まるで褥の語らいのように

Twitterにあげたやつです。


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 夜の匂いがしていた。

 布団から這い出るとトラムがいる。一人、酒を飲んでいるみたいだ。こんな暗い部屋で……そもそも、ここはどこだろう。ここまでの記憶が全然ない。ボクの部屋じゃないし、仮眠室でもない。家具は最低限、生活感の薄い、今にも捨てられそうな部屋…………。

「オレん家だよ。テメェ、酒飲み過ぎなンだよ」

 トラムの翠の目がチラリと、ボクを見た。

「……もっと、汚いと思ってた」

「ざっけんじゃねぇ。証拠が残るだろうが」

連続殺人鬼シリアルキラーらしい台詞だね。煙草吸って良い?」

「こっちで吸え。火事になったらたまったもんじゃない」

「はぁい」

 誘われるまま、トラムの横に腰を下ろす。ソファは固く、自分は安物だと主張しているようだった。けどそれがトラムらしい。

 火をつけて、ローテーブルにライターと灰皿を置く。寝起きの煙草は良くないって言うけど、いつ吸ったって良くないものなんだから一概にそうとは言えないんじゃないか。そんな事を思いながら肺に煙を溜め、フゥと吐く。煙を目で追って天井を見てみると、部屋に似つかわしくない魔法陣があった。

「何アレ。死体の隠滅用?」

「読めば分かるだろ」

「読めないよ。ボク、魔術師じゃないもん」

 カラカラ笑いながら二口目を吸いこむ。いつだったか、兄さんに煙草なんてやめろって言われたな。やめる気なんてないけど。

 兄さんは真面目だ。真面目に一辺倒だ。魔術の事しか考えちゃいない。そのくせたまに会っては兄貴面するもんだから、たまったもんじゃない。でも、表面上は仲良し兄弟。そうじゃなかったらトラムは不思議そうに問わない筈だ。

「あいつに習わなかったのか?」

「習う訳ないだろ。あの人はボクに興味ないんだもの。……世間サマが大好きなだけだよ」

「そうか」

「そうだよ。あの人はね、ボクが死んだら泣いてくれるだろうけどさ、次の日には何にもなかったように働けるよ。賭けても良い」

 なんだか嫌に饒舌だった。そういえばさっき、酒の飲み過ぎってトラムが言ってたな。まだ酔いが残ってるのかも。だとしたら大変だ。酔った時の喫煙は良くないらしいから。

 馬鹿らしい。

 ボクも兄さんも、この世界も。

 だからだろう。まだ程々に長い煙草を灰皿へ、ロックの何かを煽り飲むトラムへ誘いかける。

「なぁトラム。ヤらない?」

「あァ? 男と寝る趣味ねーよ」

「良いじゃん。ねぇ、ヤろうよ。そういう気分なんだ、今」

「やーだよ、オレはおっぱいデカいねーちゃんでしか勃たねぇんだ。百歩譲って男でも良かったとして、テメェ、おっぱいあるか? ねぇだろ? あ、筋肉は違うからな? あれは違う。偽乳だ」

「今日はイケるかもよ。ねぇ一回だけ、良いじゃん」

「良かねぇよ……」

 ジィ、と互いに睨み合う。

 どれくらい経っただろうか。トラムにしばかれた。

「寝ろ。布団、貸してやるから」

 二杯目の酒をコップに注ぎながら言われた。

「強情だなぁ……こんなに、熱い身体持て余した美形がいるってのにさ」

「だーかーらー! 男じゃ勃たねェんだよ。それともなんだ、えェ? テメェ、オレに突っ込みたいってか? ざっけんじゃねぇ、気色悪ィ」

 ひどい言い様だった。

 布団に行く気になれず、そのままソファに横になる。何やかやと文句を言いつつもトラムは膝を貸してくれた。硬さのないソレが拒絶のようだった。

「…………匂うよ、君」

「そりゃ、昨日の女の臭いだな。香水臭かったから」

「ふぅん」

 好きじゃない臭いだ。合成された匂いです、って感じ。でも、人肌の温かさとか、夜の静けさとか、そういうのと上手に混ざって眠気になっていく……。

「トラムは、ボクを好きでいてね」

 微かな意識の中でそう言うと、死ねって返ってきた。

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書き投げ短編 宇曽井 誠 @lielife

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