりたくてホールケーキを選んだのが肉親故に丸わかりである。血の繋がりを感じる。


「さあエレインちゃん先生、ろうそくの火を消すんだ。……あ、歌ったほうがいい?」


「……燐音、燐音のお母さん」


「ハッピヴァ……何?」

「はっ↓ピ↓ばッ↑……何?」


 開始直後から音程を盛大に外した母親に視線を持ってかれかけた燐音だったが、声を掛けられてエレインに視線を戻す。

 すると彼女は敬虔な信徒が神に祈るような憂いを帯びた面持ちで言う。


「改めて、ありがとう。今の私はきっと、神様だって殺せるよ」


 訂正、神殺しギルガメッシュの様な顔だったわ。



――――――――

【あとがき】

※尚、本作品は部活スポ根ではないので地獄の鬼系ヒロインの本編登場予定は現状ありません。


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