第10話 極一般的な親娘のやり取り
警察に通報したらすぐにその場を離れ、後は見届けなかった。
到着を待ってたら待ち合わせ時間に間に合わないというもあるが、ツラを覚えられて通報したことを逆恨みされてもつまらないというのが一番の理由である。
なので燐音は怖いから逃げ出すといった体でその場に居ないアリバイ作りをしてその場を離れた。別段興味があるわけではないけれど、まあニュースに取り上げられる位の大事だったら結末位はわかるだろう。
待ち合わせの喫茶店はすぐに見つかった。
海カフェというんだったろうか、浜辺に道路を挟んで隣接し、壁一面がガラス張りで海を一望できるその店は海開きのシーズンにはかなり客入りの良さそうな雰囲気の良い店で、シーズンオフな現在であっても昼時である今は結構な賑わいを見せている。
地図アプリを見た感じだと結構競争も激しそうであるし、食事にも期待が持てる。
「いらっしゃいませー、空いてる席にどうぞー」
早速店内に足を踏み入れ、燐音は待ち人を探す。
「父さん! こっちだよ!」
「エリー!」
キョロキョロするまでも無く声がかかり、そちらを見れば待ち合わせていた愛娘の姿。白金色の髪を纏め、バッチリ春コーデで決めたエレインを捕捉した燐音は自然と笑みを浮かべ、そちらへ小走りで近寄る。
相変わらずの謎文化ハグとチークキスをキメて再会を喜んだ訳だが、ハデハデで視線集めまくりだったエレインと超親しげにする謎の男という構図が盛大に視線を集めまくっていた事に気付いた燐音は早々に離れた。
なんだかんだ、外で待ち合わす機会が無かったので気にしたことが無かったが、こうもガン見されてしまえば恥ずかしくなるのが人というものだ。
「久しぶりだねぇ」
「そうだね、正月ぶり?」
「今年はバレンタインも郵送で済ませてしまったからね……」
「あぁあのでかいダンボールで送られてきたやつな……」
……誕パの時も思ったけど物量攻めは冷蔵庫の圧迫と母さんの体重にダイレクトアタックするから辞めて欲しい。
因みに燐音と父親は食べても太らない体質である。いや、燐音はそもそも運動量の桁が違うので動くことを辞めてみないと太るか太らないかはわからないが。
「ご飯、まだだろう? 一緒に食べようと思って待っていたんだ」
「そうなんだ、じゃあまずご飯を食べよう」
という訳で、席について燐音はオムカレー特盛とコーヒー、エレインはサンドイッチとカフェラテを注文した。
「父さんの荷物はちゃんと届いたよ。事前に言ってあった通り荷解きは此方で済ませてある。詳細は後で書面で渡すから確認して欲しい」
「本当にやってくれちゃったの? 別に放置で良かったのに」
「我儘を聞いて貰ったんだからこの位はするとも。父さんは家に入ったら後は『ただいま』って言うだけで良い」
いやー流石にそんな厚顔では居られないかな……。
会話の流れから察せられる通り、永界島での燐音の拠点はエレイン宅である。
予定では、敢えて学生寮という選択肢を選ばず、何処か適当に部屋を借りて悠々自適な独身ライフを取り戻す筈だったのだが、全く別のプランを建てて、且つ燐音のプランを棄却出来る存在が燐音以上に準備万端で立ちふさがったのである。
エレイン宅の、エレインさんっていう人なんだが。
先に島へ来ている分事前準備しやすいのは当然だが、最初から燐音と一緒に暮らす事を前提とした拠点作りをして、燐音が一人暮らしするつもりだったなんて欠片も考えていなかった娘の、『引っ越しの荷物はここに郵送すればいいから』という言葉を投げられた時の燐音は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしていた。
燐音の認識では、エレインを娘として認知はするが既に独り立ちしている筈で、今迄がそうであったようにこれからも一緒に暮らすという選択肢がなかった。エレインの年齢的には親と一緒に暮らしてなきゃ駄目な年齢ではあるんだけれども。
それでも立派に社会的地位を獲得した娘に寄生する気とか欠片も無かったし、自分に合わせて生活水準を下げてなんて恥を知ってれば言えるわけもないので燐音はエレインの希望通り、一緒に暮らすしか選択肢が無かった。
しかも、言うタイミングが絶妙だった。
丁度これから部屋を探そうという時で、もし仮に既に部屋が決まっていたならば、燐音はお断りする選択肢あっただろう。だが損得計算が用いられない場合、準備万端な人間にこれから準備しようとする人間が主張する権利はないのである。
予定外ではあったし、一人の自由さが捨て難い気持ちもある。
なにせ何十年も一人で慣れていた訳で、共同生活のノウハウがゼロである。年頃の娘と暮らすとなれば、色々気遣う事も出てくるだろう。
だが、娘がそうしたいと言うならそうしてあげるのは義務だとも分かっていた。
大変だろうことは最初から分かっていた事だ、経験がないんだから努力と根性でやっていくしかないということもちゃんと知っている。
燐音だって、軽い気持ちで『父』になるなんて口にした訳ではないのだから。
今後の展望にワックワクなエレインと今日の予定について話していたら、あっという間に料理が運ばれてきた。
「ん? すまない、電話だ」
エレインの携帯に着信が来て、一度席を立った。
仕事の電話だろうか? それともボーイフレンド?
後者なら燐音はリアルに『娘が欲しくば余の首を取ってみせるがよい』と言うつもり満々だった。未だ父親歴半年にも満たぬ新人であるが、娘を攫う相手が現れたならば相応の壁として立ちふさがる気だった。
全身全霊を持って連れてきた輩の一切合切を根絶やしにするので安心して欲しい。
燐音は
娘に群がる虫相手には何をしても良い。(何処ぞの道場で至った結論)
「すまない! すぐに行かなければならなくなった」
戻ってきたエレインは開口一番にそう言った。
拝み手に頭を下げ、心底申し訳無さげな彼女に燐音は首を傾げる。
「なんかあったの? 急な仕事?」
「それなら後に回せたんだが……」
まさか……男かッ!!!(クワッ!)
表情はそのままに燐音の利き手が
よもや部位鍛錬の成果がこんな早くに活きる機会が来ようとは思わなんだッ!(クワッ!)
「前に話した共同開発者が豚箱にぶち込まれそうなんだ。流石に迎えに行かなきゃヤバい」
「……。…………!? 大丈夫なのそれ!?」
そいつの人格と状況の二重の意味で。
言葉の意味を理解するのに時間がかかる。そのシンキングタイムで込められた力も抜けて何処かへ行ってしまった。それ程に『共同開発者』と『豚箱』のコラボレーションは拙い。娘の会社が想像以上に砂上の楼閣だった事に燐音は驚きを隠せない。
「詳しい事は向こうで聞くけれど、理由は喧嘩らしいから多分大丈夫だよ」
「……なんだ、驚かせないでよ。『警察のお世話になる』と『
いや、お世話になるも拙いのだが。
だがそれを踏まえても前科が付くかどうかの差はデカイ。
「すまない、言い方が悪かったね。まあそれでも迎えに行かなきゃない事には変わりないからちょっと行ってくるよ」
「エリー一人で大丈夫? 俺もついていこうか?」
「問題ないさ。……初日から警察沙汰に関わらせるのもアレだしね」
確かに自分事でなくてもそれはちょっと嫌かもしれない。
通報しただけなのを含めたら本日二度目だぞ。まだ昼になったばかりなのに。
というか、エレインの年齢で警察に行って身元を引き受ける事って出来るのだろうか? 見た目的には全く問題ないが。
「大丈夫ならいいけれど、何かあったらすぐ連絡するんだよ?」
「ありがとう、そうするよ。……あぁ、すまないがサンドイッチの処理と会計は頼む。すぐに帰れないかもしれないから時間を潰しておいて欲しい」
そう言ってエレインは財布から万札を十枚ほど取り出しテーブルに置く。
「迎えは呼んであるが、この辺で父さんと遊んでから帰る予定だったから結構遅い時間を指定していてね。おそらくそれまでには終わるから、うちには一緒に帰ろうじゃないか」
最後に燐音の手の甲にキスを落とし、手を振って言う。
「それじゃあ、行ってくるよ」
「う、うん。いってらっしゃい」
手を振り返した燐音を愛おしげに圧殺するほど力強く抱きしめた後、エレインは店を出て行った。
シャイボーイな燐音と違い、周囲の視線を欠片も気にせずやりたいことやって去っていったエレインを見送り、再起動に五秒程時間を要した燐音は再起動前から気付いていた周囲の視線にを一身に受ける羽目となる。
……超居づれぇ!
急いでオムカレーとサンドイッチをかっ込み、早々に会計を済ませて店を出た。
さて、予期せぬフリータイムである。
店を出た燐音は特に目的もなく、海沿いを道なりにトコトコしていた。
豚箱発言で困惑を誘った後に、手渡しではなくテーブルに置いておくという離れ業で受け取らない選択肢を潰された現金は後でノシ付けて返却するとして(さっきの会計は燐音の財布から支払った)、見知らぬ街で何をしていいかは悩む所である。
そもそもこの辺はただの通り道でしか無いので燐音の下調べ対象外だったりする。
先の説明の通り、
まあこの辺りも物流の要なので下手な田舎の何倍も開けているのだが、迷宮付近の方が凄いともっぱらの噂である。
迷宮付近に人口が集中するとか燐音からすると普通に危ない印象を受けるのだが、仮に迷宮から侵攻があった場合、この程度の距離は誤差であるらしく利便性を優先したらしい。
ただ
「……ふう」
何も起きないな。……いや起きて欲しい訳では全然無いんだけれども。
何時もの燐音ならあの全く無関係な喧嘩に巻き込まれてはっちゃかめっちゃかになっていただろうし、そもそも船が島に辿り着けないなんて自体に見舞われる可能性もあった。だというのに迷子になったとは言え何の問題もなく現場から離れる事に成功し、あまつさえ何事もなく待ち合わせ場所に辿り着いた。
エレインが所用でいなくなってしまう事態にはなったが、何時もなら遠出したら十中八九酷い目に遭うのが常道だったのに。
……もしかして今日の俺、滅茶苦茶ツイてるのでは?
人生初の事ゆえ確かなことは言えないが、何事も起こらない予感がある。
まるで実家にいるかのような安心感だ。Excellent!
しかも今日からは自分のペースでトレーニングが出来るとか最高かよ(洗脳済み)
まあ元より体が資本の職業だ。それでなくても折角鍛え上がっているボディのスペックを落とす気は無かったし、運動量自体はそれ程落とさないだろうが強制されるのと自分のペースでやるのじゃ全然話が違ってくる。
なんなら一緒にやる相手によってもモチベが違う。娘と一緒にやるならそれは殊更楽しい催しとなるだろう。尚、トレーニングはトンズラかまそうとするであろう娘を捕獲する所から始めるものとする。
故に鼻歌なんか歌いながらスキップでもするような軽やかな足取りでトコトコしていたら、向かい側から歩いてくる女の人と目があった。
そいつは随分と見覚えのある顔立ちで、なんなら思考的な意味ではかなりタイムリーな――――
――――――
【あとがき】
即落ち2コマは世良家のお家芸(当人不本意)
PVが1000を超えました! 次は10000超え目指して頑張りますので皆様応援よろしくお願い致します!
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