第14話 乗り心地は悪くない
抵抗(窓からFly High未遂)虚しく、件の施設に連行された燐音はロナに小脇に抱えられながらその巨大な施設を一望する。
「でけー……」
形状としては六面体だろうか、壁が白いためサイコロを彷彿とさせる建造物で、駐車場にデカイオブジェが鎮座しているようにも見える。
「やべぇよな。軍隊の訓練施設をすべて室内に完結させたらしいぞ。銃火器が備品として備え付けられる都合上、日本だと安全とセキュリティ面でこの位しないと認可がおりなかったらしいぜ」
「へぇー元とれるのかな」
「そりゃ取れるだろ。今や日本経済の大黒柱たる迷宮業の人員増強に繋がる訳だしな」
「冒険者の質ってそんな悪いの?」
「新人だと、スカウトされる企業で天国地獄が別れる感じだな。研修ちゃんとやらない所とかやばいぞ。
「えぇ……」
「だから資格段階で技術を要求する制度はかなりでかい。内容は現役冒険者監修だし、その分敷居も高くなったかもだが、突破で居ないやつは元から冒険者向いてねー」
「まあ……俺と違ってぶっつけ本番でやらされる訳じゃないしね」
「そうそう、普通は練習してからだからそこまで問題にはならんよ」
この野郎(純粋な殺意)。
「…………あ、そういや台本は?」
「台本?」
「テレビなんでしょ? オールアドリブじゃあるまいに。事前に配られたりしてないの?」
「あぁ〜その台本か。ちょい待てよ…………ほい、これだ」
葛西が手荷物の中から取り出し、手渡されたA4紙を束ねた台本を、揺れるロナ運送の最中に読むのは三半規官に悪そうだったが、本番まで時間がなかったら困るのでパラパラななめ読みする。
「なんか俺らへの指示ふわっとしてんね」
司会を務めるらしいアイドルには結構細かい指示がされているが、冒険者側の人員には開幕時には軽く自己紹介をーとかそんな感じの事しか書かれていない。
「そりゃ細かくセリフ決められても素人のおっさん達じゃ大根必定だしな」
「新メンバー紹介がプログラムに含まれてるんだけど……」
燐音は葛西に今日永界島に来る事は伝えていた。それは木原の帰宅と重なっている事からも分かるが、しかし、それが撮影日と重なるとかどんな偶然だろうか? 流石に撮影日を此方の一存でどうこうは出来ないだろうに。
「その辺はおっさんの陰謀がドンピシャした結果だな。仮にリン坊が昨日島に来てたなら、今日の朝にあの車でハイエースしてただけだし、明日以降の予定を建てていたなら別の用事で呼び出してただけだ」
「普通に言えや! 人を貶めるとか最低だぞ!」
「リン坊がそれ言うか!?」
はて、何を言いたいかわからんなぁ!
取り敢えず燐音の中で絶対許さないパラメーターがどんどん上昇しているので今後の葛西に明るい未来は訪れないとして、今は目先の試練を乗り切らなければこの調子に乗ってるオッサンを貶められない。
「……あれ、対戦形式なの?」
建物内に入り、受付で奇っ怪なものを見る目で見られながら入館許可証を受け取り首にかける。これを無くすとここから出れなくなるらしいので、ちゃんと懐に仕舞い、読み込みを再会した所で台本内に存在する別チームの冒険者の存在に気づく。
「そう、面倒だよね」
葛西に投げた筈の問いは頭上のロナから返ってきた。
「私達と、この番組を放送するテレビ局に所属する冒険者のスコアバトル。最初は八百長バトルの筈だったんだけどウィリアムが……」
「――なんであれ、『負け』を許容する気はない」
「って言って
「ふーん。まぁ俺も負けるのは嫌かな」
それを許容出来るなら、負け犬らしく辛いことからトンズラかましてるんだよなぁ……。
ウィリアムの言葉には、勝利への渇望が宿っていた。
対して燐音は『それ』を言葉に込めることをしたりはしなかったが、それを許容出来る精神構造ならば、そもそも中学校を卒業する前に折れている。
浅沙凛桜の事だけではない。世良燐音自身が自分に課していたノルマは負け犬根性で走り抜けられるものではないのだから。
「――だよね、私もそう。負けるのとか超無理。葛西は不真面目でいけない」
「今滅茶苦茶理不尽におっさんに擦り付けなかったか!?」
そうだね、開口一番面倒って言ってるからね。
本人は何処吹く風で、葛西を完全にスルーして会話を続ける。
「まあ八百長求めてくる時点で程度は知れてるよ。順当に行けば私達が勝つ」
「すごい、負けフラグ以外の何物でもない」
燐音は凄く嫌な予感がした。
「確かに浅沙の発言はやられ役の典型みたいだが……まあ負けないわな」
「だわなぁ……賭けてもいいぜ」
「じゃあ黒星だった奴はリンネの遠距離武器費用負担でどうだい?」
「いいんじゃない? ブレードだけだと困るし、一番負けそうな燐太郎が負けてもただ自己負担で装備を揃えるだけだし」
「――言ったね? じゃあSERAFIM社にスペシャルなの受注しちゃうよ?」
燐音が葛西から捨て値で買い取った強化服の武装はメインブレードとサブブレードのザ・サムライスタイルで、遠距離攻撃の手段が用意されていなかった。
元々はあったらしいのだが、葛西が譲り受けた段階で既に紛失していたそうで、購入資金が貯まるまでは近距離武器だけで魔物と追い掛けっこするのを予定していた。原始人スタイルである。
ちなみにSERAFIM社? みたいな疑問符は誰も付けない。
まだ設立から一年経っていないのに、知名度は十分であるようだ。いったいどんな広告を建てたのだろうか? 武装に関する報道は大半が永界島内で完結していて、本土には流れて来ないのでどのような認識を持たれているのか燐音には把握しようがなかった。
多少の情報規制は仕方ないのかもしれないが、テレビ報道だけでなくネット上でも永界島外からのアクセス不可に設定されており事前の情報収集は全く捗らなかった。
ブログとかもガチで停止されるし、賠償金を請求されるので誰も不用意なことが出来ない徹底ぶりだ。
下手をすると創作物でも規制対象になりうるので、燐音に馴染み深い漫画やゲームが今瀬においてもそのままの形を保っているのは不用意に強化服や現存する迷宮を登場させられないから、という背景がある。
因みに何故規制されているのか、というのは『アホみたいな論理』と『尤もだと納得できる論理』が7:3の比率で練り込まれたいつも通りの日本の法令だと捉えて貰って、極論『危ないから』だと認識して貰えば問題ない。
尚、比率に関する異論反論は認める。
「構わない。元より何かしら支給する予定ではあった」
ウィリアムのその言葉で、賭けが成立した。
まあ燐音が負けても(それを許容するかは別として)エレインに甘えれば彼女は嬉々としてツケ払い(無利息)で武器を提供するだろうし、価格を明言していないから安価なもので済ませてもいいという実質負けなしの賭けなのだが。
全員白星の場合は不成立で当初の予定通りパーティとして何かしらの手段を支給する、ということになる。
「……あれ? 一競技格一名ってあるんだけど、これでどうやって俺は選考されるの?」
「流れから察してると思うけど、内定はほぼ確定してんだよ」
「軽く話した感じ、問題なさげだしな」
「馴れ合いって言うと聞こえ悪いけど、馬が合うって命を預けるなら大事」
「勿論拒否権は世良にもあるぞ」
「現段階では一芸に秀でているものがあれば問題ない。本番はやはり迷宮での立ち振舞だ」
各々の思い思いの言葉を受けて燐音は考える。
どうやら選択権は自分にあったらしくて、そう言われてしまうと逆に困るのが人情というものだ。特に燐音からするとこれから『高い敷居を越えるぜ!』って所だった筈で、高く跳躍したら思いの外跳び箱が小さくて手を付けずに飛び越えちゃったみたいななんとも言えない気持ちになっている。
「俺は――」
「オイオイオイオイ! 舐め腐ってくれんじゃねェか! もう勝った気かよ!」
静かな廊下に響く怒声。
そちらに目を向けてみれば、チンピラが居た。
風貌でいうならそんなことはない。明るい茶髪のハンサムで、燐音は実物を見たことがある訳ではないが、ホストっぽいというふうに思った。
白が主体の派手めな強化服に身を包み、たった今トイレから出てきたといった風である。
葛西はやっべって顔してるが残りは何処風といった感じで、燐音は言葉をぶった切られたので若干不満げである。
「……え? あれ相手に俺らヒール予定だったってマ?」
「テレビで写るとこだけ取り繕えば
「そうなんだ……取り敢えずボイスレコーダー起動しとくね……」
「さらっとソレ取り出すとかやっぱリン坊超やべーよ。やっぱり林檎作戦は決行して正解だな」
「もしそれが俺の都合を加味しない作戦の正当性を訴えるものであるなら相応の覚悟してもらうけど」
「さっっっっせっんっっ!!!!」
言葉としてはかなり緩い謝罪だが、その声色は真剣そのもので、必死さすら感じて、相手そっちのけで周囲が超ビックリしている。
というか今現在燐音はロナに抱えられているので、『洗濯してこれから日干しする人形に謝る男』みたくなっている。ヤバい。
曰く、『リン坊が何をするか具体的に言わなくなったらヤバい』とのこと。
何言ってるかわからないけど、弁解しといた方がいいかな。コワクナイヨー。
「無視してんじゃねぇ!」
「てか見覚え無くね? 誰だアレ」
「……なんか新メンバー加入とかテレビでやってたような……気が、しないでも、ないような、予感がする」
「恐ろしく記憶が曖昧なのは伝わってくるな」
「葛西が知ってる風じゃなかった?」
「や、すまん、格好だけだ。アイツは知らん」
だ、誰も知らねぇ……。
「アイドルの追っ掛け系演技派強化服泥棒の可能性は?」
「ない、とは言わんが……属性山盛りだな」
「野郎の着古した強化服を着ちゃう位の推しがいる訳か」
「ホモかよ。俺、昔ゲイにレイプされ掛けてからこういう話題苦手なんだよな」
エミリオさん性に纏わるトラブルに見舞われ過ぎでは??
その手のトラブルは二回も遭遇したら多すぎるくらいだが、エミリオの言葉からはどこか『慣れてる』感じがするので、恐らくこれだけではないのだろう。
燐音はガチで生命に関わる系のトラブルなので、ジャンルは違うが同じトラブル体質という事で勝手にシンパシーを感じた。
「違ぁぁぁう! 泥棒でもホモでもねぇ! 『SKY-HI』所属の冒険者アイドル
「へぇー奇遇ですね、俺もさっき車からFly Highするとこでしたよ」
「あぁ!?」
やっべ小粋なジョークが通じない。
燐音は取り敢えず、葛西の背中をなぞって指示を出した後、天城の前に立っ……ロナに連れてかれる。
「なんだテメ……本当に何だ!?」
そうだね、何だろうね。
「どうも、今日一緒に共演する事になった…………えと、ロナ先輩、チーム名とかあったりするの?」
「私達のって事? ……えと。木原」
「……忘れた。エミリオ?」
「あった……気はする。……ウィリアム?」
「………………世良燐音」
「知らないよ!?」
質問が戻ってきちゃった!
取り敢えず、目の前の天城がそうしたような、名乗りの常套句である訳ではなさそうだった。
「えと、兎に角今日共演することになってる冒険者Fです」
「じゃあ私はEで」
「D」
「B」
「A」
「おちょくってんのか!?」
「いやいやそんなまさか。……で、何の話でしたっけ?」
「……! ……!(最早怒りで言葉が出ない)」
ごめん、マジで何の話だっけ。(煽り抜き)
話してる内、燐音は主題を忘れた。目の前の男が滅茶苦茶怒っていて、その原因が此方にあるのは分かるのだが、初対面で顔も見たことのなかった奴に何故キレられているのか。とか本気で思い始めている。
「テメェ等が――」
「お前が何してんだ」
ゴッと鈍い音と共に天城が崩れ落ちる。
振り下ろされた拳の重さはそのたんこぶの大きさが物語っていて、燐音はそれを『計画通り』と言わんばかりの微笑ましげな笑みで眺める。
……思ったより近くにいたっぽいな。
「は、
「葛西から話は聞いたが、何も間違っちゃいねーよ。僕らはこのアホどもに勝てない」
デビュー前で周知されてない俺はアホに含まれないよね? 叔父さんに別行動させたのも俺だし。
燐音がアホかどうかは読者の判断に任せるとして、先程葛西に出した指示は、『人を呼びに行け』である。
目の前のチンピラだけを相手にしたら間違いなく時間を取られる。故に、自分が気を引きつけるからその隙にそっとエスケープして貰ったという訳だ。周囲もそれを察して、葛西を隠し、
「そんなこと……!」
「所詮、僕らはアイドルとの二足の草鞋だ。冒険者一本でガチってる奴らに実力で勝てるって思うほうがおかしい。今日だって八百長は無いが大分此方に有利なルールでやらせて貰うことになってる」
じゃなきゃ勝負にならないし、と疾風は続ける。
「…………」
「分かったらごめんなさいしてさっさと本番に備えるぞ」
「や、誰かに聞かせるつもりは無かったとは言え、此方も言葉が過ぎたのが原因でしたので(思い出した)」
「……君は? というか、なんで小脇に抱えられてるんだ?」
「新メンバー候補の世良って言います。今日はよろしくお願いします」
燐音の状態異常に関してはスルー。
というかこの手の謝罪ってウィリアムがするべきでは? とそちらを向いても本人は何処吹く風というか、いまいち状況が掴めていない顔をしているので燐音がやるしかない。やらかしたのが自分じゃなくても新人が謝罪するのは基本。(絶望)
「そうか……
「勿論です。良い試合にしましょう」
互いの健闘を讃え、握手を交わすと疾風は踵を返して歩き出す。
天城もそれに続くが、怒りを抑えきれていない憎悪に満ちた表情を此方に向けて言う。
「世良ァ……! テメェは俺が潰す……!!」
なんでさ。
――――――
【あとがき】
尚、更衣室で男女で別れる際にロナからウィリアムに燐音は引き継がれた。
次回『
PV10000超えという目標を建てて早14日……皆様のお陰で無事達成致しました!
次なる目標は必然的にPV100000となる訳ですが……途方も無いな。
そんな訳で今後とも応援して頂ければ幸いで御座います……!通知で有り難くも応援いただけているのが知らされる度に書かねばと思わされております!
カクヨムコンは一応応募しておりましたが話の進行的に目指せる位置にすら辿り着けませんでしたので次回の賞に向けて頑張っていきます。目指せ書籍化!
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