一章 大いなる冒険に至る為の道筋
第9話 永界島
物語の舞台『永界島』の話をしよう。
同時に、そこに巣食う大迷宮『
この島は、その存在を前世で観測していなかったが故にファンタジーか何かと認識する燐音で無くとも、その実情を知れば実在を疑わしく思う場所である。
大前提の話として、各国に存在する迷宮とは燐音の認識で言う所の歴史的な文化遺産が変異しているようなケースが一般的で、未発見の場所がある可能性を除外すると立地から新調されているケースは日本の迷宮だけなのだ。
ともすれば島そのものが迷宮なのでは、と燐音は思う訳だが魔物の分布的には明らかに島と迷宮は別枠なので理由が『前世に無かったから』だけでは単なるこじつけでしか無く、また学者でも何でもない燐音からすると『それが何であるか』は重要ではないので結論は『兎にも角にも迷宮だぜヒャッハー』なのだが。
まあ視点が明らかに転生者なので察せられると思うが、今瀬人が実在を疑わしく思う理由は別にある。
まずこの島、飛行機ではたどり着けない。
開発が進み、人口が増えれば交通を便利にしたいと思うのが人の常で、空港建設計画が立ち上がった事もあったのだが、物資搬入用の簡易発着場を造った段階で島に飛ばした飛行機が、島の先の海に軟着陸した。
飛行士の話ではフライトには何の問題なく、しっかりと目視確認の上で島に着陸しようとしていたのだと言う。しかしいざ着陸してみれば海にザブンしているのだから何がなんだか訳が分からなかったそうな。
衛星カメラにその島の全容はしっかり写るし、目視確認も出来る。
しかしながら、着陸や攻撃といった干渉は出来ない。
この理由は今に至るまで解き明かされておらず、状況から迷宮が何らかの要因で干渉しているのだろうとされている。
何故ならもっと直接的な現象として、船でも航路を間違うと辿り着けないからだ。
航路といってもそう難しい事じゃない、日本列島側からの船しか島に辿り着けないというだけだ。だが、簡単故かそのルールを脅かすと島は牙を向く。
不用意に太平洋側から永界島に近付いて帰ってきた船は、規模問わず存在しない。
因みに映像としてその状況が撮影されたものがある。
出処としては何処ぞの国の船が二隻、不当に日本海に侵入して一隻はその場に残り、もう一隻が太平洋側から永界島に近付こうとしたらしい時のものだ。
事の始まり、動画の開始時にはそもそも永界島を視認出来ていなかった。
そしてその動画で視認されることは一度たりとも無い。
証拠は船の位置情報のみだ。
まず、先行していた船が突如として出てきた霧に喰われた。
霧、といったが厳密には白い気体上の何か、が適切な表現だろうそれは、水面を進む芋虫の様に、境界線を超えた船を喰らい、それからものの数秒で霧に覆われた船の信号がロストした。
それを目撃したもう一隻が強烈な死の予感に助けに行くなんて選をせずに命からがら逃げ出したから映像として残っており、違法行為の告発にもなり得るそれが周知されているのにもホラー的理由がある。
動画をサイトに無断で投稿した船員がいて、そいつは豚箱に打ち込まれて尚後悔なんて欠片もない顔でこう言ったという。
『コレを投稿しなければ俺はもうおしまいだった。投稿したから俺はもう大丈夫なんだ』
その安らいだ顔に触発されるように、船長含む、当時の船員全員が突如としてその動画をばら撒き、箝口令を敷いても無駄なレベルで周囲に情報を風聴して回るようになった。
あの時、彼らは逃げる事に成功したのではない。
『ルールを守れ』とだけ囀り続けるカナリアにされたのだ。
因みにだが、船で島に辿り着ける境界線というのはかなり分かりやすい。
永界島に済んでる人間なら誰でも分かるレベルだ。
これは永界島の由来。迷宮が地平線と呼ばれる理由でもある。
世界的に見ても最大規模とされる大迷宮『
その名の通り、地平線の見える先の見えぬ大草原。
地球という星の中で永界島として認識される範囲の先、太平洋側に向けて扇状に広がっているのが
実際には小さな島国の更に小さな列島の一つ、しかしながら永遠に世界が広がっているようにも思える島。故に永界島なのだ。
太平洋側から船で永界島に近付くということは、座標的には迷宮に直で突っ込むに等しい。永界島に辿り着ける航路とはつまり、上陸地点が扇状に広がる迷宮の範囲に無い事だ。
何がしたかったのかは知らないが、そりゃあ何があってもしょうがないだろう。
不用意に神秘を暴こうとした奴の末路なんて、古今東西同じだろうに。
◆
そういう訳で、船旅である。
時期的には春休みだろうか? 燐音からすると卒業式が終わり、新生活の準備期間となる訳だが一刻も早く浅沙道場とかいう地獄からトンズラをカマしたかったので念入りな事前準備の元、卒業式の翌日には朝の便で永界島への航路にいた。
引っ越しの荷物も事前に郵送済みで、昨日の内に奴を通さず師範に直接引っ越すので辞める旨を伝え、大掃除のに一風呂浴びたみたいな清々しい気持ちで夜行バスで鈍行し、早朝の便に間に合うように千葉に入り、現在は船に揺られているという訳だ。
高速ジェット船なので午前中には到着出来るだろう。
……ところで隣の筋骨隆々の大男が真っ青な顔をしている。
「……あの、大丈夫ですか?」
「…………うむ」
全然大丈夫じゃないですね、分かります。
海は静かなものだし、余程酔いやすくなければこんな状態にはならない筈なのだが、どうやら目の前の彼はその『余程』酔いやすい人種であるらしかった。
見た所、というか雰囲気が完全にソルジャーなので
「あの、一回トイレ行って吐いてきたほうが良いんじゃないですか?」
「…………そう、だな。……そうしよう」
「エチケット袋とか持ってます? 無いならビニール袋で良ければ差し上げますよ」
「……すまん」
鞄から出したビニール袋を差し出すと、大男はそれを受け取って立ち上がる。
座ってる段階でデカかったが、立つとなおさらデカイ。二メートル超えてるんじゃなかろうか。
短く切り揃えられた短髪に、鋭い目付き。具合が悪そうでも声を掛けられるだけで勇者と呼ばれそうな風貌の筋肉お化けは覚束無い足取りでトイレの方へ歩いていく。
――オロロロロロ!
ギャー!
遠くで、マーライ音と悲鳴が聞こえる。
どうやらトイレまでは間に合わなかったらしい。
ちなみに燐音はイヤホン(デバイス未接続)を付けたので何が起こったのかまるで気付きませんでした。何処かの誰かに合掌しているように見えるのは気の所為です。
その後、燐音は何食わぬ顔で「間に合いましたぁ?」とか話しかけて、どうやら一度吐いたら多少は回復したらしい大男の「……まあな」という言葉を鵜呑みにし、島へ着くまで雑談を交わした。
彼は燐音の予想通り同業者だった。
今日は里帰りから戻る最中らしく何故こんな早い便だったのかと聞けば、どうやら今日急にパーティメンバーから新メンバーの紹介があると聞かされて、急いで戻ることになったのだと言う。
彼は企業戦士ではなくフリーの冒険者で、キャリア的には中堅。燐音が知らないだけで結構有名なパーティのメンバーであるらしい。
燐音は自分も冒険者になるとは言わなかった。言わずとも察せられてるかも知れないが、流石に展望も見えない状態でそう名乗るのは恥ずかしかったし、それなら普通にこっちの高校に入学することになったって言ったほうが身の丈に合っているような気がしたからだ。
……剣道部入部の際の教訓を活かしたとも言う。
そして、何のアクシデントにも遭遇すること無く船は永界島に到着した。
凄い! 夜行バスはジャックされたけど船は沈没する事無く着いた!
件の大男と別れ、磯の匂いで肺を満たす。
ここからは完全なる未知だ。
多少技術的アドバンテージはあるかも知れないが前世貯金はほぼ役に立たず、今後の一切合切が今の自分に委ねられている。
世良燐音の人生は今この瞬間から始まる。そんな気すらした。
「やあ、やっと来たね。待ちくたびれたよ」
子供の声だった。
振り向くと、そこにいたのはやっぱり子供で、明らかに顔見知りに対する態度だ。しかしながら見覚えが無かったので自分以外の誰かを探したが、それらしい人物は見つけられない。
奇妙、そう奇妙である。
金髪で、瞳まで金色。色白で見るからに外国人ですよって風貌の十歳にも満たない少年であるように見える。
そして、これでもかってくらいにやにやしている。
間違いなく美少年だが、服装の特徴の無さのせいかもしれないが兎に角にやにやしてるのが印象に残る子供だ。
「……誰?」
「頑張ってよ? 応援してるからさ」
そう言って、手が差し伸べられる。
言葉に対する返事は無く、握手を求められるケースに遭遇した事は無かったが、これと言って嫌な予感はしなかったのでその小さな手を握り返す。
……よし、これで逃さんぞ。誰の差し金か
※こちょばす=くすぐる。
「わっ」
強風。
思わず声が出て、反射的に目を瞑ってしまうほどの風に一時的に五感が鈍る。
「あれ!? いない!?」
そして、その一瞬の内に手を握っていた筈の子供も消えていた。
イリュージョン……?
はたまた物の怪の類いか。迷宮に密接に関わっている島であるから、そういう不思議現象が横行していて、燐音の隠れファンだったぬらりひょんが顔を出したのかもしれない。
「…………あ、待ち合わせ遅れる」
愛娘は愛娘なので船の到着時刻に合わせて待ち合わせ時刻を決め、土地勘の無い燐音を迎えに来ると申し出ていた。
本当は港まで来ると言っていたが、聞いた限り済んでる場所や職場からかなり遠いので燐音の方が遠慮したから、港近くの喫茶店で待ち合わせとなった(距離差一キロ未満)。
永界島の港は、港が唯一の物流線故か、本当にザ・港という感じだった。
朝早いのに貨物船が立ち並び、港には沢山のコンテナが積み上がっている。
……ははーん、これは迷子になったな?
客船から降りて、普通の道を歩いてたら普通はこんな搬入中の作業場に辿り着かない。どうりで待ち合わせしていると言ったらそこまで案内してくれると言っていた大男と逸れる訳である。
ここにいたら間違いなく怒られる。燐音は元来た道を引き返えす事にした。
――喧嘩の音がする。
より具体的に言うと、人がコンテナという金属壁に叩きつけられた音を燐音の耳が拾った。
セオリー通りなら、君子危うきに近寄らず……なのだが、場所も選ばず喧嘩しちゃうようなチンピラ程度相手なら無双できちゃう程度には武術のプロな燐音である。
ここで放置して、後から死亡事故とかニュースで知ったら絶対に後味が悪い。更にこれが喧嘩じゃなくてリンチとかだったなら胸糞割合倍増である。
覗くだけ覗いて、緊急性がなければポリスマン。人死にが出そうならリンネマンの出番だ。
という訳でこっそりと音のする方を覗き込む。
……あーうん。
「もしもし警察ですか? 複数の男性を金髪の少女が暴行してます。 場所は――」
でも殺す気は無いみたいだからポリスメンに任すね……。
燐音は正しく状況を理解するとバレる前に距離を取り、110した。
何あれ永界島怖……。
――――――
【あとがき】
ルール(告知なし)
断崖絶壁に飛び込んで「死んだんだけどどうなってんだ!」と文句を言う奴はおらんやろ?? という神様の思し召し。
そんな訳で本編スタートです。
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