母親殺しの黄金
「おいクタイン、どこ行きやがった。おい、クタイン。クタイン!」
名前を呼んで探すものの、返事はない。その辺を通る馬鹿共は不審そうに俺を見やがる。大方俺の種族のせいだが……ああ、クソ。そもそもあのガキが勝手にどっか行きやがったのが問題なんだ。さっさと見つけてこんな街おさらばして…………。
「そこの兄ちゃん。おい、てめぇだよ」
振り返ると、いかにもな風貌をした大男。夜な夜な別の女抱いてそうだ。オマケに取り巻きが何人も。皆、手に手に武器を持っていた。
「んだよ。今、すっげー気分悪ぃんだけど? 何の用ですかぁー?」
問うまでもなく、理由は分かっていた。それでもつい聞いてしまう。こいつの口から直接聞きたかったから。
案の定、男はどもった。取り巻きも冷めた目を俺に向けるだけ。笑いそうな気持ちを堪えて、
「用がねぇなら話しかけんじゃねぇよ。俺ぁ今、人探してんだよ」
と吐き捨ててその場を後にする。__いや、しようとした。
殺気。勘で避けると、左腕のすぐ隣を斧が振り下ろされてった。野次馬から悲鳴が上がる。
取り巻きの一人が前に出ていた。そのまま、ツバを飛ばしながら喚き出す。
「てめぇの連れのせいでアニキは恥かかされたんだよッ!! 責任ってもがあんだろ!? あぁ!?」
「連れぇ? 俺は一人旅だぜ」
「んな嘘つくんじゃねぇよ!! あのガキがてめぇが連れだって、」
「ガキ? ふぅん……お前のアニキはガキに負けたのか!」
しまった、というように斧持ちが目を見開いた。その後ろで大男が顔を青白くさせる。が、すぐに気を取り直したようで、
「ぶっ殺してやる!」
と短槍を抜き放った。それに合わせて取り巻き達も各々武器を構える。
その背後でキラリと光る、長剣と、薄い色をした茶髪。
「死ねぇええええええ!!」
「殺すな」
大男が突く直前、長剣の刃が動いた。
一瞬だった。
バタリ、バタリと倒れていく。そのくせ血は一滴も出ていない。皆、白目を向いているだけだ。地に降り立ったクタインをマントの内側に隠し、何事もなかったようにその場を離れる。不思議そうな目をした野次馬はずっと見てくるが、しばらく歩けばいなくなった。
「ったく、どこ行ってやがった」
問うが、クタインは答えない。身の丈に合わない長剣を背負ったまま、ジッと俺を見上げるだけだ。
仕方ない。こいつに怪我がなかっただけ、良しとするか。
「とっとと依頼終わらせて宿行くぞ。で、明日また依頼探す。良いな?」
クタインはコクリと頷く。
#####
平和というものを、俺もクタインも知らない。が、興味がない。明日も明後日もその次の日も生きれるのなら、それで良い。しかし、世間は認めてくれない。こうしてギルドに顔を出している間もそうだった。
「あれが母殺しか」
「母親殺しの黄金だ」
「あんな小娘より弱いんだろう?」
「なめるな。あいつはリシン研究院の__」
クタインの耳を塞ぐ。ったく、受付はいつまで待たせるんだ。昨日のはちゃんと終わらせた筈。届けろと言われた箱を、揺らさないように気をつけて、ちゃんと送り主に手渡した。不手際はない。前回のも、その前のも。殺せと言われた害獣は殺したし、捕縛しろと言われた犯罪者は捕縛した。探せと言われた子犬も見つけた。何も、何も、大丈夫だ、ああ、大丈夫、大丈夫……。
ギュッと、手を握られる感覚。クタインが死んだ目で俺を見上げていた。
「…………良いやつなかったら、マグナリア行くか。海、見たいだろ?」
クタインが頷き、ぎこちない唇で弧を作る。
マグナリアは海辺の街だ。ここよりも大きく、依頼も多い。俺達でもできる依頼がある筈だ。
うざったい噂話はまだ続いてやがる。
「やはり流浪の民は信用ならんな……」
「ギルドもあんな奴に紹介しなくて良いだろ」
「オレ達の食い扶持を奪いやがって」
「だいたい、あいつらが戦争始めたから各地で魔族が暴れてるんだ」
お? 種族差別か、おもしれぇ。俺もてめぇも生まれる前だってのに、どうして恨みは続くんだか。そも、
馬鹿らしいと呟きかけて、言葉を飲み込む。俺一人なら良いが、今はクタインがいる。喧嘩は駄目だ。そうして耐えて、耐えて、耐えて__ようやくやって来た受付嬢が告げたのは一つだけ。
「お渡しできる依頼はございません。お引き取りを」
この言い方、やはり
「そうか。ありがとさん」
「またのお越しをお待ちしております」
マニュアル通りの言葉を無視して、クタインと共にギルドを出る。その時までも、噂話は続いていた。
フードを被って顔を隠す。
全て、この顔が悪い。茶髪に蒼眼、典型的な
「クタイン」
そろそろ行くぞ、と振り向いた時だった。
「…………クタイン?」
急いで周りを見る。いない。閉じかけた扉からギルド内を見る。いない。遠くを見る。いた、知らない奴と共に裏路地に入るところが。
「おいゴラそこの魔術師!! 止まれッ!!」
叫びながら、人混みをすり抜ける。相手が顔を引き攣らせるが、遅い。あっという間に追いつける。
クタインの手を取り、逃げようとする魔術師を足払いして転けさせる。
「ったぁ……」
「死なねぇだけ良かったと思うんだな。それとも、今すぐ死にたいか」
「ま、待って、待ってください! 私はリシンの、」
武器を抜こうとした俺の手をクタインが止めた。何も言わず、しかし、殺さないでくれと訴えるようにジッと目を合わせてくる。
「…………怪しい動きをしたら、殺す」
魔術師は何度も頷いて立ち上がる。
背が低い。声も高かったし、女だろう。顔は魔術師らしい仮面で覆われているから窺えない。噂が正しいならリシンの研究員は顔を焼かれているそうだから、外させるのはやめておこう。丈の長いローブが足首まで覆っている為、かなり細身なのは明らかだ。
クタインが俺の後ろに隠れる。恐怖してる。ああ、分かってるさ。リシンは怖い。この女がその気になれば俺もクタインもあっという間に殺されるだろう……だが、それがどうした。こいつを見殺しに逃げる方が嫌だ。
「要件を言え」
武器に手をかけたまま問うと、女は明るい声で言った。
「その子を返してください。報酬は、」
「駱駝に蹴られて死ね。行くぞクタイン、マグナリアが駄目だったら別の国にでも行ってみようぜ」
「ま、待ってくださいよぉ! 最後まで、」
今度こそ、無視する。
クタインが俺の手を握った。骨が折れそうなくらい力強い。
早足で歩くうち、女は消えてしまった。それでも安心はできなかった。
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