第17話 天に在す(3)

 魔法という現象について説明しよう。

 実のところ、世界線が代わったとて急に人類が奇跡を取り扱うのに足る生物に成り上がった訳ではない。


 魔法は相も変わらず奇跡の産物であり、科学的に理論付けられた技術として確立された訳ではなく、運用するには許可が必要だ。


 仮称:『神様』の、仮称:『加護』という形で。


 実在は観測されているが、どの神話形態においても(無理やりなこじつけを除き)当て嵌まる存在が居ないのと、現在進行系で宗教関係がくっそ面倒くさい事になっているので、その存在を明確な個体名で呼ぶことは憚られている。

 故に人類に干渉する頂上の概念として『神様』と呼称し、代価無く下賜される魔法という奇跡を『加護』と呼称してはいるものの、正式名称を定義すると必ず面倒くさい事を言い出す輩が湧くので、正式名称が『仮称:神様』と『仮称:加護』というくっそ分かりにくい事になっている。

 実際これを初めてエレインの口から聞いた時、燐音は「は!?!?」となった。

 そして試験で、『魔法を行使するのに必要なものを答えよ』で『① 仮称:加護』『② 仮称;加護』『③ 仮名称;加護』『④ 仮名称加護』『⑤ 加護』とか出題された時は出題者をぶっ殺したくなった。



 しかし分かりにくいからと言って『悪魔』とか称しちゃうと余計宗教っぽくなるし、もう決める側も諸々の配慮が面倒くさくなっていた感は否めない。宗教によっては他宗教の神を悪魔とか呼んだりするし、面倒くさいねんマジで。


 ただ、無償だが強制的に付与されるこれが人間にとって本当に良いものであるかは解明する事は出来ず、真実のところでは人間に手を貸しているのが『悪魔』で、とんでももない阿漕な契約を結ばれているとしても、人間には成す術はないのだが。


 因みに種類の話をするとそれこそ切りがない。

 同じ神様から加護を付与された人間も居るし、ある程度アーカイブ化はされているものの、狙ってその加護を得られる訳じゃないどころか、加護を得られる事の方が稀だ。

 それ故、魔法使いに分類される『加護持ち』が優遇される面も確かにあるが、現場の人間からすれば極論そいつの命を預けられるかだ。

 オフィスで椅子を磨いてる輩が何を言おうが命あっての物種であり、雑魚の内から傲慢かませば『不慮の事故』が起こるし、ものを考える頭を持ってる奴なら加護持ちが感受すべき優遇とは待遇面ではなく、上位チームに育成枠で参入出来る等の環境の選択肢が増えるという意味合いで捉えるのが普通だ。

 類は友を呼ぶ。不用意に報酬額に飛びつくような輩が行く場所には当然のように同じ様な輩が居て、そいつ等が長く居る自分たちより優遇されるそいつを見てどう思うかなんて、分かりきっているのだし。

 当然、最初から力で捻じ伏せられる強者も居るだろうが、それは全体の何%だろうね? 現代に生きる冒険者が神様のサイコロに命を賭けるのは、ファンブルの時だけで十分だろうに。



 魔法より人間のほうが怖いという話から、加護の種類について話を戻そう。

 とはいっても、実情は千差万別であるという事以上は解明されていない。

 オーソドックスに、火や水を出せるやつ、風を吹かし、雷を落とし、土を盛り上げ氷を放つ。そんな在り来たりな〇〇ボールに類する魔法を得る奴も居るが、多くはもっと細かく規格化されている。

 例えば四大元素系の魔法であれば、それらを纏い、性質の一部を借り受けるようなものがある。とある実験で、で『炎を纏う』魔法を持った加護持ちともう一人を密室に閉じ込めたらもう一人の方が実験とは全然関係ない形酸欠で死にかけたというものがある。

 ちなみにこの実験中に魔法を発動させてはいなかったのだが、加護持ちの方が未熟で、魔法を『お漏らし』していたのだという。密室と言っても風の通り道は普通にあったし、加護持ちが空気を燃焼させていたのが各種センサーで発覚した。

 状況的には室内で換気もせずに炭火で焼肉パーティーしたような感じだろうか。

 本人が完全に無自覚だったので『お漏らし』と呼称され、そいつは大層不服そうだったそうだが、もう少しで人一人殺しかけた事を鑑みればお前はもう少し反省するべきだろう。


 話が逸れたので何が言いたいか端的に言うと、『魔法』は複雑であるということだ。



 神速の加護。

 浅沙ロナに神様が与え給うた加護は有り体にその名がその特性を示している。


 『周りの何よりも速くなる魔法』

 この魔法はロナを神憑り的に加速させるが、さりとてその本質はロナ自身が加速するものではない。

 何者よりも『速い』を、発動中は一切の矛盾無く顕現させる権能。

 その力の一端は――


「早い! 速い!!疾いッ!!! 飛翔物も決して遅くないのに、ロナ様の前には止まってるも同然ですッ!」


「本当に危なげが無いですね、動きに別段力を入れている風じゃないのでロナ選手だけが倍速処理されたみたくなってます。」


 まるで歩くようにリーチの差をカバーし、後出しの剣が飛翔物を阻む。

 とんでもなく速いのに、ゆったりとした動きがそれを感じさせない。


 派手さはない。だけど初めて見る魔法に圧倒されたらしい燐音はらしからぬをやらかす。


「あれ? そういえば『剣鋏』は使わないんだ」


 動きはそれっぽいのに変なのーと燐音は呟く。小声の独り言だったが高性能マイクはバッチリ拾った。 


「なんですかそれ?」


「浅沙一刀流の奥義とか言われてるやつです。足運びとかまんまで、剣筋は早くて断言出来ないですけど『虎断ち』とか『閃空』はやってるくさいのになんでかなーって」


「奥義だから不用意に使わないとかではなく?」


「いや、『剣鋏』から繋げてくのが浅沙一刀流だし、『虎断ち』と『閃空』です。まあ奥義っていうだけあってすごーく難しいので門下生とかでも使える人一握りでしたけど」


 燐音が早々に及第点貰えるレベルで成功させたのも、嫌われる要因の一つだったのは間違いない。本人からすると、小器用で剣術への見識が深ければ形だけ真似る位なら出来るだろという感じなのだが、出来ない側からするとその態度は普通に嫌味である。


「そ、そうなんですか。因みにどんな技とかお聞きしても良いんでしょうか?」


「えと、佐々木小次郎の『燕返し』とかって聞いたことないです? 厳密に言うと違いますけど大まかに言うとアレです」


「ありますあります! 有名ですもんね! ……でもどんな技かは結構ふわっとしてたような?」


「ふわっとしてますねぇ……色んな解釈ありますけど今は振り下ろした刃を瞬時に返して二撃目に転じる技という意味で使いました。『剣鋏』は横薙ぎでも振り上げでも瞬時に返して二撃目に転じる技です。三撃目として『虎断ち』とか『閃空』みたいなのに繋げる訳ですね」


「成程……」


「競技的に二撃目が不要だから『剣鋏』を使わないのかとも考えたんですけど、それにしては所作が速すぎても分かるくらい基本に忠実なんですよね。あそこまでやるなら型を崩さずやっても良いんじゃないかなって思ったわけです」


「というか……りっちゃん超詳しいですね? その浅沙一刀流の門下生だったりするんですか?」


「グピッ」


「グッピー?」


 そこで燐音は漸くやらかしに気付く。

 『開示する情報』を間違えた。

 仮面が剥がれた訳ではない、そちらは何ら問題なく稼働している。だが、先程の剣術に関する討論の後だったのも災いして、本来使うべきではない引き出しの知識を披露してしまった。

 恐れている事態、その引き金を引いた事を他人に指摘されて初めて気づくとか普通にボケていた。


「実は前にちょこっと入門してた事があったんです! その時に座学でこの辺りの事を教えて貰ってたんですよ〜」


 にっこり笑顔で軌道修正しないと拙い。

 どもることもなく、アイドルスマイルで何て事も無い様に語る燐音の頭の中にはそれしか無かった。


「え、座学!? 普通は道場に通って座学もあるものなんですか?」


「え、どうなんでしょう。ボクはあったけど他のところを知ってる訳じゃないので……」


 言い逃れの言葉ではあるが、座学は本当に有った。技名とか知ってるのはそのせいで、なんなら配布された技術書の写しは此方に来る時にもちゃんと持ってきている。普通に秘伝なので門下生でない燐音がもったままは拙い筈だが返却を求められなかったので……(ゲスの発想)。

 エクササイズ目的だった前世で通ってた道場でそんなんやってたら本末転倒だろうし、ケースバイケースではなかろうか。教育方針は道場によって違うだろうし。


「成程……先程の自信はその経験から来てる訳ですね!」


「そうですね!(嘘)」


 自信の根幹はその元々はエクササイズ目的で入った道場でのめり込んだ流派の剣術なので……まあ隠れ蓑程度?

 燐音は今世でも師事したいと考えていたが、地元からは道場の場所が遠いし燐音の師匠もまだ若年だ。面倒なことになるのは間違いないので諦めたという経緯がある。


 ここで、終了のブザーが鳴り響く。

 実況者がゴングに救われるという意味不明な形だ。


「凄い、凄い! パーフェクトですよ!」


「『防御』はロナ選手の勝利です。見て下さいあのドヤ顔、前二人の情けない様を嘲笑っているかのようです。……さて、そんな訳で『采の目』初の白星。次は『宝探し』ですが、エミリオ選手はこの波に乗れるでしょうか!」


「ちなみに、リーダー対決には二点分点数が配分されているので、エミリオ選手が負けてもまだ『采の目』にも勝てる目はあります」


 それ俺の勝利がそのままチームの勝利になるやつじゃないですかーヤダー。

 ちなみに、ルーレットの誤作動はこの辺の得点設定が原因である。

 ルール上リーダー対決としなければ同点による決着が生まれてしまうが、同点は存在しないというルール設定があり、プログラム側がルールの整合性を優先した対戦カードに再設定したというのが予定と違う原因だ。

 UIでその辺の齟齬に対する配慮があれば気付けたかもしれないが、プログラム的にはこれで適切な動作をしていたという訳である。


「エミリオ選手には是非頑張って頂きたいですね!」


「ウィリアム選手が負けるとそこで試合終了なんですが」


「エミリオ選手には是非頑張って頂きたいですね!」


 燐音にとって大事なのは自分のプレッシャーなので……。


 だが結論から言うとエミリオは敗北し、ウィリアムは勝利した。




 ◆




 まず『宝探し』。

 読んで字の如く、フィールド内に隠された宝を見つけ出す競技であるのは分かるかと思うが、コレにはもう一つルールがあった。

 それは見つけ出した宝の鍵を開放までした方が勝利というものだ。

 実際の冒険においては現場で宝箱開封なんて危険な真似はしないだろうし、こういうポピュラーな迷宮にありがちな宝箱の発見例はその大半が海外で、『地平線』に置いては少ないのだが、移動不可の成果物に鍵が掛かっているというケースはなくもない。

 従来のピッキングが役立つとは限らないが、出来るに越したことはない。基本を知ってるだけでも大分違うというのが技術者の判断だった。


 そして、それが今回の敗因でもある。

 宝箱を先に見つけたのはエミリオだった。

 宝箱は複数配置され、強奪等はルール違反である。故にエミリオは襲われる心配をする事無く解錠に挑めたわけだが……挑めただけである。

 敵チームは宝箱を見つけるのに苦戦していたが、見つけるまでの五分間でエミリオは完全に考える頭を失ったゴリラとなり、遺物により強化服の火力であっても破壊不能に仕上げられた宝箱に対し、連続パンチをお見舞いするだけの装置と化していた。


 どうしても解錠することが出来ず、敵チームが宝箱を見つけた放送を聞いて焦りに焦った結果、破壊してでも中身を取り出そうとしたようだが、完全に癇癪を起こした子供そのもので、司会席は居た堪れなかった。

 尚、飯野も手際が良いわけでは無かったが、事前練習をしているかしていないかの差が明確に出た形だ。



 そうして、燐音の内心では疾風を応援する羽目となった『近接戦』はチームが逆転して片方が可哀想な形となった。

 『近接戦』と言っても、ウィリアムと疾風がタイマンを張ったりする訳ではない。


 相手取るのはゴーレム。

 迷宮科学的には最新にしてハイエンドの自律人形技術。

 SERAFIM社の超天才、エレイン・世良・シュタインが基礎理論を構築し、ゴーレム工学の第一人者たるG-REM社が設計と開発を行った量産型ゴーレムの第一世代たる『ラビ』。戦闘力的にはまだまだ改良が必要であるが、土木工事や危険作業においてはそのコストの低さ(比較対象:ロボット)から重宝されている。


 戦闘力がメインの機体では無いとはいえ、ゴーレムである。

 入口付近の魔物程度の戦闘力は存在するし、コアが無事であれば土塊を盛れば四肢は再構築される。

 安全装置として存在する『emeth』の文字も動きを止めることはあってもゴーレムという装置が失われる訳ではない事から、初心者の訓練には最適の相手として導入された。攻撃部位となる四肢に細工をすれば殺傷能力を削ぐ事も容易であることから事故が起こりにくいし、一度導入してしまえばランニングコストが掛かりにくいのもこういった施設には最適の要素と言えるだろう。


 時間内の『ラビ』討伐数。

 双方がすべて討伐した場合はその残り時間で勝敗が決するとても単純なものだ。

 機能停止させれば討伐と認められるので、『e』の字を消せばいいだけの競技でもあるが、三十体のゴーレムが一斉に襲いかかってくるので、そんな器用な立ち回りが余裕かと言われればそんな訳は無いだろう。

 試験においては攻撃をかい潜り、三体以上機能停止すれば合格という基準だ。今回は挑戦者がプロであるからすべて討伐してしまった場合を想定しているが、本来であれば何も出来ずにタコ殴りに合う可能性も十分あり得る。

 今年度からの試験で鬼門となるのはこの種目で間違いない。



 最初に挑戦するのは風早疾風だ。

 予定と違い、今回の番組でもっとも実力差が明確に出てしまう組み合わせであり、貧乏くじを引いたと本人は笑う。

 だが、他のメンバーで無くて良かったとも思っていた。


 疾風もまた、加護持ちである。


 風神を崇め、『風になる』魔法を賜ったれっきとした魔法使い。

 性質としては、ロナの魔法、『私は加速するアクセラレート』に近い。自身の速度を上げ、敵を翻弄するのに長ける。


 ただ、疾風の魔法は空を自由に疾走する。

 風になる魔法であるが、風に乗る事も出来るし、当然のように自らが追い風になることも向かい風になる事も出来る。また、今回に置いては無用の産物であるが、本来は実態無き風の性質上、隠密性に長けた能力も備えている。

 ただ薙ぎ払っただけの腕の動きが不可視にして広範囲を攻撃可能な斬撃と化す第二魔法『鎌鼬』は、第一魔法と同時に併用することが可能であり、攻撃の性質としては空爆に近い形で戦闘を行える疾風の切り札の一つである。


 だが、今回に関しては『鎌鼬』は使えない。

 実はこの魔法、見えず、効果範囲が広いという性質上魔法を使った本人からも攻撃の全体把握がしにくく、機材を破壊してしまう可能性がある。そのうえ攻撃が見えないからテレビ映りも悪い。テレビマンである疾風には勝利の可能性が上がってもその選択肢は取れなかった。


 それでもむざむざ負けに向かう理屈は無かった。

 疾風は第一魔法『この身は風なれどエアリアル』を発動。

 一歩目で空を駆け、二歩目には一体目の『e』を削り取り、ラビが崩れ落ちるよりも早く三歩、四歩と歩みを進めた。

 ラビは最初、バラけた状態で放出され最終的には受験者を囲うように包囲網を構築するようプログラミングされているが、風となった疾風はラビが未だ散らばっている内に全てを一掃仕切ってしまった。

 しかも全てが一撃。これこそがプロの動きであると証明せんといわんばかりである。

 時間的には、一分を切った。余りに迅速であった為にウィリアム挑戦前にアイドル二人によるインタビューが行われ、もう勝ち確だろという空気が現場内には広がった。



 しかし、それでも。

 最初に告げた通り勝利を収めたのはウィリアムだった。



――――――

【あとがき】

 知った名前がある? 同一超天才です。

 彼女的には一番やりたい事じゃないので外注に出した位の感覚。



 次回! 今度こそ終わりです! 明日の12時に更新するので待ってて下さってる方はもう少しお待ち下さい! 漸く主人公がちょっと活躍します!

 因みに第一章も『天に在す』で終了です! 迷宮が余りに遠いからタイムスキップするやで……。

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