第12話 捉えた獲物に餌付けする
「いらっしゃ……いませ? 開いてるお席にどうぞ」
店員の態度が燐音を見る目を描写せずとも雄弁に語っている。
しかも、なんの因果か浅沙露菜に誘導された先はエレインと一緒に座っていた席で、燐音は滅茶苦茶居心地が悪かった。
「何にする?」
「……アイスコーヒーで」
「遠慮せずもっと頼んでいいよ?」
「いや、コーヒーだけで」
「遠慮せずもっと頼んでいいよ?」
「……」
「遠慮せずもっと頼んでいいよ?」
えぇ……。
何この遠慮せずbot……いや、遠慮とかじゃなくて燐音は単純に全くお腹がすいていないのだ。
ついさっき大盛りのカレーと余分にサンドイッチまで胃袋にぶち込んだせいでなんならコーヒーすら要らないという人間として許されざる気持ちを抱いている。
ホットはちょっと厳しいが、アイスコーヒーならギリギリいける。
だからこそのチョイスだったがどうにも彼女は納得しないらしい。
「じゃあチーズケーキを……」
「すみませーん、アイスコーヒーとチーズケーキ十個下さーい。あとオレンジジュース」
「!?」
それ俺の分じゃないよね? 後の九個はアンタが食べるんだよね!?
「語尾」
「え」
「やめたの?」
あの……脈略とか……。
ただ適切な返答が思い浮かばないので話を逸らす。
「そ、そういえばどうしてこんな所に? 冒険者なら職場は迷宮付近では?」
「仕事よ。前々から打診があった依頼のね」
「へぇ、迷宮外での仕事……広告的な?」
「まあ似たようなものかしら」
守秘義務とかあるだろうから、「どんな仕事なんですかー?」とかは聞かない。
「……」
「……」
「いい天気ですよね」
「そうね」
「……」
「……」
筋肉マーン! 早くきてくれー! 話題がないよー!
アドバイスしてくれると言われても、こちとらまだ一回も迷宮に入ったことのないペーパーアドベンチャーである。何をアドバイスしてもらえば良いのかが分からない状態である。
実のところ、冒険者のメディアへの露出は多いが迷宮の実情に関しては殆ど報道されない。より厳密にいえば、冒険者で安全確保が可能な範囲でしか報道することが出来ない。
別にマジカルパワーでカメラに映らないとかそんな事は全くないが、普通に危ないし、そもそも資格が無ければ入ることが出来ない割に安全確保が出来る範囲は視界が開けていて代わり映えしない入り口付近の草原のみ。まさかモンスターパレードからのリアルハンティングをお茶の間に流すわけにもいかないし、絵的に全く美味しく無い事もあって、敢えて報道するような事事態が少ないのが現状だ。
じゃあそれを聞けよって思うかもしれないが、初対面やぞ。
マップ情報くれとか言えないし、仮に言えるほどプライドが欠如したクレクレ野郎に成り下がったとしても情報の信憑性は何処にもない訳で、それに命を預けられるかと問われれば否である。
燐音の根性がねじ曲がっているので、タダで貰った情報とか無償の善意以上に信じられない。例えば地図情報なら「じゃあ一緒に行こうぜ!」といったふうに仮に嘘情報だった場合の道連れを企んでしまう。なんなら道連れと言いながら自分だけは生き残る気満々だ。
故にそれが出来ない相手の情報は脳味噌に入れたくない。
そもそもマップ情報の取り扱いに関するルールがわからないので教えてくれるかは定かじゃないけれども。
「ご……ご趣味は……」
「……昼寝かな」
「!?」
なんて!? ヒル゛ヴゥネ(鳴き声)!?
沈黙が痛くて困り果て、迷宮とは無関係なところを訪ねてしまったが、燐音の知識とあまりに剥離し過ぎている返答に言語を言語として捉えて良いのかという大凡これまで生きてきて感じたことのない疑問に直面した。
てっきり、「喉笛を噛みちぎることです」とか、そんな感じのニュアンスで返事が返ってくるものと思っていたら、怠惰な返答が返ってきた。
怠惰……『浅沙』と名のつくモンスター効果には含まれず、『浅沙』と名が付けば老若男女問わず勤勉の徒であるのは確定的に明らかで、奴らは燐音が自分達の血縁者により苛烈な拷問を受けていても「頑張ってるねー」っていう感想を零す頭のおかしい輩であった筈で、睡眠時間はむしろ削れば削るほど偉いと考えているような連中だ。
なのに……昼寝? あり得ない……。
いや、もしかしたら自分の知らない拷問に「ひるね」っていうワードのものがあるのかも知れないことに燐音は思い至る。
自分は別に拷問博士でもなんでもない。地獄巡りマスターといっても過言ではないものの、拷問されながら「へーこれは『市中引き回し』っていう拷問なんだー」とは思わない。なんなら市中引き回しは拷問ではなく刑罰である。
故に日本語で考えると怠惰なワードを彷彿とするイントネーションではあるが、海外では拷問の一種として親しまれてると考えて問題は無いだろう。
ひるね……一体どんな恐ろしい拷問なんだ……。
まあ奴らにとって拷問は拷問でないらしいので、「どんな拷問なんですか?」と聞いても首を傾げられるだけなのは必定だ。
故にスルー。「じゃあやってみる?」とか言われたら燐音は死ぬのでスルーする以外に選択肢がなかった。
「燐太郎は?」
「俺? ……娘と遊ぶ事ですかね」
「!?」
前世ならゲームとかだったんだが、今は全然そんな時間取れない多忙マンであり、同じく多忙ウーマンな娘とどうにか時間を合わせてカードゲームしたり出掛けたりするのが最近は一番の楽しみだと断言出来る。
これが……子供を持つという事……!
強いて言うなら嫁探しもしたくはあるのだけれど、それは趣味とは言えないだろう。
「むす……め?」
「ム・スメー」
「お子さんがいるの……!?」
「いますねぇ!(これでもかと言うほどのドヤ顔)」
おうおう、『そのナリで……!?』って目で見てくれんじゃねぇよぉ。
タイミングよく、かどうかはわからないが大量のケーキとドリンクがテーブルの上に並べられて、燐音は「ごちになります」と言ってアイスコーヒーに口をつける。
おぉ偉大なるカフェイン(主神)よ。敬虔なる我らは一日の摂取量を400mgまでに留めますのでどうか
「……経産婦にはみえない」
「おうコラ人を勝手にメス堕ちさせるんじゃぁない。どっからどう見ても歴戦のメンズやろがい」
「童貞にしか見えない……!」
「歯ぁ食いしばって力一杯何いってんの?」
ていうか童貞と経産婦は共存出来ね―だろ。ていうか誰が童貞やねん。
……童貞で悪いかよぉ!(半泣き)
「まあ娘って言っても――」
「おいおいリン坊じゃねぇか。久しぶりだな。強化服ぶりか?」
「――叔父さん?」
声を掛けられて振り向けば、見覚えのある男が立っていた。
顔立ち的に言えば、数十年後の燐音と多少面影がなくもない程度、無精髭に短髪で削ぎ落としたくなる長身の、禁煙後に手放せなくなってしまったというシュガレットを咥えて現れたのは、燐音が冒険者を目指すきっかけともなった――
「
葛西
「ロナ嬢ちゃんも一緒って事はリン坊が探し人かよ?」
「燐太郎と知り合いなの?」
「甥っ子だよ。……燐太郎? あだ名か?」
「…………」
どういうことだよという目で此方を見ている……やめて、睨まれると奴を思い出しちゃう、蛇に睨まれた蛙になっちゃう……!
「……
「…………」
「……はいごめんなさい、嘘言いました。ほんとは佐藤燐次郎……ごほん、世良燐音ですはい」
だからそんな嘘ついたら殺すって目で見なくても……え? 往生際が悪い? うるせぇ! 安全圏からならどうとでも言えんだよ! リスクヘッジしたくて何がいけないってんだ!
「叔父さん、此方の浅沙露菜氏と知り合いなんだね」
「あぁ、冒険者仲間でな……なんか距離感おかしくねぇ?」
「燐太郎、私のことはロナで良いよ。」
「……。…………わかりました。ロナ氏」
というか本名言っても燐太郎呼びなん?
「なんかリン坊ビビってねぇ? お前さん何したんだよ」
「……キャッチアンドリリース?」
「なにしてんだよ!?」
「だって逃げるから……」
まあ逃げたのは申し開きのしようもないし、その原因はロナ氏にはないから……。
「というか、敬称をつけるならもっと別なのあるでしょ」
「例えば?」
「例えば…………その。……せんぱいとか(小声)」
先輩?
「ロナ先輩?」
「そうです私がロナ先輩です」
「そういうのって呼ばれるものであって呼ばすものじゃなくねぇ?」
いや、そう呼ばれたいならそう呼ぶけれども。
か細い声から一点として嬉々としてドヤるロナを見れば、警戒していた自分が馬鹿らしくなっても来る。本名にも反応が無かった事からどうやら情報共有は行われていないようであるし、それなら燐音としても交流する事に何ら問題はない。
「てか叔父さんも人探しに付き合ってたの?」
「おう、メンバー総出だぞ」
「あれ、私言わなかったけ」
なんか大事になってる!
ロナの口ぶりからだと、筋肉マンに付き合って人探ししているのは彼女のみと捉える事も出来たし、燐音的にはそっちのほうが良かった。
人海戦術発動する程のことじゃなかろうよ。
何でみんなして俺を追い立てるんだ。そっとしておけよ。
「まあおっさんは次期と姿絵的にリン坊だと当たりを付けたから乗っかったんだけどな」
「そうなの? なんか用事? アポは?」
「ロナ嬢ちゃん、紹介するぜ。こいつがおっさん一押しの新メンバーだ」
「アポは!?」
全くの初耳情報にギョッとした燐音を封殺するように頭をグリグリとシェイクする葛西を「こいつ……またやりやがった!」という目で睨めつけるが、どこ吹く風のニヤケ面で話を続ける。
「……本気で言ってる? 縁故採用できつい思いをするのは燐太郎本人だと思うけど?」
「あくまでプッシュだけさ、採用するかはリーダーに任す。けど別に身内だから誘ったって訳じゃねーよ」
「ソースは?」
「
「成程、最低限の戦闘力はある訳ね」
そうだね、本人なんっにも聞いてなかったけどね。
どうやらあの筋肉マンが船で言っていた新メンバーって自分の事だったんだなーとか、自分の事なのに蚊帳の外に置かれた燐音は現実逃避気味に考えていた。
縁故採用、確かにそのワードは燐音の頭にもよぎったものだ。
そんな発想は全く無かったが、安全性を確保する上では確かに能力的に信頼できて、知古のある人間に世話になるのが間違いなく最善手と言っていいだろう。ただ実力差は顕著であるし、下手をすると寄生に類する行いになるのは燐音的に許容し難い。
プライドの為に死ねるとは言わないが、プライドの為に死物狂いに頑張るのは問題ないわけで、身の丈にあった冒険ならざる冒険を目指すつもりであったのだ。
冒険者はあくまでやってみたい事であって、別に一足飛びどころか八艘飛びしそうな勢いで大成する事を目標にしていた訳ではないのだし。
葛西をボコボコにしたという話も真実ではあるが、強化服を着ず、人間相手で、何でもありと言っても頭部は狙わず、飛び道具は投石器位のお遊びで見えてくるものなんてなにもないというのが燐音の知見だ。
森で暮せば分かることだが、命のやり取りはこんなに温くない。
それに、こいつになにかさせると拙い。そういう直感があったから、燐音は葛西に情け容赦無くいとも容易くえげつない行為を行ったのである。
「いいんじゃない? 私は賛成。性格は問題なさそうだし一回お試しで一緒に迷宮潜れば能力も見えてくるでしょ」
「お、良かったなリン坊、幸先良いぞ。うちは民主主義も採用してるからな」
「俺の意思は!? ていうかせめて事前に教えといてくれる!?」
燐音的にも、一回くらいのお試しなら良いかな……とか思い始めている。
とんだ策士だ、ハメられて不満のはけ口にされた男とは思えない狡猾さだ。
「でも事前に言ったらリン坊、盤外戦で自分の都合の良い様に動くよう画策するだろ?」
「…………」
「流石に仲間を毒牙に晒すのはちょっとな……」
するけれど……! するけれどもさ……!
それを理由にされると今後一切合切の事柄に事前情報が得られなくなっちゃうだろ……!
「てかリン坊の都合ガン無視すると今日は滅茶苦茶いいタイミングなんだよな」
「どういうこと?」
「あ。燐太郎も連れてくの?」
「何処に?」
「そうだ。丁度いいだろ?」
「何処に!?」
話しの流れからしてまさかぶっつけ本番迷宮に連れてかれんの!?
流石にそれは勘弁して欲しい。エリーとの約束もあるし、この辺で解決するならまだしもこれから長距離移動してその足で迷宮直行とか情緒もなにもあったもんじゃない。
そんな感じの事を訴えると、流石にそれは否定される。
「まあ安心しろよ、目的地はここからそんな遠くないし、暗くなる頃には終わる」
「……そうなの?」
「おう。――こんな流れでどうだい、リーダー?」
「――良いだろう」
反射的に入り口の方に振り向けば、二人の大男が居た。
一人は、燐音も知っている筋骨隆々の大男。
そして後の一人、そいつは雰囲気からして違った。
覇気を抑えているのがありありと分かる。
もし敵として現れたなら燐音は考えるまでもなく逃走すると確信する程の威圧感であるにも関わらず、声を掛けられるまで気付けなかった時点で格が違う。
隣に立つ男よりは低いが、それでも190は超えているであろう長身、服越しにも分かる鍛え抜かれた肉体。
赤みを帯びた髪と、中性的な顔立ちを雄々しさで塗り潰す鋭い眼光。
そいつが来た。燐音のように勘の鋭い者であればそれだけで諦めるような怪物――否、英雄が立っていた。
「歓迎しよう、俺はウィリアムだ。よろしく、世良燐音」
――――――
【あとがき】
という訳で、パーティメンバー……となるかもしれない冒険者の登場です。
登場人物ラッシュで誰が誰やらとならないように頑張りますが、まだもうちょい増えます。まだむさ苦しくなるよ。主人公を喫茶店に連れ込んだ鬼の血族だけが女性なので実質的美人局……!
更新が滞ってる間に週間総合ランキングに含まれる様になりました!
まあ315位なので気付いてる方はいらっしゃらないかもしれませんが嬉しいです!数値として現れる応援して下さっている皆様のお陰です!
これからも頑張って行きますので今後とも宜しくお願いします!
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