第23話

 その後、燐音と岡田がワンセットのアホで認識される様になるなど、些細な問題はありつつも、総合的には何事も無く学校初日は終わりを迎える。

 燐音はこの後の予定的にチンタラしてられないので即座に帰り支度を整える。


「世良ーこの後クラス内で親睦会でもって話になったんだがお前も来るよな?」


「あ、俺これからダンジョンだから行けんわ」


「え、は? ダンジョン? これから!? もう!?」


 岡田の大げさなリアクションにこれからカラオケにでも繰り出すであろう親睦会参加メンバー内にざわめきが起こる。

 学校のカリキュラム的な話をするのであればダンジョンへの初挑戦は当分先で、既に企業に所属が決まっている生徒であっても学校で基本的なところを履修してから実地研修を行うと言う流れが通常である。


 冒険者の年間死亡者数は毎年百を超える。

 それは冒険者の総数を考えればかなり多い数字で、その中の約8割が新米冒険者が占めており、要因となっているのは企業側の無茶な要求も勿論あるが、強化服着用時の万能感からくる慢心である。


 強化服は、どんな低スペックなものであっても常人と比較すると超人的な身体能力を獲得する。

 強化服を着ればジャブで岩を砕いた上に拳は傷付かず、たった一歩で10mもの距離を高速移動する。それは怪物と相対した際にはそれ程大きなアドバンテージとなるものではないが、それを体感していない者からすると、何でも出来るように錯覚させるのだ。


 そのため、強化服を扱う上での基本として「強化服は貧弱な人間が不利を補う程度のものでしかない」と体に叩き込むところから始める。


 それを実戦で行うと、内5割は死ぬ。だって失敗=怪物のご飯ENDだから。


 実はそうさせないための、ゴーレムとの実践訓練が結構早い段階でカリキュラムに組まれている。

 ASBでウィリアムに瞬殺された量産型ゴーレムではなく、永学開校時から守護神二宮金次郎像の様に校庭に鎮座する遺物改修型古代金剛人形『零器』を用いた、強化服のみを用いたタイマン。これにより強化服による全能感はほぼ無に帰す。


 というのも、このカリキュラムでは勝利することが不可能で、タイムアップによる引き分けが最高到達点だ。

 何故なら現行強化服のスペックだと『零器』は怯みもしない。

 流石に銃火器を使用可能であれば話は別だが、体に負担が無い程度にしか向上していない身体能力では絶対に勝てない。

 ゲーム風に言うならHP減少率0である。絶望を糧に身の程を弁えろということだ。


 ちなみにこれは『零器』が特別優れているとかそういう事では無く、迷宮で遭遇する敵の大半がそういう次元の相手で、人間如きのパンチじゃ雑魚敵一匹倒せないという単なる現実である。

 燐音からすると、熊相手にボディブローが効くとでも?? という至極当然の理屈だったりするのだが、無知者の全能感というのは厄介で、「なんだかんだ言われても自分だけは問題ない」とか思っちゃってたりするもので、このカリキュラム前の実践の迷宮童貞を捨てるの永学的には非推奨だったりする。


「まあ今日は日帰りだしハイキングみたいなもんだけどね」


 『賽の目』は、学生登用じたいが初の試みであるためそういう一般的な流れを知らないこともあって、その辺はお構いなしである。

 今日の探索で燐音の能力不足カ所を割り出し、そこを重点的に訓練して本格的な探索を開始するというのが訓練とミーティングを経て出た今後の方針だ。



   ◆


 数日前の話。

 何時もの朝稽古、濁流の様ないい汗をかいて、生まれたての小鹿のような状態となり、そろそろおうちに帰ろうというタイミングで燐音はロナに拉致された。

 何の前触れも説明も無いその捕獲工程に燐音は大層慌ててなんとか逃れようと鮮魚さながらに暴れるも、その細腕からは想像もつかない剛力を前に敢え無く撃沈。これは恐らく燐音が疲労困憊であろうとなかろうと関係なく抵抗は無意味であったものと思われる。

 ただ、ここまでなら正直燐音的にはよくある話である。

 妹属性が姉属性になっただけで、つい数日前まで日常的に行われていた犯罪行為だ。


 何時もの展開と違うのは、朝稽古の場に天馬も居たことである。

 つい数秒前まで一緒に訓練していた人間が巻き込まれた犯罪行為に、天馬は当然の様に待ったを掛ける。燐音が脱走しようとフィッシュしてる上、明らかに任意じゃない同行を強要する姿に同じチームであってもやって良いことと悪いことがあるだろうと。

 ただ、ロナはそんな天馬を完全にスルーしてハイエースを続行、そして態度にカチンと来た天馬が不用意にその肩に触れようとしたのが運の尽き。


 天馬も標的になった。

 木乃伊取りが木乃伊になり、燐音と共にハイエースされることとなる。


 永界島には、冒険者専用の訓練施設がある。

 迷宮以外で合法的な強化服および銃火器の利用等が許可されている島営の施設で、比較的安価に場所を借りられることから大手企業含め、訓練にはここが利用されることが多いそこが、ハイエースされた先にあった目的地であった。


『よし、かかってきなさい』


 レンタルの強化服を着せられ、レベル7の時にラスボスの眼前に立たされたような気分の拉致被害者2人は顔を合わせ、状況は一切合切吞み込めないけれど、どうせ逃げ場はないのだからと覚悟を決める。


『往生せいやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』

『いてこますぞゴラァァァァァァ!!』


 訓練用の武器を構え、二人同時に飛び掛かった。




「成程。強いね、こうはい」


「2対1でボロ雑巾にした相手に言うこと……?」


 有効打どころか魔法を使わせることすら敵わず、2人がクロスチェアに加工されるまでに5分と掛からなかった。

 俯せで土ペロしたままピクリとも動かない天馬に仰向けに積み上げられた燐音の腹に腰掛け、足を組んで考えを纏め終えたように発言するロナに、燐音は弱弱しく苦言を呈するしかない。


「嘘じゃないよ、迷宮で魔物を相手にしてる気分だった」


「それ、褒めてるの……?」


「褒めてはない」


「褒めて無いんかーい……」


 じゃあ強いっていうのも嘲りに含まれることになりませんかね。


「私達の仕事は怪物狩り」


「そう……だね?」


「後輩はアレだね、剣豪とか呼ばれちゃう系のヤツなんだね。世が世ならそれで天下取りそう。私の妹みたい。お姉ちゃんって呼んでみない?」


「呼ばないけど」


 断固として呼ばないけど。


「けど対人の剣なんだよね。剣の本来の機能たる「人を殺す装置」として完成してるせいか、怪物狩りにはくっそ向いてない」


「えぇ……よくわからんけど、そんなことってある……?」


 取り敢えず、ロナの物言いだと燐音は大剣豪とかそういうキャラ付けになる訳だが、燐音的には欠片もそうは思わなかった。

 今しがた間接的に話題として出て来た妹に泣かされ続けた青春だった身の上としては思える訳もないとも言う。

 というか、経験則から斬る相手でそんな適性の有無が大きく変わるか? っていう気持ちが強い。単純にロナが自分よりつよつよだからボコボコにされただけでは? と。


「一番問題なのは、間合いの取り方かな。誇張抜きに、今の感覚のまま迷宮行くと接近された段階でデッドエンドだよ」


「間合い……? や、怪物相手にするならもうちょい間合い取るし……」


 流石に人と獣で間合いの取り方を同一視するほどの素人ではない。

 というか、燐音の殺生が絡む戦闘経歴で武器が剣だったことの方が稀で、大体さすまたか即席ブラックジャックだ。

 状況に応じた間合いの取り方は心得ているつもりである。というか、できていないと燐音は既に墓の下である。


「草原でよく遭遇する四足獣型の魔物と相対して、全部に剣でどうにかしようとしたらそれだけで死ぬと思った方が良いよ?」


「……え、俺まだブレードしか持ってないんだけど……」


 番組での賭けの結果、燐音は潤沢な予算での飛び道具確保が可能になった訳だが、その予算を元に愛娘に相談したらこれでもかという程にテンションを爆上げした彼女は自社既製品を全て却下し、ワンオフの銃を作ると言い出したのである。

 当然、そうなると納期は遅くなり、燐音の武装は未だブレードのみである。


「それだと困るからそこは先輩がどうにかするけど」


「え、ほんとに?」


「先輩だからね。……話を戻すけど、魔物には速く、固く、それでいて捕食に特化した奴もいる。それも結構近隣に。そんな奴ばっかじゃないって言ってもそいつと遭遇した時点でゲームオーバーな状態が好ましくないっていうのは分かるよね?」


「熊狩りに森に入ったからって毒蛇を警戒しなくていい訳無いってことでしょ?」


「そう」


「うーん……」


 確かに予期せぬ動きを音速とか光速でやられて抜かりなく対応できるかと問われれば無理だと答えるしかないけれど、それならそもそもの疑問が出る。


「それ、慣れとか知識でどうこうなる問題じゃなくない? どんなに強化服着ようがどうしようもないじゃん」


 ぶっちゃけ、一般的な毒蛇・毒虫なら燐音は勘でどうとでもなる系の野生動物なのだ。なんなら茸の毒の有無にも対応した高性能なのを搭載している。

 それでも、此方の攻撃は全く通らず、逃げることも出来ないようなスペックごり押しモンスターをどうにか出来るようになるとは思えなかった。どうしてもやらなきゃならない場合においても、単純な武器の火力次第になるだろうとも。


「いや、なんか慣れでどうこうなる」


「え? どゆこと? どういう理屈で?」


「——迷宮内とこっちでは、世界のルールが違う」


「……ルール?」


「体感するのが一番早いから詳細は省くけど、生命の危機があるやつだけ事前準備するのが昨今のトレンドなの」


「……まさかそれがこの「ろなセンパイの『人間クロスチェア』DIY講座」だと?」


「そう。ロープレ気分で初戦を迎えたら死ぬんやでってことだけは教えとくの」


 なんかヤベェ業種に就いちゃったな……。


「え、ていうか今のままだと末路がチェアかご飯かの違いしかないってこと!? 俺、娘の子供を抱っこするまで死ねないんだけど!?」


「発言が既婚者のそれ」


 既婚じゃなくても子供は居るんだよォォ!


「…………テメェ等いい加減退けゴラ……」


 地獄の底から響いたような声にロナは「加工が甘かった」とか言って燐音の腹をトランポリンにし、着地前に内臓の危機を察知した燐音が回避したことで天馬の背骨にロナ+強化服の重量が突き刺さった。




 ◆




「…………」


 思い出してみるとミーティングでは決してなかったし、後輩いじめに近いやり取りであったが、ちゃんと今後の予定とかは書面で貰っているのでセーフ。


「ど、どうした? 急に黙って」


「や、なんでもない。そういう訳だから俺以外で楽しんで来なよ」


「お、おぉ……」


「もし俺が帰らぬ人になってニュース沙汰になったらインタビューで『そういうことする奴には見えなかった』って答えといてね」


「滅茶苦茶縁起でも無いし、不謹慎の極みで今後のキャリアが燃え盛りそう」


 そうだね、たった一日とは言えクラスメイトが死んでそんな反応したら人気勝負なとこある冒険者的には結構致命的だね。


「遺言だぞ、ちゃんと実行してくれよな!」


「あれ? もしかして燃やせって言ってる? 死なばもろともって言ってる!?」


 ぶっちゃけモンスターにムシャムシャされて死ぬより社会的に死ぬ方が長く苦しむよね。

 燐音は岡田に返事を返さず、鞄を掴んで教室の外へ飛び出した。

 いよいよ、冒険者としての第一歩を進める時である。



――――――

【あとがき】


 更新が滞っており申し訳ありませぬ……! そして滞ってるのにギフトを頂いてしまい恐縮・感謝の極み……!(これを言う為に更新したと言っても過言ではない)

 今後も何とか時間を捻出して更新していくつもりですのでよろしくお願いします。



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