第15話 天に在す(1)


「「アドベンチャースコアバトル〜〜〜〜!!」」


 派手なエフェクトと、司会者の音頭と共にそれは始まった。


「はい! という訳で本日からの新番組、アドベンチャースコアバトルが始まりましたよ!」


「今年度からの冒険者資格の試験内容改定に伴って新設された試験会場も兼ねる訓練施設『ホワイトボックス』よりお送りして行きます!」


「初回はなんと生放送! 司会はわたくし、『エンジェルフォール』のえっちゃんこと南雲エリナと!」


「全国のふーちゃんファンの皆様ごめんなさい! 船の機材トラブルで物理的に来れなくなってしまった彼女の代わりを務めさせて頂きます。冒険者のが解説でお送りして行きます! 第二回以降はふーちゃんさんがちゃんと登場するので今日のところはえっちゃんだけで我慢して下さ〜い!」


 アイドルグループ『エンジェルフォール』

 冒険者ではないが永界島に拠点を置き、迷宮に見識を持った、今をときめく二人を進行として華々しく始まるはずだった『ASBアドベンチャースコアバトル』であるが、その片割れたるふーちゃんは所用で永界島を出ており、オンエア前に戻ってくる筈だったのだが、何処ぞのお登りさんがこの島に来るために乗った次の便が、一朝一夕では治らない機材トラブルで終日運休となってしまったのである。


 番組側は最初、風早疾風氏に急遽解説もお願いするつもりであったのだが、偶然席を外していて戻ってきたディレクターが事情を聞いた際、風早疾風ではなくもっと適切な奴が居るといって、認知度から依頼したものの、我が強く扱いづらいフリー冒険者達が待機している所まで行ったかと思うと、博物館で見た覚えがあるような骨董品の軍用強化服を身に纏った小柄の少年を連れてきた。


 そしてとんでもない事を言い出すのだ。

 なんでもトイレで偶然知り合ったという、この見るからに素人な冒険者を進行として使うというのだ。

 見てくれは確かに悪くない、絶世の美男美女しかテレビに出れないという訳ではないし、状況が飲み込めずキュトンと周囲を見回す顔には愛嬌があり、すこしテレビ映りが良くなるようにメイクすれば違和感無く溶け込むだろう。


 だが、生放送である。

 進行をやるならば、必然的に台詞も冒険者として出演するのとは比じゃないレベルで増える。しかも練習時間は少ないのでほぼぶっつけ本番だ、一人だけで現場に来ることとなった南雲エリナへの負担がヤバいことになるのが目に見える。


 ディレクターが「じゃあちょっとやって見せるか」と言って台本の中盤辺り、解説や説明が主で、冒険者達の台詞がなく本来彼の見る必要が無い台詞をページ数だけ言って本番っぽく復唱するように指示を出す。


 無茶だ。その場にいる人間の誰もがそう思った。

 恐らく何の説明も受けていない彼は宴会芸でも披露する位の心持ちなのだろう。『状況が飲み込めないけどフレンズからのリクエストだし……』と行った風に、こほんと喉の調子を整えた。


 そして、今までの『わけがわからないよ』という顔をやめると別人と見間違うレベルの満面の笑みを浮かべ、身振り手振りさえ入れて、少年が口にしてもおかしくない程度にアドリブさえ入れたりなんかしちゃったりして、完璧に復唱してしまったのである。

 台本の速読と暗記は演劇部の基本、なんて訳の分からない理屈(しかも話の流れで訪ねた所、元剣道部所属で演劇部ですらない)を並べ、しかもハモリのところは横にいる南雲エリナの口の動きを横目に見れば音が出る前に合わせる事は可能とか言い出して、マジでやり遂げる。ヤバい。


 しかも演技を初めた瞬間、彼の瞳に引き込まれる何かが生まれた。

 それはカメラ映えであり、動きが織りなす『わたしだ!!』という自己紹介。

 この業界にいるとなんとなく分かる、こいつはバズるという感覚。

 それは一般的に、スター性と呼ばれる煌めきだった。


 行ける。誰しもそう思った。

 南雲エリナはプロ意識が高い部類のアイドルだ。多少彼に荒があってもこの感じならフォロー可能だろう。


 『で、ペーパーマン。これなんの遊びです? リハはやんなくて良いんですか?』


 何故かディレクターをペーパーマンと呼び、案の定何も説明されていないので何一つ状況が分かっていない少年、世良燐音を除いて。




 その後、「え!?!? 無理無理無理! 何で俺!?」と首を横に振る世良燐音を、ギャラの額でぶん殴って首を縦に振らせ、そんな様子を親の敵でも見るような眼光で睨めつける我社の新人冒険者、天城天馬に苦笑しながら急遽大まかな打ち合わせに入った。

 臨機応変に対応出来る実力があれば、ここに居たのは外部の人間ではなく君だっただろうが、そもそも選択肢に上がってすらいない。

 生放送だから、無理矢理に身内を使って失敗することは出来ない。そんな事を周囲から思われている時点で彼に勝つことは無理だろう。

 外部の人間を使う方が不測の事態が起きやすくあるのは確かだ。だが失敗したら責任を取ることになるであろうディレクターが信頼性を保証し、能力はなんてこともないように示された。何事も無ければ無名冒険者の華々しいデビューというだけの話しで万事が解決する。


 元々、アイドルの知名度が無くても数字は取れる内容だ。何事もなく放送が終了すればいいというのが現場の共通認識である。




「りっちゃんは今日、『エンジェルフォール』の仮メンでありながら、選手でもあるという複雑な立ち位置なわけですけど、自身のほどはどうですか〜?」


 初手アドリブ。

 当然、燐音は仮メンとか初耳であり、りっちゃん呼びはエリナのファンからヘイトを稼ぎそうであるし、男女間の親しげな振る舞いはアイドルにとって諸刃の剣だ。

 しかし。


「や、どっちも全然ないですよ〜! えっちゃん先輩の足引っ張らないか不安なのもそうですけど、なにせボクが受験した時には影も形も無い競技ですしね! でも全部で六種目あって、その全てが迷宮探索に直結するそうなので超頑張りますよー!」


「アイカツも?」


「アイカツも!」


 燐音は立ち振舞いから『男らしさ』を極限まで排除した。

 女性らしく振る舞うのでは無く、持ち前の中性的な容姿と外行き用の表情を使い、エリナの言った『エンジェルフォール仮メン』らしい立ち振舞いで、性を感じさせないように立ち回ったのだ。

 それでも騒ぐ輩は居るものだが、それでも大多数は味方に付けられるだろう。

 それに加えて、主線に戻る導線も作る。進行としてはベストと言っていいだろう。

 代償は、今後燐音がメディアに顔を出す際のキャラが変な感じに固まってしまうことである。

 因みに素面ではやってられないので内心では『ボクは新人アイドル世良燐音☆ 歌とダンスでみんなを幸せにしてみせる!』とか反復して自己暗示を掛けている。ふとした時に正気に戻ると死にたくなるので、燐音は考えるのを辞めた。

 尚、アイカツは頑張らない。



「それじゃあ早速ですが、選手入場と行きましょう!」

「『SKY-HI』と、『采の目ダイスロール』の皆さんです! どうぞー!」


  因みに、采の目ダイスロールの由来は登録時のパーティー番号が3156606サイコロロールだったからである。葛西が気付いて、有名になって登録名が番号のままだと問題が出た際に特に案も出ずに『采の目』で登録されたという経緯がある。ダイスロールは周囲が勝手に呼び出して、そのまま定着した形だ。

 ギャンブルとの密接感が半端じゃないし、結成当初はロナ未加入だったがもし加入していたなら別の名前であった可能性もあった、しかし現実は無情にも誰一人として名前に頓着せずそうなった。



 そこから暫し、選手紹介とインタビューがあった。

 燐音は必然的に『采の目ダイスロール』の紹介を担当する。

 実は役割的にはこの場に居ない片割れの役回りだったのだが、天城天馬の燐音へ対する反骨心が露骨過ぎて、彼のプロ意識を軽んじるわけでは無いがリスクは避けるべきという現場の意見が反映された形だ。


「最初はこの前のオリコンで一位を獲得した『ソラへ』でも話題を呼んだ、冒険者アイドルの『SKY-HI』のメンバーから紹介しま〜す! リーダーの風早疾風さんはなんと魔法も使える実力派です!」


 女性の黄色い悲鳴のSE音と共に笑顔を輝かせる男性アイドルグループ。

 燐音と木原からすると『筋肉が足りない』と一蹴する細身で日本人受けする中性的な顔立ちのハンサム六人で構成された彼らは全員同じデザインの強化服を身に纏って登場する。

 本番前に犯罪者一歩手前みたいな顔していた天城も本番にはしっかり表情を作り、自己紹介に置いても新人とは思えない卒のなさでこなす。


「次に、ボクの所属する『采の目ダイスロール』の紹介ですよ! とは言っても実は一緒に仕事をするのは今回が初めてなので、実力は未知数です! ボクも視聴者の皆さんと同じ立ち位置で応援、解説させて貰います! あ、勿論ボク自身が出る競技は全身全霊頑張るので応援して下さいね〜!」


 尚、プロ意識に欠ける『采の目ダイスロール』メンバーは燐音を『誰おま』という目で凝視しており、ウィリアムはすぐ正気に戻って卒なく熟したが、その他メンバーがカメラ写り、発言に素人臭さが如実に現れてしまい尚の事燐音が目立つという悪循環がなされていた。

 ただ外見のインパクト、という意味では『SKY-HI』と比較しても段違いである。

 筋肉モンスター木原は言わずもかなだが、ウィリアム、エミリオのハリウッドフェイスコンビに加え、浅沙の家の子の特性たる『見た目に怪物性が現れない』ロナは見栄えだけならアイドルのエリナとタイマンを張れる。

 普通にイケてる筈の葛西は彼らの対比で地味の極みであったが、そこには燐音のテコ入れが入ってお笑い要員に選出された。尚、報復活動の一端である。


 紹介が終わり、トークタイムの後巨大なルーレットが運ばれてくる。


「さあいよいよ競技に入っていきます!」


「どの競技に誰が参加するかはこの巨大ルーレットで決めますよ〜!」


「ほんとにデカイですね……ちなみにりっちゃんはどれがやりたくないです?」


 ルーレットに書かれた種目は『運転』『隠形』『防御』『宝探し』『近接戦』『射撃』の六つで、各種目開始時にルール説明は行われるが対人競技は存在しないのは事前に分かっている。普通に人死にが出るので。


「え、そこ普通は得意種目聞かないです? でもそうですねぇ……強いて言いうなら『射撃』ですかね」


「ほほう、その心は」


「単純にやったこと無いので! 投石とかでオッケーなら大丈夫ですけど!」


「投石」


 当然といえば当然だが、撃たれそうになったことは五回位(前世除く)あっても自分が引き金を引いたことはない。燐音は極限状況において戦力査定が曖昧な物に頼るのを嫌う。仮に訓練もせずに撃って肩を脱臼したら? 整備不足で銃が暴発したら? 特に後者は運が介在するので通常は有り得なくても自身に限ってはあり得るという認識がある。

 実際、一回魔が差して手にしようとした銃から嫌な予感がしてそれを避けたら、敵勢力がそれを拾い、燐音に向けて発砲しようとした際に暴発して自滅した経験があるのであながち間違いではない筈だ。


「こう、紐か布があればヒュンヒュンと」


「しかも投石器で?」


「なんかおかしいです? あ、カタパルトも小規模ですけど自作・運用の経験ありますよ! 実戦経験はないので的あて程度ですけど!」


「りっちゃんって中世辺りからタイムスリップしてきたの?」


 いいえ、未来からタイムリープしてきてます。


――――――

【あとがき】

 情報開示:主人公の演劇技能

 起源は前世の演劇部での活動であるが、社会に出てから処世術に派生。

 歌唱力や発声、表情作り技能としての下積みとして部活動が存在するが、実際の所、燐音自身はこの技能に必要性を感じておらず、本来であれば活用するという発想がそもそも生まれない。高水準の能力値を誇っているが、燐音に全く自覚が無いのはそのせい。

 『周囲を欺かなければならず、猫を被らねばならない。』

 本人の価値観(一発ギャグ、宴会芸と同列評価)とは別に、そういう認識が存在し、これは前世において演劇部への入部を選択した要因でもあるが、余りに本人の気質と乖離している為、本人の許容範囲を超えた演技を行うと行動と意識に齟齬が発生し、正気に戻る度にある程度深刻な精神ダメージが伴う。尚、それでも演技は継続し、表情は崩れず、台本の暗唱に問題は生じない。

 比喩ではなく精神と肉体を切り離して活動できている証左。これは明確に人体の動作として異常である。

 要因:■■による■■の■■




 長くなったので分割します。後その弊害で主人公が無条件に凄く見えちゃうかもしれないので情報置いときますね……解明されるの当分後ですけど。

 でも明日も更新します!

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