第11話 セリヌンティウス君は犠牲になったのだ……

「――アフレコ?」


 正月、エレインが遊びに来た時の事だ。

 年末に一緒に年越しをして、部屋に配置されたこたつでデュエルをしていた時の事だった。燐音がエレインにワンターンキルをキメられ「は!?!?」ってなっている所に下された罰ゲームの話である。


「うむ、アニメーションは外注した。準備は万端だぞ」


「えぇ……異様に気合いれてんね」


 思えばこの、勝者が敗者に何でも言うこと利かす権利で適切に罰ゲームチックな事を指示されたのは初めてのことである。

 理由として考えられるのは、父娘になってしまえば甘えるのは当然の権利なので命令する必要性が無くなった、というところなのだろうが随分と気合の入った内容である。罰ゲーム的にはポエム朗読に近いアレだろうか。


「まあショートアニメだよ。同じ映像で三十秒とショート版の十五秒で二種類。台本はこれ。リテイクありだからガチらないと無限永久に終わらないよ」


「えぇ……」


 俺は別に声優でもなんでも無いんだが……。なんて事を思いながら、燐音は台本を開く。……え? 女の子のキャラクターをアフレコすんの?


「実際のアニメはこれだ」


「ぎゃんかわじゃん。……え? 俺これに合う声出すの? 嘘でしょ??」


 翼を背負う系の美少女冒険者が伝説の剣を手に入れて化け物と退治するショートストーリーだった。


「てか何これ? CMっぽいけど」


「CMっぽくしたのさ」


 あ、まんまなのね。


「コンセプトは我社のCMだよ」


「へー……あ、じゃあこれが社名なの?」


「あれ、言ってなかったかな。そうだよ。私が立ち上げた対迷宮攻略用兵装開発企業の名は――」


 敢えて立ち上がり、エレインは胸を張って誇らしげに言う。


「――SERAFIMセラフィムだ」


 因みにだが、その時は「天使の名前を社名にしたのかー」なんて燐音は思っていたのだが、後で調べてみてセラフィムのスペルが違ったのでエレインに聞いてみた所、ドヤ顔で『熾天使セラフィム』じゃなくて『世良SERA地対空ミサイルFIM』だよとドヤ顔で言われた。

 重ねて何で地対空ミサイルやねんと尋ねると、燐音の第一印象と返ってきた。

 要は天使の皮を被った、誰にも分からない隠語で社名『世良燐音』である。

 燐音は強く変更を訴えたが、当然のように否決された。





 尚、ここまでは走馬灯、またはそれに類する何かである。




 ◆




「」


 言葉は無かった。というか出なかった。

 毛が逆立つ、脳が振るえる。心臓がこれでもかと言うほどに高鳴り、全身全霊を持ってこの場を離れろと肉体が訴えているのが嫌というほど分かる。

 状況を把握してしまえば表情を変える暇すら惜しかったので、燐音はにこやかな表情のまま体を反転させる。

 そして反転が終わる頃には表情が抜け落ち、脚は全力で駆けていた。


 ナンデー!? 何でこんな所に浅沙凛桜あいつがいるの!?

 幸運よさようなら、否。これは上げて落とすという常道手段に過ぎなかったのですね、おぉゴッドよ……。 


 いや大丈夫だ、まだ間に合う。

 私は全然貴女を補足なんてしてませんよってツラでいるんだ。

 燐音は今、目が会ったから走ってるのでは無い。急用を思い出して走る必要が出てきたから走ってるだけだ。セリヌンティウス君待ってて……。


 大丈夫だ、逃げる事に関して言えば燐音はプロだ。奴は確かに化け物モンスターだが、脚に関して言えば燐音の方が早いしスタミナはイーブンだ。しかも今回は人海戦術で場所を特定されたりしないから追いつかれたりしない。


 勝てる、いや勝った! 俺は……拷問うんめいに打ち勝つ……!


「何故逃げる」


 わぁ、並走されてるぅ。

 全速力なので、脇見とかして転んだりすると結構洒落にならない怪我をするので前しかみていないが、真横から極刑を告げる声が突き刺さる。


 まだだ、気付いてない。俺は真横からの声になんて気付いてないんだ……!

 燐音は速力を落とすこと無く、むしろ火事場の馬鹿力でも発揮したかのように、未だ嘗て無い速力が出つつあった。

 体が軽い、疲労を感じない。ジェットブースターが搭載されたかのようだ。

 ほら、まだ加速する――




 ◆




「すまない、セリヌンティウス君……」


 Q.相手が自分より脚が早い場合どうする?

 A.加速する前に捕まえる。


 なんか、覚醒間際。みたいな速力を見せ燐音だったが、並走していた彼女の手のほうが早かった。

 二足歩行の構造上、必ず訪れる片足立ちになる瞬間を見逃さずに足を掛け、前のめりにぶっ飛びそうになった燐音のボディをそのまま小脇に抱え、そのまま徐行して勢いを殺して静止するという大凡人間らしからぬ挙動で捕獲された燐音は、最早抵抗する事を諦めた。

 屠殺される事を受け入れた山羊のように地面に届かぬ手足をプラプラさせている。


「セリヌン……何?」


「いや……なんでも……」


 さようなら、自由なスクールライフ。

 第二次地獄巡りが始まる……。

 燐音は状況に慣れたので、小脇に抱えられたまま娘に『この手紙を読む時、俺はもうこの世に居ないだろう』とだけメッセージを入れる。

 返信は即座に返ってきた。

『了解。時間が掛かりそうなら改めて連絡求む』

 燐音に適応している……。


「で、何で逃げたの? 何処かで会ったことあったっけ?」


「え?」


「え?」


 え……?

 そこで初めて燐音は体をよじり、相手の方へ視線を向ける。

 顔は確かに見覚えがある……が、彼女は金髪だった。

 我こそは日本男児(♀)と言わんばかりだった奴が、突然金髪に染めようとするとは考えにくい。少なくとも燐音のしっている浅沙凛桜であれば、全身真っ赤で角が生えてても違和感は無いが、髪を金に染める姿は想像出来なかった。

 というか。


「胸が無パぅム!?」


 男を小脇に抱えても重心が欠片も傾かない程の剛力を持つ腕で腹を締め上げられ、危うく中身が出そうになったが、どうにか踏みとどまる。


「……なんて?」


「……何でも御座いません」


 奴はモンスターなので最強のフィジカルと女性らしさを損なわない人類(♀)の最適解みたいな体付きをしていた。まさか邪魔だからって胸部を削ぎ落とした訳でもあるまいし、少し話しただけで分かるくらいに喋り方も違う。

 これはもしや……別人では?


「あの……」


「何よ」


「お名前は……」


「浅沙露菜ろなよ」


 別人ン゛ンンンンン! でも名字が同じだし間違いなく血縁者だろう。

 顔もそうだが、燐音を見かけたら取り敢えず捕獲する所とかそっくりですね。


「アンタは?」


「……………」


「何故黙る」


 いやそりゃあ名乗れないだろう。

 血縁者ということは、繋がりがあるという事。流石に海を渡って捕縛に来るとは考えにくいが、場所が割れるのは避けたいという生存本能に基づいた気持ちがあった。


「……山田。山田燐……太郎、でゲス」


 やっべ名字だけにすれば良かった。ガバって名前だけ本名言うところだった。

 しかも余計なキャラ付けをしてしまった気がする。


「ふーん、燐太郎」


「そ、そうでゲス」


「聞き覚え無いわね」


「そりゃあそうでゲスよ。初対面でゲスから」


「じゃあ何で逃げたのよ」


「逃げてないでゲス。急用を思い出しただけなのにお姉さんが拉致って来ただけでゲスよこのゲスが!」


「今どさくさに紛れて私の事罵倒しなかった?」


「気のせいでゲス」


 というか何で奴じゃないなら俺の事拉致するんだろう……。

 燐音からは逃げ出す理由が無くなった訳だが、そうなってくると同時に拉致られている理由が分からなくなってくる。

 まさか逃げたから捕まえたなんてそんな野生動物みたいな生態している訳じゃなかろうし。


「燐太郎」


「何でゲス?」


 小脇に抱えられたままポツポツ雑談しながら五分位歩いていただろうか。

 何時までこのままなんだろうとか、敵意は感じないけどこれは最早拉致なのでは? とか考え始めた時のことだった。

 なんか、被害者と加害者の差異はあれど似たような事を考えてそうな露菜が言う。


「……リリースして良い?」


「…………」


 どうやらそういう生態の生き物であるらしかった。

 燐音は開放されて、大地に足が付いている事の素晴らしさを噛み締める。

 さっさとトンズラかまそう。燐音は自分の事を欠片も信用していないので、一緒にいる時間が長いと絶対何処かでやらかすと確信しており、余計な情報を与える前に去るのが最適解と判断した。


「ごめんね捕まえちゃって」


「ゲースゲスゲス!(笑い声) いいんでゲスよ。それじゃあ燐太郎はこれで失礼するでゲス」


 そして未来永劫会うことはない。

 燐太郎とか存在しないので……。


「あ、待って」


「ゲス!?」


 風になろうとした燐音は襟首を掴んで静止され、盛大に首が絞まる。

 胴の次は首を締め上げるという訳か……。


「見た感じ、燐太郎はこの島きたばっかりよね?」


「そ、そうでゲスが」


「船で、筋骨隆々の大男と会わなかった?」


「…………」


「その顔はあったみたいね」


 な、なんでここでマーライオンさんの話が出てくるんだ。


「あいつが、仮を作った少年に道案内するって言って置いてけぼりにしてしまった。船着き場でも見つからない。探すのを手伝って欲しいって言って私らで探し回ってたのよね」


 やべぇ鍛えてるとは思ったが、どうやらあの筋肉冒険者と彼女は同じチームで活動する冒険者だったらしい、世間って狭いね。

 というか、気にしなくていいのに。

 ただの行き摺りに過ぎない関係で、燐音も小さな事もじゃないのだからはぐれたなら自分でどうとでもする。いや、した。

 あの筋肉お化け、見かけによらず随分と生真面目であったらしい。


「ほら、姿絵もそっくり」


「こけしの通販ページじゃねぇか! ゲスぅ!」


 や、野郎……! 何食わぬ顔で人のことコケシ認定してやがった……!

 しかもちゃんと燐音似の(かなり不本意ながら)可愛い系のやつである。

 というか、髪をボブにしてる訳でもないのに何でこうまでこけし扱いを受けるのだろう。ウィッグを付けてるときならしょうがないと諦めもつくのに、平時から結構な頻度でこけし扱いである。


「ちょっと迷子になっちゃたんでゲス。あの後問題なく辿り着けたから気にしないでくれって伝えて欲しいゲス」


「そうは問屋がおろさないのよね」


「ゲス?」


「……本人連れてかないと、間違いなくサボりたいための嘘だと思われる」


「ゲスゥ!?」


 最早「ゲス」が鳴き声だよ!

 というか、何故そんなに信頼が失墜しているのか。自分を巻き込まないで欲しい。そんな余計な一言とおそらく通らない主張を飲み込み、状況のヤバさに青ざめる。

 即時トンズラをかますつもりだったから、こんな変な語尾でキャラ付けしてたのだ。彼の前ではそんな変なことしていなかったし、何なら本名を名乗ってしまっている。何のツッコミも無くて泣きそうになりながらも継続したのが完全に裏目ってた形だ。

 ……いや、ツッコミが無いなら何食わぬ顔で語尾辞めても何のリアクションも無いだろうか?


「まあ十中八九アンタだと思って連れてきてから言うのもなんだけど、ご飯くらい奢るからちょっと付き合ってくれる?」


 ホントだ! いつの間にかさっきの喫茶店前にいる!

 状況打破に夢中だったのと、干された洗濯物みたいに運送されていたので気付かなかったが、先程居づらくて急いで出た喫茶店の店先に居て、ガラス越しにさっきも居た客から「別の女と一緒にいる……」みたいな目で見られていた。

 嘘だろ都合の悪い状況が渋滞起こしてる!



「見た感じ冒険者になりに来たって感じでしょ? 先輩だしアドバイスもするから」



――――――

【あとがき】

 前回引きにつかったけど実は本編に登場予定無いってネタバレしてる。(プロット通り)

 実在するけど登場しない。奴はある意味、妖精のようなものなのです。


 実は今日で投稿から1月になるので二日連続更新です。

 ※1話を1ヶ月に投稿したので11話を投稿しますとかそういう事を狙った訳では御座いません、記憶にございません。


 今週末はポケモ……予定があって忙しいので更新は後一回になるかもしれません。

 いいからさっさと続き書けよって思われる方は左下のハート、右下のコメント、はたまた最新話フリック先のスターにて応援よろしくお願いします!

 既にして下さってる猛者な方はありがとうございます! 心の目で見ての通り執筆意欲に繋がっております!

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