第13話 ハイエース(任意)

 店を出ると黒塗りの高機動車が鎮座していた。燐音からするとまさかこれに乗るのかといった心境であったが、運転席に座る外国人が手を振ってきた事でそれが確定。下手をするとパトカーの後部座席よりも怖い車への乗車が確定した。


「遅かったじゃないか。店の中で何してたんだ?」


「テイクアウトしてた。そら、土産だ」


 ウィリアムもそうだが、吹き替え映画を見せられているような流暢な日本語で軽口を飛ばす外国人に、葛西がチーズケーキの入った箱を渡す。


「なんだこれ?」


「ロナ嬢ちゃんが新入り候補に無理やり食わそうとしてたチーズケーキだ」


 なんとあの店、テイクアウトが出来たのである。

 燐音が頑張って一個胃袋に押し込み、ノロマを達成した気でいたらロナに無理やり詰め込まれそうになって周囲がそれを静止し、箱に詰め込んで持ってきたという訳だ。そもそも外に車を待たせているから飲食の時間は元から無かったので、話の流れ的には一個も食べる必要は無かったのだが、そこは気持ちとして頂いておいた。

 ……というか結局全部俺の分でファイナルアンサーかよ。空腹でもケーキばっかりそんなに沢山食べれないよ。


「パワハラかよ」


「パワハラだな」


「葛西とエミリオ、セクハラ捏造して訴えるから」


「理不尽過ぎるだろ!」

「捏造って自分で言ってるじゃねぇか!」


「異議を却下します」


 方向性の違いはあるかもしれないけれど、やっぱり浅沙の子は鬼だよ。はっきり分かんだね。


「世良燐音。あれがうちのドライバー、エミリオだ」


 ウィリアム氏、渾身のスルー。

 慣れている、ただの日常風景であると言わんばかりだ。


「燐音・世良です。ナイストゥーミートゥー?」


「エミリオ・バルトルッチだ。バリバリ日本語使ってんだから日本語で良いだろそこは」


 そういう事らしいので、はじめましての挨拶は日本的に握手で済ませる。

 歳は葛西と同じくらいだろうか。

 エミリオは伊達男というのが似合う風貌だった。

 バッチリキメた金髪にブランド物のシャツ、冒険者であるから、相応に鍛え抜かれた長身の彫りの深い二枚目。今乗っている高機動車よりもスポーツカーが似合いそうだと燐音は思った。


「リンネは車好きか?」


「好きですよ。まだ乗れないですけど」


「車を買ったらやってみたい事は?」


「ブレーキングによるドリフト」


「――どうやら俺達はマブダチのようだ。今度ガレージに遊びに来いよ、俺の相棒達を自慢させろ」


「是非に」


「やべぇ速さで仲良くなるなオイ」


 二度目の握手は、一度目よりも力強いものだった。

 おべっかでもなんでも無く、燐音は車が好きだ。

 前世で全く縁がなかったので格好いい車を身近で見れるなら大歓迎だ。というか十八歳になる頃には実用性皆無の趣味全開車を買える位稼げるようになるのが目標だ。

 実は、迷宮内は一定範囲を抜ければ道路交通法とかないので合法にドリフトし放題なのだ。魔物も出るけど、カーテクニックする冒険者は一定数いるらしい。そこに燐音も含まれる日はそう遠くない。


「日本語上手ですね?」


「若い頃、旅行中に日本の女に騙されて身ぐるみ剥がされてな。帰ろうにも金もパスポートも無くてやべぇって時に親方に拾われてな、そこで働きながら覚えたんだよ」


「えぇ……」


「聞くたびに思うが、どっちかっつーと騙す側に見えんのにな」


「親方は善意で声を掛けてくれたってのに疑心暗鬼になって事情を話せなくてな。無計画に家出したガキだと思われてたよ。漸く帰れるって時に話して親方に怒鳴られたよ『もっと早く言いやがれ!』ってさ」


 HAHAHAと笑うエミリオが何故今冒険者をやっているのかは知らないが、日本語を覚えた流れは笑い話に出来るくらい話慣れた話題であるらしい。

 それこそ、日本語の話になる度に話している位なのだろう。

 もしも女に騙された所で終わっていたなら、その親方に最初から事情説明できて居たなら、彼はここまで割り切れては居なかっただろうと燐音は思う。

 騙されたことは不幸であったろうが、そういう出会いにも遭遇出来たというのは素直に羨ましく思った。

 なにせ燐音は前世において今瀬の娘と出会えず、挙げ句に会社の後輩に冤罪でぶっ刺されて死んだのだから。



 今にして、というか今になっても思うが、あの後輩は一体何者だったのだろう。


 皆さんご存知の通り、世良燐音は本人もやべーのでやべー事に巻き込まれがちだ。

 銃を向けられようがビビらず対応出来るし、幼少期に森に取り残されれば野生に帰る。

 そんな燐音はナイフの取り扱いに関して言えばプロ並みだ。素人(コンビニ強盗等)に向けられても五秒あれば安心安全簡単完全に無力化出来るし、装備させれば食に配慮した大型害獣の解体さえお手の物。鬼に金棒、燐音に刃物である。やべー奴だぜ。

 転生したからではなく、経験の為せる技で前世の燐音でも変わらない。


 これはもうどうしようもなく終わったことであり、どうこう言ってもどうする事も出来ない事象ではある。

 しかし、

 しかしだ。燐音はどうしても気になるのだ。

 

 何故、そんな大凡常識から外れた燐音を、

 普通の会社員であった筈の後輩は難なく、抵抗すらさせずに殺せたのであろうか?



 尚、燐音はこの後輩の名前をうろ覚えなので仮称『明智光秀』と呼んでいる。


「そろそろ移動する。総員、乗車」


「「「「了解」」」」

「え、ちょ、何!? なんで!? 自分で乗れる! 自分で乗れるよ! 俺は荷物じゃあなぁぁぁぁあ!」


 俊敏な動きで、車への移動を開始すると同時に何故かロナが燐音を小脇に抱えて乗車するという謎挙動をしたせいで絵面が完全に人攫いであった。



 高機動車は十人乗りで、後部座席は壁沿いに備え付けられている。

 燐音は強制的にロナの横に座らされ、ものの数秒のやり取りなのに多大な疲労感でぐったりしているが、全員乗車した所で車が発進する。

 助手席にウィリアム。後部座席に残りといった席割りであり、燐音の対面には葛西と筋肉が座る。


「何してんだよ……」


「何が?」


「何がって……リン坊ぐったりしてんじゃねぇか」


「ほんとだ。何で? 横になる?」


 膝を叩くロナに燐音は「貴様は自ら進んでギロチンの下に首を置くのか?」と聞きたかったが間違いなくやばい目に会うのでゆるゆると首を振って「遠慮しとく……」とだけ答えた。

 なんだろう、今日二回目なんだけど……普通、抱える? しかも二回目は特に理由とか無かったよね? 何もしなくても俺は車に乗ったよね? むしろ余計な事をしたせいで事件性を帯びたよね?


 


「なんというか……浅沙はペットの可愛がり方を間違えるタイプのようだな」


 的確過ぎる。(絶句)

 それだよ、行動が理解できない訳である。猫からすると「なんでコイツはこんなに撫で回してくるねん」って思っていても人間には伝わらないし、逆もまた然りだ。

 扱いに対し大いに異議申し立てしたいところであるが、ロナは言葉の意味が全くわからないようで首を傾げている。やばい。

 恐らくこの中で最も最年少であった彼女からすると後輩たる燐音の存在が嬉しいのだろうが、完全に空回りしている。浅沙のうちの子というだけで苦手意識がやばいのに、ロナ自信にも苦手意識を抱き初めていた。


「謝罪が遅れたが、さっきは置き去りにしてしまってすまない。改めて、木原きはら未日みかだ。船であった時は世話になったがまさかお前が新メンバーとはな」


「大丈夫、俺も予想外でした。俺へ対する不平不満はすべて叔父さんに頼みます」


「本日の受付は終了しました。」


 遠回しに受け取り拒否すんなし、今回に関して言えばマジで俺に非はないかんな。


 木原の特徴はやはりその強面と筋肉だろう。

 握手をすると分かるが、手のサイズからして違う。燐音の手二個分に届くんじゃないかっていう大きさで、サイズ感が完全に子供と大人だ。

 燐音も鍛えているが、筋肉が膨張しにくい体質故に、腕の太さで言うなら三本じゃきかなそうである。


「いや、不満は無いさ」


「そうなの? 俺なら俺みたいなペーペーは不満だけど」


 意外な返答だった。

 というか、なんだかんだ誰一人として燐音加入に関して否定的な発言が無い。

 エミリオに関して言えば燐音に関する説明すらされていない。新メンバーに関する話はされていたのかもしれないが、互いに自己紹介しただけだ。

 良い事なのは間違いないが、外見的に舐められがちな燐音はわからせ(物理)てからコミニュケーションに入るのが常道であったから肩透かしを食らった形だ。

 今瀬に置いては一部例外から逆にわからせ(物理)られたりして従来のノウハウが使えず困惑する状況が多い気がする。

 いや、今回のケースに関しては間違いなく良い事なのだが。

 なにせボコボコにされない。


「筋肉を見れば葛西との努力差は一目瞭然だ。死ななければすぐ適応するだろう」


 これには本当に驚いた。

 燐音はかなり着痩せするので服を着るとかなり華奢に見えるのだ。

 にも関わらず、木原は燐音を自分の同類筋肉信奉者であると見抜き、その努力を認めているのだ。流石に外見に現れるレベルの筋肉の徒はレベルが違う。

 正直、筋肉を褒められて燐音は嬉しかったが敢えてなんでも無い風を装って言葉を返す。


「まあ筋肉はすべてを解決するから……」


「その通りだ。葛西より余程見込みがある」


「あれ? むしろオッサンが梯子外される流れ?」


 筋肉だけの話をするなら一番劣っているのは間違いなく葛西だろう。

 強化服を着るから、役割によっては筋肉が不要なのかと思っていたが、ドライバーとして紹介されたエミリオも結構筋肉質であり、戦闘員であろう葛西が燐音を含めてもこの中では一番貧弱なのである。

 ひょろい訳ではないが、他人と比較した時その差は顕著だ。

 ロナも細身ではあるが、人一匹小脇に抱えて重さを感じさせない足取りで歩ける時点で分類的には燐音と同類の細マッチョであると察せられる。となるとこの中で腹筋がしっかり割れていないのは葛西のみである。

 筋肉量が全てだとは誰も思っていまいが、燐音からすると比較対象はこのメンバーのみで、必然的に基準となるのもこのメンバー。そもそも船で木原に会った時点で『アレ?』となっていたのである。この人、叔父さんの何倍も強靭な肉体をしてる、と。



「い、移動中に迷宮内での各員の役割でも紹介してやるよ!」


 話の流れが拙いと感じたのか、葛西は話を逸らすようにそう言った。

 筋トレに勤しめってことやぞ。セラーズブートキャンプは常時メンバー募集中です。


「役割分けとかあるんだ」


 ただ、追求すべきは今ではないので話に乗っかる。

 仮にこれから一緒に冒険することになるならば、不要なヘイトは稼ぐべきではない。


「そりゃあるだろ」


「極論すると近代戦に習って種子島ぶっ放すだけかと」


「雑魚相手ならそれでも良いが、金になるような獲物は一部例外を除いて銃が致命打には繋がんねーんだよ」


「なるほどなー」


「てか今時銃の事種子島って言わなくない?」


 なんでや、ハイカラ最先端だろ。


「んで、話を戻すが、ドライバーはさっき紹介されてたがエミリオだな」


「この車で迷宮を走るの?」


「まあ迷宮探索モードに換装し直す必要はあるけどな。」


「一人一台ギラギラしたスポーツカーで爆走はしないんだねぇ」


「それはエミリオの好きな映画の世界だけだな」


「えぇー無念……」


「それなっっっっっ!!!!」


「おいやめろ、おっさん達が我らがドライバーにスポーツカーで迷宮で突貫させない為にどんだけ苦労してると思ってんだ」


 運転席から魂の叫びが聞こえてきたが、葛西はスルーする。他も無反応だ。

 まあスポーツカーで迷宮に入ってはいけないって法は無いからエミリオには悪いが俺はするかな……。


「……言っとくが、リン坊がやろうとしても当然止めるからな」


「!?」


「や、顔に出過ぎだからな。全身全霊で『俺はするけど』って言ってたぞ」


 仰天して周囲に反論を求めてロナと木原を見るも、『一目瞭然やで』と言わんばかりに頷かれてしまう。


「ばかな…………でもロナ先輩と叔父さんをこっそり誘って人数が四人になれば非常時にも対応出来るから何だかんだ付き合ってくれる気がする」


「…………」

「…………」


「お前達」


 木原のジト目から逃れるようにそっと目を逸らす葛西とロナ。


「ごほん、で、だ。斥候はオッサンだ」


「わぁ、凄くそれっぽい」


「だろ? まあバイク移動が基本だから隠密とかとは縁遠いがうちが儲かってるのは大物をしっかり見つけるおっさんのお陰と言っても過言ではない」


「否定できないけどドヤ顔がムカつくから通報しとくね」


「何処にだよ?」


「…………」


「何処にだよ!? 止めろ辞めろヤメロォ! 携帯から手を話しやがれぇ!」


 大丈夫だよ、何処にも掛けてないよ。

 横にいる故に動きがブラフである事を知り得た燐音だがしかし、それを口にする無粋をしたりはしなかった。おや? 何で口角がこんなにつり上がって……。


「次だ次! ロナ嬢ちゃんはサブアタッカーで、木原がタンクな! コイツ等もみたまんまだろ!」


「そうだね。ウィリアム氏がアタッカーって確定したね」


「ちなみに燐太郎もサブアタッカー枠だよ。私は役割的にも先輩だぜ」


「ロナせんぱい! いろいろおしえてくださいね!(渾身のロリ声)」


「…………」


「ミ゛ッ!」


「………………ちょ、おいロナ嬢ちゃん手ぇ離せ! リン坊泡吹いてるぞ!」

 

 一見それは、ただの抱擁だった。

 しかしそれは擬態で、実態はプロレス技なんて生易しいものではなく、ワニのデスロールに比類するレベルの殺人拳だった。

 尚、容疑者は『可愛いのがいけない』などと供述しており、反省の色はないとのことです。


 ……二度としない。絶対だ!


「…………そういえば、結局何処に行くの?」


 目的地も分からない車に抱えられて連れ込まれるのってやっぱり誘拐なんじゃなかろうか……。(疲労困憊)


「今年から冒険者資格の取得試験内容が改定するのは知ってるか?」


「あぁ、知ってる。なんか実技が増えるんでしょ?」


「それに伴って実技用の施設での短期集中講習が実施されるようになるんだが、『現役冒険者が試験をやったらどうなる?』っていう企画で宣伝して認知度を上げたいらしくてな。おっさん達はその客寄せピエロに選ばれたんだよ」


「……ん?」


「内容を見た感じだと、あれを難なくこなせるなら最低限問題は無さげなんだよ。まあつまり、結構難易度が高いって事なんだが……まあリン坊なら大丈夫だろ」


「いや、それ以前に俺もオンエアされちまうのでは??」


「されるぞ」


「おうち帰るぅ!」


「私もー!」


「こらこら、リン坊が我儘言うからロナ嬢ちゃんまでグズりだしちゃったじゃないか」


「俺が悪いの!? てかヤダよ! 俺の醜態がワールドワイドに晒されちゃう!」


「醜態晒すの前提かよ」


 いや、試験対策ゼロで望むぶっつけ本番とか誰だって勘弁して欲しいって。


「てか冒険者になるんならテレビは切っても切り離せないぞ」


「それ売れっ子の理屈だよねぇ!? 俺まだ新人未満の迷宮童貞だぞ!」


 うだつがあらない冒険者が大半だというのは周知に近い常識だ。

 人気商売であるならば、花がなければどうしようも無い面はどうしたってあるし、取材全部お断りみたいな硬派な冒険者も一定数いる。


「大丈夫、砂漠の心臓を持つリン坊なら取り敢えずその状況に放り込めば大体なんとかなる」


「どういう事!?」


 砂漠……砂漠!? 図太いことを比喩する心臓の表現に砂漠を使う事ってある!?


「やれやれ、可愛い後輩がここまで嫌がるなら仕方がない。今日は帰ろう」


「ロナ嬢ちゃんが帰りたいだけだろ」


「…………」


「諦めろ。この辺の仕事はフリー冒険者の宿命だ」


 この手の仕事を断らない事は、美味しい仕事に繋がる……事もあるらしい。


「…………そういえばウィリアム氏、車乗ってから一言も喋って無くない?」


「寝てるぞ」


「え?」


「ウィリアムは車に乗ると寝る。どんな運転でも寝る。おっさん達がどんなに騒いでも寝たままだが敵が来ると起きる。そういう生態の動物だと思っとけ」


「えぇ……」


――――――

【あとがき】

 本作迷宮における職業:『ドライバー』

 命懸けのカーアクションを日常的にするやばい人達の総称。 

 危険に際してハンドルを離すような奴はなれず、片手でマシンガンぶっ放しながら蜂の巣フロントガラスの最悪視界で運転するのなんて日常茶飯事で、車を捨てなきゃいけない状況に陥るマヌケは自分だけじゃなく、パーティメンバーまで巻き添えに帰路の徒歩を確定させるので責任を持って車と一緒に爆発する。(できない奴は同職からマンチキン扱いを受けるが、パーティメンバー間の関係が良好な場合、車から引きずり降ろされ、取れたハンドルと共に帰路につく)



 フォロワーが300人を超え、♡は200、☆も100を超えました! 嬉しいです!

 今後とも頑張って行きますので皆様も頑張って☆とか♡を押して下さい! 森隹アムを稼働させる燃料となります! よろしくお願いします!

 

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