書き投げ短編
宇曽井 誠
「あの都市の死を、師匠の墓への手向けにいたしましょうや。」
世界は一度崩壊している。それが何を指すか、我々には分からない。けれど問題はなかった。
……ただ昔。神は天へ昇った。その光景を大勢が見た。されど相変わらず無神論の教えが蔓延り、機械都市では魔術師狩りが行われている。
「だけど、テミスの社長は死んじまったじゃないか。
誰に? ____神に。」
カフェテリアで彼は笑いながら言った。十五年前を最後に、行方不明になっていた同僚だった。年月相応に己は老いたが彼は違う。あの時と変わらない、未成年にも見える童顔。常に笑っているような弧を描く目。時折覗く舌ピアス。そして両手にビッシリと、魔術式の刺青。無論、中身も変わっていなかった。
「君ってば相変わらずだね。真実を語らず、自然と人を騙そうとする。」
癪に触る言い方だったが懐かしさ以上の何物もなかった。
「そういうあなたも。ズケズケと、言いたいようにおっしゃりますね。」
「そぉ? ま、そうなんじゃない? で、君、どう? 死人に未だに仕える気分は。」
「死人に仕えてはおりませんよ。元より、自分はあの人を信奉しておりませんから。」
カップを傾け、黒く苦い液体を喉に通す。何度飲んでも慣れぬ味だった。
事実を知っているくせに彼は問う。
「じゃあ、なぜテミスにいたの? それでなぜ、テミスに居続けるの?」
「無論、復讐の為でございますよ。」
「己の生まれ故郷を滅ぼす為に、私はテミスに居続けるのです。たとい、最後の一人になっても。」
「あの都市の死を、師匠の墓への手向けにいたしましょうや。」
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テミスコーポレーションは自動人形の生産・販売を行う老舗会社だ。値段はするが品質は良く、業績は機械都市の中でもトップクラス。しかし、テミスの最も重要な業務はそれではない。
「今月も多くを殺しました。」
カップの中身は未だ温かい。それでも、血で汚れた私の指が温まる事はなかった。
「いつからでしょうね。テミスが自動人形ではなく、魔術師狩りを主とし出したのは。」
彼は返答しない。それどころか顔を顰めている。十五年前に狩る側から狩られる側になった彼には、心苦しい話だったろうか。
なぜ魔術師を狩るか。詳しい理由は忘れてしまった。そも、魔術師を狩る事自体に興味はないのだ。生まれ故郷に魔術師が多く、魔術師さえいなくなれば衰退すると分かっているから狩り殺したいだけ。他の手立てがあるなら、そうした。だが今更他の手段を提示されても、私は魔術師狩りを続けるだろう。それ程までに多くを殺した。老いも若きも、男も女も。
こんな自分に生きる権利はあるだろうか……いいや、なくても構わない。師匠の命は全ての魔術師の命よりも尊い。私にとっては。
「これからも多くを殺します。」
「君のお師匠が望まなくっても?」
「勿論。師匠が知る私は二十年も昔の私、私が知る師匠も二十年前の師匠。理解できなくて当然でしょう。」
「そうかな。」
「そうですよ。」
「あの都市の死を、師匠の墓への手向けにいたしましょうや。」
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