成長
ツェレの真の名を知らない。少し、気になった。
王立騎士団、その第四部隊__諜報を主とする、下水道のネズミみたいな部隊だ__のトップに立つこの男は、騎士団所属以前の経歴が消されている。というか、こいつが第四部隊の長になる以前の話が聞けた事がない。身の振り方や所作は騎士らしく、嗜好するものは貴族然と、そのくせ考え方は貧民窟のそれ。正々堂々と、誇りをかけて、生き残る。変な男だった。いや、そもそも男かも分からない。ただ、戸籍では男になっているらしい。
考えれば考える程、ツェレが分からなくなる。
「カイウス。食べないのかい」
長机の真向かいでツェレが言った。横では妹が既に食事を始めている音がする。
「毒が入ってるかもしれないがね」
「テメェがオレに毒盛って、何か益があんのか?」
「あるよ」
「そうか」
食器を手に取り、食事を始める。使い慣れない道具だとやっぱり上手く食べられないが、質は良かった。
「お味はどうだい、アルトリウス」
ツェレが妹へ声をかけた。最初は警戒していたけど、今はこいつの安全性を知っている。会話程度なら、問題ないと判断した。
「美味しい、です! お肉が、やあらかくってっ! 美味しい!」
「そうだねぇ」
「あとね! パンも美味しい! です! ほわほわしてるの! それにね、あったかい! です!」
「口元にソースがついてるよ。そんなに美味しいんだねぇ」
「うん! 美味しい!」
幸せそうな声だった。
生憎と、味の良し悪しは分からない。鋭い味覚には全てが毒に感じる。けれど……これは、悪くない毒だった。肉が柔らかくてパンがフワフワで温かい。妹の言う通り。
「カイウスはどうだい? 口に合うか?」
「…………まぁまぁ」
「そうか。良かったよ」
それ以上、ツェレは何も言わなかった。
カチャカチャと食器が触れ合う音だけが、いいや、隣で妹が美味しい美味しいと、幸せそうに言う声もあった。
ツェレの目的が、何も分からない。オレ達を養子にして何がしたいんだ? あのクソみたいな
それでも、感謝はしていた。だからだ。
「おい、ツェレ。何か手伝わせろ」
第四部隊の詰所がどこにあるか、なんて簡単だ。王立騎士団は王の城にあり、詰所もそこにある。問題はどう侵入するかだが……子どもが通れる抜け道なんて大量にある。ツェレも理解しているようで、特に驚いた気配はしなかった。
ペンを置いてツェレが笑う。
「屋敷からここまで、結構距離があると思ってたんだがね」
「道を覚えるのは得意だ」
「なら、教団本部の位置も?……いや、悪用する気はないよ。興味があっただけ。答えなくて良い。とりあえず座りなさい」
何も言えないまま、椅子に座る。出された飲み物はいつも飲んでるものよりも苦かった。子どもなんか詰所に来ないからだろうな。
煙草臭い。
しばらくして仕事が一通り終わったのか、ツェレが隣に座った。
「飲まないのかい」
「飲んだ。………………好きじゃない」
「好みが言えるようになったか。上等、上等。ジャムでも持ってこよう。少し待ってなさい」
「要らない。それよりも、」
「飲んで、帰りなさい。まだ手伝う事はないよ」
頭を撫でられた。けど、違う。オレはこいつの役に立ちたくって、
「君はまだ子どもだ。相応しい知識と技術を身につけなさい。それからじゃないと、危険だからね」
「でもっ、」
「急くな」
怖い声だった。
固まったまま、ただただツェレが去る音を聞くしかできなかった。
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